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魔がさす時  作者: まひる
第一章
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見えるようになった世界


「だって…、どうして?」


 パジャマを半分脱いだ状態で瞳を潤ましている。


「…真夏マナツってもしかして、極度の怖がりだったりする?」


 昨日からの真夏に、海里カイリは一つの推測に至った。


「そっ、そんな事ないよっ。ただ、幽霊とかお化けとかグロテスクな物が嫌いなだけだよっ。」


 これは精一杯の強がりなのか。


「それを怖がりというんだ。とにかく、着替えて朝飯。真夏は入学式すら参加していないんだ。せっかくの高校生活を駄目にする気か?」


 海里は高校生活では魔とあまり関わりになりたくなかったのだ。だからこそ、親元から離れた知った人のいない上限高校を選んだ海里。


 けれど思惑が外れ、入学式初日から校内で退魔をする事となる。


「う…、分かった。けど、瑞穂は絶対に俺と一緒にいてよ?俺、どうする事も出来ないし。」


 真夏が漸く着替えた頃、既に海里はキッチンで朝食を用意していた。


 トーストとハムエッグ、トマトとレタスのサラダ。


「ほら、立ってないで座れよ。はい、牛乳。本当は野菜ジュースが良いんだけど、今日は牛乳な。」


 海里はそう告げながら椅子に腰掛ける。


「凄いな、お母さんみたいだ。いただきます。」


 真夏の何気ない一言に、海里は一瞬視線を向けた。だが他意がない事を悟ると、すぐに食事に意識を戻す。


「ご馳走でした。真夏、30分後に出発な。」


 海里は真夏にそう告げると、席を外した。


「はーい。」


 元気に返事をすると、真夏も残りの牛乳を飲み干す。




「行くぞ。」


 玄関口で振り向きながら、真夏に確認する海里。


「うん、良いよ。」


 鞄を持ち準備が整っていた。


 だが、扉を開けた途端に真夏の表情が変わる。


「大丈夫、これ以上近付いて来ない。俺の退魔の力で勝手に消えるから。」


 声にならない叫び声をあげている真夏に、軽く肩を叩く海里だ。


 その言葉通り、半径2m程の範囲で周囲の魔が弾ける。


「ごめん、俺…気持ち悪い。」


 自身に向かって襲いかかって来る様々な色や形の魔は、真夏に触れる事は出来ないものの悪意を放っていた。


「瑞穂ぉ。」


 既に半泣きの真夏は、海里カイリの制服を引っ張ったまま玄関先から放れない。


「だーっ、もういい加減にしろよ。遅刻するだろうが。しがみつくな、制服にシワがつく。」


 海里は腕を振り払うが、真夏の表情に頭を掻いた。


「ちっ、仕方ない。ほら、手を繋いでやるから。抱き着かれるよりはマシだ。」


 少し頬を赤らめながらも、真夏に手を差し出す。


「ありがとう~、瑞穂っ!」


 すぐにその手を握る真夏。そして何とかその場から移動し、学校へ向かうのだった。




「何か、俺等…目立ってる?」


 ヨウヤく魔の気配に慣れたのか、学校近くになって周囲の視線に気付いた真夏である。


「当たり前だ。何処の馬鹿が、高校生になって男同士で手を繋いで登校するんだ。」


 半ば海里に引っ張られる様に歩く真夏は、つい先程まで魔を気にして宙をキョロキョロと見回していた。


「そういえば…あっ!あの人、肩に憑いているよ?」


 話を途中に、視界に入った通行人の男性を指差す。


「あのなぁ。大声で言わなくても分かるし、ジェスチャーもいらない。余計目立つだろ。」


 頭を押さえながらうなだれる海里は、真夏に状況を説明せざるをなくなった。


「真夏や俺が見ているものは大抵の人が見えない。魔はいくらでもいるし、あれくらいの小さい魔に憑かれたところで被害は軽微だ。逆に全て退治する事は不可能。それよりも今の真夏に必要なのは魔に近付かない事。見えるなら余計に都合が良い。俺の側にいる時なら護ってやる。で、手を繋ぐ必要性はない。分かったか。」


 海里は一気に話し、真っ直ぐ真夏を見る。


「…うん。」


 腑に落ちない感じではあったが、真夏が納得した上で海里は手を放した。


「だからあまり俺から離れるな。」


 最後に一言海里は付け足し、学校に向かって歩き出す。


「うんっ!」


 海里の言葉一つで急に元気になる真夏。


 笑顔で横に並ぶ真夏に一瞬視線を向けるが、海里はそれを気にしない振りで歩くのだった。




「あら、仲が良いわね~。初日から友達同士登校出来るなんて、素敵だわっ。」


 学校の正門には、響子キョウコが指導の為に他の数名の教師と立っている。


「橘先生、彼氏出来ました?」


 皮肉を込めて答える海里。この場で手を繋いでいなくて良かったと、実は内心ホッとしていた。


「瑞穂君、先生の恋愛相談に乗ってくれるのかな?じゃあ、放課後に保健室まで来てねっ。」


 笑顔で返す響子は学校内外で変わらない。ただ、海里の事を苗字で呼ぶくらいだ。


「忘れてなかったらね。」


 海里の方は軽くあしらって離れるが、周囲の男子生徒の視線に敵意を感じる。


 若い事もあり、響子はかなりの人気者なのだ。


「瑞穂、何か魔がざわついてる?」


 周囲を気にしながら、真夏は小声で海里に話し掛ける。


「あぁ、人の気持ちに左右されるんだ。特に悪意にな。っうか真夏、センスが良いんだな。昨日の今日なのに、はっきりと識別出来てるじゃないか。」


 嬉しがる海里だが、今まで同年代の能力者が周囲にいなかった為だ。


「えっ…そうなの?褒められるのは嬉しいけど、俺としては見たくない世界なんだよね。瑞穂は小さい時から見えてるんでしょ?俺だったら気が狂いそうだよ。」


 真夏は海里の側にいる安心を目でも確認出来ている。


 周囲に溢れんばかり大小存在する魔だが、海里を中心として手の届く範囲以上の半円には絶対的に立ち入って来ないのだ。そしてその聖域に入ろうものなら、瞬時に黒い霧と化してしまう。


