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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 9

「そう言えばさあ……」 

 島田が去って10分も経っていない時間にシャムは飽きたように伸びをした。

「オメエ少しは我慢を覚えろよ」 

 いらだたしげに要がシャムを眺める。第四小隊は誰もが黙り込んで二人にかかわらないように決めているようだった。

「……やっぱり楓ちゃんと行けばよかったかな……」 

「じゃあ今からでも行けよ」

 気のない吉田の言葉に思わずむくれるシャム。 

「それって酷くない?アタシは仕事を片付けたくてこうしてがんばっているのに!」 

「それで片付いたのか?」 

 冷たく放たれた要の言葉にシャムの薄笑いが困惑に変わる。

「片付かない……」 

 そう言いながらシャムは目の前の吉田に目を向けた。吉田は先ほどから目をつぶってじっとしていた。首筋にあるコードは端末に直結しているので彼が寝ているのか仕事をしているのかは誰にも分からなかった。

「そうやって吉田に頼っているからいつまで経っても事務仕事や報告書で詰まるんだろ?自分でやれたまには」 

 要はそれだけ言うと自分の仕事に戻った。シャムは話し相手を失って周りを見回す。

「そう言えばアン君は?」 

 第三小隊三番機担当アン・ナン・パク曹長。部隊でも数少ない十代の新人の姿は朝からシャム達の前には無かった。

「ああ、アイツなら神前と一緒に東都だ……」 

 軽くそう答えてから要は猛烈な後悔に襲われた。その視線の中でシャムの笑みが大きく育っていくのが要にも分かる。先輩として以上の感情を誠に持っているアンがどんな行動を誠の前でとるか。それを思うと次第に笑みがこぼれてきた。

「じゃあ二人して今頃は……」 

「妄想中止だ!それじゃあアイシャだぞ!」 

 要はそう言うとそのまま再び画面に向き直ろうとした。だがシャムは自分の椅子から飛び降りるとそのまま軽い足取りで要の肩にしなだれかかる。

「やめろって!」 

「ふふふ……先輩……僕……先輩のことを思うと……ああ!!」 

 そう言うとシャムは要の頬に手を伸ばした。

「おい、シャム。くだらねえこと言ってねえで仕事しろ!アンの性癖がどうだろうがテメエにゃ関係ねーじゃねーか!」 

 思わず怒鳴るランにシャムがしょげたように自分の席に戻る。その様子をニヤニヤ笑いながら眺めるロナルド。

「そう言えばアメリカは多いんじゃないのか?ゲイ」 

 吉田の言葉にしばらく呆然とした後苦笑いを浮かべながらロナルドは頭を掻く。

「まあ……公然と認めてる芸能人が多いのは事実だけど……今の結構世論は保守的だからね。田舎に行けば相変わらず差別もあるし……まあ東和とたいして変わらないよ」 

「へー……じゃあアイシャとかが好きな小説とかは読まれないんだ」 

 シャムの言葉にまたしばらく思考停止したように彼女を見つめるロナルド。その表情が彼自身がいわゆる『保守的』な人間で同性愛に不寛容であることを示しているようにその場の誰にでも見て取ることが出来た。

「そうだね。メジャーな書店では表には出ていないかな。日本で売れてるそっちの系統の雑誌を表に出してた大手の書店が市民団体の不買運動とかで引っ込めた事例もあるくらいだから」

「ふーん」 

『市民団体』、『不買運動』。難しい言葉が出てきて明らかに興味を失ったと言うようにシャムはそのまま端末に目を向けて作業を始めた。

「静かだな……」 

 首筋のジャックから端末へつながるコードをいじりながら要が呟く。確かにいつもならまじめに仕事をしようとする誠をからかいに来るアイシャの乱入も、要が壊した機材の請求書に一筆添えてくれとカウラに泣きついてくる管理部経理課長の菰田曹長の姿も無く淡々と時間が流れた。

「昼飯は……どうしようかな……」 

「西園寺。お前が一番うるせーな」 

 端末に映っている難しそうな部隊運用規則の草案を眺めていたランがただですら目つきの悪い瞳で貧乏ゆすりを続ける要をにらみつけた。要はランの幼く見える表情から怒りの意図を見つけると何度か頷いて貧乏ゆすりを止めると斜に座っていた椅子にしっかりと腰掛けてモニターに目をやった。

 シャムはその有様を横目に見ながらひたすら手にした請求書の数字を起動した請求書類用のソフトの項目に打ち込む作業に集中していた。

「おい、シャム。ミスタイプが多すぎるぞ」 

 思わず吉田の声が飛んだ。シャムは顔をしかめながらモニターの横からふんぞり返って目をつぶっている吉田をにらみつけた。

「じゃあ手伝ってよ」

「やなこった」 

 ふんぞり返った吉田はそのまま目を部屋の入り口に向けた。そこには部隊の小火器を管理する部門の責任者であるキム・ジュンヒ少尉が仏頂面で突っ立っていた。

「おい、キム。何の用だ?」 

 ランのめんどくさそうな声に苦笑いを浮かべたキムはそのまま頭を掻きながら部屋に入ってきた。

「昼飯の注文……僕が当番なもので」 

「ああ、そんな時間か」 

「さっきアタシが言ったじゃねえか」 

「西園寺、うるせーよ」 

 ランはそう言うとキムの手からメニューを受け取る。

「あそこ……また値上がりかよ」 

「天津丼ですか……卵は最近上がっていますから」 

 キムはぶつぶつ呟く小さなランに相変わらずの苦笑いを浮かべ続けながら見下ろしていた。

「そういえば何菌だったっけ?千川の農場で大発生した奴」 

「コンロンなんとかモネラ……サルモネラか」 

「西園寺。いちいち外部記憶に頼るんじゃねえよ」 

 シャムと要の間抜けなやり取りに苦虫を噛み潰したような顔をしたランはそのままメニューを閉じた。

「卵は止めだ。酢豚定食で行くわ」 

「えー!あそこの酢豚にはパイナップル入っているじゃん」 

 叫ぶシャムを一にらみした後そのままメニューを返したランは仕事に復帰した。キムは黙ってそのままメニューをシャムのところに持ってくる。

「たまにはパスタとか食べたいよね」 

「全部菱川の工場の社員食堂に出入り禁止になった原因を作った隊長に言え」 

 吉田はそう言うと覗き込んでいたメニューの坦々麺を指差すとキムの顔を見てにやりと笑った。


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