いとも容易く鉄を切り裂く長剣(未鑑定)
「やあ『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。
……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」
「やあ、御目が高いですね。
そう。それはなかなかの魔剣ですよ。
何せ、元々の所有者はとてつもない剣の達人。吟遊詩人たちがその名前を語り継がれるような方ですからね。
勿論。剣の能力はそこそこに強力です。岩石であれ鋼鉄であれバターみたいに断ち切る事が可能な逸品です。
……でもね。この剣の凄いところはその能力ではないんです。
これを扱う為にはある『資格』が必要になる。それはある種の才能といって過言ではないもので、どんなに腕の立つ人であれそうそう持ち得ないものです。
つまり、もしこれを扱えることができれば、その人はとてつもない剣の達人になれる可能性があるという事なんですね。
だから欲しがる御客さんはたくさんいるんですが、所有できそうな人がなかなか現れなくて正直売れ残ってるんですよ。
どんな『資格』かですって?
ええお教えしましょう。それはですね――」
◆
血塗られた骸骨。
骸骨が数え切れないほどの生命を奪い続け、大量の血を浴びた結果、変転したものだとされているモンスターだ。
呪われたその深紅はあらゆる攻撃に対して強い耐性をもっているらしい。
男は、そんな化け物と出遭ってしまった不運を、心のなかで呪った。
すでに百回以上の攻撃を加えてたが、血塗られた骸骨の身体はまだひと欠片すらも傷つけることができずにいる。このおぞましい骨の化け物ははただの剣では傷つけることすらできないようだった。
息が苦しい。腕が重い。
身体は消耗しきっていた。
もう一撃振るえるかどうかはわからなかったが、それを試したところで意味があるとは思えなかった。
慌てて腰を落とす。
間一髪、額を撫でるように通り過ぎる敵――血塗られた骸骨の大鉈による斬撃だ。
ぬめり。
垂れた血が、左目を濡らす。
そして容赦ない追撃がくる。
たたみかけるような上段からの二撃目――脳天斬りだ。
もはや足が動かない。
避けようがなかった。
男はもう一度後悔する。
剣の道を志した事を。
それだけでは食べられないからと迂闊にダンジョン探索などを始めてしまった事を。
所詮、自分は農夫の息子だったようだ。
何のとりえもない男が、大それた夢を見たせいで罰があたったのだろう。
そして大鉈のざらついた刃が迫りくる瞬間、彼の頭をよぎったのは――何故なのか、これまでに投げつけられた数々の苦言や罵倒だった。
◆
『農民の息子は所詮、農民だ』
遠い記憶。
剣豪になりたい。最強の剣豪に。そんな子供染みた夢を、鍬をふるう手を止めるとじっとまっすぐな目で諭す出もなくただの事実を告げるように吐いた父の言葉が否定する。
悪戯をして殴られるよりも辛かったのをよく覚えている。
『君はまるで才能がないらしい』
初めて木刀を握った時、通りがかった青年にからかい半分に言われた言葉。
彼は十年に一度の逸材と言われ、若くして『無双』と呼ばれた傑物だった。
以来、その言葉が何十年も呪詛のように心を蝕むようになる。
『悪いことは言わない。諦めて故郷に戻った方がいい』
入門しようとした道場で、素振りをして見せた時の師範代の言葉。
彼の気の毒そうな顔は、末期の病に侵された親父を診察した時の僧侶の顔に似ていた。
『おれでも勝てる相手がいるなんてなあ』
道場で、ようやく十に届いたばかりの子供に負けた時の言葉。
それからは誰からも稽古をつけてもらえず、ひたすら素振りのみをやらされる事になる。
暇さえあれば素振りをする癖はここで身についたと思う。
『今、君が負けたのは剣を握って三ヶ月の新米らしいぜ』
名を偽り、身分を偽り、参加した武芸大会の予選で敗退した時に傍にいた男にかけられたからかい。
休まず木刀を握り続けた五年という歳月が決算された気がした。
それから目に涙を滲ませながら、三日三晩果てるまで素振りを続けたのを覚えている。
『ふざけた構えですね。ダンジョンは自殺の場所ではありませんよ?』
剣で食べていく為、探索者になろうと決心し、探索者組合の登録審査で素振りを見せた際、役人が吐き捨てるように言ってきた言葉。
それ以来、何が悪かったのかを熱が出るまで延々と考える癖がついた。
『ははは十年も続けてその構えとは』
同じ道を志した知人との再会。酒を飲み交わし、剣術談義に花を咲かせるなかで酔っていたからこその言葉。
語れるほど何も得てなどいない未熟な自分を思い知らされた。
悔しさを堪え、必死で笑顔を作った。
『おまえごときには相応しくないので酒代に変えてやろう』
