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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
18/74

飾り気のない鋼鉄製の指輪(未鑑定)

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

「ふむ、これは……『眠らずの指輪』のようですね」

 フジワラはその客の中年ドワーフが持ってきた指輪を右目の単眼鏡で確認する。


 素材は鋼鉄で、模様のない素朴な品だ。

 リングの内側に魔術文字が彫刻されていなければ落ちていても見向きもされないままだったろう。

 そこには『汝、眠るなかれ』と記されている。


「そいつはトラップや魔術による強制睡眠を防いでくれるんだったかの?」

「そうです。おなじみのポピュラーアイテムですね。質の悪いのでも徹夜明けに使えば眠気が飛ぶので便利ですよ」

「ふむ……ワシにはあまり用のない品だな」

 中年ドワーフは興味がなさそうに長く蓄えた髭をしごきながら言った。


 彼は『墓掘り』と呼ばれている探索者だ。常連ではないが極たまにやってきては鑑定の依頼をしてくる。

 目の下にある隈が非常に濃いのが特徴的だったので顔を覚えているのだが、言葉から察するところ彼は不眠症なのかもしれない。

 だとすれば求めているのはむしろ眠気を誘うようなアイテムだろう。鑑定をしている間に出すのは珈琲よりもラム酒を垂らしたホットミルクの方がいいのかもしれない。


 そんな事を考えながら、フジワラは再び指輪へと注目する。


 表面をよく観察すると鎚で鍛えて造られたものだと分かる。鋳造するのと比較して量産に向かずデザインも凝りにくいが、このように作成すると加工過程で金属の強度を引き出せるので長持ちするようになる。

 腕の立つ職人の作品と言えた。


 もしかしたらただの指輪ではないのかもしれない。何となくだがフジワラの鑑定師としての勘がそう告げていた。



「このっ、このっ、往生せいっ」

 中年ドワーフの『墓掘り』は安全靴の硬い靴底で、まだカタカタと音を立てて動こうとする髑髏を粉々になるまで踏みつぶす。

「……ふう」

 これで今日は五体目の骸骨スケルトンに止めを刺したことになる。


 地下五階。通称『共同墓地セメタリー』。

 生暖かく黴臭い空気が漂うこの階層は、苔の生えた湿り気のある硬い土の地面の、そこかしこに墓標が突き立てられている場所だ。


 一説に寄れば、不運にもダンジョンで命を落とした者たちはいつの間にかここへ運ばれ埋葬されているらしく、はぐれたきりどうしても再会できない仲間を探しに、ここを訪れる者も少なくない。

 また墓標の下に埋まっている棺には亡骸の代わりに遺品らしきアイテムや金貨などが入っている場合もあり、故に不道徳で金のない探索者にとっては絶好の稼ぎ場所でもある。

 勿論、それだけではなく墓荒し除けの罠やアンデッドモンスターが隠れている場合もあるので一筋縄ではいかないのだが。


 ちなみに『墓堀り』がいつもここを訪れている理由は死んだ仲間を探すためでも、小銭稼ぎでもない。


「……おんや?」

 大量に散らばった骨を棺のなかに戻していたる最中、ふいに手を止めて顔を上げる。どこかで悲鳴が聞こえた気がした。


 声がしたらしき方向へ駆けつけると、ショートソードを握った少女がもうひとりの少女を庇うようにしてアンデッドモンスターと闘っている。

 相手は骸骨スケルトンが三体に、屍鬼グールが五体。多勢に無勢の状況だ。


「こっちだぞい! この死にぞこない共どもめ!」

 『墓堀り』は注意をひくため大声をあげる。

 それから斧を構えるとまずは近くにいる骸骨スケルトンに目掛けて勢い良く突進した。


 彼がこの階層にいる理由はひとつ。アンデッドモンスターを狩り続ける為だ。


 来る日も来る日も墓から湧き出す骸骨スケルトン屍鬼グールを相手にひたすら戦い続け、つるはしの代わりに斧を振るい、両足を落とし、肋骨を破壊し、両腕を落とし、頭蓋骨を割り、心臓をえぐり、背骨を砕き、首をはね、破片に変る。それが彼にとってのライフワークだった。



