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迷宮都市のアンティークショップ  作者: 大場鳩太郎
第一話 遠征事件
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変わった匂いの肩掛け(未鑑定)①

「やあ『古き良き魔術師(オールド)たちの時代グッド)』へようこそ。

もしダンジョンから持ち帰った未鑑定アイテムが御座いましたら是非、お立ち寄り下さい。

細剣、薬瓶、長盾、指輪、帽子、書物、革靴、御札、どんなモノでもすぐに鑑定いたします。

……おや。貴方の手にされているそのアイテムも付与道具かもしれませんよ?」

 ダンジョンの地下六階――通称「樹海」。

 あらゆる菌類があらゆる場所に群生し、モンスターを含めた昆虫や小動物が生態系を成した結果、ひとつの自然界が形成されている場所。


「うわああああああああああああ」

「やばいでござるやばいでござるぞおおお」

「うお。死ぬお死ぬお。おりはたぶん前に刺されたから死んでしまうお」

「うわっうわっ。こっちくんなこっちくんな。そっちの丁髷のところ行け」

「見損なったでござるぞ。まさかそんな男だったとは。こうなれば拙者、お主もろとも」

「よしふたりが揉めてるこの隙におりだけも逃げるんだお」


 仲間たちが巨大なキノコで出来た地面の上を、悲鳴を上げて逃げ回っている。

 こと戦闘においては信頼できる彼らだが旗色は良くない。


 彼らを追うのは耳障りな羽音を立てる黒雲のような不定形の塊。


 殺人蜂(キラービー)の群れだ。

 一匹一匹は人間の幼児ほどの大きさで、強力な顎での噛み付きと毒針攻撃を得意とする。毒は麻痺効果をもたらす神経毒で一度刺された程度では死に至る危険はないので、数匹程度であれば遅れをとる相手でもない。

 だが百匹近くになれば話は別だ。

 その動きは巣穴に潜む女王蜂(クイーン)が飛ばす微弱な魔力(フェロモン)によって見事に統率されており一体の巨大なモンスターと化していた。


「……大丈夫かなあ」

 群生する背の高いヒャクネンダケの隙間に隠れながら、蜂の大群に追われていた仲間たちが遠ざかっていくのを見守るミント。

 彼女だけは身を隠して大群に追われずに避難していた。


 殺人蜂(キラービー)は普段、群れることはない。

 大半は方々に散り幼虫の栄養食となる蜜の採取に精を出し、残りの一部だけが単独で自分たちが食べるだけ狩りを行う。その名前に反し、標的にするのは専ら仮死状態にしたままでも巣に運搬できそうな大型の昆虫や小動物の類に限られる。


 だが数年に一度の『繁殖期』が訪れると話が変わるのだ。

 彼らは子孫を残す為に大量の食料を必要とすることになり、その為に種族全体を獰猛な性格に変質させ、人間だろうがモンスターだろうがお構いなしに襲い掛かってくる正真正銘の殺人蜂(キラービー)へと変貌する。


 その『収穫』量は、言うまでもなく生まれてくる子供たちの数に比例する。

 ここ十年近くで少しずつ被害が増しており、今回この「樹海」で確認されるだけでも蜂の(コロニー)は百近く。蜂の数は万単位にものぼる。

 すでに多くの探索者が被害に遭っているだけではなく、大型のモンスターですら殺され蜂の巣(コロニー)に引き摺られているのを目撃された例もあるらしい。

 このまま更に勢力圏が拡大すれば次の『繁殖期』にどのような事態が引き起こされるのかは想像に難くなかった。

 ということで事態を重く見た探索者ギルドが重い腰を上げ、討伐隊を募ることになりそこに参加したのが現在の経緯だ。


 女王蜂(クイーン)の死骸一匹につき五万ゲルン。破格の報酬である。

 今回ミント達もそれに釣られてこの『樹海』に訪れていた。


「……」

 ミントはヒャクネンダケによじ登りかさの上に出ると辺りを見回した。


 仲間たちが遠ざかっていった方向とは反対側。

 そこに一際目を引く巨大なキノコが生えている。

 聳えるという言葉が相応しいほど柄の太さと丈の高さが大樹並みに育ったそれはセンネンダケだ。


 そして天井の陽苔の光を遮り大きく影を落とすほど広いかさに取り付いたそれを見つける。

 巨大な茶色の球形の何か。それはいわゆる蜂の巣コロニーである。


 周辺には殺人蜂(キラービー)が三匹だけ。警戒するように飛び回っており、通常の蜂よりも見た目が濃い、より凶暴な軍曹蜂だと分かる。


 茶色の六面体を組み合わせてできた巣の内部は女王蜂(クイーン)の居住場所、産卵場所、蜜の貯蔵場所で構成されている。基本的にほぼ不眠不休で働き続ける殺人撥たちが巣穴に戻るのは蜜や獲物を持ってくる時だけ。

