響子の能力
「とにかく、そういう訳だから。元はと言えば、響子姉の結界にあるんだぞっ。」
二人共パジャマを着た後に海里は事実だけを説明し、挙げ句の果てに響子に責任転嫁する。
「あら?私は玄関とテラスの結界を張ったけど、家中って話じゃなかったわよね。良いじゃない、成田君と仲良くなれて。それに、新しい力にも目覚めたんだし。」
悪びれもせず、笑顔で海里の肩を叩いた。
「本当に瑞穂は悪くないんです。俺の我が儘で…。」
うなだれるのは真夏の方で、とても小さくなっている。
「ちっ、もう良い。飯食うぞっ。」
海里自身も居心地が悪くなり、半ば強引に席を立つ事で話を終わらせた。
キッチンに向かい、三人分のカレーライスをお盆に運ぶ。
「ほら、響子姉も真夏もこっちに来いよ。」
食卓に並べながら二人を促した。
「ミーちゃん、良い子でしょ。仲良くしてね?」
小声で真夏の耳元に語りかけ、響子は笑顔を向ける。
「あ、はい。瑞穂は口はキツイですけど、本当に優しいです。魔がさしたって時に瑞穂がいてくれて、本当に良かったです。」
真夏にとって、あの時海里に助けてもらっていなければ運が悪くて殺人者だ。
「そうかもしれないけど、ミーちゃんは皆を救えない事に自分を責めているところがあるから。成田君の心裏がミーちゃんに届いて良かった。あ、心裏ってのは心の内ね。」
リビングからダイニングに向かう二人は、途中で立ち止まって話し始める。
「遅いっ、冷めるだろうがっ。」
食卓の準備を終えた海里は、いつまでも来ない二人に苛立ちをぶつけた。
「あ、ごめんねぇ?さぁ、成田君も。ご飯っ、ご飯~!」
楽しそうに跳ねながら来る響子。真夏の方は、海里が怒っていないか顔を伺っている。
「何だ、食わないのか?真夏が皮を剥いたジャガ芋も入っているぞ。」
軽く首を傾げ、逆に不思議そうな海里だった。
「うん、食べる。頂きます。」
海里が怒っていない事を確認すると、すぐに席に着いてスプーンを持つ。
「やっぱり美味しいわねぇ、ミーちゃんの作るご飯。」
二人の仲を見て、一層笑顔でカレーライスを頬張る響子だ。
「御馳走でした、もう食べれない~。」
お腹を押さえて満足顔の響子。
「じゃあ、デザートいらないな。」
食器をシンクに片付けた海里は、冷蔵庫から苺のコンポートを取り出す。
「あっ、ダメぇ!食べる~っ。」
甘い物好きな響子は、満腹のお腹を押さえて立ち上がった。
「はいはい。ほら、アイスに載せるからな。真夏も食べるか?」
返事を待たずに盛りつける海里は、バニラアイスに苺のコンポートとウエハースをトッピングしている。
「うん、ありがとう。凄いね、瑞穂。いつの間に作ったのさ。」
真夏は料理が一切出来ない為、感心しっぱなしだ。
「簡単さ。響子姉、少しは料理の腕が上がったか?」
ほとんど毎日の様に食事を御馳走になりに来る響子は、真夏と良い勝負が出来るくらい料理が不得意である。
「良いじゃない、ミーちゃんがいるもの。お店もたくさんあるから、作れなくてもそれ程困らないわよ。」
料理の腕を磨く気などない響子は、海里の言葉を軽く流した。
「そうかよ。で、力は回復したのか?ちなみに俺は零値だ。」
デザートを食べ終わり、海里は首元の丸いペンダントを取り出す。
ペンダントは黒く染まり、海里の力を表す白銀の光が全く見えなかった。
「何で残しておかないのよぉ。ミサトちゃん、めっ!」
スプーンをくわえながら怒る響子。海里が名前を違える事を嫌っている為、響子はわざと言い変える。
