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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
35/74

通気性のあまり良くない兜(未鑑定)①

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

 その日、フジワラたちは『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』を早めに閉める事になっていた。

 極東料理であるおでんが食べれるという屋台に足を運ぶつもりだったのである。


 朝から夕方にかけてまでは殆ど客足がなかったのだが、閉店作業を始め出した途端に客が訪れ始め、店はにわかに活気づいた。接客対応に追われ、ようやく人心地ついたと思った頃には、もう予定していた時刻をかなり過ぎていた。


 おでん屋台はこの迷宮都市では珍しく、非常に人気もある。すぐに品切れになるという噂だ。

 このままゆっくりしていたら間にあわないかもしれない。

 そう心配していたところに店の扉が開いた。


「ばんわだお」

 最近顔なじみになったハーフリングのマルモだ。

 仲間たちを引きつれた彼は、ダンジョン探索の帰りだったらしく背嚢などにいくつものアイテムがはみ出させている。

 いつものように戦利品の鑑定依頼にきてくれたらしい。


「い、いらっしゃいませー……」

 間が悪すぎる。

 だがまさか私用があるから明日また来てくれと言えるはずもない。

 彼らが持ってきた未鑑定品は十数点ほどだった。

 少なくはなかったが、ちゃっちゃか片付ければ捌き切れない量でもない。いつものようにゆっくりと品々を眺めて楽しむことを我慢して、正確さと早さだけを念頭に置いて鑑定していけばいいだろう。

 正直、お腹がすいている。

 何より背後でフリルエプロンの全身甲冑さんがお腹を鳴らせているのだ。

 頑張らねばならなかった。


「では鑑定を始めましょう」



「これは『夜警の兜ヘルム・オブ・ナイトウォッチ』のようですね」

 フジワラは単眼鏡を外し、最後の品の鑑定結果を告げた。


 それは頭部をすっぽり覆う形状の兜だ。

 面頬が特殊で、大きな単眼を思わせるのぞき穴に硝子がはめ込まれている。見る者が見れば潜水用具にも見えるだろうが、その用途は全く違っていた。


付与道具アンティークかお?」

「ええ、そうです」


 付与道具というのは魔術を行使できる道具の総称である。

 お伽話に登場するような遠くの町までたった一歩で辿りつく事のできる靴や、身にまとえば姿を隠せる外套などがいい例だろう。

 そこまで万能なものは今ではまず見かけないが、一般的な魔術師ができるようなことを代行してくれるくらいには便利で、希少で、高額な品である。

 つまり彼らはちょっとした当たりを手にした事になる。


 フジワラがどういう能力を持つアイテムなのかを説明すると、「そいつは便利そうだお」とマルモが思いの他、食いついてくる。


 だが彼以外の三人はそうでもなさそうだ。

 付与道具を手に入れたこと自体には喜んではいるものの、その能力についてはあまり興味を示していない様子だった。

「我々の懐を暖めることには貢献してくれそうでござる」「そーそー。売れば『太陽を見上げる土竜』亭で、飲み放題に食い放題ができるよね」「そういや最近、肉食べてねえなあ、おれ」等と、かなり温度の低い会話が聞こえてくる。

 彼らとしてはどうやら売る事を前提に考えているらしい。


「よしわかった。お前らそこに正座するお!」マルモがいきり立ち、手に入れた『夜警の兜』を高らかに掲げると言った。「この兜の素晴らしさをとくと説明してやるお!」


 それから議論が始まってしまった。

 四人が兜を売るか売らないかについて話し合いをしているのを、フジワラは椅子に座りに微笑みを繕って傍観することにした。

 どうも長くなりそうな雲行きだ。


「ふむ。まだ終わらないようだな」

 いつの間にか事務所件作業場(バックヤード)で片づけをしていたアネモネがそこにいた。

 手には何故かお盆。

 客の数だけお椀が載っている。

「これを作っていた甲斐があったようだな」

「何ですかそれ?」

「うむ。極東出身の知人から聞いた『長居をする客を追い出す料理だ』」

「……」

 良い匂いがする。

 椀の中身をのぞきこむと、どうやら紅茶で煮込んだ燕麦粥(オートミール)のようだった。

 フジワラはすぐに彼女が何をやりたいのかすぐに分かったが。あれはかなり局地的な地方の人間しか知らない話だったし、料理もアレンジが加わり過ぎていて、見た目や味が原型を留めていない。

