蛙の飾りのついた長い針(未鑑定)①
※今回はちょっと痛い描写があるので苦手な方はご注意ください。
分かりやすく説明すると注射とか鍼灸治療的なやつです。
「おや『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしあんたが探索者で、ダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムがあったらここに持ってくればいい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定してやろう。
……まあだが今日のところは面倒なので弟子に任せるとしよう。
たぶんあんたの手にあるそのアイテムも付与道具のはずだ」
『死の足音』は孤独な探索者だ。
いつでも無骨な甲冑で全身を包んで、まるで戦場にでも赴くような重装備をしている。
外見だけでも非常に近寄りがたいのに、軽い挨拶すら応じないほど愛想が悪い。
仲間もいないようで、常に単独行動をしていた。
ただ腕は尋常ではなく立つようだ。
ダンジョンをたったひとりで踏破し続けている。今や地下十二階まで到達している程だ。それは本来、十年以上探索を続けた経験と実力をか兼ねそろえたパーティが到達できる領域だ。
同業者のなかにはやっかみ半分に『命知らず』『気狂い』『自殺志願者』などと陰口を叩く者もいる。だが同時に彼らの多くが『死の足音』の事を気にしていた。
「あの強さの秘訣はなんだ?」
「武器か?」
「魔術が関係しているのかもな」
「中身は人間だろうか」
「いや蜥蜴人かも知れない」
「エルフという線も否定出来ないぞ」
等と酒場で毎晩のように話題にしていた。
聞くところによればその正体が賭の対象にもなっているようだ。
だが彼らはその甲冑のなかに、どんな人物が隠れているのかを知らない。
彼女がアネモネ・L・アンバーライトという名前である事も。
十七くらいの少し背が高いだけの少女であることも。
好きな食べ物が『太陽を見上げる土竜』亭のビスケットとカフェオレであることも。
『古き良き魔術師たちの時代』の得意客であることも。
施療院に行くことができない都合から、店に訪れてはダンジョンで拾ってきたアイテムと引き換えに治療を要求してくることも。
「付与道具屋ならそれくらいなんとかするがいい」
「何度も言いますけどね、ここは鍛冶屋でも施療院でもないんですよ」
「なんだ治してくれないのか」
「僕は、甲冑が壊れたり、怪我をする度にこられても困ると言ってるんです」
これは彼女が『古き良き魔術師たちの時代』に訪れる度に行われるいつもの問答だ。
フジワラとしては、できればアネモネを治療したくはなかった。
何故なら、店で取り扱うアイテムや薬品で、できることは限られている。十分な処置ができなかったせいで、取り返しのつかない事になっても責任は持てない。だから毎回、施療院に行くことを薦めているのだ。
だが彼女は言うことを聞いてはくれない。応急処置で構わないから、やれというのである。
「もういい。死ね」
「その乱暴な物言いには感心しませんね……ちょっと、どこに行くんですか?」
「帰る」
肌着のみというあられもない姿のままだったアネモネが、肩を怒らせ全身甲冑一式を抱えると、店の扉へと向かいだす。
アネモネが他人に正体を隠している都合上、施療院に行けない事は知っている。それに彼女はとても我が儘で、とても頑固な性格だ。このまま放っておいても適当な魔法薬を飲むくらいの事しかしないのは目に見えていた。
「……分かりました」フジワラは溜息をついた。「こっちに戻ってきて下さい」
結局こうなってしまうのだ。
「なんだ。治す気になったのか?」
「ええ。できる限りの処置はしましょう。ですが僕にできるのは応急処置です」
「ふん。構わん」
アネモネは偉そうにそう言うと、甲冑を床において戻ってくる。だがその顔はすこし安堵しているようにも見えた。
「……それじゃあ治療をするので、怪我を診せて下さい」
「ん」
アネモネはテーブルの上に左足を置いた。
陶器のように白く艶のある腿。
その肌の一部が変質しているのが一目でわかる。
色が灰色になり表面がざらついている。叩けば硬い音がするだろう。ただ硬化しているのではなく石化しているのだ。
「ふむ」
フジワラは立ち上がると、先ほど彼女が床においた甲冑のところまでいく。調べてみると、予想通り左の脚具が全体的に変質している。鋼鉄製であるはずのその表面は、アネモネの肌と同じく石のようになっていた。
「石化してますね」
「そのようだな」
「歩く時、違和感とかはありますか?」
「ない」
「今、叩いてますけど痛みは?」
「……少し鈍い感じがする」
「ふむ。魔力の浸食は肌のあたりで収まっていると思います。石眼鶏とやり合ってこうなったんですか?」
石眼鶏は彼女が攻略しようとしている地下十二階に稀に出現するモンスターだ。見た目は鶏に近く、強さも知能もその程度しかない。だが非常に獰猛な性格の上に、睨んだものを石にしてしまう特殊な眼力を持っていた。
「ああ。気づいたら足下にいてな。撫でようとしたらこうなった」
「何故撫でるんですか?」
「可愛かったからだ」
「……」
「でも命と引き替えにしたぞ」得意気に笑顔を浮かべる。
「そういう問題ありません」
前々から言おうと思ってた事だが、彼女は危機管理に欠けているところがある。
毒のこもった甲冑を着続けたり、探索中に食料を失くしたり、もうすこし慎重に行動したほうがいいだろう。
だがフジワラとしてはあまり差し出がましい事は言いたくはない。そもそも別に彼女がどんな目に遭おうが自分には知ったことではないのだ。
