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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
24/74

棍棒のかたちをした刻印(未鑑定)③

 

 アネモネはいつものように温かいカフェオレとビスケットを用意してもてなす。


 ソアラたちから土産話を聞くことは、彼女にとって楽しみのひとつだ。彼女たちが迷宮都市で出会った出来事や、手探りでダンジョンを攻略していく過程を知るのは楽しかったし、自分も探索者としてアドバイスして先輩ぶれるのも嫌いではない。


 今回、聞いたのは酒場にいたという猫人族キトニアの男との一件についてだった。

「それで、そのミケランジェロというのは地下十階以上を踏破しているのか。なかなかの実力者だな」

「でも本当に嫌な奴なんですよ」

「こっちが顔近付けたらぐえーって、げっぷするんです」

「うん。げっぷは駄目だな。マナー違反だ」


 ふたりは彼との喧嘩に負けたことが、よっぽど悔しかったらしく口々に、その男の文句を言っている。

アネモネはそれにうんうんと頷きを入れ、聞き役に徹してやった。


「そういえばアネモネさんも持ってるんですか?」

「ん?」

 ソアラが聞いてきたのは、猫人族の男が見せたという奇妙な痣のことだろう。それは迷宮都市では俗に『踏破の称号』と呼ばれているもので、ダンジョンのどこの階層までを踏破しているかを証明する代わりになるものだった。


「勿論あるぞ」

「幾つですか?」

「みっつだ」

 アネモネは鋼鉄の指を三本たてて見せる。

 籠手に隠れてはいるが、右の前腕には今も♣♠♦の三種類の小さな模様が浮かんでいる。

 

「じゃあ十五階まで踏破したんですね」

「よしミケに勝った」

「アネモネさんにかかれば雑作もないよね」

「所詮は、三下」

 自分のことではないのに、完全に勝ち誇って、ミケランジェロという人物を貶し始めるだすふたり。

 普段は他人のことを悪し様には言わない性格のいい子たちなのだが、よほど腹に据えかねていたのだろうなあ、とマグカップに口をつけながら思った。


 ちなみにひとつめを手にすることで、駆け出し扱いされていた探索者はようやく一人前として認められる。


 ふたつめを所持すれば、もはや熟練者だ。いよいよ同業者たちからふたつ名で呼ばれる頃だろうし、商店などでの待遇も大きく変わるようになる。


 そしてみっつめを所持する者は極少数だ。

 手に入れれば『英傑』と呼ばれるようになり、迷宮都市ならず、周辺国でも名前が通るようになる。

 どこかの小国程度であれば、魔術師ならば宮廷魔術師に、戦士ならば騎士に、即取り立ててもらうことも可能だろう。また組合、学院、寺院などに所属している場合には、当然それなりの役職を与えられるらしい。

 立身出世に興味はないアネモネなので、あまり詳しくないが、色々得られる特典は多いそうだ。


 アネモネとしてはそれよりも、この刻印のせいで、腕が露出する服が着づらい事の方が気になっている。せめてもう少し可愛らしい意匠デザインなら良かったのにと湯浴みをする時にいつも思うのだ。

 以前、フジワラにその事を相談したら『どうせいつも甲冑じゃないですか』と言われたので、丸一日、口をきかなかった事を思い出す。あの人は何も分かってないのだ


「ところでな、これは本来、他人に見せびらかしたり、他人との優劣を競ったりするものではないんだぞ」

「えっ。そうなんですか?」

「うん。通行許可証だからな」

「通行許可証……?」


 やはり彼女たちは肝心なことを知らなかったらしい。

 アネモネはソアラたちに先回りした情報を極力与えないように努めている。ダンジョンでは偏った知識を身に付けることよりも、自分で考え、判断し、経験を積み重ねていくことの方が大事だからだ。


 ただこの件に関しては、探索を続けていく上でかなり基本的で、そこそこ重要なことなので、説明してやらねばならないだろう。


「ダンジョンには所々に見えない関所が配置されているんだ」

「関所ですか?」

「うん。関所は強力な魔法を発生させて、探索者たちが先に進もうとするのを妨害してくるんだ。壁を作って道を塞いだり、ひたすら階段を下りている幻覚を見させたり、同じ階層に戻ってくるように次元を捻じ曲げたり、といった現象を発生させる」


