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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
36/74

通気性のあまり良くない兜(未鑑定)②

 

 悪戯妖精レプラコーンに盗まれたあの財布は、ミント個人のものではない。

 あれはパーティの共有財産。

 必要な日用品や、備品、装備などを購入する為のいわば軍資金である。


 勿論、打ち上げの経費もあそこから出ている。

 だからこのまま地上に戻っても『太陽を見上げる土竜』亭で仲間たちと無事生還した事を祝えなくなる。酒が飲めなくなるのだ。


「ふざくんなだお。絶対取り戻してやるお」


 現在のパーティの野営地は通路のどん詰まりにある。つまりやつは壁を背に、退路を塞がれている状況だ。

 逃走するにはもう一度、マルモたちの間を通り抜けていく必要がある。

 だが悪戯妖精の俊敏さは並大抵ではない。

 先程目にした動きから考えても、ここにいる誰もが一撃すら加える事ができずに終わる。それどころかろくに反応できずに取り逃がす事になるだろう。

 つまり財布を取り戻すには、何よりまずあの素早い足をどうにかする必要がある。


「……」


 だから・・・マルモは自分が手にした簡易ランプの空気蓋を閉め、そっと火を消した。

 それから作りかけのスープが入った鍋の元へと駆け寄り、ギャザリングの「どうするんだ?」という問いを無視して、鍋を熱していた調理用ランプにふっと息を吹きかける。


「おいっ!」

「ちょっ!」

「なっ!」


 これで今この場にある灯りはこれですべて消えた。

 つまり周囲が暗やみに包まれたわけだ。

 