反面、彼女には借金の返済をしてもらう必要があった。その後も店の売上に貢献してもらうつもりだ。できれば健康な状態でいてもらいたいとは思っている。
「……ふむ」
立ち上がり、在庫棚のところへ向かう。売れ残っていた商品のなかに確か
、お誂え向きの治療道具があったのを思い出したからだ。木箱のなかに手を入れて、心当たりのものを探り当てると引っ張り出す。
布袋のなかにしまってあったそれを取り出すと、一旦オイルランプを使って熱消毒を行う。
「……では石化を解きます。ちょっとチクリとしますけど動かないで下さいね」
「む。待て。何だそれは?」
「これですか? これは『黄金の縫い針』というアイテムです」
フジワラの手元にあるのは鋭く尖った長い針だ。名前に反して針はなく、代わりに尻の部分には小さな蛙の彫像があしらえてある。一見すると柄のない短剣に見えなくもないが、勿論武器ではない。
これは石化を治療することができる付与道具だ。
石化を治す事以外に使い道がないせいで売れ残ってしまっているが、その分効果は保証できる品だ。魔法薬のような消耗品ではなく、魔力を代償とするだけで何度でも使用できる上に、即効性もあり、副作用などの心配もない優れものなのである。
ただし治療の際に、ちょっと痛みを伴うのだが……。
「もしかして刺すのか?」
「御覧の通りのアイテムですから」
「なんというか、その……」アネモネがごにょごにょと口ごもった。
「何ですか?」
「痛いんじゃないのか?」
「すごく痛いですよ」嫌がらせにわざとにっこり微笑んでやる。
アネモネがそれを聞いて、テーブルに載せていた足をすぐさま引っ込めて、ソファに正座した。僅かに顔を青くさせている。
フジワラとしてはちょっとした嫌がらせのつもりもあったのだが、思った以上に効果があったと見てとれる。
「ほ……他に方法はないのか?」
「ありませんねえ」フジワラはきっぱりと断言してみせた。だが実はないこともない。
「……何故笑う」
「いや笑ってませんよ? 私は純粋な気持ちで、貴方の脚を治したいだけです。……でも困りましたねえ。他に方法がありませんからお嫌なようでしたら、もう施療院に行っていただく他ないでしょう」
「くっ……」
アネモネが物凄い形相で針を睨みつける。
一度目をつむり、覚悟を決めたように見開く。
こちらに向けて手を伸ばしてきた。何だろうと思っていると襟の辺りをぎゅっと掴んできた。それからおすおずと姿勢を崩し、石化したほうの足をゆっくりと差し出してくる。
「やるがいい」
「畏まりました」
フジワラは心の底からにっこりと笑みを浮かべると、アネモネの石化した脚の治療を始める事にした。
◆
フジワラは応急処置を始めることにした。
『黄金の縫い針』を摘み、魔力を伝達させると、針の全体がぼんやりと青い光を放ち始める。それは付与道具としての機能を発揮し始めた証拠だ。
針先でアネモネの腿の石化した箇所を突くと、硬い感触が指先に伝わってくる。
暫くは何の変化もなかったが何度か突き続けると、石像のように灰色に固くなっていたはずの肌が、徐々にその色合いと質感を変化させていく。
ゆっくりと元の色と生気を取り戻していくようだった。
「怖くない。痛くない。怖くない。痛くない。怖くない。痛くない。怖くない。痛くない。怖くない。痛くない。怖くない。痛くない」
ガタガタと小刻みに震えながら、ぶつぶつと自己暗示をかけているアネモネ。まだ痛くしていないはずなのだが予想以上の怖がり方だった
勿論、痛みを伴わない治療法はある。
僧侶の祈祷呪文、もしくは石化を解くことのできる『解呪軟膏』や『除石化の巻物』などのアイテムに頼る方法がそれである。前者はフジワラには使えなかったが、後者は店の棚を探せば在庫が揃っているはずだった。
ただこの手の消耗品は、使用したところで症状が完治するわけではない。あくまでダンジョン内での応急処置に使用するものでしかないのだ。
だから確実かつ安価な方法を考えるとやはりこの『黄金の縫い針』を使用する事が、最も良い選択だった。
そして問題はここからだ。
柔らかくなった膚に、針をゆっくりと突き刺して沈めていく。
アネモネが「くぅ」と小さく唸った。
襟首を握る力が強くなり、正直息苦しい。
我慢して貰うより他ない。歩いてダンジョンから帰還したのだから、心配する必要はないとは思うが、万が一、石眼鶏の魔力が筋肉や骨に近い箇所まで及んでいた場合、きちんと治癒しなくてはいけない。筋肉まで効果を届けるにはこうするしかないのだ。最悪、後遺症を残すこともあり得るのだから、念には念を入れる必要があった。
「さあ、もう大丈夫でしょう」
「……ぐすん」
アネモネが涙目になり、鼻をすすっている。痛かったらしい。
処置が終わり針を抜いてから、傷薬を塗り包帯を巻いてやる。
彼女の加護持ちの体質を考えれば、すぐ針の跡も残らずに治癒するだろう。
涙目でふてくされた顔のアネモネを見ながら、フジワラは「それにしても」と思う。
彼女は普段、腕が折れたり、呪いを受けたりしても平気な顔をしているのだから、この程度の事は痛くないのではないだろうか。
尋ねてみると、怪我として認識したものは『加護』の力で感覚を無効化してくれるらしいが、それ以外のものは普通に痛いままらしい。
「えっと……そろそろお茶にしましょうか?」
「……する」
アネモネはすねた子供のような顔をしたまま、こくりと頷いたのであった。
「……さて今日はここまでにしておこう。
アイテムの紹介とかその辺のことは、次の回弟子のやつがやろことだろうさ。
私も喉が渇いたのでそろそろ『お茶』にするとしよう。
……どうだい。この噎せ返るほど濃厚な香りと、琥珀を思わせるような色。
まさしく高級な茶に違いあるまい?」




