朱色と白銀の力
「俺が能力で結界を張るから、出て来た魔をお願いね。結構たくさん入っているみたいだから、大変だと思うけど。」
「そんな事まで分かるのか?…分かった、出て来た魔は任せろ。」
知らず知らずのうちに真夏の能力は向上しているようである。
「始めるよ?」
ニコッと笑みを向けて来る真夏。不思議と海里は、全く不安も懸念も感じられなかった。
「いつでも。」
ニッと笑みで返すと、真夏は自らの力をユックリと解放し始める。
暖かな朱色の光が溢れ出し、陸都を包み込んだ。
その力に押されるように、ジワジワと陸都の身体から染み出す黒。墨のように見える。
「形がない程なのか…。白が効くか?」
半ば液体の様な魔の姿に、胸元のペンダントに触れながら白光の剣を引き出した。
真夏は陸都の回復に集中し、無言で力の調節をしている。
「とりあえず刺してみるか。」
朱色の光の外からユックリと剣を差し込んでみた。剣にも結界にも影響は無いようで、そのまま陸都の身体の下に広がる黒い染みを突く。
水面に油を落としたように、ポツンとその部分の色が抜けた。
「へぇ…、避けるのか?」
手応えは無く、幾つか黒い面を突いてみるが変わらない。
「駄目だな…効果がない。」
陸都から湧き出すようにとめどなく出て来る黒い液体は、既にベッドから滴り落ちて床に溜まっていた。
「やはり形がないと、白ではどうしようもないか…。」
流動的な相手に物理攻撃は効果が無い。海里は退魔すべき標的に思案していた。
「…形がないなら…固めてしまう…か?」
ふと思い当たった思考に、自身の能力を探る。
『白は直接攻撃…、青は捕獲だが網が粗い。…液体…固体…、凍らせる?…出来るのか…いや、意思は力だ。』
必要とする力を自らの能力から生み出し、手にしていた白光の剣を変化させる海里。
「…銀。」
そして海里がイメージしたのは、白銀の光を放つ曲がり刀だった。
刃から白い煙が沸き立ち、揺らめきながら下に落ちて消えていく。冷気を纏った刀だ。
「…これでやってみるか。」
白銀の曲がり刀を見遣った後、海里は再び陸都の下に広がる黒い液体に視線を移す。
そしてユックリと、真夏が作っている朱色の結界に刃を沈めていった。
『能力は意思の力…。俺は真夏の邪魔はしない。陸都に巣くう魔を退けたいだけだ。』
言い聞かせるように、唱えるように心で訴える。
そして真夏の結界には何の影響もなく、陸都の下に広がる黒い液体に刃の先が触れた。
途端に悲鳴の様な高音が頭に直接響く。
「っ!」
思わず顔をしかめる海里だが、真夏には聞こえていない様だ。そのまま何事もなく、陸都を癒す為に能力を集中している。
『煩い、黙れっ!』
胸中で怒鳴りながらも、手にした白銀の曲刀を魔に突き刺す海里。
一層頭の中に甲高い音が響くが、液状の魔にハッキリと効果があった様だ。パキパキと派手な音をたてながら、白く固形化していく。
滴る黒い液面も、床に落ちて溜まっている部分にも海里の力が伝わった。そして陸都をも、霜が降りたように覆い尽くす。
『陸都…、起きろよ…。いつまで寝てんだよっ!』
呼び掛けるように心で叫んだ。
『…る…さい…、バカイリ…。』
『陸都っ?』
心裏で聞こえる陸都の声に、いつの間にか祈るように閉じていた瞳を開く。
『寒いぞ…、何してる…?』
『…後であっためてやんよ。』
ニヤッと笑みを浮かべる海里。
『冗談じゃねぇ、殴るぞ。』
強い心裏の声に、精神の侵食はされてないことが分かった。
『ふん…、ならサッサと起きろって。真夏に力をもらってるんだ。もう動けるだろ?』
『…勝手な言い分だな。』
口を開いて話していれば、確実に舌打ちされている。
だが陸都自身も、現状を打開しなくてはならない事を理解していた。
パキパキと薄い氷を割る様な音が聞こえ、陸都の身体がユックリと動く。
「陸都さん、大丈夫ですか?無理しないで下さいね。」
真夏の能力で回復したとは言え、肉体にも分かりすぎる程のダメージを受けていたのだ。
「だ…じょうぶ…だ…。」
そう告げた陸都だが、酷く声がしわがれている。
「馬鹿か、それの何処が大丈夫なんだ。」
陸都の真横に剣を刺している海里は、凍てつく間中聞こえていた魔の悲鳴が消えている事に気付いた。
『散れ。』
心で命じる。途端に白く凍った様に固まっていた魔が霧散し、それを確認後に白銀の曲刀からも手を離す事で消した。
「しばらくジッとしていろ、真夏が回復してくれる。」
軽く溜め息をつき、起き上がることも出来ない陸都に告げる。そして真っ直ぐ真夏に視線を向けた。
「大丈夫か、真夏。無理はするなよ?」
「うん、大丈夫。結構安定して力を使えるようになって来たみたい。それより海里、凄いじゃん!新しい力の形だったね、氷の剣?こっちを集中していないと持って行かれそうで、結界の固定をするのが精一杯だったもん。」
普通に結界を張るだけなら、他に気を向ける事が出来るらしい。
「そうか、悪かったな。…影響が完全に無い訳じゃないのか。」
互いを揺さぶる事無く他者の能力に接触するのは、能力調整が難しい為に本来なら行わないのだ。相手が真夏だから出来ると思う。
