少しだけ煤けた瑪瑙の指輪(未鑑定)①
「やあ『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。
……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」
「儲け話がある」というのはトリスタンの口癖だ。
五十年前のあの時もやつが確かにそう言ったのをザバダックは覚えている。
だがいつだって奴の儲け話で、懐が温まった試しなどない。
「ここから海峡を渡ったところに幾つか島国があってさ、そこに迷宮都市って呼ばれてる場所があるんだ」
「知ってるよ。魔女が治めてる土地だろ」
「あそこなら俺らみたいな札付きも受け入れてもらえる。おまけにダンジョンに行けば、大昔の道具が沢山落ちていて拾い放題だ」
うまく一山当てれば一生食いっぱぐれない。稼げるだけ稼げたら、引退して、豪邸建てて、遊んで暮らそう、とトリスタンが言った。
「女に囲まれて、余生を過ごす。非の打ちどころのない人生設計だ」
モランは煙草を踏みつぶしながら賛同した。
軍属とはいえど、やつの司祭としての立場を疑いたくなる発言はいつもの事だったので無視する。
「僕は御馳走をお腹いっぱい食べれるならそれでいいよ」
ドワーフのマンションは食べる事と寝る事にしか興味がなかった。
火を通して、香辛料がかかっていればどんな料理を食べてもうまいと言えてしまうこいつは、きっとどこでも幸福でいられるのだろうと思った。
「わったよ。ダンジョン上等じゃねえか。どこへだって行ってやる」
三人の視線が自分に集まり、あの時は勢いでそう答えていた。
だがこれからの食い扶持をどうやって稼ぐか心配しながら、逃げ回っていてる際中だったので仕方なく乗っだけだった。
勿論、亜人を面白半分に狩り場で殺していた腐れ領主をぶっ殺したのは、自分だったがこの際それは瑣末なことだ。
あれは確か十九の頃だったかと思う。
◆
「……当時そんな話をしてたよな」
ザバダックはいつもの様に賭札に興じながら、仲間たちに問うた。
山札から手元にたぐり寄せた札はまたしても小鬼。金貨の札が一枚あれば上がれるのに何度捲っても望みの札はでてきれくれない。
「あーあ。俺のハーレムはどこいっちまったのかなあ」
モランがグラスに注がれた酒をちびちび飲みながら、札を捲る。
この年齢で日によって連れているお姉ちゃんが違うこの腐れ坊主にはいつか天罰が下ればいいと思っている。
「お腹空いたのう」
マンションがしょんぼりとした顔で口ひげを撫でながら、札を捲る。
こいつには、誰かが、たった今まで子羊の丸焼きにかかりっきりになっていた事を思い出させてやるべきだと思う。
「あ」トリスタンが札を捲って「当たりだわ」
木皿に煙草を火の粉を散らせて押しつけると手札を表替えして叩きつけた。
七枚の札に描かれた絵柄はすべて赤竜だ。
もはやそれを出されたら打つ手はない。彼の圧勝だった。
「てめえ勝手に上がってるんじゃねえ」
「何でさ?」
「言い出しっぺは責任とれよ」
「ザバちゃんてさ負けが込んでくるといつも同じ昔話してくるよね。惚けちゃったんじゃないの?」
「……ちょっと待て。てめえが今せしめようとしてるその硬貨、一枚余計だろ」
テーブルの上に積まれた銅貨の山から自分の取り分を抱えるように持って行こうとするトリスタンの腕が止まる。
「ああ良かった。まだ惚けてなかったね」
トリスタンが舌を出しながら、硬貨を一枚摘んで山に戻した。
こいつの手癖が悪いのは昔からだ。
確かにあの時のザバダックはちょっとだけ夢を見ていた。
ダンジョンで見つけた金銀財宝に埋もれながら、こいつらと祝杯を挙げる夢だ。
だが現実は違う。財宝どころか、豪邸も、ハーレムもどこにもない。何の因果か未だに現役を続けている。
若かった頃は、自分たちも未だ下っ端で、沢山の先輩たちがいた。
いやな奴、世話になった人、気の合うやつ、変なやつ。だがかつての先人たちは病気で死んだか、怪我で死んだか、モンスターに食われて死んだか、運が良ければ一山当てて引退して死んで、悪ければ落ちぶれて野垂れて死んだ。
それ以外の奴らもダンジョンに飲まれたまま帰ってこなくなったきりで、これもまず間違いなく死んだ。
兎に角、この世に残っている奴らは殆どいないのだ。
まあ長寿族のやつらは別だが。
そしていつの間にか最古参の探索者になっている。
未だに老いぼれた身体を引きずってはダンジョンに潜り、落ちてるものを拾って飯の種にしている。
休みになればなったでこうして日がな一日、酒場に入り浸り、仲間たちと賭博にやりながら愚痴っているだけ。
若い連中からは老害とか、爺の皮を被った悪戯妖精だとか、半分アンデッドとか言われて煙たがられている。
ついには自分たちで『老頭兒団』などと名乗る始末だ。
実につまらない人生である。
◆
「儲け話があるんだ」
いつものようにトリスタンが言った。
「断固、断る」
「まだ何も言ってないだろ」
「理由を言おう。これまでの生涯で一度たりとも、おまえの儲け話は儲け話であった試しがない」
「おいおい百回に一回くらいはあったはずだぞ」
「ない」
「まあいいから話を聞いてくれよう」
そうしてトリスタンはいつものように勝手に話し始める。
ザバダックとしては話に乗るつもりはないが取り合えず話だけは聞いておくことにした。
「バジールは知ってるよな」
「……『死体漁り団』のやつだろ」
