第一話〔変えてあげようか〕
「残念ながら、もって一年だと思います」
その言葉が僕の心を空っぽにした。
空は青く、冬の風が春の風へと変わろうとしている。
今日は僕、神埼迅が中学校を卒業してちょうど四日目。
体の調子がいつもと違うことに気付き、お母さんと病院へ訪れた。
診断の結果は癌。手の尽くしようが無いほど、僕の体は侵されているらしい。
―――絶望。
今の僕の気持ちを表す言葉で、これ程適切な言葉はないだろう。
春からは高校生活が待っている。しかし、それは入学してからたった一年だけの生活。
楽しめば楽しむほど、たぶん僕は死にたくなくなるだろう。
医者はお母さんに入院を進めている。
「入院なんてしない、どうせ死ぬんだし。死ぬまで好きなことをさせてほしい...です」
僕はそれだけ言って診察室を出た。
後ろでお母さんが僕を呼んでいる。僕は振り返らずに、病院を出た。
しかしすぐに、どこにも行く場所がないことに気づいた。
病院は隣町にあり、僕はあまり行ったことがなかったので、土地勘が全くない。
そんな僕が携帯と財布、病気に染まった体をもってふらふらと歩く。
すると、小さな公園を見つけた。
滑り台とブランコ、鉄棒だけしかない小さな公園。
僕は公園に入り、ブランコに腰を降ろした。
数人の人が公園を通りすぎ、僕をちらっと見て歩いていく。
ああ、ちゃんとした服を着てきてよかった。と心の中で思う。
白いTシャツに紺色のジーパン、そして黒と白のカーディガンを羽織ってハイカットを履く僕は、周りからどう見えているのだろう。
そんなことを考えながら携帯を見ると時刻はもう夕方の5時を過ぎていた。
そろそろ暗くなる時間だ。なんて考えていると、お母さんから電話が掛かってきた。
僕はそれを無視する。しばらくして電話が切れる。
すると、すぐにメールが携帯に届いた。もちろん相手はお母さん。
『どこにいるの!?早く病院に戻ってきなさい!』
僕は携帯を閉じ、公園を出た。
向かう先は病院ではない。どこに向かうかもわからない。僕の足が進む方へ、体を向かわせる。
気がつけば僕の町へと架かっている橋にたどり着いていた。
この橋を渡れば僕の町。僕が15年間過ごした町。
お母さんに、先に歩いて帰りますとメールを打って、僕は橋を歩き出す。
橋から見えた景色は、今の僕ととても似ていた。
沈みかけた赤い太陽が、川に反射して、大地を赤く染め上げている。そんな景色。
―――命の最後を燃やしている
僕は今、自分の残りの命に絶望している。このまま死んでしまうのかと。
その点太陽は残りの命を最後まで燃やして悪あがきをしているようなので、僕とは全く違う存在なんだと気づかされる。
僕は橋に寄りかかって、太陽の最後を見守った。
太陽が沈み、辺りは暗くなって、夜が訪れた。
僕もそろそろ帰ろうかと思って歩きだすと、前から女の子が歩いてきた。
だぼだほパーカーとだぼだほのスウェット、そしてスニーカーという、とてもラフな格好をしているその子は、僕の町では見ない顔なので、隣の町の女の子だと推測をする。
だんだんと近づく彼女の顔を見ると、少し暗かったが整った顔立ちをしていることはわかった。
『癌なんて見つからなかったら、僕もこんな子を彼女にしたかったな』
なんて考えながらすれ違う。
もしかしたから、その女の子が僕の運命を変えてくれる存在なんじゃないかなんて、小説のような馬鹿げた考えをして、僕は少し笑う。
僕にもどうやら、まだ笑うだけの力はあるようだ。
女の子が僕を変えてくれるフラグをビンビンに立てた今だけれど、結局ここは小説の世界とは違う、現実。科学的なことしか起こらない。
僕は家へとひたすら歩く。
メールが届いた。登録してないアドレス。
『あんたの運命、変えてあげようか??後ろを見なさい。』
僕はすぐに後ろを振り返る。
するとそこには、さっきのあの女の子が携帯を片手に僕を見ていた。
僕の横を車が通る。そのまま彼女の横も通ったその車のライトが、彼女の顔を照らす。
そのとき彼女は確かに笑っていた。