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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
31/74

神秘的な雰囲気を持った錫杖(未鑑定)②

鬱回終わり!

後書きではあの方が出ています。

 カンテラを持って雨の夜道を走り続けたが、アネモネの姿は一向に見えてこなかった。


 道を外れて、森のなかへと迷わず踏み込む。

 この辺りの地形はだいたい把握している。

 少々危険だが、この獣道を抜けて近道をすれば先回りする事ができた。

 例え彼女とどこかで行き違ったとしても、辿り着く場所は同じ。正門で待ち伏せすればいい。


 今のアネモネをダンジョンに向かわせるわけにはいかなかった。

 行かせてしまえば二度と地上へは戻ってはこないだろうから。



「……どこへ行こうというのです?」

 フジワラがカンテラをかざして、問いかける。


 雨音にまぎれ金属が擦れ合う音が近づいてくる。

 まさか先回りされているとは思ってもいなかったのだろう。暗闇のなかから現れたアネモネが、歩をゆるめ身構えた。


「兄上を助けに行くんだ……助けに行かなきゃいけないんだ……」

 うわ言のようにそう呟く、彼女の手には『復活の杖』がしっかりと握られている。

 だが持っているのはそれだけだ。

 灯りも持たず、それどころか荷袋(ナップザック)や剣すらも店内に置いてきている。


「その杖を使っても効果はありませんよ?」

「試してみなければ分からない……使わないうちから諦めるわけにはいかない……」


『復活の杖』は絶対に効果がない。

 だがどれだけその説明を重ねたところで、彼女の耳には届かないだろう。おそらく今の状態では、自身の目で効果を、確認するまでは納得してはくれないはずだ。


「ならば体調を整え、準備を整えてから向かうべきではないですか? ダンジョンに行くんですよね? 地下十四階まで?」

「……問題ない」


 問題大ありではないかとフジワラは思った。

 そんな装備でダンジョンに入れるわけがなかった。

 最低限の水と食料もなしでは地下五階ですら辿りつくのも困難なのだ。

 今の彼女は明らかに判断力を欠いている。とても十全とは言えそうにない精神状態であることは間違いがなかった。


 そもそもアネモネはダンジョンから戻ってきたばかりだと言っていた。過酷な探索を経て、相当に疲労しているはず。恐らく甲冑を身につけたまま動き回るのも精いっぱいの状態だろう。 