 たぶんやるだけ無駄だろうとフジワラは思った。


 だが――。

 無意味だろうと思われたそれは意外な効果を発揮した。

 元々探索帰りでお腹をすかせていたマルモたちは、燕麦粥を食べたことで食欲が刺激されたらしい。議論を中断、話の席を酒場に移すことに事にしたのである。


「ごちそうさんだお。またくるお」


 店を出て行く最後の客たちを見送りながら、アネモネが満足げに頷いている。

「このおまじないは効果絶大だな」

「……」

 フジワラは釈然としない思いを抱えていた。


 あれはおまじないではない。ただの風習である。

 何より食材は燕麦ではなくお米のはずだったし、紅茶ではなく緑茶で漬さなくてはいけないのだ。


 だがそれを指摘したところで意味があるとは思えなかったし、世の中にはむしろ間違っても黙っている方が良い事の方がたくさんある。

 持ち前の事なかれ主義的な性格を遺憾なく発揮し、とりあえず笑顔で「そうですね」と頷いておくことにした。


 とにかく品切れになる前に屋台に行くことはできそうだ。

 ただ問題がひとつだけあるとすれば、フジワラの胃袋が求めるものが熱々のおでんから、熱々のお茶漬けに変わってしまったという事だけだった。



 地下九階。通称、『暗処ダークプレイス』。

 この階層は呼び名の通りあらゆる場所が暗黒に包まれている。


 例え夜目が利く者であってもそれが人の視力である以上、どれだけ目を凝らしても何も見ることはできない。何故ならここには僅かな灯りすら存在しない。光苔の亜種であり正反対の習性を持つ、苔が幅を利かせており、光源というものに対して貪欲に群がり、飲み尽くしてしまうからだ。


 故にここを通る際には、照明器具は必須アイテムとなる。

 もし燃料を切らしてしまいそうな場合は、急いで引き返さなくてはいけない。もし灯が尽きてしまえば、暗闇のなかを彷徨い続けることになるだろう。運と手の感触だけを頼りに、上りの階段を探すことができればいいが、さもなければ飢え死にするかモンスターに殺されるかする事になる。


 だが今、マルモは、その暗闇のなかで一切の灯りを持たずに歩けている。

 気分は上々だ。

 何せ周囲にあるものがはっきりと見えている。

 左右を挟む石壁も、その表面のざらつき具合も、背の高い天井も、所々水たまりのできた床も、そしてすこし先にあるどんつきの壁と、左右に分かれる道すらも、まるで昼のような明るさで視通すことができた。


「ぐふふふ。この『夜警の兜』はなかなかの拾いものだお」


 結局、この付与道具についての処遇は保留になっていた。

 酒場で延々と議論をしたが埒が明かず、試用期間を経て何かしらの実績を作ることができれば使用を継続できるということで落ち着いたのである。


 だが思った通り、現在大いに役立ってくれている。

 灯りのない状況でものがよく見えるというのは斥候にとって大きな利点(メリット)だ。

 何故なら敵に存在を察知される危険性がなくなるし、逆に暗闇のなかに潜んで相手の隙をついた攻撃を繰り出すこともできる。

 難点は頭部を完全に覆ってしまう兜である為、若干重量を感じたり、呼吸が苦しかったり、音がこもるのだが、それらを差し引いても得られる恩恵は大きい。

 このままならマルモの標準装備に『夜警の兜』が加わる日も近いだろう。



「ん? ……なんだお?」

 ふと突き当たりの壁を何かが通り過ぎた気がした。


 何やら嫌な予感がした。警戒して、右手の壁を背にしながらそろり、そろりと音をたてないように先に進んだ。

 突き辺りまで辿りつくと細心の注意を払って『どうかモンスターではありませんように』と祈りながら、左右にのびる通路を覗きこんでみる。

 だが何もない。

 真っ直ぐにのびた通路上には、瓦礫の欠片すら落ちてはいない。


「……ふう」

 マルモはほっと息をつくと、ここで調査を打ち切ることにした。

 後はもう元来た道を引き返しがてら、進路上に罠が設置されていないことをもう一度確認すれば十分だろう。



 マルモが戻ると、丁度仲間たちは野営の準備を終え、丁度食事の支度をしているところだった。

 珍しく鍋に火をかけている。

 久しぶりに温かいスープにありつけそうだ。


 こちらから『ただいま』と声をかけるよりも先に、気配に気づいたらしく仲間たちが立ち上がる。それから強張らせながら、各々が手近にある武器に手を伸ばしだしたので、ぎょっとする。


