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魔がさす時  作者: まひる
第七章
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沈む意識と浮上するもの

「そしてこの継ぎ目のない金属はね、私の力に反応して伸縮をするのだよ。そのように作ったからね。あぁ、私の名前を言っていなかったか。覚えておきなさい。三峰ミツミネ、君の主人の名前だ。」


 話しながら金属を輪ゴムの様に引き延ばし、海里の頭から通す。直径10センチ程だった金属の輪は、事もなげに海里の首に収まったのだ。


『三峰…絶対ぶっ飛ばす…っ!』


 その間何も出来ない海里。瞳を動かすことも出来ない。ただ与えられる感覚に、怒りと吐き気を覚えていた。


「さて、化け物は捕獲した。その結界能力者はまだ利用価値がある。このエリアも、シバラくは保持してもらわないとならないしな。」


 海里の髪の毛を掴んで引き上げ、後ろに控えていた他の能力者達に見せ付ける。


「三峰さん、この子供はどうしますか?」


 その三峰に歩み寄ったのは、鹿島カシマと言う補佐役の男。この男の力は邪気を物質化する事で、海里に黒い矢を放ったのも鹿島だった。


「もういらない。契約の印を傷付ければ、パートナー契約も解消されると聞くしな。病院の外にでも捨てて来させれば良い。おい、これを地下室に。」


 それだけ告げると、海里の髪を掴んでいた手を離す。


 ゴンと鈍い音がして、海里の頭は床に直撃した。脳が揺れる。


『…くそっ…たれ…。』


 そして海里の意識は深く沈んで行った。




『何だよ、これ…。生きてるのか…っ?』


 月夜ツキヤの足元に転がる、腹部を赤黒く染めた少年。


「成田、おいっ!成田っ!」


 ペシペシと頬を叩くが、真夏マナツに全く反応がない。仕方なく胸の辺りに耳を付け、心音を確認した。かなり弱っているが、死んではいない。


「待ってろ、すぐに杉田先生の所に連れていってやる!」


 身体の小さい月夜が高校生の真夏を運ぶことは通常なら無理だが、彼は難無く風の力で宙に浮かせた。その場に長く留まることも危険な為、一気に上空高く舞い上がる。


 そして同時に、携帯電話で陸都リクトに報告をした。


「あ…陸都さん、月夜ツキヤです。成田を新東病院の外で発見しました。…それが腹部辺りを出血してまして、心拍もかなり弱っています。…意識はありません。…いえ、瑞穂の姿は確認出来ませんでした。…はい、すぐに戻ります。」


 未だに出血が止まらない。流れ落ちる赤い雫に、月夜は可能な限りの速度で空中を飛んだ。




 どれくらい時間が経ったのか、開けた瞳に映る闇をボンヤリと海里カイリは見る。


『…ここ…は、…っ!』


 ハッとして身体を起こそうとすると、頭に激痛が走った。思わず押さえたその手に、ベタリとしたものがつく。


『あの野郎…っ!絶対にぶっ飛ばす!…とは言え、ここは何処だ?』


 ユックリと半身を起こして辺りを見回した。


 明かりの全くない空間だったが、電子音とモーター音が聞こえる。


『…この匂い…研究室か。』


 記憶に残る悪夢。忘れられる訳がなかった。


「ちっ…。」


 あぐらをかいて深呼吸をする。とにかく精神を落ち着けなくては、如何なる事にも対処できないと嫌という程叩き込まれた。


『…感覚が鈍い。この首輪、能力制御装置か。』


 親指程の太さ程の金属に触れる。勿論、外れる訳がなかった。


『ふぅ…。真夏…、無事かな…?』


 少しだけ落ち着きを取り戻し、闇にも慣れてきた視界を動かす。


 窓もなく、空間的には物置と変わらない場所。薬品に混ざり、えた臭いも鼻についた。


 独房。頭に浮かんだ単語である。


『…俺を檻に入れたつもりか。』


 あの三峰という男が海里に何をするのか、又は何をさせようとしているのかは分からなかった。


 どちらにせよ、今の海里は動く事もままならない。それならばと瞳を閉じ、己の回復に意識を向けた。


 シバラくしてピーッと雑音と共に音が聞こえる。この部屋のスピーカーが反応したのだ。


『気が付いたようだな。これからお前の退魔能力を取り出す実験をする。ちなみに今は能力を封じてある。手間を掛けさせるなよ。』


 その言葉にも微動だにしない海里。聞こえてはいるが、今は自身に意識を集中している。


 そのおかげか、身体のけだるさも幾分マシになってきていた。


『…大人しいのは良いことだ。だが、それがいつまで続くかな?』


 アザケりを含んだ言葉。挑発しているようだが、全く海里カイリの心に響かないのではどうしようもない。


『今から迎えを寄越す。大人しくついて来い。』


 反応しない海里に苛立ちを滲ませながらも、それだけ告げて通信が途絶えた。


 それからまたシバラくして、ガチャガチャと金属の擦れる音が聞こえて来る。


 そちら側が廊下なのだろう。実際にこの部屋は、四方の壁に全く異質な部分がなかった。内側から開ける事を考慮していないノッペリとしたただの壁であり、取っ手などの印となる物がない。


