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魔がさす時  作者: まひる
第一章
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成田真夏


「失礼します。」


 教室に配布物を持って行った後、保健室に顔を出した海里。


「あれ?響子姉、いないのか。」


 保健室内を見回すが、響子の姿は確認出来ない。


「あ…、気付いたのか。どうだ、気分は。」


 カーテンを開けると、半身だけ起き上がっている真夏がいた。


「…俺…どうしたんだっけ?」


 意識が戻った真夏には、多少の記憶の混乱が確認出来る。


「体育館裏で三年ボコッてただろ。もう入学式終わって、皆はもう帰ったぜ。」


 海里は近くにあったパイプ椅子に 腰掛け、記憶の曖昧な真夏に現状を伝えた。


「三年…あ、そっか。何か急にカッと来て…、気付いたら殴ってた。」


 俯きながら話す真夏は、詳細を詳しく覚えていない。自分が行った事実自体は分かるが、ただそれだけなのだ。


「何があったかは興味ないし、魔がさすのは自分の弱さが原因だろ。」


 海里カイリは腕と足を組んだまま、態度からして偉そうである。


「こら、ミーちゃん。そんな言い方したらダメでしょ~?」


 突然乱入してきた響子キョウコは、腰に両腕を当てて御立腹の様だ。


「あ、橘先生。いろいろありがとうございました。」


 真夏はベッド上からではあるが、深々と頭を下げる。


「良いのよ、弱った子は保健室でしっかり休んでいきなさいね。あの三年生の子も大丈夫だから、心配しないで?でも、後からちゃんと謝るのよっ。」


 優しく時に厳しく話す響子に、小さな子供の様に真夏は頷いた。


「ふん、響子姉は甘いんだ。事実を理解させないと、また同じ事が起こる。一度憑かれたら、奴等に目を付けられる事は知ってんだろ?」


 海里の口調は厳しい。魔が見える分、ずる賢さを良く知っているのだ。


「でもぉ…。」


 シュンとなった響子を見ていた真夏は、二人の関係が気になって口を挟む。


「あのさ、君は橘先生の何?」


 献身的に自分を看てくれた響子に対し、少なからず好意を抱いている真夏。


「従兄弟だ。成田真夏、今のお前は橘響子のお荷物でしかない。簡単に魔がさす様なら響子姉に近付くな、迷惑だ。」


 海里は射る様な視線を真夏に向けた。


「ちょっと、ミーちゃん。」


 二人の中が険悪になってきた為、オロオロとする響子。


「何だよ、魔がさしたって。ちょっとカッとなって喧嘩しただけだろ?」


 真夏には海里の真意が掴めない。


「ただカッとなっただけで、無抵抗の人間を平気でボコれる様な男なら余計に不要だ。」


 海里の言葉は真夏の次の言葉をなくした。実際、自分のやった事は記憶している。


「…ごめん。俺…良く覚えていないんだ。確かに、あの三年には因縁を付けられたんだけど…。」


 通常、あの程度の事なら上手く切り抜けられると思い返す真夏だった。


「あの時、魔が憑いていた。心の弱さに近付く鬼だ。退魔はしたが、一度憑かれた者は再度憑かれやすい。」


 海里にとっての真実は、他者には認識出来ない偽りと変わらない。だが淡々と告げる海里は、真夏から視線を外さなかった。


「…魔って、実際にお前に見えるんだ。凄いな、霊能者か?」


 真夏は疑いの眼差しを向けることなく、海里の言葉に感心さえしている。


「成田君、ミーちゃんの事を信じてくれるんだぁ!」


 手を叩いて喜ぶ響子に、チラッと視線を向ける海里。


「ふん、始めのうちだけさ。それよりもどうする気だ。今の響子姉は、力の使いすぎだろ。しばらく力を使えない。」


 少しだけ表情が曇った様な気がするが、すぐにいつもの感情を見せない顔に戻った。


「うん、成田君と三年生君の回復をしたからねぇ。魔除けの力はちょっと時間欲しいな~。だから、ミーちゃんお願いっ。」


 響子に得意のお願いポーズをされ、海里は頭を掻きながら大きく溜め息をつく。


「ったく、仮にも先生なんだろ。久しぶりに会ったけど変わってないな、そうやって俺に勝手な面倒を押し付けて来る。」


 海里の言葉に反応したのは、真夏だった。


「あのさ、俺の事を言ってる?もう少し分かる様に説明してくれないかなぁ。」


 実際に真夏は二人の話す内容についていけてない。


「そうよねぇ、成田君は分からないよね~。簡単に言うと、こっちのミーちゃんこと瑞穂海里は魔という心の鬼が見えるの。で、退治する事も出来る。私は精神力が見えて、回復させてあげられるのよ~。あ、魔は精神力を食べちゃうのねっ。」