「ちっ、仕方ないだろ。咄嗟の状況で、加減して力を使えるかよっ。ってか、ミサトじゃないっつうの!」
売り言葉に買い言葉で、徐々に白熱してくる二人だ。
「んもうっ、魔除けと力の二つ回復は無理っ。先に回復してあげるから、もう二日くらい成田君のボディーガードしなさいよねっ。今の私の力じゃ、ミーちゃんの半分も回復出来るかどうかなのよ。」
響子の声のトーンが下がる。
いくら回復出来るとは言え、絶対値は圧倒的に攻撃型の海里だ。
「…悪かった、言い過ぎた。で、回復をお願いします。」
気落ちする響子に頭を下げる海里は、真っ直ぐな視線を外さない。
「う、うん。じゃあ…。」
その視線に戸惑いながらも、響子は席を立ち海里の背後から抱きしめた。
二人共に瞳を閉じ、力の移動に意識を集中する。
「…はぁ、やっぱり半分にもならないよぉ。」
先に口を開いたのは響子だ。海里の出したままのペンダントを見るなり、三日月程の回復結果にうなだれる。
「ありがとう、響子姉。とりあえず一晩寝ればまた少しは回復するからさ。」
響子に笑顔を見せ、海里自身もペンダントを確認した。
「な、何か凄いな。スワーッて白い光が集まって来て、ペンダントが三日月になったよ。綺麗だよね、それが瑞穂の力なの?」
一部始終を見ていた真夏は、初めて目にする光景に感激のあまり興奮している。
「綺麗か?これは魔を殺す力だぞ。だからこそ魔の奴等は、俺を狙っているんだ。隙あらば俺ごと力を頂こうってな感じだな。」
幼い頃から魔を視認出来た海里。
響子と同じく、母方に能力を持つ者の血筋が流れている為だそうだ。
「瑞穂の力は綺麗だよ。退魔だっけ、それだって凄いじゃん。もしかして、世の中あんなのがウヨウヨ?」
ふと浴室で襲って来た魔を思い出す真夏は、急に辺りを見回す。
「結構いるよ。ただ、人に憑くのは中でも強い奴。真夏は好かれたよな、ここにまで来るんだから。たいていは危険を冒してまで結界に近付かないんだ。」
外の結界壁に今もぶつかって来る魔は、真夏の躯欲しさだけではないものを感じさせた。
「嫌だよ、俺。あれに障られると、ゾワッて身体中の毛が逆立つ感じになるんだ。まぁ、気付いたのはお風呂場での時なんだけど。気配ってやつを感じたよ、危険だなって。」
自身の身体を抱きながら、真夏は大袈裟に身震いしてみせる。
「もしかして真夏、目覚めた?そっちの世界に。」
茶化す海里に、響子もアイスを食べ終わってから参加してきた。
「うん、うん。成田君って、そんな感じありそうよねぇ。」
海里と響子の真意は分からないものの、真夏は嫌な感じが消えない。
「もう、何だよ!二人して俺の事をイジメんなってっ。」
頬を膨らまして抵抗する真夏は、勢い余って立ち上がった。
「そんなに怒るなって。響子姉はこれからどうする?」
真夏の肩を軽く叩きながら海里も立ち上がる。そして響子に視線を向けた。
「そうねぇ、ミーちゃんと成田君との一夜をお邪魔しちゃ悪いからねぇ。もう帰るね、私。ミーちゃん、明日は朝も夜もご飯いらないから。二人で仲良くね~っ。」
にこやかに手を振る響子に、少し顔を赤くした海里が強制的に追い出しにかかる。
「うっせーっ、紛らわしい事を言うなっ!どうせ隣なんだから、サッサと帰れよ。っうか、マジ夕飯だけ食べに来るのはやめてくれよ。」
両手で響子の背中を押す海里だが、彼女は全く悪気はないのだ。
「何よ、ミーちゃんが引っ越してきてから二週間くらい毎日通っただけじゃない。従兄弟の様子を見に来て何が悪いのよぉ。んじゃね~、成田君。何かあったら保健室に来てねっ。」
