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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
19/74

薔薇の髪飾りの乙女の指輪(未鑑定)①

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

 全身甲冑のアネモネが店の軒先を掃除しようと外に出ると、すぐそこにしゃがみ込んでいる人物がいた。

 この辺りにはダンジョンの出入口があり、命からがら地上に辿り着いた探索者が行き倒れている光景も珍しくない。

 だが今回はそういった類ではないようだ。


「大丈夫ですか?」

「ええ。ちょっと目眩が……でも持ち直したみたいですわ」


 しゃがみこんでいるのは日傘を差している女性だった。

 ゆっくりと立ち上がり、顔を上げた彼女にアネモネは見覚えがあった。


「あらアネモネさん……お久しぶりですわね」

「ぬう」

「ごきげんよう」


 女性は立ち上がるとにこやかに微笑んでスカートの裾を摘み、会釈する。

 彼女はアネモネの旧くからの知り合いだったのだ。



 フジワラが鼻歌交じりに店内の品物を布拭きしていると、出入口の扉につけた鈴が鳴るのが聞こえた。

 外掃除に出たばかりのアネモネが戻ってきたらしい。


「店長お客様です」


 そちらに目を向けるとがしゃがしゃと甲冑を鳴らし歩いてくる彼女の背後から続いてくる人物がいる。

 二十代半ばくらいの淑やかそうな婦人。白いワンピースにベージュのストールを羽織り、手には折りたたんだ日傘とバスケットを持っている。

 初めてみる客だ。魔術師風の探索者のようにも思えなくもないが、手荷物から判断するに興味本位で訪れた買い物客のようでもある。


「いらっしゃいませ」と声をかけると、婦人はこちらに気が付き近くまで寄ってくる。それから身体の前に両手を置いて、丁寧にお辞儀してくる。

「初めまして、私、デネブ・R・フェイと申します」

「はあ」

「この度は妹がお世話になりました。本日はそのお礼に参りました」

「えっと」


 彼女の言葉に心当たりがなかったのでフジワラは困って頭を掻いた。

「彼女はリンネの姉だぞ」とアネモネが説明してくれる。

「ああ成る程、それはわざわざ」


 リンネというのはこの店『古き良き魔術師たちの時代』の常連客である少女のことだった。彼女は駆け出しの探索者で、仲間を求めていたことがあり、別の客で探索者だったソアラを紹介したことがあったのだ。

 どうやらその件で挨拶に来てくれたらしい。


「こんなもので恐縮なんですが……」


 デネブはそう言いながらバスケットをカウンターの上にのせて蓋を開る。彼女がそこから取り出した大皿には香ばしい匂いを漂わせるアップルパイが載っていた。



「リンネさん、ソアラさんとはうまくいっているみたいですね」

「ええ。あの引っ込み思案な妹が誰かとダンジョン探索だなんて思ってもみませんでした。最近は口を開けばソアラさんの話ばっかりなんです」

 モルガン家の長女であるデネブは末妹であるリンネの世話を何かと焼いてきたらしい。ならばリンネの成長を我が子の事のように喜ぶのも無理もない事だろう。


 デネブの嬉しそうな話し声を横で聞きながら、アネモネはちゃきちゃきとお茶の準備を整えていく。まずは増設した店内のカウンターテーブルに、カップを並べ珈琲を二人分注ぎ、片方にはヤギの乳をたっぷりと注ぐ。これはフジワラとアネモネの分だ。

 デネブは珈琲も牛乳もお腹にくる体質だったのでカモミールを入れることにした。これまで店で出せるものはアルコール度数のやたらと高い酒か、苦すぎる珈琲の二択だったのだが「うちは喫茶店では……」というフジワラを説得して、お茶など各種を取り揃えたのである。


 勿論、お茶受けはアップルパイだ。

つやのある黄金色に焼けた生地にお湯にくぐらせたナイフの刃先で最初は切り込みを入れるのがコツだ。こうすれば潰れたり形が崩れたりせずに上手に切れるのである。丁寧に切り分けると、小皿に載せて配る。