 数年前、『墓堀り』はここで仲間を失った。


 すべては『百鬼夜行パンデモニュウム』のせいだった。

 それはアンデッドモンスターに殺された探索者たちやモンスターなどが何故かその場で亡者として甦り、別の者を襲い、鼠算式に数を増やしていく現象。本来は起き得ないことがあの時のダンジョンでは起きていた。

 そして今でこそ駆逐はされたが、あらゆる階層をアンデットモンスターが席巻し、それは探索者と迷宮都市を恐怖と不況のどん底に陥れていた。。


 あの日、『墓掘り』と仲間パーティが出くわしたのもその一部だ。

 今でも白昼夢に見る光景――それは四方八方から襲いかかってくる 骸骨スケルトン、 怨霊レイス、 屍鬼グール、  鬼火ウィル・オーウィスプ、  泣き女バンシー、  亡者の金貨クリーピングコイン、  幽鬼ワイト、  南瓜お化けジャックオーランタン  の群れ、群れ、群れ。


 それらに取り囲まれた瞬間、彼は心の底から恐怖した。

 生まれながらにして勇敢で豪傑な戦士であるというドワーフの挟持を忘れ、盾となり剣となるはずの前衛職にありながらその仕事を放棄した。


 そして気が付くと仲間の退路すら築かず、助けを求める彼らを見捨て、逃げ出していた。頭にあったのは自分が助かる事だけ。

 一心不乱に駆けたおかげで気が付くと命からがら地上へと戻ることはできた。勿論、代償として失ったものがあまりにも大き過ぎることに気づいたのはその後の事である。


「どっせええええええい」


 『墓掘り』は短剣を両手に構えた骸骨スケルトンの肋のあたりを狙って跳び蹴りをかまし、地面に押さえつけると斧を振るい、髑髏を二撃、両肩を一撃ずつで潰し、無力化する。


「嬢ちゃんたち……大丈夫かあ?」

「はいっ!」

「大丈夫……っ!」

 別の亡者たちと闘っている少女二人の返事が返ってくる。彼女らに大きな怪我がないことを確認し、大きく頷くと立ち上がり、次の標的を探す。


 都合の良い事にアンデッドモンスターたちは気移りしやすい性格らしい。目標を変えてこちらにそろそろと向かってくる。歩く速度はスローだったが、不用意に接近されると恐ろしい目に遭うので気を緩めてはいけない。


 屍鬼グールはすでに死んでいるのをいいことに自らを省みることのない力を出してくるので、掴まれれば腕の骨を折られ、抱きつかれれば背骨を折られる危険がある。

 一方、骸骨スケルトンは見たとおり筋肉はないがばね仕掛けの玩具のような身軽さと跳躍力を持っており、時折非常識な位置から突然距離を詰めてくる。勢いに乗せた攻撃はまともに受ければ致命傷になるだろう。


 残り五体と二体。

 『共同墓地』で遭遇するにしてはそこそこ大所帯。

 だがこんなものはあの時に比べればとるに足らない。微笑ましいくらいの数だった。



 あの時、逃げ出した『墓堀り』を待っていたのは地獄のような後悔の日々だった。

 罪悪感からだろうか、蒸留酒の瓶を空にしても酔えず、床について目を閉じても眠れず、どこからともなく死んだ友人たちの声が響いてくるようになった。

 そしてある日どうしようもない気持ちに駆られて、この『共同墓地』に戻ってきた。墓から出てきたアンデッドモンスターに夢中で斧を突き立てた。『百鬼夜行』はすでに他者の手によって食い止められていたが、ここで戦っている間だけはすこしだけ気持ちが楽になれる気がした。