 穴を出入りする蜂の姿はどこにもない。

 巣の規模から考えても出払っている残りの住人たちは今、仲間たちを追いかけ回している大群れたちですべてであると考えるのが妥当だろう。


 つまりはかなり手薄であるという事だ。


 ふいに声が聞こえてくる。

 姿をくらましていた仲間たちがこちらに走ってくるのが見える。進路を変えて戻ってきたらしい。わあわあ叫びながら賑やかに走っているのでおちゃらけているので遊んでいるようも見えるのはその方が蜂を分散させずひきつけておけるからだろう。どうやら役目を十分に果たしてくれて、背後からはしっかり黒い雲がついてきている。


 彼らが追いつかれて飲み込まれないことを祈りながら、ミントはその場から飛び降りる。

 キノコのかさでできた柔らかい地面に着地。


 本来ならば仲間たちが囮になっている隙に蜂の巣(コロニー)を叩きに行くのが定石だろうがその場からは動かない。

 代わりに杖を抜き放つ。

 そして指揮棒のように振りながら、呪文を紡いだ。


 魔術というのは世界と会話をする為の手段である。身振り、手振り、そして呪文。それらすべてを駆使することで何とかこちらの要求を理解させ、魔力という対価を支払う事で、魔法という現象は手に入れることができる。

 ミントが要求したのは発火と強化と爆縮と障壁化。

 先端部に小さな火が宿り、大きく炎上するが、すぐにその熱量だけを凝縮させ拳大に戻っていく。


「みんなこっちだよ!」

 走ってくる三人を呼ぶ。


 それから彼らの背後についてきているおまけをきっと睨んだ。

 近くで見た殺人蜂(キラービー)の大群は、まるで怒涛の勢いで押し寄せてくる黒い壁だ。

 虫が大嫌いだったが今感じている恐怖は、蠢く小さな虫を目の当たりにしたときのおぞましさとは異質だと感じる。

 むしろ巨大な獣と退治している時の恐怖に近い。

 だが圧倒されてはいけないと自分に言い聞かせる。


 ミントはあまり荒事が得意な方ではない。

 戦闘でも使用できる攻撃呪文(レパートリー)は多いほうだったが火力不足が目立つので遊撃に回りながら、仲間のサポートに徹している。


 いくら蜂の巣(コロニー)のほうが手薄になっているとは言え、単独で軍曹蜂数匹と女王蜂(クイーン)を相手にするほどの攻撃力は残念ながら持ち合わせていなかった。


「蜂の巣見つけた!」

「どこだっ!」

「まっすぐ先。敵は軍曹蜂三匹だけ!」

「楽勝でござる!」

「後は任せたお!」

「うん!」

 走り抜けていく仲間たちを背にミントは頷いた。


 だから今日も自分の出来ること(サポート)に徹するつもりだ。


 決意を込めて杖を振るう。

 斬りつけるように横一線。

 地面に着弾した炎の塊から火が立ち上り、なぞるように横に広がり道を塞いでいく。


 繰り出した魔術は『炎の壁』。

 出来上がったそれは御世辞にも壁とは言い難く、子供の背丈ほどしかないそれは低めの垣根と表現するのが正しい代物。


 だが決して効果がないわけではない。


 ただの羽虫であれば無謀にも飛び込んでいくだろうが垣根を前にして群れはその動きを一旦止める。彼らはそれなりに知性のある為、それが危険なものであることを理解しているのだ。


 目の前にいる殺人蜂(キラービー)の群れは優にに百匹を越えている。

 その一匹一匹がその場で羽音を立てながら、頭部をわずかに動かしたのが分かった。


 ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ、ギロリ。

 新たな獲物――自分たちを足止めしたその原因であるミトンのことをその複眼で捉えてくる。


 背筋がぞっとした。

 注意深く観察すると彼らのなかにも軍曹蜂もいるのが分かる。勿論、その毒針にも致死性はない。ただ軽く刺されただけでも昏倒し、その数分後に強烈な覚醒作用と麻痺効果に襲われることになる。

 そして巣穴に持ち帰られると意識も五感もはっきりした状態のまま何の抵抗もできずに、彼らに貪られることになる。

 つまりこの群れに飲まれたが最後、死ぬよりも恐ろしい目に遭うことになるのだ。


 だが臆する必要はないと己に言い聞かせる。

 別にこれから彼らと闘うわけではないのだ。

 果たすべき役割は戦闘ではなく支援。

 そしてかなり危険を伴う仕事だったが彼女にはひとつだけとっておきの策があるのだ。


「こ、ここから先は絶対、通さないんだからね!」


 ミントは肩にかけた飴色の肩掛け(ケープ)、その中心にあしらわれたブローチのような飾りの留め金を握りありったけの魔力を込めた。

 それこそが彼女の奥の手。そして今回の蜂討伐の要だった。


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