棍棒のかたちをした刻印(未鑑定)①
「やあ『古き良き魔術師たちの時代』へようこそ。
もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。
細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。
……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」
※今回、改稿にあたって階層などの設定をちょくちょく変更しております。物語として楽しむ分には問題ないかと思います。後日設定などを別にして投稿するかもしれません。よろしくお願いいたしますm( )m
突然、天井のほうから大量に何かが降ってきた。
ソアラは慌てて頭を手で庇いながらその場に屈んだ。
「うわっ!?」
足元には落ちてこない無数のそれらは、頭上で騒々しく飛び回っている。
どうやら蝙蝠の群れらしい。
羽ばたきキイキイ鳴き声を上げているだけで絡んでこないので、放っておいても問題なさそうだった。ダンジョンには血を吸ったり毒を与えてきたりする類も存在するのだが彼らは至って無害な連中のようだ。
「ひゃー吃驚した!」
「大丈夫だった?」
「御免。驚いてカンテラ落としちゃった」
「燃料は?」
「予備があるから問題ないけど……ああ硝子にヒビ入っちゃってるね」
相棒のリンネと喋りながら、中腰の状態でその場を後にする。
それからは何事も起きなかった。
壁に張り付いて待ち伏せしている質の悪い連中がいないとも限らないので油断は禁物だったが、どうやらモンスターが出てきにくい場所であるらしい。
暗がりのなかを壊れかけたカンテラで照らしながら螺旋階段をひたすら下っていった。
更に二刻ほど進んでいくとやがて下方から明かりが見えてくる。
どうやら出口のようだ。
お互いに顔を見合わせて頷き合い、祈りにも似た気持ちで階段を踏みしめる。
今度こそ地下六階だ。
やがて段差のない地面へと辿り着くことができると、彼女たちは目の前にある景色を確認し、がっくりと肩を落とした。
「うーん……やっぱり駄目だったか」
「何でなんだろう?」
黴臭い空気が漂い、そこかしこに墓標が突き立てられている。遠くの方では骸骨がうろうろと徘徊しているのが見えた。
そこは紛れもなく地下五階だった。
通称『共同墓地』。初めの頃こそ苦戦を強いられたこともあったが最近では容易に進めるようになってきた、アンデッドモンスターが潜んでいそうな足元の土の盛り上がりに注意しながら進んでいくのがこつの場所だ。
自分たちは地下六階に向かっていたはずなのだ。
階段をひたすら降り続け、一段も上に上がった覚えはないはずが元いた階層に戻ってきてしまったのは何故だろう。
「……ふう」
杖に寄りかかっていたリンネが溜息をついてその場にへたり込む。
もうかれこれ半日以上も同じ事を繰り返していたせいで彼女も、自分もくたくたになっていた。どの階段を使っても、何度下っても、同じことが起きてしまいどうしても地下六階に辿りつくことができずにいた。
「……とりあえず今日はもう引き上げる?」と相棒のリンネが提案してくる。
まだ食料やカンテラの燃料に余裕はあったが、このまま理屈も分からずに階段を下り続けたところで先に進めるとは思えない。
確かにいったん地上に戻って、情報収集をしたり、体勢を立て直したりした方が賢明かもしれなかった。
「そうしようか」とソアラは力なく頷いた。
魔術師であるリンネによれば、どうやらこの現象はダンジョンの仕組みがそうさせている可能性があるとの事だった。何かの魔術にしては大掛かり過ぎるからだそうだ。
それを聞いて、まるでダンジョンから「お前たちには先に進む資格がない」と言われているように思えてしまい、少し落ち込んでしまうソアラだった。
◆
結局、今回の探索は散々な結果だった。
目標にしていた地下六階に辿り着けず、ろくな戦利品を手に入れることが出来なかったどころか大事なカンテラまで破損させてしまった(あの後すぐに、風避けの硝子が割れてしまったのだ)。
地上に出ると、太陽は空を上りきり、これから落ちてこようとしている最中のようだ。時間は昼過ぎといったところ。ソアラたちは、ダンジョンを出る為に、あれから更に何度かの小休止を経て、丸一日以上歩き続けた事になる。