 フジワラの足で彼女に追いつくことができたのが何よりの証拠。

 そうでなければ例え近道を使っていたとしても、普段の彼女の足ならば、ろくに店から出る事のない自分に追いつけるわけがなかった。


「どいてくれ」

 だが彼女はまっすぐに向かってくると強引に押し退けて、通り抜けようとしてくる。


 フジワラは気負されて道を空けるふりをし、足を引っ掛ける。

 試みはあっさりと成功し、彼女は体勢を崩して転倒した。


「失礼します」と断り、その上にのしかかると、彼女の鋼鉄の両腕に、自分の膝を乗せ、身動きを封じる。「くっ……何をする?」


「こうしましょうアネモネさん」フジワラは笑顔で喋りかける。「僕を跳ね除けることができればダンジョンに行っても構いません」

「どう……いう事だ……?」

「貴方はお兄さんを救おうとしているんですよね? その言葉に嘘がないのであれば、万全の体調で臨むのでしょう?」

「くそっ……」

「僕程度大した障害ではないはずですよね」


 フジワラは非力だ。格闘経験などもない。

 逆にアネモネには武道の心得があるようだったし、何より身体能力を何十倍にも跳ね上げる加護を持っている。


 だが本来ならばあるはずの圧倒的な力の差は、もうここに存在しない。

 簡単に抜け出せるこの状況を、彼女はろくに出来きずにいた。


「離せ……離せ……」

「……」

 フジワラは、彼女の甲冑の喉当てに指を入れ留め金を外す。

 それから問答無用で兜を脱がせた。


 露わになる彼女の容貌。

 陶器のような滑らかなはずの肌は血色が非常に悪く、土気色をしていた。頬がこけ、薔薇のような赤いはずの唇は紫色になっている。目の下のくまが黒く濃い。

 体調が芳しくないのは一目見ただけで明らかだ。


 だが何よりおかしいのは魔力。

 平時であれば彼女の体内を異常とも言えるほどの量が巡り、溢れかえっているはずのそれが、今は燃え尽きかけた火のような状態になっている。

 途切れかけているのだ。それは彼女が衰弱しかけていることを示している。


「ねえ。一体いつから食事をしていないんです?」

「くっ……」

「まともに眠ったのはいつなんです?」

「どけ……」

「血中魔力が足りなさ過ぎて、加護がまともに働いてないんです。だから僕程度もどかすことができない」

「殺すぞ……」

「このままの状態でダンジョンに入れば、死ぬのは間違いなく貴方です」

「そんな事は……どうだっていい……!」

 頭突きが飛んできた。

 彼女の額が、眼鏡に当たり視界の右端あたりに縦の亀裂が入る。


「……兄上は……首なしの騎士デュラハンになってた……! 剣を振りながら『苦しい』って……! 私に『助けて』って……呻いてたんだ……!」

 アネモネはこちらを睨みつけ吠える。


 もはやろくに体力など残ってはおらず、身体のあちこちから悲鳴が上がっている状態なはずの彼女だったが、それでも嫌々をするように身体を揺すりもがいて抵抗してくる。


「だから絶望して、どうでも良くなったんですか? 全てを投げ出しに行くんですか? それで兄妹、仲良くアンデッドになるつもりなんですか?」

「違う!」

「食料も持たず、剣すらも忘れてきて、疲れきって、弱り切って、そんな状態でダンジョンに向かうは自殺行為ではないんですか?」

「――っ! ち、違う!」

 アネモネは一瞬言葉に詰まるがそれでも否定する。

「わ……わたしはっ……ちゃんと……」

 アネモネは必死で反論しようとする。


 だが言葉が出てこない。

 当然だ。

 彼女自身どこかで分かっているはずなのだ。

『復活の杖』では兄を生き返せない事も。

 このままダンジョンに赴いても、地下十四階に辿りつけるわけがないことも。


 そしてどうすれば兄を助けられるのか分かっていない。

 だから感情に身を任せ、思いついた場当たり的な行動をしているだけ。

 それは子供の駄々と大差がないのだ。


「ちゃんと……何でしょう?」

「ちゃんとっ……たっ……たすけ……たすけっ……」

 彼女の言葉にならない言葉は、次第に嗚咽へと変わっていく。


 フジワラは溜息をつき、後味の悪い思いをしながら立ち上がりアネモネを解放した。酷い手ではあったが仕方がなかった。他に方法がなかったのだ。彼女を止めるにはその浅はかさを思い知らせて、意思を挫く以外に。


 死ぬつもりでいる者をダンジョンに行かせるつもりはない。

 あそこは命を捨てに行く場所じゃないのだ。

 何かを手にれる為に命を懸ける場所なのだ。


 そしてアネモネは、雨が降りしきるなか子供のように大声を上げて泣き出した。



「どうぞ」

 フジワラはテーブルにマグカップをそっと置いた。


 あれから、うな垂れたまま動かないアネモネを何とか連れて、『古き良き魔術師たちの時代』に戻った。

 彼女はソファに座った彼女は背中を丸くして毛布にくるまっている。ダンジョンでの疲れもでているのだろう、ぐったりと虚脱した状態ている。


 促されるままアネモネはマグカップに手を伸ばした。

 それから一口だけ飲んでから、ほうと息をつく。


 彼女に用意したのは、師匠の蒐集品から引っ張り出してきた葡萄酒で作ったホットドリンクだ。丁香(クローヴ)や厚切りにした甘橙オレンジと一緒に鍋で温めアルコールを飛ばし、蜂蜜をたっぷり入れたもので、大昔、風邪をひいた時などによく師匠が作ってくれた飲み物だった。


 アネモネがぐすりと鼻をすする。

 マグカップの中身を見つめたまま呟くように言った。


「兄とは仲が良かったんだ……よくふたりで剣の稽古をして遊んだ……」

 その声はやはり少し沈んでいたが、先程までの焦燥に駆られた余裕のない調子とは違って、落ち着きが感じられる。もう先程のような勢いにかられた行動に出るような心配はなさそうだった。


