表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔がさす時  作者: まひる
第一章
3/100

新たな力


「って…、デカ!」


 建物を見上げて後退りする真夏は、その20階はありそうなマンションに口を開けたまま釘付けになる。


「そうなのか。まぁ、エレベーターが面倒だとは思っていたがな。」


 事もなげに答えた海里は、そのまま入口をくぐった。


「おい、本当にここに瑞穂一人で住んでいるのか?」


 真夏は一般的な個建て住宅に住んでいる為、エレベーター付きのマンション自体が珍しい。


 そしてエレベーターに乗り、鍵を開けた場所は2007。


「最上階って、家賃高いんじゃない?って、何もないじゃん。」


 室内を見回す真夏は、あまりの物の無さに海里の方を振り向いた。


「家賃はない、買ったものだ。橘響子タチバナキョウコが言っていた保証人とは、俺の親に対しての事だ。それに生活用品は揃っている。これ以上は無駄だろ。」


 海里は真夏の質問に全て簡潔に答える。


「買ったって…、凄い金持ちじゃん。ってか、俺の家より断然広いんだけど。」


 ありとあらゆる扉を開けて中を確認する真夏は、全5部屋と水まわりを全て制覇した。


「成田真夏、五月蝿い。真夏ってのは、本当にお前にぴったりの名前だな。暑苦しい感じがまさに。」


 ソファーに腰掛け、バタバタと動き回る真夏に皮肉を込める。


「あ、うん。良く言われるよ、そんなに熱いかな?やっぱ俺って、情熱的なんだなぁ。」


 真夏は海里の言葉を自分に都合良く解釈していた。


「アツイ違いだな。あ、窓は開けるなよ。退魔の結界が崩れる。」


 海里は言葉を訂正しながらも、テラスへ出ようとしていた真夏を止める。


「えっ?結界…、スゲー。何か物凄いのがぶつかって消えてくよ。」


 窓に張り付いていた真夏の目に、結界壁にぶつかり弾ける魔が見えた。


「何だ、見えるのか。成田真夏と言う肉に群がるハイエナだよ。結界壁を壊すつもりかただの馬鹿か、とにかく奴等はお前を欲しいらしい。行きたいなら止めないが?」


 海里の言葉と初めて見る魔の姿に、手をかけていた鍵から慌てて身体ごと飛びのく。


「まぁ、それが一番面倒がなくて良い。真夏は好き嫌いはないな?」


 真夏の対応を確認すると、そのまま台所に向かう海里。


「何、瑞穂って料理出来るの?」


 制服の上からエプロンを身につけた海里に真夏は酷く驚いた。


「当たり前だろ。一人で生活するには必須のスキルだ。」


 海里は冷蔵庫からたくさんの野菜を出す。


「へぇーっ…、手伝おうか?何作るの?」


 対面式キッチンに入って行く真夏。キッチンに二人が並んでも、十分な広さがあった。


「今日はカレーライス。手伝いはいらない、一人で作る。」


 海里は並べた材料を洗い始める。


「良いじゃん。カレーな、俺がジャガ芋剥く。」


 真夏は強引にジャガ芋を手に取った。


「あっ!」


「あれ?」


「っと…。」


「痛っ!」


 最終的に手を切った真夏。


「何やってるんだ、仕事を増やすなよ。ほら、こっち来い。」


 海里に腕を引っ張られ、リビングに移動する。


「ごめん…。」


 うなだれて反省の態度の真夏は、大人しく海里の治療を受けた。


「真夏は不器用なのか?ジャガ芋が元の形を残さない皮の剥き方は初めて見たぞ。後は俺がやるから、お前はここにいろよ。」


 真夏に対して呆れてはいるが、少し楽しそうでもある海里。口調が心なしか和らいでいる。


「うん、瑞穂見てる。窓の外は何か怖いし。」