 以来、ろくに地上に戻ることもなく狩り続けるようになっていた。


「嬢ちゃんたちい、もうちょい待っとれなあ!」

「はいっ!」

「頑張り……ます……!」


 『墓掘り』は左にいた骸骨スケルトンが振り下ろす大鉈による一撃を円盾で受け止めながら、屍鬼が噛みつこうとしてきたその黄色い歯目掛けて斧を突き立てる。


「よっしゃ次」


 斧を引き抜いてそのまま骸骨スケルトンに叩きつけようとして、『墓掘り』は自分のどてっ腹のうえ、右胸のあたりに何かが生えていることに気がついた。


「……ぬう、なんと!」


 それは最初に倒した骸骨スケルトンが握っていたらしき短剣の柄だ。いつの間にか刺されていたらしい。場所が場所だけにそれは致命傷のように思えた。

 だが『墓堀り』は何事もなく抜き放つとその場に捨てると、今更になって喉の奥からこみ上げてくる血を強引に飲み込む。


「ぞぉおおおおおいいいいっ!」

 『墓堀り』は雄叫びを上げながら斧を振るい骸骨スケルトンの頭蓋骨を叩き潰し止めを刺した。


 残りはあと四体と一体。

 命など惜しくはないと常々思っている。

 だからあそこにいる二人の少女を守れるだけの時間があれば、後はもう何を失っても惜しくはないのだ。


 『墓堀り』がよく足を運ぶ酒場の連中は、彼がここでやり場のない怒りをぶつけているだの、亡き仲間の冥福を祈って戦っているだの、と言っている。誰もが復讐や供養の為にアンデッドモンスター退治をやっているのだと思っているらしい。


 だがそうではない。

 事実は違う。

 『墓堀り』が食べることも寝ることも酒を飲むことすら忘れ、とりつかれたように戦い続けたのは心のどこかではいつか仲間と同じように殺される瞬間がきてくれる事を待ち望んでいたからだ。

 彼がこの場所にいるのは贖罪であり、懺悔であり、消極的な自殺。


 言うなればただただ自らが楽になりたいが為の情けない行為だった。



「どうやらこの指輪は、他のものに比べて強力すぎるようですね」


 鑑定を終えたフジワラは深くため息をついた。


「普通の『眠らずの指輪』の効果は眠気を打ち消すだけのものなのですか、これはどうやら眠るという行為そのものが『奪われ』るようです」

「素人にはサッパリなんだが、そりゃあどう違うんだね?」


 『墓堀り』と呼ばれるドワーフは長い髭をしごきながらそう尋ねてくるので、フジワラは暫く言葉をまとめてから、説明する。


「身に付け続ける限り絶対に眠らなくなるどころか、どんな状態でも意識が途切れることがなくなる……といった感じでしょうか」

「そりゃどんだけ強くぶん殴られてもか?」

「ええ昏倒しなくなるでしょう」

「ふむ」

「更に言えば魔術回路には使用する際、『この世を生きる苦しみと痛み』と引き替えにしろとあります」


 付与道具マジックアイテムを使用する際には代償が必要となる。一般的にそれは使用者本人の血中に含まれる魔力となるのだが、他にも髪の毛や爪等といった、体の一部と言ったものが要求される場合も少なくない。

 だが今回のような例は比較的珍しい。


「噛み砕いて言うと、病気を患っても苦しくないし、怪我を負っても痛くならない状態になれという事です」


 感情を湧かせたり、感覚を起こさせるのもまた体内を巡る微量の魔力が働いているからこそだ。それらを提供してしまう以上、どんな痛みも苦しみも感じる事ができなくなるだろう。

 恐らくは疲れることも、お腹が空くこともなくなるに違いない。


「そりゃあ色々と便利そうだの」

 客のドワーフは初めて興味をもった顔でこちらを見てくる。


「そう思われがちですが……痛みや苦しみがなければ身体が弱っていることにも気がつけません。加えて人が眠るのは身体を癒すため。使用すれば気が付かないうちに衰弱していきやがて死ぬことになるでしょう」

「……」

 

 更に言えば、引き換えとなる痛みや苦しみ、負の感情、それら一見不要に思えるかもしれないが必要なものなのである。すべては生きている実感に繋がるものだ。それを失えばやがて心身の健康が損なわれていくことは確実である。


