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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
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不気味な首飾り(未鑑定)①

「おや『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムがあったらここに持ってくればいい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定してやろう。


……まあだが今日のところは面倒なので弟子に任せるとしよう。

たぶんあんたの手にあるそのアイテムも付与道具(アンティーク)のはずだ」

「よお坊主」

「フジワラです」


 顔なじみの客が店にやってきたのは昼下りのことだ。

 カウンターに座り珈琲を飲みながら帳簿を広げていたフジワラは顔も、上げずにいつもの返事を返す。

 長い付き合いになるこの男――トリスタンはいくら訂正してもフジワラのことを『坊主』と呼び続け改めてくれないので、今ではこのやりとりが挨拶になっていた。


「店主はどうした?」

「師匠は西の迷宮都市まで買付けに出かけてます」

「かあ旅行たあいいご身分だな。おれたちゃ不景気続きだってのによ」

「僕だってあの人に仕事を全部押し付けられていい迷惑なんです。鑑定なら喜んでやりますけどこんな帳簿なんか糞食らえです」

「おれに怒るなよ」


 初老といって差し支えのない年齢だが現役の探索者であるトリスタン。

 彼がこの店を訪れる理由のたいていはダンジョンで見つけてきた珍しい品の鑑定の為だった。

 だが今日の彼は手ぶらなようだ。

 一体どういう用向きだろうか。


 フジワラはバックヤードから客用にしてはあまりにもひどいカップ(縁が欠けているのだがこれしかない)を持ってくるとそこに珈琲を注ぐ。


「山羊の乳で薄めてくれ」

「そんな上等なものはここにはありません。僕は市場まで買いに行くほど暇じゃないんですし珈琲にも失礼なのでこのまま飲んで下さい」

「やれやれ老人の健康を少しは気遣って欲しいもんだねえ」

「それなら酒場に行くのを控えればいいんです」

「ああそれだわ」

 トリスタンは何かを思い出したように指をぱちんと鳴らして言った。


「なあ坊主、例の話知ってるか?」

「何をです?」

「『太陽を見上げる土竜』亭じゃもちきりのやつだよ」

「全く心当たりはないですが」


 『太陽を見上げる土竜』亭というのは、この迷宮都市のなかで探索者がよくたむろしている酒場のひとつだ。

 フジワラの行き着けの店でもあったが、その目的は主に心の栄養源である珈琲と持ち帰り用の軽食を買いに行く為だけ。

 カウンターで店主と二言三言会話するだけなのでそこで出回っている情報については疎かった。


「たまには客以外と会話しろよ……。特別大サービスで教えてやるけどな。久しぶりに単独十階踏破が出たんだよ」

「へえ快挙ですね。どこの命知らずですか?」

「それがなんと駆け出し(ルーキー)なんだわ」


 単独十階踏破というのは、言葉通り探索者がたったひとりでダンジョンの十階までたどり着いたという意味だ。


 そもそも『危険なダンジョンにどこまで潜ることができるのか』という挑戦は、探索者たちの間で度胸試しの域を越えて一種の競技のようにも見られていた。

 勿論、十階層までという条件は、それなりに腕の立つ者たちでパーティを組んだ状態であればさほど難しいことでもなく話題にものぼらない。


 だが単独でそこまで行くのは至難の業だ。

 理由をあげればきりがない。まず何日もかけての行軍となっても見張り役がいないので眠ることは不可能だし、怪我をして身動きがとれなくなればほぼ確実にモンスターの餌食にされてしまうだろう。

 

 利点といえばその名誉と手に入れた|戦利品を独り占めできることだがそれだけで、チップにするのが命ではあまりにもハイリスクハイリターンな賭博である。


「ありゃ十年に一度の逸材だな。ダンジョンで見かけた時にはグレートソードでオーガの胴体をぶったぎたってぞ」

「追跡したんですか?」

「まあなんだ偶然見かけたんだよ」


 トリスタンはしれっとそう言うが、本当かどうか疑わしいものである。この老人はたまに興味本位からとんでもない悪ふざけをすることをフジワラは知っているのだ。

 ちなみに他の探索者への追跡行為は、強盗や追いはぎとして返り討ちにあっても文句が言えないほどのマナー違反にされている。


「でだ。二つ名もついた」


 二つ名はある程度有名になってきた探索者につけられる通り名のようなもので、顔見知りの多い腕の立つベテランならともかく、駆け出しにつけられることはまずないのだ。破格の扱いであるが、実績を考えれば当然といえば当然かもしれない


「どんなのです?」

「『死の足音デッドリーダンス』ってんだ」

「足音?」

「そいつ全身甲冑を着ててな。歩く度にがっしゃがっしゃ響くんだよ」

「……」

「ひひひひ。笑えるだろ」

「正気ですか、それ」

 