 真夏が視線をテラスの方に向けると、やはり結界壁に当たって砕ける魔が見えた。


「まだ小物だぞ、あれ。真夏に憑いていたのは、もう少し大きな魔だ。青紫の…。何だ、本当に怖いのか?」


 海里が説明しようとした途端、思い切り両耳を塞いだ真夏。海里は軽く溜め息をつき、そんな真夏の顔を覗き込む。


「…うん。だって、あれだろ?」


 情けない顔をしながら、後ろを指し示す真夏だった。


 確かに見た事がなかった分、この部屋からの景色は地獄絵図に近いものがあるかもしれない。


「ふん、俺は見慣れてるけどな。まぁ、真夏の心が回復すれば、簡単に魔に憑かれる事はないだろう。」


 そしてキッチンに戻る海里。


 手際良く真夏の散らかしたジャガ芋の残骸を食べれる状態にし、様々な材料と共にカレー鍋に入れたのだった。


「真夏は辛いの大丈夫か?俺はいつも少しピリ辛なんだけど。」


 海里はスパイスを混ぜながら真夏に視線を向ける。


「あまり辛いのは得意じゃないけど、少しなら大丈夫。」


 笑顔を返す真夏は、海里の手際の良さに感心していた。


「辛さ控え目にしておいたぞ。二時間くらい煮込むから、先に風呂に入るか?」


 エプロンを外しながらキッチンから出て来る海里。


「二時間も?そしたらお風呂入る~。瑞穂、一緒に入る?」


 ソファーに反対向きに座っていたが、海里の言葉に兎の様に跳ね起きた。


「ばぁか、親兄弟でも一緒に入らんだろ。」


 軽くあしらう海里に対し、首を傾げる真夏である。


「そうなの?俺、小3の妹と今もお風呂に入るけど。」


 真夏にとっての家族感。海里の考えとは違うようだ。


「俺は兄貴しかいないから分かんねぇ。けど、兄貴とも小学校入る頃には入らなくなったぞ。」


 逆に不思議そうな海里だが、既にタオルやパジャマを用意している。


「真夏が先に入れよ。ほら、パジャマ。俺ので悪いが、体格もさほど変わらないから問題ないだろ。」


 手にしたタオルを渡しながら、脱衣所に案内をした。


「ありがとう、んじゃ先に入らせてもらうよ。」


 真夏は笑顔で返し、海里はそれを見届けてからキッチンに戻る。




「ぅわーっ!」


 海里がカレーを掻き混ぜていると、突然真夏の悲鳴が聞こえた。


「どうしたっ!」


 慌てて駆け付けた海里が目にしたのは、拘束されている裸の真夏。


「ふえっ…瑞穂ぉ。」


 その身体には幾つもの脚を持った魔が絡み付き、真夏を喰らおうと巨大な口を開けている。


 浴室の天井点検口が開いている為、結界をかい潜って侵入してきたようだ。


「ばっ…真夏を放しやがれっ、ハクっ!」


 海里は胸元のペンダントから白光の剣を抜き出し、タコの様に真夏に絡み付いた脚を切り落とす。


『消えてなるものかーっ!』


 海里の攻撃を受けた魔は、その脚を真夏の口に無理矢理突っ込んだ。


「んんーっ!」


 声にならない真夏の悲鳴が、海里の新たな力を呼び起こす。


「ふざけんなよっ!…セイっ。」


 海里のペンダントが眩しい程に輝き、手にしていた白光のハクを青銅色の球体に変化させた。


 そして魔に投げ付ける。


『ぐあぁぁぁーっ!』


 セイは魔に触れた瞬間に稲妻を帯びた網状となり、魔を拘束した。


真夏マナツは返してもらう。」


 海里カイリの意思で稲妻の網は急激に小さくなり、中に閉じ込めた魔と共に消える。後には黒い霧が残っていた。


「大丈夫か?真夏、しっかりしろよっ。」


 肩を揺すり、真夏の意識を促す。


「…っ!瑞穂、怖かった~!」


 真夏は自我を取り戻すと、そのまま勢い良く海里に抱き着いた。


「あーっ、馬鹿っ!濡れちまうって、やめろっ。」