 だが、すぐに状況を察した。

 彼らは暗闇のなかにいるマルモを見る事ができない。だから何者かが近づいてきた気配しか感じる事ができずに警戒をしているのだ。

 だから手荷物から念のために持っていた携帯用ランプを取り出し、火をつけて掲げる。

 「おりだお。おりだお」

 これでマルモの姿も見えるだろう。


 だが幾ら声をかけても、彼らが警戒を解く様子がない。

 まるでモンスターと対峙しているかのようなぴりぴりした殺気をこちらに向けてきていた。


「み、みんなどうしたんだお? 冗談きついお?」

「……マルモ殿」

 野武士の伊右衛門が、緊張した声で呼びかけてくる。

 こちらの姿はどうやら見えているようだ。だが彼の利き手は刀の柄に置かれたままで、いつでも抜き放てる構えをとっている。


「な、なんだお?」

「ゆーっくりと後ろを見るでござるよ?」


 そう言われてから、初めて違和感に気がつく。

 いつの間にかすぐ近くで、チャリチャリチャリと耳障りな音がしていた。

 硬貨のこすれる音だ。


 そして振り返ると不気味な顔。

 年寄りのような赤子のような皺くちゃな皮膚に、泣いているような怒っているような細長い目と耳まで裂けた口がそこにある。


「きひひひひ!」

 不快な笑い声。

 ハーフリングのマルモよりひと回りも小柄で、使い古された道化師のような衣装を身につけた者が、身体をくねらしながら踊っている。

 腰にはいくつもの小袋をぶら下げており、硬貨が詰まっているらしく動く度にチャリチャリと楽器のように音を立てる。


 悪戯妖精(レプラコーン)だ。


 どうやら厄介な相手につけられてしまっていたらしい。

 彼らはモンスターだが、一切攻撃手段を持たない代わりに、かなり性質の悪い『悪戯』を仕掛けてくる。

 それ故に探索者たちからは、あの恐ろしい大鬼オーガよりも嫌われていたりする。


「きひひひひひ!」


 しまったと思った時には遅かった。

 悪戯妖精(レプラコーン)は軽やかなステップを刻みながら、尋常ではない速度で、マルモのわきをすり抜け「うわっ」、野営をする仲間たちの間を次々に通り抜け「なぬっ」「きゃっ」「うおっ」、反対側に躍り出た。

 

「皆、荷物を調べろ」

 ギャザリングが大声で号令を飛ばす。


「拙者の刀は大丈夫にござる」

「私はえっと……」


 悪戯妖精(レプラコーン)の悪戯とは、他人の持ち物や金品をスリ盗る事だ。

 その技能はそこいらの盗賊とは比較にならないほど卓越しており、彼らに泣かされた探索者たちは数え切れないほどいる。

 一説によれば、このダンジョンでの被害総額は、西国の火焔山脈を住処にする例の赤竜(レッドドラゴン)が、寝床として蓄えている金貨の枚数をも遙かにしのぐと言われている程だった。


「おりも大丈夫そうだお」 

 マルモも身につけていた財布や、装備品などを確認したが、特に紛失しているものはなさそうだった。


 ――だが。

 悪戯妖精(レプラコーン)のほうを見ると、くるくる回り、喜び踊り狂っている。

 そして爪の長い細い手には、いつの間にか見覚えのあるものが握られていた。

 玉虫色の革袋だ。

 それには見覚えがあった。

 仲間のひとりであるミントが所持していたはずの財布である。


 見間違いでなければ革袋は、たわわに熟した果実のように膨らんでいる。

 どうやらその中には枚数を想像するのも怖いくらいに、ぎっしりと硬貨たちが詰まっているようだった。

 

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