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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 43

「シャムか。上は相変わらずみたいだな」 

 笑顔のマリアの声に直属の部下達も興味深そうにシャムを見つめている。

「まあいつものことだから」 

「休めるときは休むのがこの業界のしきたりだ。一度ことが起こればもう取り返しがつかないからな」

 厳しい口調のマリアに周りが凍り付くような気配を感じた。幸い他の客はいなかった。

 シャムはマリアのことは好きだが、どうもこの不意に訪れる緊張感というものに耐えきれない。ただ愛想笑いを浮かべて周りを見渡す。

「そう言えば菰田君達は?」 

 シャムの言葉に首をひねるマリア。その時小夏がシャムの肩を叩いた。

「逃げましたよ、アイツ等なら。どうせまたぐだぐだになるなら巻き込まれたくないっていった感じで……」 

 そんな小夏の告げ口にシャムは大きくため息をついた。

「そんなだからカウラちゃんに嫌われるんだよ。写真を部屋に飾って喜ぶのが好きってことじゃないぞ!」 

「おう、シャム。いいことを言うじゃないか」 

 テーブルに肘をつきながらショットグラスをちらつかせるマリア。シャムもそんなほろ酔いのマリアは美しいといつでも思っている。

「そうだよ、だっていつも好きだ好きだって言ってるくせに本人の前では堅くなっちゃって……かと思えば誠ちゃんに嫌がらせをしたりとか……本当に卑怯だよ」 

「まあ卑怯ついでなら神前の奴も相当な卑怯者だと思うがな」 

 マリアの言葉にマリアが故郷の第六惑星系連邦の独立戦争に参加してきたときから付き従っている猛者達も大きく頷く。

「誠ちゃんが卑怯?」 

 今ひとつ言葉の意味が分からずにシャムは首をひねった。そんなシャムをからかうような笑みを浮かべた後、マリアは軽く手にしていたショットグラスの中のウォッカを煽った。

「そうじゃないか。カウラが常に自分のことを気にしているのにそれに誠実に応えるようなところは見えないじゃないか。西園寺のへそ曲がりやアイシャの馬鹿とは違って見たまんま本気で自分に感心がある女に何も応えないのは誠実と言えるか?」 

 シャムはマリアの少し上から見ているような視線に戸惑いながらしばらくその言葉の意味を考えていた。

「確かにカウラちゃんが一番普通に誠ちゃんのことが好きみたいだけどね」 

「そう思うだろ?」 

 上機嫌でマリアは自分の名前の書かれたウォッカの瓶を傾ける。

 シャムも三人とも誠を嫌いでは無いことは分かっている。でも誰を応援したいと言うことは特になかった。要は一緒に騒ぐのにはいいが本心で自分と騒いでくれているのか微妙なところがあると感じていた。アイシャも自分の人造人間という生まれを必死に克服しようとしすぎていてその為に誠を利用しているのではないかと感じることもあった。

 だがカウラはまだ培養液から出て8年しか経っていない最終ロットの人造人間だった。アイシャのような余裕は無いし、要ほどすれてもいない。

 マリアはそんなところでカウラを気に入っているのだろうか。そんな疑問を感じながらしばらくカウンターの前で立ち尽くしていた。

『脱げ!ほら神前!脱げ!』 

 要の叫び声が響く。

「いよいよ佳境と言うところかな」 

 マリアの口元に皮肉を込めた笑みが浮かぶ。シャムはどうにも情けない出来事にただ照れ笑いを浮かべるだけだった。

「シャム、カウラのことを頼むな」

 突然のマリアの言葉にシャムはしばらく思考が停止するのを感じていた。

「なんでマリアが?境遇が違うでしょ?」 

 シャムの問いにマリアは静かにほほえむ。そして言葉を選びながら言葉を続けた。

「確かにな。私には父も母もいた。どちらも先の第二次遼州大戦で死んだが。でも気がついたら戦うしか無かったところはにているかもしれない。アイツは戦うために作られた。私は戦うことが生きることだった」 

 そう言うとマリアは部下達の顔を眺めた。

 シャムも第六星系に侵攻したゲルパルトの蛮行やその後の地球軍の不当占拠に対する抵抗運動の激しさはレンジャー教官として派遣されてくる第六星系連邦の兵士達から聞かされていた。

 居住ブロックには百メートルごとに兵士が立ち、抵抗すると見なされたものは即座に拘束され容赦なくエアロックの外に放り出される。居住可能惑星では考えられない蛮行が独立まで果てしなく続いた支配への抵抗。