「何にも見えないぞ?」

「一体どういうことよ?」

「発狂したのかでござるか?」


 突然のことに驚きの声を上げる仲間たち。

 三人とも何も見えなくなったせいで、あらぬ方向に向かって騒いでいる。予想通り、全員が身動きがとれなくなってしまったようだ。


 だが見えないのは彼らだけではない。

 悪戯妖精もまた同じ境遇にある。

 これでやつの足は死んだも同然。どれ程、素早かろうが、逃げるべき方向を失っては、容易に動くこともできず、立ち往生するしかないはず。


 ならば後はもう簡単な話である。


 この闇のなかで唯一、マルモだけが自由に動ける。

 何故なら『夜警の兜』の恩恵で何もかもが視えているからだ。

 普段は非力なせいで、罠要員とか、なんちゃって前衛職等と言われることもある盗賊であっても、まともに動けない敵くらい仕留めるのは朝飯前だ。

 腰元から短剣を引き抜くと、物音を立てて感づかれないように忍び足で、混乱に紛れながら――。


「きしししししい!」


 悪戯妖精が不気味に笑った。

 泣いているのか怒っているのか分かりにくい表情だったが、確かにこちら(・・・)に顔を向けて嘲笑っている。


 思わずぎょっとしたマルモを尻目に、悪戯妖精は一度身をくねらせると、ゆっくりと足取りで進み出した。

 チャリチャリと貨幣の音を立てながら、こちらに向かって歩いてくる。

 その足に迷いはない。

 躓きもしなければ、見当違いな方向にふらつきもしない。この暗闇のなかではっきりと周囲が見えているとしか思えない動きだった。


 そして暗闇のなかで慌てふためいている仲間たちの間を悠然と通り抜け――。

「きしししし」

「なっ」

 マルモの目の前に現れ、にああああと笑った。


 予想外の出来事に対応が遅れたが、「くぬっ」短刀を思い切り下ろす。

 だが手ごたえがない。

 驚異的な動きで回避され、かすりもしない。

 それどころか、その姿を目で追う事すら叶わず見失った。 


 チャリチャリチャリ……。 


 微かに音がした気がして振り返る。

 驚いたことに、悪戯妖精はすでに通路のかなり離れた場所で楽しそうに踊っている。

「……」

 とんでもない足だ。

 例えマルモがここから追いかけたとしても、捕らえるのは難しいだろう。


 だがマルモはまだ諦めていない。

 残された手は、すでに勝った気でいるやつを追跡する事だ。うまいこと根城を突き止めて、寝首を掻くことくらいならば自分にもできるはず。


 だがマルモは利き手にあるはずの得物に、目を落として愕然とする。

 先程まで握っていたはずの短刀が消えていたのだ。勿論すっぽ抜けてどこかに落としたわけではない。

 すれ違いざまに盗られたのである。


「……完敗だお」

 止めを刺されたマルモはがっくりと肩を落とした。



「みんなすまなかったお……うまくいくと思ったんだお……」

 マルモは食事の際に、堪えきれなくなり仲間たちに頭を下げる。


 まず斥候中に悪戯妖精レプラコーンに尾行され、まんまと野営場所まで案内してしまった事。

 それからスタンドプレーを行った事。

 あまつさえ取り逃がしてしまった事。

 今回の悪戯妖精の一件はすべて自分にある。

 それは誰に指摘されるまでもなく、間違いのないことだ。

 

「マルモ殿、気に病むなでござる」

「そうだよ。あんたらしくないよ」

 ミントと伊右衛門が口々にフォローしてくれる。


 たが、申し訳なくて、悔しくて、思わず涙がこぼれて、木皿のなかにこぼれた。

 こんな役に立たない盗賊は解雇してもらった方がいい。スープに入った生煮えの人参を噛みながら、そう思った。

「皿、貸してみ」

 ギャザリングが、マルモの空の木皿を奪うと、鍋の残りを全てすくってくれる。

「ほら食え」

「くうう」

 マルモは泣きながら受け取りかきこんだ。

 薄目なのはずのそのスープは、塩が効いていてしょっぱかった。


「……でも何でうまくいかなかったんだお?」

「まあ悪くないアイデアだと思うぜ?」

 ぽつりと漏らしたマルモの疑問に対して、ギャザリングが無精ひげをさすりながら、口を開く。


「暗闇を作って足留めってのはなかなか良い手だよ。……でも考えてもみ。ここいらの連中はこの『暗処(ダークプレイス)』の住人なんだ。当然『暗視』の能力くらい持っているだろう?」


『暗視』というのは夜行性のモンスターなどが保有している能力のひとつだ。『夜警の兜』のように暗闇を見通すことができるらしい。


 確かに指摘された通りだとマルモは思った。


「あの悪戯妖精は灯りを持たずに、斥候してたおまえを尾行してたんだ。だから振り返った時点でその事に思い至るべきだったのかもな」


 ギャザリングは、どこで失敗した事に対して怒るわけでもなく、ただ淡々と状況を冷静に分析し、間違い指摘してくれる。

 だからこそマルモは、自分のどこが悪かったのかがよく理解できて、逆に身に沁みた。


「ただ最大の失敗はそれだ」

 そう言って彼は、マルモが椅子代わりに腰掛けていたもの(・・)を指さしてくる。


「この『夜警の兜』がかお……?」

 マルモは言われた意味が分からずに首を傾げる。


「あの悪戯妖精(レプラコーン)、歩く度に、革袋の硬貨を鳴らしてただろ?」

「うん。『チャリチャリ』いってたお」

「いつものお前さんなら斥候している時点で、気づけてたんじゃないか?」

「……はっ」


 マルモは耳がいい。

 ハーフリングの誰よりも、遠くの虫の鳴き声を聞き取り、聞き分ける事に長けていると自負している。


 ダンジョンでも周囲に存在するモンスターや罠を、その耳で感知できた。壁や床につけるまでもなく、その敵の息づかいや足音、撥条や歯車など仕掛けの作動音や、擦れ、軋みの音などを聞き取れたのだ。