 制服のまま浴室に押し倒された為、上下共に濡れてしまう。


「…あ、ごめん。瑞穂、待って!いかないでよ、俺一人で風呂入れないっ!」


 放れた隙に浴室を出ようとした海里は、ズボンの裾を思い切り真夏に引っ張られた。


「あっぶねぇなっ、転ぶだろうがっ。んだよ、これ以上制服濡らすなよ。…ちっ。」


 だが、その怒りも涙目の真夏に行き先を失う。


「一緒に入って?俺、マジヤバいんだけど。一人でトイレにも行けそうにない。」


 両手を前に祈る様な真夏は、今回の魔は完全に視認出来ていたようだ。


「ったく…、待ってろ。とにかく服脱ぐから。」


 少し濡れた髪を掻き上げ、苛立ちを抑えながらも了承する海里。


「…何だよ、閉めるぞ?」


 浴室から出て扉を閉めようとするが、真夏の両手がそれを防いでいる。


「閉めないで?見てるから。」


 真夏は恐怖のあまりか、少しの孤立も拒んでいた。


「っ!」


 そんな真夏を軽く足蹴にして突き放し、海里は勢い良く浴室の扉を閉める。


『何で俺、顔が熱いんだ?』


 海里は顔を押さえ深く溜め息をついた。




「瑞穂、酷いよぉ。」


 服を脱いで浴室に入ると、真夏が足蹴にされたであろう状態のままこちらを見ている。


「うるさい。ほら、身体が冷えてるから。とりあえず泡を流して、一度浴槽に入れよ。」


 呆れつつも、海里はシャワーで真夏の身体を流してあげるのだった。


「うん、ありがとう。でも目を閉じるのが怖いんだけど…うわっ、何するの?」


 真夏の言葉の途中でシャワーを頭からかける。


「あのな、子供じゃないんだから我慢しろ。ほら、ついでだから洗ってやる。」


 叫ぶ真夏に強引にシャンプーをし始めた。


「はい、終了。身体は自分で洗えよ。俺も頭洗うし。」


 一通り真夏の頭を洗い終わると、海里もシャンプーをする。


「ありがとう、瑞穂。ここのお風呂は大きくて良いね!二人でも十分入れるし。」


 笑顔で身体を洗う真夏は、仕切に話しかけてきた。


「うるさい、くっつくな。今回だけだからな!」


 騒ぎながらも何とか洗い終え、二人して浴槽に入る。


「おぉーっ、デカイ風呂だっ。」


 真夏は満足げだが、不服そうな海里。


「俺は出るぞ。」


 無表情に告げ、早々に浴室を出た。


「あっ、待ってよ瑞穂!俺も出るぅ!」


 慌てて出て来た真夏にタオルを渡し、海里は軽く拭いてタオルを腰に巻く。


「…焦げ臭い?」


 脱衣所の扉を開けた途端、匂ったのは美味しいカレーではなかった。


「やっべぇ、火をつけっぱなしだった!」


 海里は慌ててキッチンに走って行く。


「ミーちゃん、火がつけっぱだったわよ?あら、お風呂に入ってたの。…二人して…?」


 キッチンから涼しい顔で答えたのは響子だったが、半裸の海里と真夏を見て動きが止まった。


「あ…いやっ…、そんなんじゃないって!」


 海里はしどろもどろになりながらも、とりあえず否定する。


「何よ、そんなんって。私は何も言ってないわよ?」


 薄笑いを浮かべながら、響子は海里の慌て振りを見ているのだ。


「っ、そうだよっ!風呂に入っていたのは事実だ。けど、それ以外に何もないからなっ。変な誤解すんなよ?」


 赤い顔で怒る海里に、響子の興味津々な笑い顔は消えない。


「橘先生が何で…。あ…俺、瑞穂に何もされてないですよ?…あ、頭洗ってもらったくらいで…。」


 その真夏の発言に大喜びの響子。海里の方はと言うと、脱力してうなだれながら頭を抑えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