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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 37

 正門の前には20世紀のドイツのワゴン車のレプリカが止まっていた。吉田お気に入りの一台とでも言う奴。

「乗れよ、明石達はもう出たぞ」 

 吉田に急かされてシャムは駆け足で車に乗り込んだ。

「積んでくれてたんだ」 

 後部にはシャムのバイクがロープで固定された状態で乗せられている。

「まあな、気が利くだろ?」 

「そうだね」 

 シャムの笑顔を見ると吉田は車を出した。

 正門前の車止めもすでに夜の闇の中に沈んでいる。そこから真っ直ぐ、ゲートの明かりだけが頼りだった。

「おい!」 

 ゲートに着いた吉田が窓を開けて叫ぶ。うたた寝をしていた古参の警備部員がめんどくさそうにゲートのスイッチを押す。

「お先!」 

 吉田はそう叫ぶのそのまま不眠の大工場の中に車を乗り入れた。

 昼間ほどではないがやはり大型トレーラーが資材を満載して行き来している。そんな工場内の道路を吉田は慣れたハンドルさばきで車を走らせた。

「パーラの話……」 

「ああ、クバルカ隊長から聞いたよ。まあいい大人だ。どう判断するかは本人の問題だろ?鎗田も馬鹿だがそれなりの技術屋のプライドくらいはあるはずだからな」 

 落ち着いた調子でつぶやく吉田を見てシャムは少しばかり安心した。

「そうだね。ランちゃんも見てるんだから大丈夫だよね」 

「ああ、あのちびっ子。喰えないからな。鈴木中佐にしろ明華にしろ敵に回すとやっかいだってことは明石の野郎が伝えてると思うからな」 

 工場の中央を走るメインストリート。主に昼間は営業車の出入りに使用される道にはすれ違う車も無かった。

「でも……なんだか心配だよな……」 

「そんなに心配なら見に行くか?場所もわかるぞ……まあ移動しても鎗田の車のシリアルナンバーは登録済みだから追えるぞ」 

 真顔でシャムを見つめてくる吉田。シャムはただ苦笑いを浮かべていた。

「いいよ。あまり干渉するのは良くないと思うのよね」 

「そういうことだ。わかってるじゃないか」 

 吉田の言葉に頷くシャム。車は工場の正門に到着し、監視ゲートをくぐってそのまま産業道路と呼ばれる国道に出ることになった。

 しばらく沈黙が続いた。

 車の流れは順調だった。帰宅を急ぐ車の列に続けばすぐにまた工業団地から住宅地へ向かう道をすいすいと走ることができる。

「話は変わるんだけど……さ」 

 シャムは沈黙に耐えられずに口を開いていた。吉田は相変わらず気にする風もなくハンドルを握っている。

「誠ちゃん……」 

「球のキレが違ったな。あれは、気の持ちようだろうな」 

 質問より早く吉田は答えていた。シャムはなんとなくわかったのかわからないのかよくわからないまま外を流れる車の列に目を移した。

「いろいろ言われてるけど、アイツはああ見えて結構度胸が据わってるよ。表面上はおどおどしていても本心から迷うような奴じゃない」 

「なに?俊平はわかっているみたいじゃない」 

「俺を誰だと思ってるんだ?精神科医の論文くらい毎日目を通しているよ」 

 平然と答える吉田。車は周りの永遠に続くかに見えた田んぼと点在する大型店ばかりの道から住宅の目立つ景色の中に飛び込んでいた。

「そう言うのも読むんだ」 

「まあな。傭兵時代は戦場のストレスで耐えられなくてぶっ壊れる部下をさんざん見てきたからな。それに対処するのもプロとしては当然のお仕事だろ?」 

「傭兵って大変なんだね」 

「なあに、戦争をする馬鹿連中の一人に加わって大変じゃ無いことなんてあるもんか。要点となるのは与えられた仕事を成し遂げるに当たって必要な情報のソースを広く構えていること……じゃないかな。俺が知る限りは俺以外にそういうことに関心がある指揮官というと隊長ぐらいだな」 