『死体漁り団』はこの酒場の常連だ。
中堅のパーティーで、大所帯。
駆け出しの頃に地下五階の墓地を荒らし回っていたので、そう呼ばれるようになった罰当たりな連中である。
だが愛想が悪いだけで、素行はそこまで酷くはない。
順当にいけば数年で、地下十階の踏破の証である、♠(クラブ)の通行許可証も得られるだろうと目されていた。
『雑食』のバジールはそこに所属する盗賊だ。
やつは過去にダンジョンで仲間とはぐれ遭難にしかけた事があった。それで未帰還者扱いをされかけたのだが、どっこい生還したのだ。念菌や苔などで、飢えを凌いで生き延びたらしい。
故に『雑食』の二つ名がつけられたのだ。
「そういや最近見ねえな」
「死んだんだ」
「はっ今度は毒蜥蜴でも食ったのか」
「ダンジョンで事故に遭って死んだそうだ」
「……それがどうした?」
「うん。彼には御家族がいてね。遺品が欲しいらしい」
「はっ探してこいってか。報酬は?」
「五ゲルンだ」
手の指を広げて見せてくるトリスタンの正気を疑った。
桁が五つ程足りてない。
その額ではまるで子供の駄賃ではないか。この店の献立表から頼めるものを見つけだすのすら苦労するだろう。
「おいおいおいおいおい冗談じゃ――」
ザバダックは思わず椅子から立ち上がろうとした。
だが足を、三人が一斉に踏んでくる。
「ぬぐっ!?」
「嬉しくて踊り出したくなったか?」
「大金持ちになれるビッグチャンスだな?」
「この店ならビスケットが食べ放題だのう?」
「お前ら何を言って――」
言いかけた口を閉じたのは、トリスタンがさり人指し指と、目の動きで何かを伝えていたからだ。
見ると、彼の背後に隠れるようにして立っている少女がいる。
「……ひきうけてくれますか?」
目の前にいる三人に隠し子がいないのであれば、他の可能性はそれほど残ってはいなかった。
彼女が半身をずらし、こわごわといった感じで、いたいけな瞳をじっとこちらに向けている。まだ十にもならない子供だ。
要するに彼女がバジールの御家族とやらなのだろう。
ザバダックは盛大に溜息をついてやった。
妻帯者もいない自分には、当然孫もいない。だがいればこれくらいの年齢になっているだろう。
そんないたいけな子供の頼みを無碍に断れるわけがないではないか。
「確かにこいつは儲け話かもな……」
「そうだろう。そうだろう。ザバちゃんもそう言ってくれると思ってたんだよね」
いつものように儲からない儲け話を持ってきたトリスタンが嬉しそうに言い、残りの二人が同意するように頷いたのだ。
◆
「そもそも最初にあの子に声をかけたのはモランなんだけどね」
カンテラを掲げたトリスタンを先頭にしてダジョンを歩く。
地下十一階の東南。
普段はあまり足を運ばない場所だったが、どうやらバジールはこの辺りで死んだらしい。
「色惚けはついに子供にまで求愛するようになったか」
「酒場の入り口でしょんぼりしてたんだよ。普通どうしたんだって尋ねるだろ」
「子供嫌いな癖に、面倒見がいいのはモランの良いところじゃな」
「だが何だっておれらが遺品を探す。『死体漁り団』の連中はどうした?」
「断られたらしい」
バジールの娘が酒場にいたのは、『死体漁り団』に会う為だったらしい。
だが勇気を振り絞って、彼らに話しかけたものの『形見分けは団員のなかだけで行う決まりがある、悪いが髪の毛の一本も渡すつもりはない』とはっきり断られたのだという。
まあ彼らの言い分は分からなくもない。
探索者として中堅クラスにもなれば、身につける装備はそれなりに充実してくる。だがダンジョンで戦利品として手に入れたり、仲間同士で金を出しあって購入したりした武具である場合が大抵だ。その場合、仲間の持ち物は共有資産という認識が少なからずある。
「だけどあの子は父親と約束してたらしいんだ。もし死んだら愛用の指輪を譲るからってさ」
「へえ」
「なら事前に仲間には了解を貰っておいた可能性があるだろ?」
「まあなそうだな」
トリスタンは改めて、連中に話を聞きにいったらしい。
そこで金になるもの以外はすべて死体と一緒に置いてきてしまったのだという話を聞き出すことに成功した。
どうやらその指輪は安い瑪瑙で造られていたらしい。その為、誰もが金にならないと判断して回収しようとはしなかったらしい。
「話は聞いてたけどモンスターに襲われて、それどころじゃなかったとも言い訳してたね」
「相手は?」
「一ツ目鬼」
「大物だな」
「この辺りにねぐらがあるらしい」
大鬼程の体格で、棍棒を使い襲いかかってくる人型だ。
本来ならもっと下の階層で出現するはずの怪物で、中堅の実力があってもなかなか手に負える相手ではない。
「連中にゃ荷が重いかもな」
自分だってできれば遭遇したくないと思った。
だがその矢先、足元の揺れに気づく。
地鳴り。進行方向から重量のある大きな生物がこちらに向かって歩いてきているようだ。
それが何者なのかは今、交わした会話から想像に難くない。
「……出やがったよ」
ザバダックは溜息をつくと、それから戦闘に備えて腰から愛用する『炎の小杖』を取り出した。
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カバーイラスト、口絵、アイテムイラストなどの一部が
初公開されております。
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