 楽しそうに説明する響子。


「お~、簡単過ぎて涙が出るぜ。んじゃ、俺は帰る。」


 横から茶々を入れた海里は、立ち去るべく席を立った。


「あっ、ミーちゃんっ!ちゃんと成田君を今日一日よろしくなのっ。」


 響子が力を回復する翌日まで、あろう事か四六時中共に過ごす様に告げたのである。


「冗談じゃない、折角の一人暮らしなんだ。」


 海里は少し声を荒げて反論した。高校を家から離れた上限高校にしたのは、一人暮らしが目的だったのである。


「良いじゃない、私が保証人になったからミーちゃんが一人暮らし出来るんだぞぉ?」


 腰に手を当てての響子に、海里は一層大きな溜め息をついた。


「脅迫って言うんだぞ、それ。ちっ、仕方ないな。今日だけだからな、成田真夏ナリタマナツ。」


 響子の有無を言わさない態度に、仕方なく依頼を受ける事にする。だが、状況が読み込めない真夏は首を傾げたままだ。


「…魔に憑かれたお前は、精神力が極端に消耗している。魔に喰われたからだ。精神が病んでる状態に近い。ストレス等で自分の心を護る事が出来なくなると魔がさしやすい。魔とは、人の心を迷わし害を及ぼす悪神と言われている。因みに俺は角の生えた鬼が見える。」


 面倒臭さそうではあるが、淡々と説明をしていく海里。相手を護るには、互いの協力が必要なのである。


「おぉー、なるほど。で、俺は魔がささないように瑞穂に守って貰わないとならないんだ。…俺自身はいつ回復するの?橘先生の回復って何?」


 真夏は海里の言葉に疑心を抱かない様だ。新たな疑問まで投げかけてくる。


「精神力の回復には個人差がある。響子姉はその回復を助ける為に、自分の力を込めたアイテムを作ってくれる。今は二人を回復させた為に自身の力を消耗し過ぎているんだ。…ってか、俺のこんな話を総て真に受けるのは馬鹿だな。」


 海里は真夏に対し、複雑な心境であった。


「え…だって、瑞穂の本当だろ?俺の知っている事が世界の全てじゃないからな。とにかく急に悪い事をしたり人を傷付けたりしないように、俺の心が負けなければ良いんだな。」


 真夏は根が素直なのだろう。一片の疑いを抱く事無く、ベッドから笑顔で下りる。


「うん、成田君良いね。その真っ直ぐさは、ミーちゃんに素敵な影響があるかもっ。」


 二人を見ていた響子は、嬉しそうに手を合わせていた。


「ったく…、馬鹿がもう一人いた。行くぞ、成田真夏。」


 呆れた様に片手を軽く振ると、響子に背を向ける。


「おぅ。橘先生、ありがとうございました。」


 深く響子に頭を下げると、さっさと保健室を出ていく海里を追う真夏。


「待ってくれよ、瑞穂。俺、教室も知らないんだけど。」


 真夏は入学式すら参加していないので、大人しく海里の後ろに着いていくだけだった。


「そうか、俺は1-2か。クラス分けすら見てなかった。」


 海里に連れられて教室にやってきた真夏は、室内を一通り見回して名前の書かれた自分の席に着く。


「鞄が俺より先に到着しているから不思議だよな。それにしても、瑞穂と隣の一番前の席か。何かと縁があるんだな。」


 感慨深く独り言を言っている真夏だが、海里は黙々と片付けをしていた。


「帰るぞ。」


 鞄を担いだ海里は、既に背を向けていて視線だけ真夏に投げかける。


「はい、はい。瑞穂は気が短いなぁ。」


 真夏は自分の荷物を手早くまとめると、時を置かずして海里の隣に立った。


「遅い。」


 真夏の言葉に気を悪くしたのか、海里は視線を向ける事なく教室を後にする。


「あっ、ごめん!おいて行かないでよっ。」


 慌てて追い掛ける真夏。


 海里は先を歩く振りをしているが、必要以上に真夏との距離を開けなかった。





「あのさぁ、瑞穂。何か俺に怒ってる?」


 学校を出ても無言の海里の隣を歩きながら、真夏は横目で訴えかけた。


「何故だ。」


 だが、海里の返答は質問で真夏に返ってくる。


「質問を質問で返すのか?俺に怒っていないなら、いつもそんなに無愛想なのかよ。」


 真夏が知っている海里は、常に怒っているような刺々しい態度だからだ。


「怒る?当たり前だ。自己管理不足で魔に憑かれたあげく、退魔した俺が明日まで面倒を見てやらなきゃならないんだ。いらついて何がおかしい。俺は無駄な事が嫌いだ。」


 立ち止まり真っ直ぐ真夏を見ると、はっきりとそう告げる海里。


 魔を見る事が出来るからか、必要以上に周囲を自分に近付けない。


「俺は瑞穂の事、結構好きなんだけどな。まぁ、魔がさしたってのが俺に非があるのは悪かったよ。あの時の俺はどうかしてたし。」


 海里の態度に少し困りながらも、真夏は自身を偽る事無く真っ直ぐに視線を返した。


「着いた。」


 海里は真夏にどう返答して良いか分からず、目的である自身の住居に到着した事を告げる。


 真夏に真っ向からぶつかって来られ、その対応に迷う海里だった。



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