 それで、これまでに何度も仲間たちの危機を回避してきたことは、マルモにとっての大きな誇りだった。


 だが今回はその耳が役に立たなかった。


「その兜が妨げになってたんじゃないか?」

「その通りだお……」


 原因は間違いなく『夜警の兜』のせいだ。

 兜は頭部を覆う構造をしている。通気性も悪く、外部からの音をまともに拾い取ることができない状態にあった。 そして何よりマルモは能力に酔いしれていた。

 そのせいでもっぱら目視による確認に頼りっきりになってしまってい、耳での確認を怠っていたのだ。


「おれはそんな道具よりもお前の耳を当てにしてるんだ。『聞き耳』のマルモはもっと自分に自信を持った方がいいと思うぜ?」


 ギャザリングがにんまりと笑みを浮かべながら、マルモの胸にごつごつとした拳を優しく当ててくる。


 それでマルモはまた涙ぐみそうになる。

 このリーダーは一見大雑把そうに見えるが、実のところ仲間全員の事を常に気遣っている細やかな男前なのだ。

 何故こんなに良い男が、奥さんと子供に逃げられてしまったのだろう。

 そのことが不憫でしょうがないとマルモは思った。


「おりが間違ってたお。もうこんな役に立たないものはもういらないお」


 マルモは憤然と立ち上がると、足下に置いていた兜を踏みつける。

 こんなものは用済みである。

 自分には立派な耳があるのだ。

 有りの儘の自分でいることこそ、自分の能力を発揮することができるのだ。


 だからもういつもの元気なハーフリングに戻ろう。

 マルモはそう心で誓ったのだった。



『すまんなあ……』

 ギャザリングは心のなかで、マルモに謝った。


 実は、財布は盗まれていなかった。

 正確にいうと、盗まれたのは偽物ダミーの財布だった。

 マルモが偵察をしている間に、残りの二人とたまたま悪戯妖精対策の話になり、新品の革袋があるので入れ替えを行っていたのである。

 そこにタイミングよく悪戯妖精レプラコーンが現れた。

 そしてミントがこれ見よがしに腰に下げていた使い古しの革袋ーー中に塵と小銭を詰め込んだものーーをまんまと奪っていってたのである。


 では何故、マルモにネタバラシをしないのか。

 それにはある理由がある。


 本物の財布は守られたものの、現在パーティは財政難に陥っていた。

 原因は、最近のダンジョン探索でろくに収穫がなかった事と、それにも関わらず打ち上げを繰り返していた事のふたつにある。


 勿論、飲みをやめようと口にする者は仲間たちのなかには誰一人いない。

 指導者リーダーであるギャザリングもまたアルコールによる高揚感を共有することで、意志疎通を図る事は、今後も安定的にパーティを運営していく為に必要不可欠であると考えている(建前)。

 酒は大事だ。


 故に、ギャザリングは、パーティの財政回復のために何か手を打つ必要があると考えていた。

 例えば不要な付与道具を売るといったような……。


 勿論、ギャザリングがマルモに言って聞かせた話に嘘や誇張はない。彼はもっと耳の良さに自信を持つべきだ、と思っている。

 だが今回の事件に乗っかりマルモに『夜警の兜』を諦めさせるという打算もあって、そう言ったのもまた事実なのである。


「本当に売っちまっていいのか? 未練はないのか?」

 これはみんなの活動資金を確保する為の行動である。マルモだって飲み代を確保する事に賛同してくれるはずだ。

 そう心のなかで正当化しながら、ギャザリングは念を押した。


「勿論だお。男に二言はないお。だいたいおりのせいで大事な財布を盗られたんだから、文句なんか言える立場じゃないんだお」

「……う」

「これを売って、みんなとまた飲みに行けるなら喜んでそうするお。おりは皆と飲んでいる時間が幸せなんだお」

「お、おう」


 マルモの言葉が、ギャザリングの胸にちくちくと突き刺さる。罪悪感が尋常ではない。


 何故このハーフリングはこういう時に限って、殊勝な事を言い出すのだろう。できればいつも通りにおちゃらけていて欲しい。


 ギャザリングは、それとなく事情を察している他の二人に助けを求めようとした。

 だが彼らも同じ気持ちらしく、気まずそうにそっと目をそらしやがる。


「どうしたお? 三人共具合が悪いのか?」

「……いや」

「……べつに」

「……ござる」

「そうだっ。なら今回は、おりがひとりで見張りをするお。みんな疲れているだろうからもう眠るといいお。大丈夫だお。モンスターが近づいてきてもこの両耳で、守ってやるお」