「ほう美味しそうですね」

「彼女のパイは本当に美味しいんだぞ」

「もう大げさです」

 そうは言いながらもデネブは満更ではない様子だ。


 ちなみに冷めたままでも十分美味しいのだが、アネモネの好みは温めてなおしてから生クリームを乗せてアラモードにしたものだ。これをやればほっぺたが落ちるほど美味しくなる。残った分はこっそりそうやって食べようと思っている。


「それでは頂きます」

 フジワラがいつもの合掌をし手掴みでアップルパイを齧る。


 微笑みを浮かべながらさくさくむしゃむしゃと噛みこなしていくが、次第に口の動きが緩慢になり、いつまでも飲み込まないままやがて動きを止めた。

 何というかそれは理解できないものに遭遇した時のような表情だった。

「……」


 「どうだ店長」と感想を求めようとしたアネモネはそのリアクションを見て、首を傾げ、自分の小皿に乗せたものを注視する。

 そこにあるのはいつもの友人が作ってくれるお手製アップルパイである。何か問題でもあったのだろうか。


 アネモネもフォークで切り分けたパイを口に運ぶ。

 焼き加減も、生地の歯ざわりも申し分はなかった。さりげないバニラエッセンスの香り付けや、シナモンの独特な風味が味を引き立ててくれている。


「……む」


 だが彼女はやがて口のなかでじんわり広がっていく違和感に気がつく。


 アネモネの小皿に残ったものを口に放り込んだデネブもまた何かに気がついたらしく顔をはっとさせ、眉をひそめ、真っ青になり、口のなかものもを自力で飲み下した後、ぶわっと涙目になった。


「捨てて下さい! 捨てて下さいまし!」

「……むぐっ」


 アネモネはカフェラテの力を借りてなんとか飲み込むが、喉が少しだけひりつく。もはやここにいる誰もが二口目を齧る勇気を持ってはいないだろう。


 アップルパイはほぼ申し分ない出来だった。

 ただひとつだけ非常に残念な点を挙げるとすれば、それは具である林檎煮に使われている調味料が砂糖ではないということ。

 それは紛れもなく塩だったのである。



 『太陽を見上げる土竜』亭のビスケットが残っていたので、アネモネは代わりにそれをお茶受けとして出すことにした。

 小皿に盛ったものを差し出すついでにちらりと様子を伺うが、カウンターの椅子に座るデネブは先ほど変わらずうなだれたままでいる。


「……せめて味見くらいすべきでした……もしかしたら慢心してたのかも………」


 普段から段取り上手で失敗の少ない彼女だからというのもあるが、ここまで落ち込んでいるの理由が他にあることはアネモネも理解している。

 デネブは代々魔女の家系にあるモルガン家の一員で、調剤や料理などを得意としているのだ。故にこれまで人が口にするもので致命的なミスを犯したことがないことを自慢にしていたのである。


「……こんなんじゃまた婚期が……いいえこのまま一生……ぶつぶつ……」等と呟きながら、どんよりした黒い空気を醸し出しまくっている。

 よく気がつき、常に淑女の模範たろうと心がけている彼女だったが、こうやって一度落ち込むとこのように見境なく自省し続ける悪い癖は相変わらずである。


「……ううむ」

 アネモネは兜のなかで小さくうなる。

 落ち込んだ彼女をどうにか元気づけてあげたいという気持ちはあったが、何と言って声をかけてあげるべきかいい言葉が思い浮かばない。

 だいたいこうなった彼女は手ごわいのだ。


 助けを求めるつもりでフジワラに目をやると、彼もまた黙ってデネブの事を見つめている。それはいつになく真剣な面持ちだったのでどうしたのだとうと思っていると、こちらの視線に気づいて、頷きを寄こしてくる。


「……」

 なるほどとアネモネは思った。

 フジワラの方で何かうまいフォローを考えついたようだ。普段から他人のことなどお構いなしで、ひたすら古くさい付与道具にだけ関心を寄せる彼だったが、こういう時は頼りになる。

