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第二話〔ようこそ金融町へ〕

 目の前にいるその女の子は僕の方へ歩いてきた。


 一体どういうことだ?彼女は何者なんだ?僕の考えていたことがわかるのか?僕を知っているのか?なぜアドレスを知っているんだ?


 僕の頭の中はハテナマークで埋め尽くされた。そして恐怖とはまた違う、よくわからない感情に襲われた。


「怖がらないでよ、何もあんたを食べようってわけじゃないんだから。絶望してるんでしょ?私が変えてあげるよ」


 そう言いながら一歩ずつ距離を縮めてくる。僕は身動ぎ一つ取れない。

 彼女の声は僕を優しく包む、とても綺麗な声だった。

 安らぎを与えるその声から発せられたその言葉は脅すような言葉でもないのに、何とも言えぬ威圧感がそこにはあった。


「君は一体何者なんだ?何で僕が絶望しているとわかる?それに...」


 彼女はもう、僕の目の前まで歩いて来ていて、話を続けることができなかった。

 暗かったので今まで分かりにくかったが、整った顔立ちの彼女は、吸い込まれそうなほど黒く綺麗な瞳と、艶のある黒い髪を持っていた。

 僕はそれに見とれてしまった。


「女の子にそんな質問攻めはだめだよ?私は枢木美那(くるるぎみな)。歳は15歳だよっ♪それに、君の今の顔を見たら一発で絶望してるとわかるって、鏡見なよ」


 と言って僕に手鏡を向ける。

 ああ、本当だ。目が死んでいると例えれば最適なのだろうか、光を失い、何も写っていない僕の目。誰から見ても絶望しているとわかる。


「15歳って、中学三年生?」


「んー、ついこの前卒業したけどねー」


 だったら僕と同い年か。この子はこれから楽しい人生が待っているのか。羨ましい。


「枢木さんはどうして僕のアドレスを知っているの?それにその、う...運命を変えたいなんてバカな考え。何でわかったの?」


 絶望しているとわかったのが僕の顔からというのはまだわかる。が、しかし、アドレスを教えた覚えはないし、僕の心の内を教えてもいない。正真正銘の初対面のはずだ。


「だーかーらー、質問攻めはだめだって。女の子に嫌われちゃうよ?でも、その質問の答えはそうね、企業秘密ってところかな」


 企業秘密。本当にこの子は何なんだ。いきなり現れて、僕の思考を読んで、メールを送って、わけがわからない 。

 それに、と彼女は話を続ける。


「私のことは美那でいいよ。あんたの名前も教えてよ」


「僕の名前は迅。神埼迅だよ。くる...美那の言う通り、僕は絶望してる。僕は来年死ぬんだ。癌が見つかってさ。本当...」


 ―――絶望だよ。


 僕の言葉を聞くと美那はそうか、それは辛かったね。と頷き、手を差しのべる。

 同情なんかやめてくれと僕が笑いながらその手を払うと、


「この手は同情しているから差しのべたんじゃないよ、迅。あんたが運命を変えるためのキッカケを差しのべているの」


「キッカケ?一体何の...?」


「あんたの運命を変えるキッカケよ。最初から言っているでしょ?変えてあげようかって」


 本当に変えてくれるのか?僕の、この絶望を。こんな可愛らしい、か弱そうな女の子に。

 頭の中で、美那を信じるか信じないか、二人の僕が争っている。

 答えはすぐに出た。

 僕はまだ美那を信じきれない。だってそうだろう。いきなり現れて、僕を変えてやると言っている初対面の女の子を、どうやって信じればいいんだ。

 僕と美那は見つめ合っている。長い間見つめ合っている。

 僕は何も言わない。いや、言えないんだ。信じることができないから。

 信じることができるのであれば、どんなに楽だろうか。

 長い沈黙に堪えきれなくなったのか、美那が口を開いた。


「このままここでじっとしてても何も変わらないし、見てみる?」


 首を傾げながら美那は、パーカーのポケットから鍵を一つとりだした。

 少し古風ただようレトロな鍵。


「異世界への鍵だよっ♪」


 美那はにっこりと笑って言った。

 そんなにっこり言われても、異世界への鍵だと言われて「はいそうですか」なんて言えない。

 僕はすごく残念な気持ちになった。それはもう、とても。なんつーオチだよ。実はただの可愛い厨二少女だったなんて。


「もー、信じてないだろー。酷いなー」


 と、頬を膨らませながら着いてきてと行って歩き出した。

 僕は戸惑いながら、彼女の後を追う。

 数分歩いて、僕たちは人気のない工場跡地に着いた。


「ここなら大丈夫かなー」


「え、ここで何すんの?」


 いいからいいから、と美那は僕を制しながら何かを探している。

 そして、目当ての物を見つけたのか、こっちへ来てと僕を呼ぶ。

 そこにはただのドアがあった。どこの工場にでもあるような入り口のドア。その鍵穴に美那はさっき僕に見せた鍵を差し込み、回す。


 ―――カチャ。


 という音がなり、鍵を抜く。

 僕の心臓が、いつの間にかドクドクと高鳴っていた。


「開けてみたら?」


 その言葉に抗うことができず、僕はそのドアを開ける。

 ドアを開けても、そこに広がっていたのは空と町だった。夜に染まった空。それをたくさんの人工的な光が照らしている。

 工場の中にあるとは思えない、何か別の世界のよう。

 僕がそこに入ろうとすると美那がそれを止めた。


「な、なんだよ」


「さあ、迅。決断して。このまま私とこの中に入るか、お家に帰って一年絶望して死ぬか。私と行けば運命を変えることができる。良い方にも悪い方にも」


 僕の中ではもう決まっていた。こんな訳のわからない光景を見せられて、のこのこと帰れるわけがない。


「そんなの決まってる」


 そう言って、僕はドアをくぐり、その中へと入る。

 美那は少し笑って僕に言った。


「ようこそ金融町へ」

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