初めて手にした刃こぼれだらけの長剣は、三日とたたず道中の山賊に巻き上げられた。
因縁を付けられ、構えるよりも先にあっさりと取り上げられたのは、己の未熟のせい以外何ものでもない。
『ぶざまだな』『旦那よくそんなんで生きてこれやしたね』『悲しいくらい不器用ない男』『いい加減、本気を出してくれないか』『もう諦めたほうがいい』
苦言。
罵倒。
気遣い。
嘲り。
憐れみ。
これまで男が人生で投げつけられた哀しい、辛い言葉の数々。
それらが走馬燈のように脳裏を巡る。
◆
――だが。
腕が自然に跳ね上がり、気がつくと大鉈を受けるように薙いでいた。
唯一、己の身体だけがそれを否定していた。
頭のどこかで別の声がする。
それはきっと呪いではないのだと。
枷ではないのだと。
凡ては、己を叱咤し、奮い立たせ、鍛錬させる為の祝福の言葉であるのだと。
決定打を逃した血塗られた骸骨が、苦々しく何かを呟いた。男にでも理解できる簡単な古語による罵倒だった。
それはこれまでに受けた心をえぐる言葉たちにとは比べるまでもなく軽く、手を止める理由にはまるでなりそうになかった。
薙ぎ払った後の動きから身を捻り、叩きこむ。剣はそのまま滑るように血塗られた骸骨の肋骨へと向かっていく。
負けない。死ぬつもりはない。
後何百でも、何千でも打ち込み続けてやる。
そう決意したその瞬間、長剣がぼんやりと青白く光りだす。
驚いた。
業物だとは思って拾ったものだったがどうやら付与道具だったらしい。
斬――強固なはずの血塗られた骸骨の身体が、剣身で触れても弾かれない。
それどころか刃が何の抵抗もなく斬り込んでいった。
それはまるで開墾しての土に鍬を入れたのかと錯覚するほどの軽い手ごたえ。
不気味な金切り声があがる。
通じたのだ。
そう思った男はそれから狂ったように剣を振るい続けた。ひたすらただひたすら、悲鳴が止むまで攻撃を繰り返す。
そして気がつくと目の前から血塗られた骸骨の姿は消え失せていた。代わりに、足元に粉々になった紅い骨の欠片が大量に散らばっている。
ああ……。
倒したのだ。
生き延びる事ができたのだ。
男は安堵から、呆けたようになり、その場にしばらくへたり込んだ。
彼はこの時はまだ知らない。
手にした剣が、ごく限られたものにしか身につかない得がたき才能を認めたという事を。
食べていく為に、始めたダンジョンの探索が、彼の腕を徐々に鍛え上げているという事実を。
辿りつける階層の数が増えていることで、迷宮都市に彼自身の名を広めている事を。
そしていつしか剣豪と呼ばれる運命にある事を。
◆
鑑別証『斬鉄剣(高級品)』
『万日の稽古を怠らぬ者に告げる、血を三千七百二十五滴捧げろ――さすれば世界は、万度穿て、千度刺せ、百度裂け、そして一刀両断に処せ、オオワザモノの刀ごとく』
作り手は『鍛冶屋』と呼ばれたバリエッド・ウィンチェスター。彼は数奇人で、能力を付与することよりも、素材となる武器自体の造りのほうにこだわりを持っており、時には自ら工房に入り、槌を振ったとされています。
また彼は誰にであれ快く作品を提供したそうですが、代わりに所有者に対して風変わりな『資格』や『代償』を要求しました。曰わく、『人間が五十年以上使用し続ける事で、幻術効果を得る事ができる』『強力な野望を抱いた少年でなければ使用できない』『神に出会ったら必ず斬りかからないと呪われる』などなど。
それらは彼が愛読していたとされる極東の武芸書から着想を得たのだとされています。彼は果てしない国盗り合戦を繰り広げていた島国に強い憧憬を抱いていたようです。
そして、この『斬鉄剣』はその趣味性が色濃く出た作品と言えるでしょう。何故なら極東の武者たちが扱う、独特の形状をした剣――刀。『斬る』ことに特化させたその設計思想に着目して造られたからです。形状こそ『叩きつけて殺する』ことを念頭においた一般的な長剣ですが、どんなに固いものでも切断することが可能です。ダンジョンの石壁、分厚い鋼鉄の鎧、魔術によって強化された盾、果てはあの希少な最高硬質の鉱物ミスリルですらも、たやすく斬り裂くことができるはずです。
さてこの剣、以前はある名の知れた剣の達人が使用しておりましたが以降は、使い手が見つかっておりません。正直『資格』が厳しすぎて売れ残っちゃってるんです。ある意味年齢制限つきですからね。
それ程、厳しい使用条件となっているこの剣ですが、もし自信のある方がいらっしゃいましたら是非是非、当店でお試しください!
以上が、『放浪者』ナハトムジークと呼ばれた男がまだ無名だったころの話である。
彼が旅の果てに、道場を開き、弟子をとることになった経緯についてはすでに読者の方々の知るところだろう。