 その中を常に死と隣り合わせで生きてきたマリア。彼女は一口ウォッカを飲むと口を開く。

「戦争というのは人を機械として扱う一つのシステムだ。そこには生まれも育ちも関係のない人々が歯車として戦争を遂行するために投入される。人造人間が作られた理由もそう考えると分からないでもない。歯車には感情は必要ない。いや、感情はむしろ無駄だ」 

 マリアはそこまで言って言葉を飲み込んだ。シャムもなぜ彼女が言葉を飲み込んだのか分かっていた。シャムもまた戦場を生きた経験を持っていたから。

 感情は時に人間をどこまでも残酷な道具へと変える。シャムが経験した遼南内線末期の戦場。それまで支配者として君臨してきた共和軍の傭兵達をゲリラ達が虐殺する様を何度見てきたことか。武装解除され命乞いする傭兵達を即死させないように急所を外しながら銃剣で突き回す少年。目を抉られ、鼻を削がれ、腹から内蔵を垂れ流しながらうめく傭兵を見ても歓喜の声を上げながら石を投げつける老婆。地球からの派遣軍の兵士にレイプされて身ごもったという妊婦が死んだ傭兵の頭を蹴り上げて笑っていた様を思い出すと今でもシャムの足が震えてくる。

 彼等がその後どうなったのかシャムは知らない。時々東和でも遼南内戦の悲劇を語るテレビ番組が流れるが、参加した傭兵も地元の一般人達も当時が狂気に満ちていたことは語ろうとしない。ただ戦争は悲惨だと繰り返すばかりだった。そこに感情のある人間が武器を持って立てば必然として起きる狂気からは皆が目を背ける。

 ゲルパルトの指導者がそんなことを憂いて人造人間を作った訳では無いことはシャムも承知していた。遼州外惑星で、他の植民星系で、地球で降下したの中央アジアや南米などにおいて行われた極めて組織的な虐殺の容疑で多くのゲルパルト国家労働党の武装親衛隊員が処刑された事実はもし間に合えばカウラ達も感情を持たずに虐殺を行う機械になっていたのかもしれないとシャムも思うことがある。

 マリアの手もたぶんそんな狂気の中で血に染まったことがあるのだろう。部下達も黙り込んだままじっとしていた。機械として、殺す機械として生きたマリアが殺す機械になるべく作られた自分と真正面から見つめ合っているカウラにシンパシーを感じる。

 シャムはその悲しい関係をただ黙ってみていることしかできない自分に無力感を感じていた。

 しんみりとした雰囲気。マリアは気にする様子もないが、明らかに背後で小夏がシャムを心配そうにのぞき見ていた。

「カウラちゃんなら大丈夫だよ」 

 シャムの言葉に気分が変わったようでマリアが笑みを浮かべながら頷く。

「そうだ、つまらない話を聞いてもらった例だ。上に届けてくれないかな……そうだ、茶漬けが欲しい時間帯だろ?」 

 気を利かせたようなマリアの声にシャムは指を折り始める。

 もう誠とアイシャはダウンだろう。要は締めの茶漬けは手を出さない主義だった。そうなるとラン、明石、岡部は確実に茶漬けを頼む。カウラはそもそも酒を飲んでいない。別れ話を相談しているだろうパーラやそれを聞いているサラも茶漬けには手を出さないだるう。

「じゃあ3人前かな」 

 シャムの言葉に小夏は笑顔で厨房に入って行った。見送るマリアの暖かい視線。

「お前の分はどうなんだ?」 

「アタシと俊平はいいよ。あまり気にしない質だから」 

「そうか。なら私達もお愛想にするかな」 

 早速立ち上がるマリアに続いて部下達も立ち上がる。ちょうど二階からほろ酔い加減の春子が下りてきたところだった。

「あら、マリアさん。今日はおしまいなの?」 

「ああ、また寄せてもらうつもりだ」 

 ほとんど同じ年の二人。どちらも東和の常識と離れた世界を生きてきただけあって気が合うところがある。財布を取り出すマリアを見ながらそのまま春子は小走りで戸口にあるレジに向かう。

「師匠、できました」 

 小夏がカウンター越しにお茶漬けを差し出してきた。シャムはそれを盆にのせるとそのまま階段を駆け上った。

 入り口には座布団を枕代わりにして眠りにつくアイシャとその隣に放置されている全裸の誠の姿があった。

「要ちゃん、またやったの?」 

 シャムの視線は静かにエイひれをかみしめている要に向いた。

「まあ、こいつ弱いから」 

「要ちゃんが強すぎるんだよ」 

 シャムはそう言いながら上座のラン達のところまで茶漬けを届けることにした。


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