 フジワラは思わず耳を疑った。

 笑い話ではないことはトリスタンもわかっているはずだ。『死の足音』氏の行動は、本当に頭がどうかしているか自殺志願者の所業にしか思えなかった。


 ダンジョンは人喰いモンスターの巣窟なのだ。彼らは常に飢え、餌を捜し求めており、かすかな喋り声や遠くの靴音にすら敏感に反応する。だから物音には何にもおいて細心の注意を払うべきこと。慎重な冒険者になれば靴底に布を巻くなどの工夫をしていることもあるほどだ。


 それを何の対策もせずに全身甲冑(その名の通り、全身を隙間なく覆える鎧のことだ)を着るというのはとんでもない行為だった。例えば猛獣たちの目の前で、鉄の塊を叩きつけ盛大に騒音をまき散らしながら挑発して歩いているのと代わりない。


 まさにそれは素人がする致命的な小躍りだ。


「で、そいつの後を追うと転々とモンスターの死体が転がっているわけよ」

「……」


 呆れたことに襲いかかってくるモンスターを片っ端から薙ぎ倒したらしい。恐るべき強さと体力というべきか。だが死なずに生還できたのは奇跡としか言いようがないだろう。


「『死の足音』氏はどんな人物なんです?」

「問題はそれなんだよ」

 トリスタンがぱちんと指を鳴らし、人差し指を突きつけてくる。


「やっこさんは化け物みたいにめっぽう強いって事以外は正体不明だ」

「名前も、種族もですか?」

「フルヘルムをとらねえから顔も分からんのよ。おまけに愛想も最悪でどんだけ挨拶してもうんともすんとも言いやがらねえ」

「なるほど」


 フジワラは頷きながら、ようやく思い至る。


 目の前の老探索者がここを訪れた理由についてである。

 喋ることが好きな彼ではあるが目的もなく時間を浪費するタイプの人間ではない。目当ての店主がいなくても立ち話を続ける以上、何かしらの理由があるのはずなのだ。


「じゃあ今頃、酒場じゃその人物の正体か賭の対象になってそうですね?」

「おうよ。一番人気は毛むくじゃらのドワーフだ。二番手は出稼ぎのリザードマン。ダークホースはハーフエルフの優男な」

「胴元はトリスタンさんですか?」

「まあな」


 これでようやく彼の目的がはっきりした。

 つまり今回、店を訪れたのは賭けの勧誘の為だったらしい。


 彼はたまにこうやって酒場の連中や行きつけの商店を巻き込んでくだらない賭けを始める。

 今回もそうやって本業での憂さを晴らそうという腹だろう。


 あの『遠征事件』の一件以来、探索者たちは誰も彼もが不景気だ。

 百鬼夜行(パンデモニュウム)に巻き込まれるのが恐ろしくて誰もがダンジョンに入っても比較的浅い階層までしか潜る事ができずにいるからだ。

 だからろくな収穫が手に入らないので彼らの多くはまともに生計を立てられずにいる。


 そしてそれは迷宮都市の不況にも繋がっていた。

 探索者からドロップアイテムやワンダリングモンスターから得た素材がなければ市場も商店もものを売ることができないのだ。

 

 探索者たちの塞いだ気持ちを癒してくれるのはささやかな賭けごとくらいしかないのだろう。


「で、おまえさんも一口どうだ?」

「……遠慮しておきます」

 フジワラは彼の誘いを丁重にお断りした。

 勿論、阿漕な師匠から馬車馬のように働かされているわりにささやかな賃金しか与えられていないので、負けて珈琲代が払えなくなると困るからである。



 トリスタンはひとしきり喋った後、「賭ける気になったらいつでも声をかけてくれ」と言って帰っていった。


 フジワラはいつのまにか残り僅かになっていた珈琲を飲み終えると一気に帳簿を片付けてしまう。

 それから客もこないので店内の掃除を始めることにした。フジワラとしては不本意だったが掃除嫌いなくせに汚れているのも嫌いで、ねちねち文句を言ってくる厄介な師匠がいるので一日一回はやらざるを得なかったのである。