 通行許可証は、その関所を通り抜ける為に不可欠なものなのだ。


 ソアラとリンネは説明を聞いて、嬉しそうにお互いの顔を見合わせた。

「進めなかったのは、そう言う事だったんだ!」

「これで地下六階に行ける!」

「やった!」

「よかった!」

 抱き合ってはしゃぎだす二人。

 成る程。どうやら彼女たちは見えない関所のせいで先に進めなくなり、困っていたらしい。


「通行許可証はいろいろ便利なんだぞ。昇降機エレベーターも使えるようになるしな。まあその辺りについては店長が詳しいから聞いてみるといいぞ」

「はい」

「ありがとうございます」

 早速、ソアラとリンネは次の探索に出る為の打ち合わせを始めだした。食料とランプさえあれば、またすぐダンジョンに入れる、などと話をし始める。

 彼女たちは探索者になってまもない駆け出しだった。つい最近まで地下二階の辺りで躓いていたこともあった。それが今や卵の殻を破って、一人前の探索者になろうとしている。


 成長の早さに驚くとともに、立派になったなあという思いから、アネモネはうっかり涙ぐんだ。

「ぐすん」

「あれ、そういえば店長さんがさっきから静かですね」


 そういえば、とアネモネは思った。

 カウンターにいるフジワラも珈琲を飲みながら、ソアラたちの話を聞いているはずだったのだが、先程から一言も口を挟んでこない。

 以前にも同じ様なことがあった気がするなあ、と思いながら店内のほうを見る。


 フジワラはカウンターで椅子に座り、マグカップに手を伸ばしたまま動かないでいる。どうしたのだろうと様子を見ていると、何度も頷くような仕草を繰り返し始める。

 どうやら眠っているらしい。


「……」

「ま、まだ午前中ですから」

「う、うん。午前中だからね」

 フジワラの低血圧は知るところではあったので、ソアラとリンネたちも頑張ってフォローしてくれる。


 アネモネはため息をついた。まあいつもの事だ。午前中だし、まだお客もきそうにないのでしょうがないと思う事にした。


 

 帰宅するのを取り止めにして、再びダンジョンに赴くことにしたのは、勿論、地下六階への進み方が分かったからだ。

 具体的な攻略方法を見つけるのはこれからだったが、手に入れるべきものが何か判明しただけでも、俄然やる気が出てくる。


 ただまずは必要な食料と備品を取り揃えに、市場へ向かわなくてはいけなかった。頑丈なカンテラがあれば是非手に入れたいところだ。


「……昨日さ」

 ソアラは歩きながら、隣のアネモネに話しかける。

「うん?」

「ミケランジェロから『証』の話を聞いた時、『やった』って思ったんだ。それがあれば昨日の駅馬車であったみたいなことが、なくなるかもって思ってさ」

「うん」

「ただ不安にもなったんだ。それ手に入れちゃったら、誰かに親切にされても笑顔を向けらても、信用できなくなるんじゃないかって……」

「……」


 迷宮都市には色んな人達がいる。『ガキが』『女が』『駆け出しが』。そういった言葉を頭につけて、口汚くこき下ろしたり、理不尽を強いてくる人たちに出会ったことも度々あった。ソアラが彼らに足元を見られないよう、長かった髪を切り、できるだけ女の子らしくない服装や、喋り方、振る舞いをするようになったのもそのせいだった。


「でも『古き良き魔術師たちの時代』にきて思い出したんだ。アネモネさんとフジワラサンは違ったもん。最初から親切だったし、悩んでいた僕にそれ以上の事までしてくれたんだ」

「私とソアラちゃんと引き合わせてくれたもんね」

「うん。だからこれはもう証とやらを手に入れるしかないよね」

「うん。頑張ろう。それで地下十階を踏破しよう」

「えっ地下五階もまだなのに?」

「目標はミケ越えだから」

 リンネが興奮気味にそう言った。


 どうやら彼女のなかでミケランジェロはソアラを虐めた悪い奴という位置づけになっているらしく、復讐を誓っているようだった。ここにくる途中も都市内で魔術が禁止されていなければやっつけることができたと、力説してくれた。

 後、彼女のなかでミケランジェロの呼び方はミケで定着したようだ。


「あれ?」

 リンネが何かに気がついて手荷物を慌てて確認してだす。

 どうやら愛用している杖が見つからないらしい。

「お店に忘れてきた?」

「う、うん。ちょっと取りに行ってくる」

 そう言うと慌てた様子で、元きた道を駆け戻っていってしまう。相棒がやる気になっているのは頼もしかったが、飛ばし過ぎのよくないかもと思った。


「……」

 待っている間、ソアラは素振りをすることにした。


 そういえば酒場でミケランジェロは、最初の証をとったことで『人』になれたと話をしていた。あの時は、言葉の意味を理解していなかったけれど、きっと彼も、ソアラのように、いやそれ以上に辛い目に遭った事があるのかもしれない。


