稀なる力
「…ここは、さっきのゲームセンター裏?」
漸く呼吸を整え、海里に問い掛ける。
「あぁ、正確には建物の隙間だけどな。出入口がないから、警察も野次馬もいないようだ。」
辛うじて小窓が幾つかある、Ⅰメートルもない場所。勿論ゴミが散乱して、生ゴミの様な臭いが立ち込めていた。
「…中の様子を伺ってみる。」
そう言うと海里は瞳を閉じ、能力を水面の波紋の如く拡げる。
「…鬼がいる。結構大きい…ん?」
突然目を開けると真夏の後ろに視線を向け、次の瞬間に能力の波紋が弾け飛んだ。それに釣られて真夏も振り返る。
「…陸都。」
「え…っ、この人が?」
海里の呟きに真夏が二人を見比べた。
「…海里、何故感知能力を使っている。それに、そいつは何だ。」
冷たい視線を向けてくる陸都に、海里は無言で応える。
「何故かと聞いている。答えろ。」
静かにだが、強い威圧感を覚える陸都の言葉だ。
「…嫌だ、お前には関係ない。」
気圧されてはいるが、海里は言葉で精一杯の拒否を示す。
「規律違反だ、海里。今回の俺の任務はお前のサポート。部外者を引き連れているのは海里の方だ。」
陸都の冷たい視線が海里を射貫いた。何も言えず俯く海里を見て、真夏が口を挟む。
「ごめんなさい、俺が無理を言って着いて来たんです。」
「…君は…海里のパートナーか?」
冷ややかな視線を真夏に向けるが、陸都の記憶の片隅で引っ掛かった様だ。
陸都は人に関心がない為、あまり顔と名前を覚えるのが得意ではない。
「以前、陸都に助けて貰った事があるだけだ。相変わらず物覚えが悪いな。」
二人の間に入り、真夏を擁護する海里。
「…思い出した。海里を変える男…確か名前は、成田真夏。言っておくが、俺は記憶力が劣る訳ではない。他者に興味がないだけだ。」
少しだけ目を見開くと、陸都の口元に笑みが浮かんだ。
「海里を変える?」
「ばっ…、良いんだよ!真夏も変に反応するなって。」
首を傾げた真夏を制するが、海里は顔を赤らめている。
「なるほど…興味深い。着いて来ても良いが、安全は保証しない。」
やり取りを見ていた陸都は、真夏が同行する事を認めた。
「うん!ありがとう、陸都さん。」
にこやかに返答する真夏に、陸都は少し困った表情を見せる。
「さん付けは止めてくれ、陸都で良い。…海里、サポートが大勢いればお前自身の負担になる事を覚えておけ。」
陸都は海里に鋭い視線を向け、建物に向き直る。そして感知能力で現場を探り、海里に伝えた。
「中に全部で15人。魔が憑いているのが8人、内一つは大きい。…海里、お前はどのくらい見えているんだ?」
中の情報を探れば、海里の感知能力が当て推量でない事が分かる。
組織に報告されている海里の能力種別は退魔能力のみだ。
「別に…どのくらいも何も…。」
説明に困る海里。自身でも陸都の真似をしているだけで、それ程意識していない。
「ねぇ、どういうこと?海里がした事が良くないの?」
真夏も陸都の棘のある言い方に不安を覚えた。
「…報告しておく。今は任務が優先だ。中に潜入するぞ。」
真夏の質問に答えず、海里に鋭い視線を送る。
「…勝手にしろっ。で、この壁を壊して入って良いか?」
指差したゲームセンターの外壁。出入口は警察官と野次馬で、とても入れそうにないからだ。
「バカイリ、後処理を考えろ。」
即座に陸都にけなされ、ムッとする海里である。
「じゃあ、どうするんだよ。正面から、通して下さ~いって行くのかよ!」