「優しくて強い人だった。私は一度も兄に負けたことがなかった。兄はどんなときでも私を勝たせてくれた」

「そうですか」

「私はそれが少し寂しかった……」


 フジワラは彼女の兄--アドニス公がどういう人物なのかを知らない。だから二人の間にあった兄妹の機微がどんなものだったのかも分からない。

 ただアネモネが、彼を強く慕っていたことは分かる。それはこの迷宮都市にやってきて、単身ダンジョンに潜り込んだ彼女自身の行動が証明していた。


「残念ながら、この店にあるどんなアイテムを使用しても、お兄さんを生き返すことはきません」

「……」

 アネモネはマグカップに口をつけたまま動かなくなる。

 ただ先ほどのように大きく動揺したり、声を荒げて否定したりすることはなかった。


 だからフジワラは続ける。

「けれどアンデッドモンスターとなった魂を救済することはできると思います」

「……どうすればいい?」アネモネは顔を上げて、問うてくる。


「彼らを救うには肉体というくびきを完全に消滅させるか、魂を浄化させる以外に方法はないでしょう」

 後者の『浄化』は、呪われた魂に直接働きかけ、強制的に昇天させる方法だ。ただこれには寺院に入り、祈祷術を学ばなくてはいけない。

 だから彼女に向いているのは前者のほうだろう。


「……倒すという事か?」

「ええ。それがお兄さんを安らかな眠りにつかせる為の確実な方法です。ただ首なしの騎士デュラハンが相手では簡単にはいきません。聖なる属性の武器が必要になるでしょう」


 聖なる属性の武器とは、アンデッドモンスターの呪われた魂に直接追加ダメージを与えることができる付与道具だ。

 また、これは物理攻撃の効きにくい(あるいは全く効果のない)霊的存在――肉体のない者への攻撃も可能にするものでもある。

 