 『強力すぎる付与道具は、呪われているに等しい』というのは師匠の言葉である。

 呪われた付与道具というものは本来、魔術回路に製作者や使用者の怨念や狂気がこもった結果、効果が歪んでしまったものを指すものである。

 だが『眠らずの指輪』としてあまりにも逸脱した能力を持ち、使用者の害になるような設計のなされたこれを、呪われていると分類しても差支えないだろう。


 フジワラは指輪に魔力を込めた時に浮かび上がってきた、魔術工房の刻印を思い出して薄ら寒い気分になる。そこに彼がよく知っている猫背気味の道化が嘲笑っている絵柄があったからだ。


 指輪の作り手は『気狂い道化マッドピエロ』ジョン・ドゥ・ゴダール。

 誰もが羨むほどの魔術の腕前を持ちながら人を不幸にすることだけにしかその力を使いたがらなかった人物。

 彼が生み出したものはどれもこれも悪趣味な悪戯玩具ジョークグッズとしか言えないようなものばかりだ。

 そしてそのことごとくが使用者の運命を狂わせ、時には社会への混乱をもたらしている。


 故に彼の作品を喜んで手に入れようとするものは一部の好事家をのぞいてはいなかった。


「何れにしろ、すぐに売るか捨てるかするのをおすすめします」

「成る程。忠告に従うとしようかの」

 そう言って頷いた目の隈が濃い中年のドワーフはカウンターに置かれた指輪を手に取り、じっと魅入られたように見つめていた。



「ドワーフのおじさん!」


 何匹目かの骸骨スケルトンを地面に沈め、脳天に止めの一撃を加えたところで少女二人が駆け寄ってきた。どうやら彼女たちで残りを片付けてくれたらしい。


「大丈夫ですか?」

「おおともさ嬢ちゃんたちこそ大丈夫かい?」

「僕らは大した事ありません」

「その傷……痛いですか……?」


 ショートソードを持った少女の後ろに隠れた雀斑の魔術師らしき風体の少女が怖ず怖ずと尋ねてくる。どうやら彼女には短剣が刺さっていたところを見られていたらしい。


「うむ……そうだな……」


 『墓掘り』は暫く無我夢中で戦っていた為、怪我のことをすっかり忘れてしまっていた。改めて自分の身体を点検してみるが胸から血は出ていたが量は思ったほどではなく、大きく伸びをし、屈伸運動をしてみるが特段変わったところもない。


「どうやら子細ないようだ」

「よかった。深く刺さったように……見えたから……」

「このポーション。良かったら飲んで下さい」

「ふん。ドワーフの堅牢さを舐めちゃいかんよ。これくらいの怪我舐めときゃ治るて」


 少女たちはほっとした様子を見せ、顔を綻ばせる。


「お嬢さん方も探索者かね?」

「はい。初めて五階にきたんですけど背伸びしすぎたみたいです……」

「もう少し修行が……必要なのかも……」

「それも良かろう。やり直せるならそれに越したことはない」


 その後、少女たちから一緒に地上まで戻らないかと誘われたが、迷った『墓掘り』は結局、用事があると言って断ることにした。



 二人を見送った後、また暫く再び『共同墓地』を彷徨う。


 果たして地上に戻って酒を飲んだのがいつだったろう。

 最後に床についた日も、食事をしたことすら遠い日のできごとだった気がしてもう思い出すことができない。


「……」


『墓掘り』は立ち止まり胸に手を当ててみる。

 やはり何度も確かめてみるが鼓動は伝わってこなかった。おまけに血塗れと泥にまみれた肌着の上から感じる肌は冷たく、張りがなく粘土のような質感だ。

 鼻をつまみ、息を止めることにも挑戦してみたが、どれだけ経っても息苦しくならい。恐らく肺活量の問題では無いのだろう。


「……ふむ」


 首を落とし、肉の腸詰めのように太い左手の人差し指に収まる鈍い色のそれを確認する。


 指輪はあの付与道具屋の店主が思っていた以上に強力なものだったらしい。


 『この世を生きる苦しみと痛み』とやらを捧げたおかげでろくに痛みも、苦しみも、疲労も、空腹さえもずっと感じないままだった。おかげで血の流れが止まろうとも、呼吸が止まろうとも、鼓動が止まろうとも気づかずに戦い続けていたようだ。

