第五話〔残念だったなァァァァァァ!!!〕
僕と色黒男が会場へ入ると、昨日と同じくらい大きな歓声が飛んできた。
さすがに緊張はしている。けれど、僕は負けるわけにはいかない。
今日、僕がこの試合に賭けた自分の寿命は720時間。ちょうど30日分の寿命だ。
僕は最初、30日分の寿命をいきなり賭けるなんてバカだと思った。
しかし美那曰く、
「そんなちょっとずつ寿命を集めていたんじゃ、時間の無駄。それよりも同じ時間でたくさん稼いだ方がいいでしょ!」
だそうだ。
僕は半ばしぶしぶではあったが、美那の提案に乗り、 30日分の寿命を賭けた。
考えたくはないが、もし僕がこの試合に負ければ30日分の寿命が無惨にも無くなる。
それだけは避けたかった。
だから僕は―――
「負けられないんだ!」
試合場の上に立った僕と色黒男は互いに武器を構える。
僕はクレイモヤを剣道のような構えで持つ。
一方、色黒男は両手斧を片手に持ち、刃を地面に降ろし、構えるというよりはただ、武器を片手に突っ立っている感じだった。
試合開始の合図が会場に鳴り響いた。
「先手必勝!」
僕はクレイモヤを斜め下に構え、色黒男のいる前方へ走る。
色黒男までの距離は約25メートル。
僕は一気に色黒男へと迫った。
しかし、まだ彼は何も動作を起こさない。
いける!そう思い、僕は剣を振り上げる。
「はあぁぁぁ!!」
瞬間、色黒男は不気味な笑みを浮かべた。
そして「フッ」っと後ろへ避けたのだ。
お陰で僕の剣は空気を斬り、そのまま僕の頭上を後ろへと行く。
僕はその反動を使いながら、後ろへと距離をとる。
「おいガキぃ、てめぇの剣は隙がでかすぎるぜぇ!これはチャンバラとは訳が違ぇんだよぉ!」
そう、色黒男は僕が剣の扱いがド素人だと確信して、武器を構えなかったのだ。
武器を構えれば、重量のある両手斧を持っている彼には素早い動きができず、剣の刃と斧の刃が交わることは避けられない。
しかし、ただ突っ立っていれば、片手の動きは大分制限されたとしても、他の部位は剣を握っている僕よりも早く動ける。
その証拠に、僕が後ろへと距離をとった瞬間片手で斧を振り上げてきた。
僕は避けきれず、剣でその攻撃を弾く。
斧による攻撃を弾いた僕の手は、そのあまりの反動の大きさに耐えきれず、剣を離してしまった。
空を舞う僕の剣は後方約10メートルの場所に突き刺さった。
「おいおい、何て馬鹿力だよ!」
僕は急いで走り、突き刺さった剣を抜こうとする。
しかし、かなり深く突き刺さったのか、なかなか抜けない。
その間に、色黒男が走って追いかけてくる。
あっという間に距離を詰め、僕の首を斬ろうと力いっぱいに斧を横に振る。
「危ねっ!」
僕は一端剣を離し、しゃがんで攻撃を避ける。
「ヒュン」という音をたてて、僕の真上を斧が通りすぎる。
僕はすぐに立ち上がり、がら空きになった男の腹に右の蹴りをいれる。
「うぐっ」
口から少量の寿命を吐いた。なるほど、こういう風に寿命を流させるのか。
男は2、3歩後ろに下がって、僕を睨み付ける。
だが僕は反撃の隙を与えない。
右のストレートを顔面に打ち込む。
男は寿命を吐き出しながら、また後ろへとよろめく。
僕は殴ったその勢いを使って体を捻り半回転し、左足のかかとで腹を蹴る。
遂に男は斧を離し、後ろへ倒れた。
その瞬間、口からさっきよりも多くの寿命を吐いた。
観客席からの「おぉぉ!!」という声が聞こえてくる。
僕は突き刺さったままの剣を抜く作業に戻る。
最終的に、剣を使って突き刺さった穴を広げることによって、剣を抜くことができた。
「う″...うぅ」
男が斧を持って起き上がる。
その顔は怒りでひきつっている。
僕は再び、剣道の構えにはいる。
「てめぇ、今のは素人の蹴りじゃねぇ...どういうこったぁ?」
「簡単なことさ。僕が空手の有段者だったってだけのことさ」
確かに剣に関して僕は無知かもしれない。
しかし僕は、小学校の頃から空手を習っている。
本当なら道場以外で使用するのは禁止されているけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「絶対ェ、殺ス。許サン」
彼はすでに我を失っているようだった。
目の焦点はあっておらず、唾液が垂れている。
「リアルバイオじゃねーか」
僕と彼の距離は軽く8メートルはあった。
しかし彼は、とてつもない速さで僕の目の前へ走ってきた。
その間1秒すら経っていないだろう。
「マジかっ!」
男が斧かかげ、両手で力いっぱい降り下ろす。
僕は剣を横に構え防御の姿勢をとった。
「ガキン」鈍い音が僕の目の前で鳴った。
彼の振るった斧はそのまま地面へめり込む。
しかし、めり込んだのは彼の斧だけではなかった。
僕の横遠くに剣の刃だけが地面に刺さっている。
「馬鹿力にも程があんだろ...?」
地面に刺さっている刃は、紛れもなく僕の握っているクレイモヤの刃だった。
あまりの衝撃に、耐えきれなくなった僕のクレイモヤが折れてしまったのだ。
握っているクレイモヤの柄には、手のひら1つ分くらいの刃しか残っていなかった。
「ぐはっ!!!」
僕の体が、とても強い力によって吹っ飛ばされる。
と同時に、腹に急激な痛みが走った。
「はっ...うぐっ」
僕の口から寿命が流れる。
僕の腹に走った痛みは色黒男の殴りによるものだった。
それにしても、少なくとも10メートルは飛ばされている。
かろうじて剣は離さなかったが、刃のほとんど無い剣など何の役にもたたない。
それよりも、腹の痛みが酷すぎて力が入らない。
男はどんどん僕に近づいてくる。
動け、動けといくら命令しても、体は答えてはくれない。
男が僕の目の前に立った。
ニヤァと満面の笑みを浮かべ、斧を頭上高くに持ち上げる。
「残念だったなァァァァァァ!!!」
男は斧を降り下ろした。