「それがあれば怨霊レイスたちとも渡り合えるのだろうか?」

「ええ。質が良いものであれば、一振りで倒せるようになるでしょう」


 アネモネの言っているのは、地下十四階にいる無数の怨霊たちの事だろう。

 元々、彼らは敵味方なく、終わりのない戦いを続けるだけの存在だったのだが、今は遠征軍の一部として取り込まれているらしい。

 一匹一匹はそこまで厄介ではなかったが、彼ら全員を相手にするとなれば、とてもひとりの手に負える相手ではない。

 もし遠征軍を攻略し、彼女の兄を『救う』のであれば、最大の難関となりえるだろう。


「ただ残念ながら、この店には在庫がありません」

「そうなのか?」

「この迷宮都市のどこを探してもたぶんないでしょう。海を渡り他国まで行っても手に入るかどうかわかりません」

「何故だ?」

「『百鬼夜行パンデモニウム』のせいで飛ぶように売れたからです。質の低いものですら馬鹿みたいな値段で取引されているのが現状です」


 この迷宮都市の『組合ギルド』がいつまでも討伐隊を再結成できないのも、それが原因だと聞いている。また噂では『商会』が傘下をつかって買い占めを行っているらしい。

 だからこのままただ待っているだけでは流通してくることはないだろう。


「もし手に入りそうなら――」

「ええ、手配するつもりです」


 アネモネの目に少しだけ生気が戻ってきていた。

 兄を生き返すことはできなくても、彼の為にできることが見えてきたからかもしれない。


「でもそれだけではお兄さんを救うことはできません」

「……」

「遠征軍です。あれは個人の手に負える相手ではありません」


 アネモネは何も言わずマグカップのなかをぼんやりと見つめている。

 恐らくまだひとりで戦いに行くつもりでいるのだろう。


 この問題を解決しない限り、彼女はまた死を覚悟で無謀な探索に出ることに代わりなくなる。

 だからフジワラはもう一度、かつて断られたのと同じ提案をする事にした。

「だから貴方は仲間を作るべきです。それでどうにかなるとは思えませんが、ひとりで解決する事は尚更不可能です。まずはそこから始めるべきでしょう」


 この迷宮都市には力を貸してくれる者たちがいる。それはかつてフジワラがその身を通して識ったことだ。

 何より多くの探索者たちが、遠征軍や百鬼夜行をなんとかしたいと考えている以上、協力者は集える筈だった。


「……」

 だがアネモネは俯いたままだ。

 歯を食いしばるよう口を固く結び、マグカップをじっと見つめている。

 握るその手を強張らせていた。


「……できるわけがない」

「どうしてですか?」

「私が今まで甲冑で姿を隠したり、名前を隠していたのは何故だと思う? 私が遠征事件の関係者だからだ。恨まれこそすれ、仲間などできるわけがない」

「……」


 アネモネが正体を隠している理由についてはフジワラも気付いていた。

 確かに、彼女が自らの姿を晒し、出自を明かせば、筋違いな恨みを抱く者もいるかもしれない。彼女に石を投げる者が出てくる可能性を否定はできなかった。


 何れにせよ仲間をつくるつくらないは、本人次第だ。

 フジワラは手助けはできるが、それ自体を無理強いすることはできない事でもある。


 ただこれだけは伝えたいと思った。

「でもそれでも、少なくとも僕だけは貴方の味方です」

「……」

 アネモネが顔を上げて、こちらを見る。


「いつでも貴方を治療してあげたり、温かい飲み物も用意してあげるし、また無茶なことをしようとしたらまた止めるつもりです」


 彼女は言葉に詰まった様子だった。

 困ったような驚きと、疑問を浮かべている。

「何故……私に……そこまでしてくれるんだ?」

「友人だからです。貴方は、もう僕のなかではただのお客さんじゃありません」

 嘘ではない。

 それはフジワラの偽らざる気持ちだ。


「そんな……そんな勝手な事を……」

 アネモネは目を彷徨わせた。

 心なしか紅潮しているようにも見える。

 そして肩を窄め、俯いてしまう。

 そういう反応をされるとこちらまで少し照れくさくなるので勘弁してほしかった。


 彼女が立ち直れたとは思わない。だが少しは元気を出してくれたようで、ほっとする。


 この様子なら彼女の食欲もすぐに戻ってくる筈だ。

 その時に出すのがいつものビスケットでは少々物足りないだろうから、そろそろ何か食事を用意するべきだろう。


 そう思ってフジワラが立ち上がるのと、アネモネがお腹を鳴らせたのはほぼ同時の事だった。


 窓の外の雨はいつの間にか止んでいるようだった。



 鑑別証『復活の杖(ワンド・オブ・リザレクション)(高級品)』


『汝、彷徨える探求者に告ぐ、九千百十二滴を捧げよ、さすれば世界は息吹かせよ、脈打たせよ、微熱を与えよ、そしてその名を問いかけよ、フェリデアの聖杯のごとく』


 このアイテムは、古き良き魔術師たちのひとり『黄泉』のゼルペットが最愛の恋人を生き返らせる研究の過程で、作製した失敗作のひとつだそうです。

 その名前通り、呼吸を止め、冷たくなった肉体を、もう一度、起きあがらせる――要は『死者を甦らせる』ことができる究極ともいうべき魔術を行使することができます。


 ……というのは少し大仰かもしれませんね。何故ならダンジョンの深い階層まで進めれば比較的手には入る代物で、その効果も寺院もしくは施療院で司祭が行う『蘇生』の祈祷術と大差がないからです。


 何よりまず『蘇生』を成功させるには、次の条件をクリアしている事が必須となります。

『死者がその場にいること』『死後、約一日以内であること』『死因を取り除くこと』。以上の三つが揃っていなければ、効果はありません。

 また老衰や不治の病によって亡くなられた方、治癒できないほど肉体に損傷を負ってしまった方にも効果はありません(厳密には一時的に生き返らせることも可能です)。また死霊魔術によってアンデッドモンスター化した場合も効果はなく、肉体が灰化し、消滅する恐れがあります。


 更に注意して頂きたい点があります。

『蘇生』は肉体と魂に強い負荷をかける行為です。対象者に、激しい身体能力の低下や、記憶の混乱、性格の変化などをもたらすおそれがあります。成功しても日常生活を再開するために十分な安静の期間が必要となるでしょう。