「真夏の怖がりも少しは直るんじゃね?」


 常に視界に人ならざる物が見えるのだ。嫌でも精神的に鍛えられる。


「良いの、俺はデリケートな性格なんだから。」


 真夏の方は、さして自身を怖がりと思っていない様子。


「ふぅん、デリケートねぇ。あ…松崎先生、おはようございます。」


 下駄箱付近にいた松崎と視線が合い、海里は軽く頭を下げて挨拶をした。


「おぅ、学級委員。誰だ、そいつ。」


 相変わらず無作法な松崎だが、海里の隣にいる真夏をすぐに気にかける。


「成田真夏です。真夏、俺達の担任様だ。ストレート体育会系だが、裏表がない分信頼出来ると思う。まぁ、昨日少し話しただけだけどな。」


 海里にとって、裏表のない人間は魔が憑きにくい事もあり好印象なのだ。


「あ、昨日はすみません。成田です、宜しくお願いします。」


 真夏は深く頭を下げ、初挨拶を交わす。


「おっ、挨拶は元気良いな。じゃあ、成田は風紀委員な。」


 突然の松崎からの委員任命に驚きながらも、真夏は笑顔で返した。


「はい、ありがとうございます。出来る限り尽力します。」


 そんな真夏の態度に、松崎も笑みを浮かべる。


「では、俺達は先に教室に行きます。」


 海里が口を挟み、そのまま下駄箱に足を向けた。


「真夏、調子良すぎ。」


 松崎と別れてすぐ、海里は隣を歩く真夏を肘で軽く突く。


「へへっ、強者には従えってね。委員くらいどうって事ないしさ。」


 真夏が下駄箱を開けると、封筒が一通入っていた。


「何これ。…果たし状って、古いなぁ。」


 封筒を慎重に開封すると、個性的な大きい文字で明記してある。


「初日からモテるな。っうか、昨日の三年生か?」


 海里も見える様に広げてくれている為、一緒に手紙を見てみた。


「うーん、分からない。名前知らないし、放課後体育館裏ってなぁ。瑞穂も来てくれる?」


 手紙を丸めながら近くのごみ箱に投げ入れる真夏。


「おい、良いのかよ。即行捨てるか、普通?まぁ、一緒には行ってやるけどさ。」


 ごみ箱に視線を送りながら、二人で教室に向かう。


「良いよ、可愛い女の子の手紙じゃないし。おはようっ!」


 真夏は教室の扉を開け、明るく挨拶をした。


「成田真夏で~す。さっき松崎先生から、風紀委員に任命されましたっ!皆、助けてねっ。」


 元気な真夏に、クラスメイトも明るく受け入れる。


 教室に入ってすぐに周囲に人を集める真夏に対し、海里は大きなあくびをして机に伏せた。


「成田は何処中?俺、旭。前田中から来たんだ。」


 皆と打ち解ける事が出来るのは、真夏の得意なのだろう。


「俺は北川中からだよん。旭って野球してるだろ?試合見た事あるぜっ。」


 周囲の状況に目を配り記憶している為、他校であったクラスメイトとも話を合わせれる真夏は交遊関係が広い様だ。




「以上。明日も元気に来いよ。」


 ホームルームを終え、松崎が教室を出ていく。


「やっと授業終了だね。半日で助かったよ、休み癖が抜けてないから疲れる~。」


 背筋を伸ばしながら、真夏が海里カイリに視線を向けた。


「俺はそうでもないぜ?さぁ、呼び出しの件を済まそうか。」


 手荷物を片付けながらも、真夏に顔を向ける海里。


 体育館裏に呼び出されている真夏は、面倒そうに頷く。


「仕方ないよね、行きたくないけどさ。」


 二人で席を立つと教室を後にした。




 授業が終わった為、廊下は生徒で溢れている。


「こっちの方が近い。」


 海里が誘導した先には余り生徒がなく、真夏にとって見たくない魔の姿が少なかった。


「ありがとう瑞穂、人が少ない道を選んでくれて。やっぱ人が多いと、魔もたくさんいるなぁ。皆角が生えてるから、鬼って言う瑞穂の言葉を思い出したよ。」


 ホッとしながらも、真夏は周囲の魔に警戒している。


「真夏も角が生えた鬼に見えるんだ。けど響子姉は黒い影にしか見えない。」


 体育館に続く廊下を曲がりながら、海里は自らと見え方が同じ事を嬉しく思った。


 人によって魔の見え方が異なるらしいから。


「あ…、いるね。」


 真夏の目にした人物は、日の当たらない場所に動かずに立っていた。


「しかも、しっかりと魔が憑いてるじゃないか。はぁ…二つもデカイのが。昨日のとは違う三年だな…、友達か?」


 うなだれる海里。少年の精神力を吸収しきった二体はかなり巨大化している。


 憑かれた三年生は目が虚ろで、口元にも締まりがなかった。


「何か、薬やってるみたいに見えるな。俺もあんなだった?」


 既に自己を失っている三年生を見ていて、真夏は昨日の自分を思う。


「真夏は違った。あれは最終段階だ。心裏シンリも聞こえない…可哀相だけど、元通りに回復する見込みが薄いな。ハク。」


 表情を隠した海里は、自らのペンダントに触れて白光の剣を出した。



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