「「「……!」」」


 勘弁してくれ。

 次々と飛び出す、マルモらしからぬ健気な言葉に、耳を塞ぎたくなるのを必死で堪えた。

 今更『やっぱさっき盗まれたってアレ嘘な』等とはとてもではないが言えやしない。もはやおちゃらけていい時期は過ぎているのである。


 その後、三人で打ち合わせをした。

 そして次の打ち上げで、出来る限りマルモの食べたいものを食べさせることで意見が一致。

 それで何とか心のバランスをとったのであった。



鑑別証『夜警の兜ヘルム・オブ・ナイトウォッチ(無印)』

『汝、昼の世に生きし物に告ぐ、血を八百十七滴捧げよ、さすれば世界は貸し与えよ、熱を見透かす角膜を、音を暴きだす眼孔を、仄かな影を逃さぬ光彩を、バックベアードのまなこのごとく』


 夜を見通す事のできるこのアイテムは元々、古き良き魔術師のひとり『鳥目』のフィオナが使用していた就寝帽子(ナイトキャップ)が原型となっています。

 それが魔術の使えない召使などに警備を任せる際に支給されることになり、改良が繰り返されて、やがて夜間戦闘などで活躍する防具として、兜の姿に落ち着きました。

 現在では、ダンジョン探索において活躍する装備として、とりわけ盗賊系の職業に人気があるようです。


 さて照明器具は、しばしばその欠点(デメリット)について取り沙汰される事があるのですが、皆さんは御存知でしょうか。


 まず燃料の問題。

 ダンジョンの地下深くまで潜る際には荷物になりますし、燃料費も馬鹿にならないでしょう。燃料尽きれば、元来た道を辿ることもできなくなり言葉通り、お先真っ暗となってしまう事もあるのです。


 次に、遭遇率の問題。

 灯り持って歩けば必然的にモンスターに狙われる可能性は増大します。比喩ではなく灯りに群がる蛾のように、暗闇から次から次に襲われてしまうでしょう。


 それから灯りを持っている為に手が塞がってしまうのも問題です。斧や大剣などを両手持ちの武器を扱えないのは勿論のこと、敵から急襲を受けた際に、咄嗟の対応が遅れる場面よくある事でしょう(たまに首からぶら下げる方々も見かけますが、衣類に燃え移る可能性があるので、非常に危険です)。


 このように照明ダンジョン探索において、食料や薬に並んで、必需品となるアイテムですが、不便な点が多くあるのです。


 そして、そんな時にお勧めするのがこの『夜警の兜』です。

 一人用ではありますが、上記の欠点(デメリット)のすべて解放されることは間違いありません。


 勿論それ以外にも、魅力的な利点(メリット)がたくさんあります。

 例えば斥候時に闇のなかに紛れて、誰にも気づかれることなく行動できるのも大きな利点です。

 更には、暗闇のなかに潜伏して敵を襲う『闇討ち』。これは忍者や暗殺者が持つ特殊な技能ですが、訓練を必要とせずに同じことができるようになります。

 攻撃力が弱い盗賊系職業でもこれで、戦闘面で大活躍ができるでしょう。


 但しこの『夜警の兜』には致命的な弱点がひとつありますので御注意を。

 付与道具として使用している場合、急に強い光を浴びる、発光物を直視するなどした際、視界が焼き切れる事があります。そうなると一時的に盲目状態に陥ることもあるとか。勿論、品質が『良品』以上のものに関してはその限りではありませんが、取扱にはくれぐれもお気をつけ下さい。

 以上が『聞き耳』のマルモと、『夜警の兜』の経緯ある。

 調子に乗った彼が酒場でひと悶着を起こし、仲間たちに迷惑をかけるのは、この後の打ち上げでの事である。



「くーっ。店長、このワガラシというので食べるオデンは美味しいな? 私はダイコンが好きだ」

「お茶漬け……」

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