「おい、出ろ。…聞こえているのか?出ろと言って…っ!」


 返答のない海里に対し、男は中を覗き込み息を飲んだ。真っ暗な室内からギラリと向けられた鋭い眼差しに、心臓が止まってしまったかの錯覚を受ける程に射竦められる。


「ひっ!」


 その後ユックリと立ち上がった海里に恐怖し、思い切り尻餅をついて通路の反対側の壁まで後退った。


「何だ。行くんじゃないのか。」


 逆に声を掛けられ、無言で何度も首を縦に振る。


「こ、この廊下を…ま、ま、真っ直ぐだ…っ。」


 ビクビクとしながらも、精一杯の虚勢を張って海里を先に歩かせた。イザとなったら、すぐにでも走って逃げられる。それ程海里の後方を歩いた。


 突き当たりまで来て海里が立ち止まるが、次の指示がない。


「逃げてどうするんだ、馬鹿が。」


 振り向くと既に先程の男の姿はなかった。呆れて溜め息をつく海里。今の彼はただの高校生に過ぎないのに。


「んじゃ、好きにさせてもらうとするか。」


「残念だが、そうはいかない。」


 後ろから聞こえた声に、思い切り嫌な顔で振り返ってやった。


「そんな嬉しそうな顔をしないでくれ。言っただろう、その首輪は私の力に反応すると。」


「っ…ぐぅ…っ!」


 三峰のニヤリとした笑みを見た途端、海里の首に付けられた金属が収縮を始める。呼吸が出来ず、目を見開いた海里の口から溢れる唾液。


 知らず知らずに己の首に爪を立て、金属の輪を引き剥がそうとしていた。


「分かるかい?私の思うがまま、伸縮するんだよ。」


 海里カイリの膝が折れて床に叩き付けられた時、ヨウヤく収縮を解く三峰。激しく咳込む海里を見下しながら、その口元には気味の悪い笑みが浮かんでいる。


「ついて来い。」


 一言告げると、左側の通路を進んだ。数歩進んで振り向き、海里がふらつきながらも立ち上がるのを確認するのを見て口角を上げる。


 命令は絶対。逆らう事は許されないのだ。調整能力者に選ばれてしまった不運と言うべきか。


 研究者達は己の保身のためにまず、調整能力者に苦痛を以ってそれを叩き込むのだ。サーカスの猛獣にするがゴトく。


 先を歩く三峰の後を、ゾンビの様に不安定な足取りでついていく海里。意識は朦朧としていて、焦点の定まらない瞳がそれを現していた。


 一つの扉の前に来ると、壁に取り付けられた電子キーを操作して開ける。


「入れ。…そこに横になれ。」


 手術台の様な幅の狭いベッドをさし、海里に命じた。ノロノロと言われるがまま横たわる。


容易タヤスいものだ。」


 ニヤリと笑いながら、海里の身体をベルトで固定した。手足に電極を取り付ける間も、海里は虚ろな瞳を天井に向けている。


「よし、とりあえずは測定だ。」


 隣の部屋へ移動した三峰は、ガラス越しに海里を見ながら機械を操作した。


 先ずは能力解放前の検査。


「微妙に能力計が反応しているな。完全には遮断できていないのか。まぁ良い、これくらいならば問題ない。次は、解放時の検査だな。」


 そう独り言を呟きながら、海里のいる部屋に移動する。身体を固定されて虚ろな目をしている海里を鼻で笑い、その首に付けられた金属の輪に触れた。


 海里の身体がビクッと大きく震える。ジワジワと水が染み出す様に全身から溢れて来る力。


「ふっふっふっ…、このまま検査をしながら最高値まで能力を解放してやろう。それからこの退魔の力を取り出してやる。」


 検査室側で成功の余韻に浸っている三峰は気付かなかった。


 心臓が煩い程脈打っている。霧の中にいるかのような、ぼんやりとした意識の中に海里カイリはいた。


『…まな…つ…。』


 意識だけならば、何処にだって行ける。重い肉体をそのままに、遠く離れた行きたい場所。時間も場所も関係なかった。


 海里は我知れず真夏マナツの元に飛んでいたのである。ふと気付くと、足元に真夏が横たわっていた。額に玉のような汗をかき、苦しげに眉根が寄せられている。


『真夏…今、痛みを消してやる。』


 側にしゃがみ込み、その額に海里が触れた。フワッと真夏を包み込む朱色の光。すると、今までの苦悶の表情がスーッと消える。


『…良かった…。』


 海里は胸を撫で下ろした。


 途端に自身の身体に激痛が走る。意識体ではなく、いつの間にか肉体に戻って来たようだ。


「…ぐぅ…っ!」


 電気を流されていると気付く。ビリビリとした刺すような感覚と、全身の毛が逆立ったような皮膚のざわめきに顔を歪めた。


 強引に意識をたたき起こされ、苦痛に歯を食いしばりながら目を開ける。


ヨウヤく起きたね。能力計が微妙な波長を感知していたんだよ。意識下で何をやっていたんだい?」


 三峰の見下す様な視線とにやけた笑いがカンに障った。


「…っせぇ…、良い夢見てたのに邪魔すんじゃねぇ。」


 思わず掴み掛かろうしてガシャンと金属の擦れる音がする。横たわったまま拘束されているのだと気付いたが、ビリビリと続く痺れと痛みに怒りが追加されて頭がどうにかなりそうだった。


「ふん、威勢だけは良いな。けれども、口の聞き方は考えるんだな。」


 三峰のにやけた笑いが消える。途端、今までとは比べものにならない程の強力な電流が海里の身体を駆け抜けた。


「ぐあぁぁぁぁぁー…っ!」


 鼻の奥で焼け焦げた臭いがする。目の前に星がちらついた。


『…や…ば…っ!』


 手足が突っ張り、身体が弓なりになる。また心臓が激しく脈動していた。抑えられない。またあの衝動が…、来た。


 海里の中で何かが弾ける。


 黒い炎が突如溢れ出した。



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