「良く見ろ。隣のビルには、こちら側から入れる裏口がある。高さも同じ。…分かったか。」
皆まで言わないが、要は隣のビルから跳び移れと言う事だ。
「面倒だろ、それ。俺はストレートに行きたい。」
反感丸出しの海里だが、にこやかに真夏がまとめに入る。
「行こうよ、海里。ほら、鍵も開いてるよ?」
ドアノブを捻り、施錠もされていない無用心なビルへ誘う真夏。海里は腑に落ちない表情のまま、中へ入って行った。
ビルの中は人影すらなく、静まり返っている。三人は誰にも見つかる事なく屋上に移動した。
「廃ビルか?本当に静かだったな。」
不思議そうに屋上出入口を見る海里に、既に鉄柵をよじ登る真夏が声をかける。
「海里、置いて行っちゃうよ?」
ニコニコしながら鉄柵を跨ぐ真夏に、海里は頭を掻きながら軽く溜め息をついた。
「真夏だけ行っても仕方ないだろ?っうか、気をつけろよ。」
既に陸都は反対のビルに跳び移っている。
「大丈夫だよ、陸都も跳んでるし。」
笑顔で返す真夏だが、下を見た途端に動きが止まった。現在地は八階建ての屋上である。
「ほら、どうした?」
鉄柵を乗り越えて真夏の横に立った海里は、下を見たままの真夏の顔を覗き込んだ。
「…結構高いね…。う~っ、お尻がムズムズしてくるっ。」
どうやら高い所が苦手な様子。たかが1メートル弱の幅とは言え、反対側にも鉄柵がある為に足場の制限もある。
「行くぞ?」
自然に真夏の手をとると、視線は既に陸都のいる反対のビルに向いていた。
「う、うん。3、2、1、GO!」
真夏は自分からカウントする事で恐怖を振り払う。
二人で跳んだ。
「出来るじゃん、真夏。」
笑顔を向ける海里に対し、強張った表情のまま真夏が振り向く。
「はいはい、そこまで。いちゃつくのは勝手だが、今は任務が優先だ。下で魔憑きが増えてるぞ。」
鉄柵を越えている陸都は、現場の様子を継続して伺っていたのだ。
「ちっ、面倒だな。行くぞ、真夏。」
真夏に声を掛けると、先に鉄柵を上る。すぐに真夏も鉄柵を越え二人と合流。
「とりあえず一階に行くか。」
海里を先頭に階段を駆け降りた。目指すは一階のゲームセンター。
「やはり、人数が多いな。全部で15人、魔憑きが増えて12人。どうするつもりだ?」
一階に到着して、実際の様子を伺う。15歳~18歳の男女と従業員がいるのだが、フロア内は大量の魔で溢れていた。
『何でこんなにも魔がいるんだよ。疲れるなぁ…。今日二度目だぞ?』
大きく溜め息をつく海里だが、成田家より浮遊する魔の質が粗悪である。
「気持ちが悪いね、何か…空気が濁っている感じがする。」
顔を歪める真夏に、陸都が静かに視線を向けた。
「お前、能力の自覚はないのか?感覚は良いのに少し足りない。力を欲していないからか。」
トップクラスの感知能力者である陸都は、既に真夏の能力が見えているかの言い方をする。
海里は困った様に頭を掻くだけだった。
「分からないけど、俺は思ったままを言ってるだけだよ。海里の助けになる事ならしたいし、かと言って何でも自分が出来るとは思っていない。」
真夏は率直な思いを答える。
「…何がそうさせるんだ?」
不思議そうな陸都。彼にとって能力は生きる手段であり、他者の為に振るうものではないからだ。
「おい、お前等は俺の邪魔をしに来たのか?煩くて集中出来ないだろうがっ。」
