第三話〔こんなの、ありかよ...〕
目の前に広がるのは、とても広い町。町の光で黄金色に輝いている。それはまさにラスベガスのカジノのよう。
そのなかに、僕と美那は足を踏み入れる。
「ここは金融町よ。終わらない夜の町」
「金融町?」
「そう、この世とはまた少し違った場所。この鍵は、この世と金融町を繋ぐ鍵」
そう言って、美那はさっきの鍵をちらつかせる。
美那の話によると、金融町は次元と次元の間にある空間に作られた都市らしい。
そこで何が行われているかと言うと、ずばり「賭け」である。
賭けと聞けば普通、お金を使って行うポーカーやルーレット等を思いつくだろう。
しかし、この金融町で賭けるものはお金ではない。
―――寿命だ。
そう、ここでは寿命が賭けられている。
賭けることのできる寿命は1時間から。最大で自分の寿命全てを賭けることもできる。
「もし全ての寿命を賭けて戦って、その勝負に負けてしまったら、破産したとみなされて存在が消えてしまうの。だからそれだけはやめておいた方がいいわ」
話を続けようとする美那を、僕はちょっと待ってくれと言って遮る。
寿命を賭ける?存在が消える?何の話をしてるんだ?僕は戸惑う。
だが僕は気づく。今、僕が立っているこの場所は信じがたいけれどこの世とは別の場所だということに。
今さら何に驚くっていうんだ。寿命を賭けるなんて、今の僕が置かれている状況からすれば、もはや何でもないじゃないか。
信じるしかなく、信じるほか道はない。それが僕の置かれた状況であり、運命を変える唯一の手段。
「勝てば寿命が手にはいるよ。負けたら賭けた分の寿命は戻ってこないけどね」
美那の話は終わらない。
戦う競技は「命奪祭」と呼ばれる肉弾戦。武器を使った殺し合いだ。殺し合いと言っても本当には死なない。
受けたダメージの分、賭けた寿命が血の代わりに流れる。怪我はしないが、痛みはそのまま伝わるので、生き地獄と変わらない。
賭けた寿命全てが流れてしまった場合、その命奪祭に敗北する。
勝つ方法は相手が賭けた寿命を全て流すか、相手が降参したときの2つ。
「あれが見えるわよね?」
美那が指差す方には、町の中心にあるコロッセオのようなとても大きな建物。
「あそこで命奪祭は行われるわ」
説明するより見た方が早いわね。と、美那は僕の手を引いて歩き出す。
そのまま歩いていると、ふとあることに気づいた。
手を引かれて歩いている僕は、女の子と手を繋いでいる状態なのだ。
『女の子と手ぇ繋ぐのなんて何年ぶりだ?もしかしたら小6の時の運動会のフォークダンス以来なんじゃ...!』
何て考えていると、美那がこちらを振り返った。そして僕の顔をじっと見つめ、繋がれた手に目を移し、また僕の顔を見る。
すると、みるみるうちに美那の顔が赤くなっていく。バッと手を離し、また歩きだす。先程よりも心なしか歩調が速い。
「ちょっと速くない?」
僕は美那に話しかける。
美那はこっちを向いたが、すぐに前を見て歩調を緩めずに歩く。
『ま、まさか...!照れているのか!?僕と手を繋いだことに!?か、可愛すぎる...!』
僕は吹き出しそうになるのを堪えたが、肩がプルプルと震える。
美那がまた僕の方を見た。そして、僕が笑いを堪えているのがわかったのだろう。さっきよりも顔を赤くして
「べ、別に照れてるとかじゃないから!手ぐらい繋げるし!うん、繋げる!平気よ平気!」
と、指をビシッと僕に向けて言った。
寿命どうのこうの言ってたやつが手を繋いだくらいで、この反応。彼氏とかできたことないのだろうか。
「美那、1人で盛り上がってるとこ悪いけど、僕まだ何も言ってな...」
そこまで言ったところで、美那にうるさい!と怒られたので、僕は続きを言うのをやめた。
「ぼさっとしてると置いてくからね!」
はいはい、と言って僕は美那の斜め後ろを歩く。
そうこうしているうちに、いつの間にか僕たちはあのコロッセオのような建物に着いた。
「ここが命奪祭の開かれる闘技場と呼ばれる場所よ」
―――闘技場。
僕たちはその建物へと入った。入場するときに、受付をするだけで、入場料や観戦料などは全て無料らしい。
闘技場は13階建てで各階に1つ、命奪祭を行うための、1辺50メートルの正方形型試合場が設置されている。
50メートルプールの縦幅を思い浮かべれば分かりやすいだろうか。
何で僕がそんなにも詳しいかって?美那に聞いたに決まってんだろ(笑)
命奪祭は誰でも出場できる。ただし、選手にもランクがある。
騎士力と呼ばれるランクが13に近ければ強く、1に近ければ弱い。
選手は自分の騎士力と同じ数字の闘技場の階でしか戦ってはならない。
「じゃあ、一番下の騎士力1の会場を見に行きましょうか」
入場受付を済ました美那が僕の方へやってきて、そのまま行ってしまう。僕はそのあとを追った。
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
会場に入った瞬間、たくさんの人達の歓声が僕の耳を貫いた。その数はとてもじゃないが把握できない。アーティストのコンサート並の客の数だ。
「ハンパねぇな、おい」
「さっ、最前列に行くわよ」
たくさんの人達の歓声にお互いの声は消されてしまうので、少し恥ずかしかったが、僕たちは耳元で声を出しあった。
1階試合場では決着がつくところだった。
「これで終わりだぁぁ!!!!」
試合場の声がスピーカーを通して聞こえてきた。
ガタイの良い色黒の男が金髪の若い男に向かって、斧を降り下ろす瞬間だった。
「俺が丸腰だとでも思ったか、バーカ」
突然、それまで何も持っていなかった金髪の男の右手から、長い槍のようなものが伸びて、色黒の男の胸に突き刺さった。
色黒の男は、口から大量の札や硬貨を吐き出しながら後ろへ倒れる。
《WINNER 犬居 了兵》
スピーカーからその名前が流れると、歓声がまた一段と大きくなる。
「おい、今の色黒のおっさんが吐いた金、なんだよ」
「あれが賭け金である寿命よ。普通の人間同様、一撃必殺のヘッドショットや心臓グサリなんかをされると全て出てしまうわ」
でも大丈夫、あの人は死んだわけじゃないから。と言って色黒の男を指差す。
確かに槍は心臓を刺した。この目でちゃんと確認した。
しかし、男はむくりと起き上がって、試合場を出ていった。
「これが命奪祭よ、迅。ここで勝たなければあなたはこの先、生きられない」
これが命奪祭。僕の運命を変える場所。ここの戦いに勝たないと、僕は何も変わらない。
「こんなの、ありかよ...」
僕は笑っていた。