 宜しく頼むぞ、という気持ちを込めて頷き返す。


「デネブさん」

 それからフジワラは行動を起こした。

 うなだれる彼女に近づき「失礼します」と声をかけると、おもむろに彼女の白く細い手を握りしめたのである。

 当然のごとく困惑するデネブ。

「あのう……フジワラ様?」

「ちょっと失礼致します」

「はあ……?」

 彼女は口元を軽くひきつらせ、良く分らないと言った感じで小首を傾げてみせる。

 

「いえ、来店された時からずっと気になっていたんです。ちょっと面白そうだなあと。劣化の状態から見て恐らくこれは『古き良き魔術師たちの時代』中頃のものでしょうね」


 デネブが困ったような顔をこちらに向けてくる。


 アネモネは気がついた。

 気がついてしまった。


 先程のフジワラの真剣な眼差し――その先にあったのは落ち込んでいるデネブではなく、彼女が指に嵌めているものであることに。

 そして彼がいつものように見た事のないアイテムに対する好奇心でいっぱいになっていることに。


「その指輪を拝見しても構いませんか?」


 やはり。

 無言のやりとりが全く意思疎通を成していなかったことのだと思い返して頭が痛くなってくる。


 いや決して彼が悪いわけではない。

 彼に期待した自分が愚かだったのだ。

 何故ならこうなった時のフジワラが、落ち込んだときのデネブ以上に空気を読まない人間であることは嫌というほど知っていたはずなのだ。


 アネモネは手にしていたお盆がいつの間にかみしみしと軋みを挙げていることに気がつきそっとカウンターに置くと、後で反省会をしようと思った。



「まずは……」

 フジワラは単眼鏡をはめて、指輪を確認する。


 それはよくある鋳造法で造られたものだったが、材質は肌色に近い金(ピンクゴールド)だ。外側には乙女が描かれており、薔薇の髪飾りの部分には細かく細工されたルビーあしらわれている。

 材質や彫刻だけとっても女性に好まれそうな品だったが、極めつけは内側にある魔術文字だ。

 そこには手掘りで『息を飲むほどの美しさを、貴方に』という文句が綴られていた。


「……ふむ」

 一見したところでは『魅力の指輪』のようにも見える。


 それは装着した者の容貌を美しく見せることができる付与道具(マジックアイテム)の名称だ。その効果ゆえに女性のみならず結婚相手を求めている男性からも需要があり、多くの人々から需要がある有名なアイテムである。

 ただ単純に美しさが増すだけなのかと言えば難しいところではないのだが。


「では……」

 フジワラは次に隠蔽破棄の呪文をかけた上で、指先から魔力を通してみる。指輪はすぐに反応を示し、青色の光る筋を浮かび上がらせやがてひとつの模様を形成していく。それは紛れも無く魔術回路だった。

「成程……これが付与道具であることは間違いないみたいですね」


 ただ恐らくは『魅力の指輪』ではないだろうと勘が告げている。


 多くの人が勘違いしているがその効果は、使用者の美しさを引き出す類のものではない。単に身体から微量のフェロモンを発生させることで付近にいる者に対して好感度を上げるものだ。


 だが先程のデネブから嗅ぎ取れたのは香水の香りだけであったし、実際に今この瞬間フジワラが使用してみて感じる身体への変化の兆しはもっと別種のものだ。


「最近、妙に調子が出ない事とかってありませんでしたか?」

「えっ……ええ。先程も立ちくらみがして。最近ずっとそんな感じで……きっと年齢の……ごほん……いえ疲れているのかもと思っていました」

「そうですか」

「あのこれって……」デネブが近づいてすこし恥ずかしそうに小声で訊いてくる。「『魅力の指輪』ではないんですか?」


「ちょっと鑑定致しますね」

 フジワラはにっこり微笑んでそれだけ答える。

 どうやら彼女は未鑑定のままで、このアイテムを使用していたらしい。

 もしこれが『魅力の指輪』ではなく使用者に害を与えるような付与道具である場合、それを正すことのできるものは鑑定師をおいて他にいないだろう。


 黒エプロンのポケットからゴムバンドを取り出して髪を縛りつけると、早速解析を始めることにした。

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