「次は負けないぞっ」

 思い切りよくショートソードで空を斬る。

 十分な食事と睡眠ととったので身体はどこまでも軽かった。



 リンネは店の扉をくぐり抜け、店内に入る。


 奥にあるカウンターには店主のフジワラがいる。

「あのう……」とひと声をかけようとして、止める事にした。

 突っ伏したまま眠っていたからだ。

 いくら軒先でアネモネが掃き掃除しているとはいえ、不用心極まりないなあと思った。


 フジワラを起こさないように忍び足で、傍を通り過ぎ、バックヤードに辿り着くと。ソファに忘れてきた杖を見つけ、回収する。

 よかった。これがなければ始まらない。昨日の酒場では後れをとってしまったが、ダンジョンではばしばしソアラを支援バックアップするつもりだ。


 フジワラは片腕を枕にして、静かに寝息を立てていた。再び忍び足で通り過ぎながら、彼のことを観察した。


 長い髪がくしゃくしゃになっているのもいつものことだ。だらしがないなあ、と思ったは、襟元が曲がっているのを見つけたからである。接客業としてはどうなのだろうか、この人は。

 服装とか髪形を、もう少しだけきちんとさせれば、女性のお客さんも増えるのではないだろうか、とリンネは常々思っていた。アネモネも喜ぶはずだ。

 他にも左袖のボタンが外れて、めくれて--。

「えっ……きゃっ?」

 リンネはおかしなものを見た気がして、うっかり足元に置いてあった木箱に蹴躓き、転んでしまった。


「……うう……ん?」

 フジワラが呻きながら顔を上げた。

 袖口で涎を拭きながら、ぼんやりした顔でこちらに笑いかけてくる。

「ああ失礼。リンネさんですか。どうしました?」


「う、あ、なんでもない……です」

 リンネはそれだけを言って一目散に逃げ出した。

 店を出て、掃き掃除をしているアネモネにぺこりを頭だけ下げ、ソアラの元へと向かう。


 まさか。そんなはずがないと思った。

 だからどうせ見間違いだ。


 確かにフジワラは鑑定の腕にかけてはかなり有能ではある。

 だが彼が探索者だったという話は聞いたことがない。そもそも貧血持ちだし、荒事を望むような性格にも見えない。アネモネもよく『店長はもやしっ子だな』とからかっている。ダンジョンのような過酷な場所には向いているはずがないのだ。


 フジワラの左の袖口から、わずかににのぞいた前腕にあった模様。通行許可証に似たあの四つ(・・)の黒い徴。


 きっとあれはただの痣に違いない。

 リンネはそう、自分自身を説得して、それきり見たものをすっかり忘れてしまう事にしたのだった。


 うんきっとそうに違いない。



 鑑別証『クラブ通行許可証パスポート(--)』


 ダンジョンの深くに潜れることが一種のステータスとされているこの迷宮としにおいて、実力の証明書代わりとなり得る♣の刻印は探索者たちに、様々な特典を与えてくれます。


 例えば貴方がもし買い物をしていて、店主から不当な金額を要求されたり、買い叩かれたり、当然のサービスを受けられなかったりした場合、これを提示してみせるのも手かもしれません。貴方が、例えどのような種族、年齢、性別、職業、出自、容姿であろうと、多くの場合、店主はすぐさま態度を改めることでしょう。

 また大陸商業連合会は傘下の商店に対して『クラブ級の探索者が値段交渉を行ってきた場合、五分引きまでであれば無条件で応じるよう』にという規則を課しているそうなので、お財布が心もとない時には試してみるのもお勧めです。


 さて『クラブ通行許可証パスポート』の入手方法はただひとつです。それはダンジョンの地下五階の主を倒すこと。

 地下五階『共同墓地』の東南にある丘陵、『なげきの丘』には巨大な墓標があり、そこには継ぎ接ぎだらけの大鬼が出現します。

 それこそが『共同墓地』の主、『なげきしもの』です。

 無数の大鬼の屍体を繋ぎあわせた生肉製の自動人形フレッシュゴーレムで、複数の亡者を従え、墓標を棍棒のように振り回しながら、襲いかかってきます。身体のあらゆる場所に継ぎ足された唇が一斉に開いたら、御注意を。『呪詛の咆哮』をまともに耳にすれば、身体の自由が奪われるだけでなく、体調不良に陥りることになるでしょう。

 貴方が、もしこの困難に打ち勝つことができれば、通行許可証を手に入れることができます。そして晴れて、一人前の探索者の仲間入りを果たすことになるのです。


 通行許可証は、身体の一部に浮かび上がってくる黒い刻印です。一見するとただの刺青のように見えるかもしれませんが、魔術文字を凝縮させた擬似的な魔術回路です。これがあればダンジョンの目には見えない関所を通過して、先に進むことができる他、昇降機エレベーターなどの設備をしようすることも可能になるでしょう。

 ちなみに棍棒が暴力と秩序を象徴していることから、これを身につけたものは膂力が増すとか統率力が得られるなどといったことが、昔からまことしやかに語られているそうですが、残念ながら、それは迷信であるようです。

以上が、ソアラとリンネが通行許可証について知るまでの経緯である。

彼女たちが『♥の通行許可証』を手に入れるのはまだまだ先の話になるだろう。

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