不機嫌そうな表情で振り向く海里。一階に下りて来てから、一人で青の能力を集中していたのである。
「これくらいの周囲の会話に気を取られる様では、まだまだ甘いな。大体時間が掛かり過ぎだ。その青い力では、拡げれば小物の魔くらいしか退魔出来ない。しかも練り上げるのに力を使い過ぎだ。残る力で白を使えるのか?」
だが逆に陸都に反論されて、次の言葉が出なくなる。
「そりゃ…、青には半月分以上の能力値が必要だけど…仕方ないじゃんよぉ。」
半ば開き直る海里だが、それ以外の戦い方を知らないのだ。
「これだから箱入りは困る。能力値が高くても、実戦経験がなさ過ぎるんだ。」
呆れ返り溜め息をつく陸都に、海里は膨れた顔を見せる。
陸都は補助能力者だが、そのレベルの高さから実戦に駆り出される事も多いのだ。
「悪かったなぁ、経験がなくて。それなら、戦い方を教えてくれよ。」
「そんなものは自分で考えろ。」
むくれる海里に、陸都は考える余地なく拒否する。
「んだよ、ケチ。」
既に青の力は霧散している為、退魔手段を改めなくてはならなかった。
「あ、鬼がこっちに来るよ?」
扉の隙間から現場の様子を見ていた真夏が、慌てて二人に注意を促す。
リーダー格らしき少年に憑いた鬼は天井に届く程大きく、ワニの様な左右に裂けた口から黒い舌を垂らしていた。
「醜いな…。とりあえず、コイツを叩く。…白。」
露骨に嫌な顔をした海里は、胸元の丸いペンダントから引き抜く様に白い光の剣を手にする。
扉越しなのだが、鬼の醜悪な邪気が刺す様に伝わってきた。
「うわ~っ、口から魔が溢れてるっ!気持ち悪~っ。」
真夏が叫ぶ。
「煩いぞ、成田真夏。お前は力を使わないのか?」
常に冷静に状況を見ている陸都は、鬼と対峙する海里に視線を向けたまま告げた。
海里は巨大過ぎる鬼相手に白を振るっているが、自らが魔を吐く様になった強力な鬼はそれ自体が攻撃をしてくる。
「くっ、馬鹿力だな!」
鬼の攻撃を受けるだけで両腕が痺れた。
憑かれている少年は既に白目を向いている。完全に鬼に乗っ取られていた。
「あっ、海里!」
真夏の叫びも間に合わず、鬼の振り回した腕に弾かれて海里は背中から壁に激突する。
「ぐはっ!」
衝撃に意識が飛んだ。
海里の手にしていた白光の剣が消し飛ぶ。
「海里っ!」
再び襲い掛かろうとした鬼と海里の間に走り込む真夏。陸都も緊張した。
「やめろ、バカっ!」
意識的に真夏が朱色の結界を貼る。視線は真っ直ぐ射貫く様に鬼へ向けていた。
「出来るじゃないか、成田真夏。それがお前の能力だ。」
落ち着きを取り戻した陸都が静かに告げる。
「…っ、真夏っ?」
苦痛に顔を歪めながらも、意識の戻った海里の瞳が真夏を映した。朱色の光の中、徐々に痛みが和らいでいく。
「海里、大丈夫?あ、動かないで…すぐに傷が治るから。」
笑顔を見せる真夏は、海里の口元の血痕を指で拭った。
「…覚醒…したのか?」
意識的に真夏が能力を拡げている感じが海里にも伝わる。痛みが引いていき、先程迄の戦闘での消耗が嘘の様に身体に力が漲ってきた。
「えへっ、俺って能力者みたい。」
照れて見せるが、海里は内心複雑である。
「成田真夏の能力は、その結界内の時間制御だな。海里の傷が即時治癒されるのもその為だ。回復系とは異なる、稀な能力者。」
陸都の言葉を心に刻む海里。
『稀な能力者…。護らなければ…、真夏を絶対に。』
瞳を大きく見開いて、真夏の結界内で停止している鬼を真っ直ぐ見た。