それから駅に向かうことにした。若干であるが金銭的にも余裕があったし、身も心も憔悴しきっていたので少しでも身体を休めたかったからだ。
「乗れないってどういうことですか?」
「見りゃわかるだろお嬢ちゃん」
こちらと目を合わせようともせず髭面の中年御者は、煙草を指で弾いて捨てながらそう言った。
馬車がやってきたので乗り込もうとしたら、御者に乗車拒否されたのだ。
すでに乗り込んでいる客数は多く、座席は殆ど埋まってしまっている状態だったが、あとひとりかふたりならば座れそうだった、何なら御者の隣にも空きはあった。どう見ても乗車は可能だ。
だがそれを指摘しても御者は嫌そうに首を振るだけだった。
「余所じゃどうかは知らないけどね、うちの馬車はこれでもう定員なんだ。これ以上は馬鈴薯一個乗せるつもりはないよ」
料金を多めに払うと交渉してみたが、「俺が駄目だと決めたから駄目だね」と、よく分からない理屈で突っぱねられてしまう。
出発を待っていた乗客の視線が気になり始めたので、ソアラたちは仕方なく諦めることにした。
だがこの話はこれで終わりではなかった。
出発しかけた馬車を、後からやってきた羽根つき帽子の細身の男が呼び止めたのだ。しかも彼はいとも容易く乗り込んでしまった。手荷物らしき大きなナップザックを座席に乗せ、彼自身は御者席に腰かけて。
そしてそのまま馬車は何事もなく動き出した。
暫くぽかんとしながら、遠ざかっていく馬車をただ見送るしかなかった。
「なんなの、あの御者!」
「馬鈴薯どころの話じゃなかったよね?」
「馬に蹴られちゃえ!」
「馬糞まみれの呪いにかかれ!」
次の便は夕方過ぎで、待つにしても時間がかかりすぎたし、確実に乗れるとも限らない。こうなっては帰宅は諦めて、徒歩で戻るより他なかった。
ふたりは仕方なく、御者への悪態をつきながら市街地までの道のりを歩くことにした。
◆
受難はそれだけでは終わらなかった。
「すまないねえ嬢ちゃん方。たった今、部屋が埋まっちまったんだわ」
酒場の太鼓腹の店主が、頭を掻きながら申し訳なさそうにそう告げてくる。
何とか夕方前に市街地に辿り着くことができ、近場で別の宿をとることになったのだが、それが難航していた。
これで三件目。
ソアラは経験上、自分のような小娘だけで宿泊先を見つけることが難しいことは自覚していたので、特にめげたりはしていなかったが、やはり気持ちは荒む。
店内を見回す限りだとかなり盛況である。だとすれば主人の言っている事は本当なのだろう。まあ例え嘘で、部屋が余っていたとしても理由をつけてくれるだけマシではある。店によっては問答無用で追い返してくるところもあるのだから。
もういっそ馬小屋の藁の上でも構わないから眠らせて欲しい気分だった。そうさせてもらえないか交渉してみようか、と思っていると、うつらうつらし始めていたはずのリンネがいつの間にかにこにこしている。
「ソアラちゃん、とりあえず御飯しない?」
そういえば丸一日近く、食事をしていなかった事を思い出す。最後に口にしたもののも歩きながらの味気ない糧食だった。
「ここね。お姉ちゃんが美味しいって絶賛してた店なんだよ」
「もしかして前に言ってた鮭の香草焼きのところ?」
「うん」
それは奇しくも、以前にリンネが一緒に行こうと約束した店だった。
ソアラは、今のこの荒んだ気持ちを癒してくれるものは、もはや美味しい食べ物以外にはないかもしれないと思った。
早速、空いている卓について、近くにいる中年女給に声をかけた。。
だが――。
「あーそれ。ごめんねえ、もう売り切れちゃったのよう」
店主に負けず劣らずの太鼓腹の女給がわははと笑いながらそう告げてくる。
「……」
「……」
「明日また市場から仕入れるらしいから別のもの頼んでちょうだい」
ソアラの舌はすでに鮭の香草焼きになってしまっていたのだ。リンネだってきっとそうに違いない。
今更、はいそうですかと他のものを喜んで食べる気分にはなれなかった。結局、しょんぼりした気持ちになりながら、注文表からそれぞれ適当に食事と飲み物を注文する。
「もう散々だね……」
「踏んだり蹴ったりだ……」
止めを刺されたソアラは力尽き円卓に突っ伏した。
もしかしたら呪われているのだろうか。
ダンジョンの地下六階にたどり着けなかったあの現象以降、ろくな事が起きていなかった。
「……」
だが問題はきっとそういう事ではないのだ。