「……ふう」


 店内を掃き終えると箒を持って店から出る。

 外はまだ明るくよく晴れていて、絶好の散歩日和だ。

 こういう日は店のドアに店休の掛け札をして出かけてしまいたかったが、万が一師匠が戻ってこようものなら、どんな折檻受けるか分かったものではないので止めておく。


 適当に掃き掃除を始めようとすると、ふと視界の端で何かを見つける。軒下の端の方に大きな塊が転がっている。

 横たわる人影のように見えなくもない。


「……」

 フジワラは目を閉じて頭痛を堪えるような仕草で一考した。


 この店は都市の中心部から外れた場所にあり、近くにはダンジョンの出入り口エントランスホールがある。

 だから何とか地上へ戻ってきたもののそこで力尽きてしまった探索者たちが行き倒れている事がよくあるのだ。


 ――だが。

 きっと今見たものは人ではないはずだ。どこかの誰かが忘れていった何か荷物的なものに決まっている。きっとそうだ。そうに違いない。そういうことにしておこう。

 いやむしろ自分は何も見てはいない。ただ気分が変わり、急遽予定を変更してバックヤードの在庫整理をするつもりになっただけの事。


 フジワラはそろりと向きを変え店へと戻ろうとしたが足を止める。


「……」


 そういえば師匠から倒れている探索者がいたら積極的に助けるようにいわれていた気がする。

 むろん世の為人のためというわけではなく「そいつはきっと恩を感じて常連になるはずだ。謝礼も貰えるかもしれないぞ。はははは」という彼女らしい浅ましい考えからだったが。


 フジワラは再び眉間を揉みながら考える。

 万が一、気がついていながら放置していたことがバレたらまたネチネチと説教されるに違いない。それは非常に面倒くさいし、あの人にだけは『人として大事な事は何か』とかそういう類のことで怒られたくはない気がする。


「……本当に人かもしれないしなあ」


 どちらにしろ自分がそれを無視できる性分ではなかったのを思い出す。

 フジワラは溜息をついて、手にしていた箒を壁に立てかけてから近寄ってみる事にした。


 鎧が横たわっていた。

 兜と一式になった甲冑で、頭の天辺からつま先に至るまでがほぼ隙間なく分厚い鋼鉄の装甲によって覆われているもの。

 所謂全身甲冑フルアーマーである。

 

 どこかの誰かが捨てていったただの防具である可能性は、微かに聞こえてくる息遣いから潰えた。

 残念ながら中の人がいるようだ。


 この都市では武装している姿はよく見かけるのだが、ここまで完全防御しているのは珍しかった。まるで戦場に赴くような装いである。 

 たぶん噂の駆け出し(ルーキー)『死の足音』氏に間違いないだろう。


「うう……」

 苦しそうなうめき声が聞こえてきた。


 一体、何が原因でここに倒れているのだろう。 

 

 怪我をしているのかと思って様子を見てみるが、甲冑のどの部分も異常はなさそうだ。軽い凹みや傷はそこかしこにあったが破損しているような痕はどこにも見られない。

 

 空腹なのかもしれない。

 ダンジョン内で食料が底をついてしまうというのはよくある話だ。


 屈んで顔を近づけたところで、何かが臭った。

 (フルヘルム)の隙間から何か異臭のようなものが漏れている。

 そのにおいを確かめようとして咳き込んだ。


「……なるほど毒か」


 密閉された全身甲冑のなかに毒霧ポイズンガスが充満しているようだ。状況から推測して、ダンジョン内での罠にかかってしばらく毒霧で満たされた空間を彷徨っていたのだろう。 


 フジワラは袖口で鼻と口を覆いながら、すぐに介抱に取り掛かる。

 厄介なことにどれだけ引っ張っても脱げなかったが甲冑の喉当ての辺りに留め金があるのを見つけてそれを外すと容易に兜を脱がせることができた。


 だが腑に落ちない点はある。

 何故、この人物はまだ甲冑を着ているのかについてである。地上に出てくるほどの余力があるならまず最初に甲冑を脱いで、中に溜まった毒を追い払うべきではないだろうか。


「……」

 思わず息を飲む。

 

 兜のなかから現われたのは金色のショートヘア/陶器のような滑らかな肌/豊かな睫と切れ長の瞼/薔薇のような赤い唇。


 意外なことに『死の足音』氏の正体は少女だったらしい。それも暫く眺めていても損はないほどの美貌の持ち主だ。


 だが事態はそんなことに構っていられないようだ。

 

 一見しただけでも症状がひどい。

 彼女の顔色からは血の気が失せている。

 呼吸も浅く、喉から風が通るような音が漏れてきている。

 瞼が痙攣しているところを見ると昏睡しかけているのだろう。

 

 すぐにでも施療院へ連れて行くべきだったが、その前に応急処置だけでも施す必要がある。

 

 非力なフジワラには彼女を抱えることは無理なので、とりあえず店内から台車を持ってきそれを転がして運ぶことにした。

「……さて今日はここまでにしておこうか。


 なに鑑定結果がまだだと?

 ふふん、そうだなそれは次回のお楽しみにするがいい。


 お代なら前払いで『ブックマークに追加』してくれれば十分だ。

 弟子のやつもきっと喜ぶだろう。


 『感想』? 『評価』?

 止めておけ止めておけそんなものを与えたらつけ上がらせるだけだ。


 だが、まあ私を讃える言葉ならいくら並べても構わないぞ?」

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