「けど俺の結界を破る事無く、海里の能力を使えるのは良いね。大きく空間を覆わずに、中の退魔が出来るって事じゃん。」
ニッコリと微笑む真夏に、ホッとする海里。自身の力が役に立つと言われただけで許された気がする。
「素晴らしいですね、海里君と真夏君の能力は。陸都君の皮膚の状態も治癒して来ている様ですね。」
ずっと後ろから見ていた杉田医師は、興奮覚めやらぬ様子で近付いてきた。
「通常の回復能力者では、このような目に見えての回復は無いのです。やはり、真夏君は特別なのでしょうね。ちなみに、海里君の力しか私には見えませんが…今も能力を解放しているのですか?」
思わず海里と真夏は目を合わせる。以前にも言われたが、視認出来るのは陸都も含めて三人という事だ。
「はい、まだ陸都さんの回復の為に力を解放しています。」
疑問に思いながらも、とりあえず質問に答える。だが、海里も真夏も釈然としなかった。
「けど、見えていないって…どんな感じですか?」
首を傾げながら問い掛ける海里に、杉田医師は事もなげに答える。
「真夏君の作っていると思われる空間が見えないだけです。もちろん海里君の白銀の剣も、陸都君から染み出すように出てきた液状の魔も視認出来ています。」
つまりは、朱色の真夏の力だけが見えていないのだ。
「…おい、陸都。お前は見えてるんだよな、真夏の力。」
「…バカイリ、口の利き方に気をつけろ。お前より俺の方が上だろ。」
薄目を開けてチラリと見てくる陸都だが、先程よりは顔色が良い。
「うっせぇ、誰がお前の下なんだよ。くだらない事を言ってないで、聞いた事に答えろ。」
「まぁまぁ、海里。陸都さんは俺が覚醒する前から、俺の能力の事が見えていましたよね?」
喧嘩腰の海里を宥める真夏。既に結界内の魔は完全に光に返っている為、後は陸都の回復のみだ。特別意識せずとも空間は維持されている。
「…まぁな。俺の感知能力は、逆に見ないように意識しなくてはならない程分かるんだ。」
組織内で一、二を争う感知能力者だ。強すぎる能力故、本人にしか分からない支障があるらしい。
「そうなんですか。では、見えていないのは私だけなのですかね?」
残念そうに告げる杉田医師に、海里は鋭い視線を向けた。
「…真夏に変な事したら、いくら杉田先生でもただじゃおかない。」
牧田医師の事もある為、海里自身は真夏の能力を公にしたくない。
「分かっていますよ、海里君。そんなに怖い顔をしなくても、貴方達の嫌がる事はしませんから。」
ニッコリと笑みを見せる杉田医師だが、組織に属しているという柵は消せないのだ。上層部からの命令があった場合、拒否する権利は無いはず。
「そんな事は分かっています。だから真夏を任せているんじゃないですか。けど、だからこそですよ。」
任せているからには、最後まで守り通せと言わんばかりだった。
「そうですね、肝に命じておきます。…ところで陸都君。今回の貴方の状態なのですが、相手の存在は分かりますか?」
話を変え、杉田医師は状態が安定した陸都に問い掛ける。この魔は放置しておくと危険だからだ。
「はい…俺が新高町二丁目の廃ビルで目撃したのは、半透明の赤い人型の魔でした。旧名雪サービスエリアで目撃した物と同一の感覚を受けました。」
その陸都の言葉に、海里は顔をしかめる。
「あれ、気持ちが悪い。…人間が持っているはずの心裏を持っていますよ。」
一度接触したから分かる、矛盾を持つ魔だった。
「心裏?」
単語を復唱して首を傾げる真夏は、以前にも聞いた事のある言葉を思い出そうとする。
「あぁ。本来魔は、邪気を吸って固まった存在だ。欲望の塊と言って良いかもしれない。それ等が感情を得る事はない…はずなんだけどな。」
急に自信なげに、真夏に向けた視線を伏せる海里だった。
「海里の言う心裏は感じられませんでしたが、人間かと思う感覚はありました。魔がさした人がいるのかと思って近付いたんです。」
海里の言葉に続けて陸都が話すが、通常では有り得ない状況があったことを窺わせる。
「そうですか…、魔の形状が変化して来ているのでしょうか…。」
腕を組む杉田医師。魔は年々増えて来ているのは事実だ。
「ありがとう、真夏。もう大丈夫だ、すまなかった。」
陸都が真夏に礼を言いながら、ユックリと起き上がる。
「いえ、俺に出来る事をしたまでですから。海里が悲しんでいたので…つい、でしゃばる様な真似をしてしまいました。杉田先生、すみませんでした。」
途中から杉田医師に向き直ると、深く頭を下げる真夏。
「なっ?!お、俺は別に悲しんでなんか…いなかったし…。」
その真夏の言葉に狼狽する海里は、しどろもどろになりながらも僅かに頬を赤らめていた。
「海里君も真夏君も御苦労様でした。陸都君は暫く休んでいって下さい。さぁ、下まで見送りますので二人とも行きましょう。」
柔らかく微笑む杉田医師に、海里と真夏は集中回復室を後にする。
「本当に助かりました。二人が来て下さらなければ、陸都君の状態は危険でした。」
一階のエントランスで海里と真夏に深く頭を下げた杉田医師だった。