 仮に失敗した場合ですが、連続で『蘇生』を試みることは可能ですが、負荷に耐えきれなくなり肉体が発火、炎上、灰化する場合がありますのでお気をつけ下さい。

 そうなればもう貴方にできることは、もはや葬儀の手配と、死者の御冥福を祈ることだけになるでしょう。


 古き良き魔術師たちにとって、『死者の復活』は大きな命題のひとつでしたが、これを成功させた例は数えるほどもありませんでした。

 杖の作り手であるゼルペットもまた研究に明け暮れ、試行錯誤を重ねたようですが、結局は諦め、晩年は死霊魔術師ネクロマンサーに転向し、恋人の亡骸を生肉製自動人形フレッシュゴーレムに変えてしまったそうです。

『死』とは偉大な魔術師たちにも覆せないほど絶対の摂理なのです。

「――それから、ひとつだけ約束して下さい」

「なんだ?」

「もう無茶はしない事。意地を張ったり、感情的になって、無理や無茶をするのを止める事」

「……」

「貴方がいなくなっても哀いと思う人がいる事を忘れないで下さい」

「……う」

 アネモネは言葉を詰まらせる。

 どうやら少しは自覚はしているらしい。


 アネモネは暫く戸惑った後、だが「わかった」と神妙に頷いてくれた。


「では約束です。小指を出して下さい」

 フジワラは言いながら小指を立てる。


「……なんだそれは?」

「故郷の風習です」 

「ふむ?」

 アネモネが訝しげな顔をしながらも、同じように小指を差し出してきたのを見逃さない。

 フジワラはすかさず小指を絡める。

 そして有無をいわさず一方的に宣言した。

「嘘ついたら針千本のーますっ!」


「なっ……」

「ふっふっふっふっ」

「針……だと……!」

「ええ。しかも千本ですからね」

「そ、それは絶対に嫌だ!」

 アネモネが身を引き、青ざめる。

 つい最近針で苦い経験をしたのを思い出したのだろう


「じゃあ絶対に守って下さいね」

 フジワラは笑った。


 これはアネモネを守るための枷だ。

 彼女が義理堅い真面目な性格であることをよく知っている。

 だからこういうささやかな約束事でも、律儀に守ってくれるはずだ。これで少しでも無茶が減ってくれればとフジワラは思った。



「姉さんこれが今日の収穫っす」

「ふむ。長剣が七本に、鋼の鎧が三着か。そらへんに頼む」

「了解っす」

「すまんな。君らのような人材を掴まえてつまらん仕事をさせてしまっている」

「何言ってるんすか。今どき姉さんみたいに払いの良い依頼人はいないっす?」

「そやでー。いい商売させてもらってでー」

「そーそー。我々ついでに持ち帰ってきたアイテムの鑑定もタダでしてもらってるもんね」

「ふむ……どうやら私はいい依頼人らしいな」

「勿論っすよ」

「そやでー」

「そーそー」

「成程。ではこちらとしても注文を出しやすいな。早速、追加で僧衣を二百着程、頼みたい。納期は二週間だ」

「へ?」

「まじでか!」

「えーっ! えーっ!」

「せ、せめて二カ月になんないっすか?」

「ふむ。君らが西の迷宮都市の腕利きと見込んでの事なのだが。それとも何か。依頼人様の頼みが聞けないとでも言うのではあるまいな?」

「姉さん鬼っす……」

「悪魔やで、悪魔がでたで!」

「死神だー、ふざけんなこのー!」

「おいおい。その程度のモンスターと一緒にしてもらっては困るぞ? せめて大魔王くらいは言ってもらわんとな」


 アイネ・クライネは不敵に笑う。

 まあ何だかんだ言って、彼らのことだからやってのけてしまうだろう。何せ西の迷宮都市で最も腕の立つ探索者たちなのだ。


 モルガンから頼まれていた納期はまだ先。

 だがあまり長い間、ここに滞在し続けるわけにもいかなかった。何故なら弟子には大した説明をせずに店を任せて、出かけてしまっていた。恐らく戻れば散々と嫌味を言われる事だろう。


 準備は概ね順調。

 武器と防具は、もはや小規模な戦争くらいこなせる程度の数が揃い始めている。勿論、全て聖別化を行ったものだ。

 これを迷宮都市に持って帰る事ができればいよいよ『百鬼狩り』を始められるだろう。


 付与道具屋『古き良き魔術師たちの時代』の店主アイネ・クライネは帰るのが楽しみだと思った。

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