 彼は今更になってとっくの昔に自分が死んでいたという事実を自覚した。

 

 だが肉体がどころか魂すらも眠らなくなってしまう効果があったとは驚きである。

 これでは昔、酒場で聞いたアンデッドモンスターを狩っていたらいつの間にかアンデッドモンスターになっていたという笑い話そのままではないか。


「これからどうしようかのう……」

 『墓掘り』は髭をしごきながらぼんやりと呟いた。


 言葉通り死ぬほど悔やんだのだからもはや戦い続ける理由も必要もないだろう。


 ただ地上に戻るのは躊躇われる。

 自分が亡者であることを知られれば、寺院の連中に『邪悪なるもの』として強制的な浄化を受けるか、学院の連中に『興味深い実例』として実験動物にさせられる危険があった。


 歩きながら考えていると、ふとあるものが目に入った。

 それはこれまで何度も目にしながら気にも留めなかったもの――地下六階へと続く下りの階段である。


「……はて」


 そういえばダンジョンの地下五階から先には何があったろうと思い出してみるがどうにも出てこない。

 仲間たちがいたころはダンジョンで野営を組んでは散々、十階を踏破する計画を練っていた。干し肉と酒と地図を広げ、わいわいがやがや眠るのも忘れて興奮して語り合った事は覚えているが、肝心の具体的な内容については何処かへいってしまった。


「よう。気になるなら行ってみようぜ」とどこからか仲間の声が聞こえた気がした。

「ふむ。だがしかしな」

「きっと面白いものが待っているはずだよ」

「そうだよ。躊躇う理由がどこにあるのさ」と別の仲間たちも促してくる。

「……まあそれもまた一興かのう」

 例えそれらの声が幻聴だとしても、彼自身眠りにつくのはまだ早い気がしていた。


 『墓掘り』と呼ばれた男は心を決めて、虚空に向かって頷くと陽気な足取りで階段に向かって歩き出した。


 なあにもうこれ以上、死ぬことはない。

 行き着く先が、天国だろうが地獄だろうが観光気分で楽しむだけだ



 鑑別証『眠らずの指輪(呪われている!)』


『汝、夜を彷徨える憂鬱な散歩人どもに告げる、この世界に生きる苦しみと痛みを捧げろ――さすれば世界は常におまえから微睡みを奪うだろう・永遠に・永久に・永劫に・ライ海の不快なさざ波のごとくあれ』


 『眠らずの指輪』は非常に手に入れやすい付与道具のひとつですが、有用な道具でもあります。

 眠りガスの罠や小鬼呪術師ゴブリンシャーマンが使う下位呪文である『午睡シェスタ』など、強制的に眠らされてしまうような場面で、それを防いでくれるからです。

 一瞬の油断すら命取りになりかねないダンジョン探索において、一刻の睡眠は即死を意味するので、懐に余裕があれば常備しておきたい付与道具です。


 ただ残念ながらこの『眠らずの指輪』は使用しない方が良いでしょう。

 魔術回路の記述に、『この世を生きる苦しみと痛み』を代償にする時点で呪われていると言って差し支えない程に、悪質な効果を持った代物と言えます。

 これを一度使用すればとその肉体はおそらく眠る必要がなくなり、幾らでも連日連夜動き回ることが可能でしょう。そして痛みも疲れも空腹すら感じることなく元気に働き続けることができるかもしれません。

 ……ですがいつしか現実感を確認する術を失って夢見心地のまま生ける屍のようになりやがて死に至ることでしょう。いえ或いは死んでいることにすら気がつけないかも。

 もし偶然にも手にしてしまった場合は、ダンジョンの奥深くに捨て去るか、寺院に奉納する事を強くお勧めします。

以上が、『墓掘り』のドワーフ、ディーボが亡者となった経緯である。

彼と、この時に出会った駆け出しふたりがダンジョンの深遠で再会することになるのはもうすこし先の話だ。

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