先程の駅馬車に乗れなかったのも、宿がなかなか決まらないのも理由ははっきりしている。
自分たちがただの小娘だからだ。
お金も力も後ろ盾もない弱者だからだ。
もしかしたらダンジョンに進めなかったのもそれが理由なんじゃないかという気がしてくる。
いかにも逞しい身体つきの戦士や、いかにも賢そうな魔術師だけが通り抜けできるようにしているんじゃないだろうか、と。
後ろ向きなことを考えていると相棒が、肩を突いてきた。
「ねえソアラちゃん」
「ん? なに?」
顔を上げる。
「ほら、あそこ見て」
彼女がこっそりと指さしているのは、隣の卓だった。
◆
客がひとりだけで食事をしている。
細身の男だ。店内にも関わらず羽根つき帽子を被ったままでいた。その姿は見覚えがあった。彼は馬車駅でソアラたちよりも後から声をかけ乗車していった男のようだった。
「ああ美味しい。美味しいってこういう事を言うんだにゃあ」
彼の円卓の上では、ほくほくと湯気を立てた料理がたくさん並んでいた。その皿の数は十枚以上ある。どれにも香草がまぶせられた分厚い鮭の切り身がのせられており、それはソアラたちが食べ損ねたはずの料理で間違いないようだった。
「肉厚とも言える弾力と、噛みしめるほどに溢れる肉汁を兼ねそろえたこの鮭。そして唯一の弱点とも言うべき生臭さを打ち消すこの香草はのみならず、独特の苦みがスパイスとなり鮭の旨味を引き立てているにゃ。うーんデリシャス。こんなに美味しいものを食べられない人はとても可哀想だにゃあ」
「……」
「……」
こちらへの当てつけにも思えるほど、べらべらと喋りながら食事をしている。
成る程。
品切れ状態の原因を作ってくれたのはどうやら彼のようだ。
ソアラは憤然と立ち上がった。
八つ当たりと言われればそうかもしれなかったが今ここで、何か一言言わなくては気が済まなかったからだ。
「すいませんが!」
ソアラは卓の向こう側にいる男に声をかけた。
彼は首からナプキンを下げ、フォークとナイフを使って上品に鮭の切り身を小分けにして食べている。しかも腹の立つ事に、まぶせられた香草は不用とでもいうようにいちいちこそげているようだ。聞こえるように話しかけたと言うのに手を止めるどころか、顔を上げもしない。
「……騒々しいにゃ」
騒々しいのはどっちだとソアラは思った。
そして、よく見ると男は猫人族だった。
猫を祖先とする、驚異的な素早さと身軽さを持った種族である。
その顔は薄い黒茶白の体毛に覆われており、左右の頬には長い三本髭が横に延びている。
ソアラは構わずに、怒りに任せて畳みかけるように問うた。
「何で料理を独り占めするんですか? それだけの量をひとりで食べきれるんですか? 他にも食べたがっている人がいるのに何でそんな非常識な事するんですか?」
鮭の切り身を小分けにしていた彼の手が止まり、鬱陶しそうにそう言って顔をこちらに向けてくる。
そして糸のようなつり目の瞼が僅かに開き、鋭く光った。
「つまりオマエはこう言いたいのだにゃ? このミケランジェロ様が十三皿もの鮭の香草焼きを頼んだせいで迷惑を被っている、と」
猫人族の男――ミケランジェロはふんぞり返るように背を椅子に預けると、足を組み、葡萄酒の硝子コップに口をつけながら、横にのびた数本の髭を束ねるようにつまみしごく。
数えてはいなかったがひとりで、十三皿も頼んだらしい。
非常識な事この上ない。
「にゃるほど。良かろう。では全面的に言い分を認め非礼を詫びる事とし、まだ手をつけていない皿を無償で振る舞ってやるにゃ」
それは意外な言葉だった。
態度は横柄だが、意外にもの分かりのいい人物だったのかもしれない。
だがこちらとしても文句が言いたかっただけだしマナーを守ってもらえるならそれで良かった。正直そこまでしてもらう必要はない。
「……但し、吾輩よりも実力があればの話だがにゃ」
「えっ?」
「同業者に対していみじくも説教を垂れたわけだから当然、吾輩を従わせるだけの実力を持ってるんだろうにゃ」
ミケランジェロはゆらりと立ち上がり、帽子を目深に被りなおした。
鍔の向こう側に隠れた目が妖しく光り、言いようのない気迫を滲み出しているのが伝わってくる。
彼の右手はまだ帽子に触れたままで、腰に帯びた細剣にまだ伸びるような素振りはなかった。
だがその様子からはこちらと一戦交えるくらいの意志があるようだった。
「さあ……その腕……見せてみるがいいにゃ!」