 ずらりと並ぶ右折専用車線に車を乗り入れながら吉田がつぶやく。彼らしい傲慢で気取った言葉の最後にシャムも尊敬する主君、『嵯峨惟基』の名前があることにシャムは思わずほほえんでいた。

「じゃあ隊長はすごいんだ」 

「すごいかどうかは別として、あれは敵には回したくないね。もっとも、何も知らずに敵に回して義体を一個つぶしたことがあったが……あれは参ったよ……まあ壊した本人はお前さんだけど」 

 動き出した前の車に続いて右車線にハンドルを切る。車はなめらかに曲り、そのまま豊川市街地へ向かう道へと進んでいった。

「そう言えばあの時は予備を切らしてたんだよね」 

「お前さあ、そう言うどうでもいいことよく覚えてるな。だったらたまには伝票ぐらい自分で仕上げてくれよ」 

 呆れたというようにシャムを見つめる吉田。シャムは笑顔で流れていく町の景色を眺めている。

「でも、話は戻るけどそんなに簡単に気持ちって変えられるの?」 

「そりゃあその秘密は明石に聞けよ。まあ、あいつの経歴から考えるとコツがどこかにあるだろうということくらいは察しがつくけどな……お前も教官の一人なんだからそのあたりは察してくれよ」 

 シャムを煙に巻くような言葉を吐きながら吉田が笑う。車はそのまま駅前に続くアーケード街が目立つ市街中心部へと入り込んでいた。

 景色が変われば気分も変わる。

「でもタコさんはなぜ来たのかな?」 

 シャムの言葉が少しばかり元気になっているように響くのはあまさき屋が近づいているからだろう。吉田はそれに応えるわけではなくただ車を走らせている。

「ねえ!」 

「俺に聞くなよ。どうせ上の方のごたごたを隊長にチクリに来たのか……。それだけならメールで済むから来たのは野球部がらみ。それならこれからすぐ分かることなんじゃねえの?」 

 吉田はそう言うと少し乱暴に車をコイン駐車場に乗り入れた。急な衝撃。シャムは思わず吉田を睨み付ける。

「はい到着」 

 気にする様子もなくサイドブレーキを引く吉田。二人はシートベルトを外してそのまま車を降りた。

 夜の繁華街。都心部でもないこの豊川の町はかなり寂れた印象がある。だが二人ともその雰囲気は嫌いでは無かった。

「寒いね」 

「冬だからな」 

 当たり前の会話が続く。アーケードの脇の路地を進む二人。時折カラオケのうなり声がスナックの防音扉から漏れるのが聞こえてくる。

「また……やるんだ」 

 目的地のあまさき屋の裏まで来たところでそのまま裏通りを進もうとする吉田に呆れたように声をかけるシャム。

「当たり前だ。ポリシーだよ」 

 そう言うと吉田はそのまま裏路地に姿を消した。シャムはそんな吉田を見送ると表通りに進路を取った。

「なんだ?シャム一人か?」 

 店の前、ちょうど到着していたのはランと明石だった。

「え?ええ、まあ」 

「吉田のアホはまた裏からよじ登るつもりやな。毎度飽きない奴やなあ」 

 呆れたような顔で紫の背広の明石があまさき屋の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい!」 

 それなりに客のいる町のお好み焼きの店のカウンター。薄紫の小袖を着て目の前のサラリーマン風の客に燗酒を差し出している女将の家村春子が快活な笑みを浮かべていた。

「女将さん、上、空いてる?」 

「まあ。いつものことじゃないの。知ってて来たんでしょ?」 

 明石の言葉に春子は明るい笑みで答える。ランはすでにその言葉を末までもなく奥の階段をのぼり始めていた。

「シャムちゃんがそこにいるってことは……また吉田さんは裏からよじ登るつもりね?」 

「いつもうちの馬鹿がすいませんね!」 

 階段から小さな体をねじって振り返りランが答えた。



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