玄関口で真夏にも手を振るが、早々に海里が扉を閉める。
「あ…良いのかよ、瑞穂。橘先生、心配してくれてるだけじゃないのか?」
海里の態度に逆に不安になる真夏は、ハラハラしながら響子を見送った。
「良いんだって、絶対楽しんでるだけだから。はぁ…、俺は寝る。今日はやたら魔に出会って疲れた。真夏も寝るなら来いよ。」
海里は大きなあくびをしながら、真夏に背を向ける。
「えっ?」
意図が掴めず、視線だけで海里を追う真夏。
「何だよ。一人暮らしの俺が、布団を二組も持っていると思ったのか?俺とベッドで寝ないなら、リビングのソファーにでも寝な。但し、何度も言うが布団はない。」
真っ直ぐ真夏に視線を向けて話すと、返答を待たずに背を向けた。
「あ、行く行くっ!ソファーで寝たら、テラスのアレが丸見えじゃん。っうか、カーテンすらないし。」
テラスの魔が見える今の真夏は、独りになる事を極端に恐れている。
男と同じ布団に寝る事など、現時点では大した問題ではなかった。
「カーテンなんて寝室にしか必要ないだろ。言っとくが、俺の睡眠は邪魔すんなよ。」
鋭い視線を向ける海里だが真夏には効果がない。
「う~ん…怖かったら抱き着いて良い?」
周りを見回しながら付いて行く真夏は、既に海里のパジャマの裾を握っていた。
「駄目だ。」
振り返り、冷たい視線を向ける海里。
「そんなぁ~。」
情けない顔で訴える真夏に、思わず吹き出す海里だった。
「…ん…っ。…んあ?」
寝起きの頭で自身の違和感を感じる海里。布団の中、自分ではない腕が後ろから首に巻き付いてきている。
「はぁ~っ…起きろ、馬鹿っ!」
大きく溜め息をつき腕を振り払うと、隣に寝ている真夏を叩き起こした。
「んーっ、なぁにぃ?」
朝に弱いのか、物凄くテンションの低い真夏。目を擦りながら、くしゃくしゃの頭を掻いている。
「おっきっろっ!」
だが、海里はそれを許さなかった。真夏の両頬を強く引っ張る。
「いひゃい、いひゃーいっ!ほへんへ、ひぃういっ!(痛い、痛い!ごめんね、瑞穂っ!)」
目に涙を溜めながら必死に謝罪する真夏は、海里から見ても可笑しな顔だった。
「ぷっ、何だその顔~っ!」
真夏の頬を引っ張りながら大笑いの海里。あまりに笑っていたので、頬を掴んでいた手の力が緩んで外れる。
「うーっ。酷いよ、瑞穂ぃ。もっと優しく起こしてよぉ。」
赤くなった頬を撫でながら、怒って見せる真夏だ。
「ふん、自業自得だ。早く、着替えろよっ。」
真夏の怒りを余所に、海里はすぐに立ち上がりパジャマを脱ぐ。
「あ、うん。」
真夏も慌ててベッドに立ち上がると、跳ねながら床に飛び下りた。
海里は下着姿で部屋を出ていく。昨日濡れた制服を浴室で乾燥させていたのだ。
「あ、何処に行くの?」
パジャマを脱ぎ始めた真夏は、慌てて着いて行こうとする。
「制服を取りに行くんだ。真夏のはそこにかけてあるだろ?あ、カーテン開けといてくれ。」
海里はそのまま浴室へ行き、乾いていた制服を身につけた。
「うわーっ!」
真夏の叫び声が響き、走って来る足音が聞こえる。
「んだよ、またか?…何だ、真夏。いい加減、魔の姿に慣れろよ。」
洗面台の鏡を見ながらネクタイを絞めている海里は、慌てる真夏に静かに告げた。
「だ、だって!昨日よりはっきりとたくさんっ!」
涙目になって混乱している真夏だが、海里は至って冷静である。
「だから、昨日から見えてるんだろ。響子姉と言ってたじゃん、目覚めたんだって。」
海里と響子は、真夏の変化に気付いていたのだ。