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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 32

「早くしろよ!馬鹿野郎!」 

 マウンド付近で叫んでいるのは要だった。監督だということで試合用のユニフォームを着込んでいる。

「行きますか……」 

 シャムはそう言うと走り出した。カウラ達も後に続く。すでに他の部員達はキャッチボールを始めていた。技術部の面々は今日はエンジン交換作業でこのまま徹夜に突入するのだろう。さすがに俊足の外野手である島田の姿はそこには無い。

「あ、ベルガー大尉」 

 ファースト付近に達したシャム達を笑顔で迎える菰田。一応彼も野球部の部員でレギュラー。ライトの守備を任されている。

「おい!菰田!鼻の下伸ばしている暇があったら、ソンと一緒に遠投でもやってろ!」 

 要の檄が飛ぶ。シャムは再びマウンドの用具入れに向かった。

「ミットはタコがメンテしてくれたからな。感謝しとけよ。とりあえずカウラは久々にタコに受けてもらえ。シャムとサラはキャッチボールでアップ」 

 用具入れの上に並んでいたグラブをそれぞれに手にする。シャムも自分の大き目のグラブに滑らかに光る表面を見ると笑顔でホームベース付近で話し合っている明石と岡部に頭を下げた。

「サラ、始めるよ」 

 シャムはそう言うと自分のポジションのセカンドの守備位置に走った。サラも定位置のショートに走る。

「やっぱり暗いね」 

 サラがそう言いながらポールを投げてくる。動きながらそのボールを掴むとランニングスローの要領でシャムは投げ返す。

「仕方ないよ。豊川市役所なんて専用グラウンドを持っていないんだよ。それに比べたらずっと恵まれてるよ」 

 ボールを受け取るサラ。彼女もシャムを真似て少しサイド気味に送球のつもりでボールを投げる。

「お前等!遊んでるんじゃねえぞ!やるなら神前も入れてやれ!」 

 要の声にシャム達はファーストに目をやる。そこには右手にファーストミットを構える誠の姿があった。

「誠ちゃん!投球練習はいいの?」 

 シャムに言われて誠は少しばかり落ち込んだようにマウンドの上の要を見ていた。

「出ると負けのピッチャーはいいんだよ!」 

 苛立たしげにマウンドの横の用具入れを押しながら要が叫ぶ。そんな要の横にはいつの間にか明石の巨体が並んでいた。

「な……なんだよ」 

「ええから、な?神前!久しぶりに受けさしてくれや」 

 ミットを叩きながら叫ぶ明石。神前はしばらく立ち尽くした後、諦めたようにため息をつく要を見るとそのままマウンドに上がった。

 シャムとサラはその誠の後姿を眺めていた。

 明らかに自信はそこには無かった。186cmの長身がどこと無く小さく見える。マスクを付けてすでに構えを始めている明石。だが明らかに誠は投げたくないというようにしばらく手にしたボールを弄っていた。

「はよ投げんかいな」 

 そんな明石の声でようやく誠はセットに入る。

「構えが小さく見えるね」 

 シャムはサラに思わずそう言っていた。サラもうなづく。都市対抗の予選の第一戦の時に見たどこと無くおびえた誠の姿がそこにあった。

 振りかぶる。その動きはかつての誠と違いは無いように見える。だがシャムにはこのピッチャーなら打てるというような直感が働くモーションだった。

 左腕がしなりボールが放たれ、ストレートが明石のミットにズバリと収まる。

「ああ、とりあえずキャッチボールからしようや」 

 ボールを投げ返しながらの明石の言葉。誠はまるで責苦から開放されたとでも言うようにそのままマスクを投げ捨てた明石に続いてマウンドを降りていった。

「やっぱり重症かな」 

 シャムはそう言うとサラにボールをトスした。突然のことだがさすがに人造人間で反射神経に優れているサラは何とかそのボールを受け取った。

「どうしてああなっちゃったのかなあ……」 

 サラが下がりながらボールをシャムに投げる。シャムはただ首を振るだけ。

 シャムも誠の不調は受けるのが岡部に変わったからだと思っていた。しかし肩が温まってはいないとはいえ、マウンドに上がる時点で誠の投球には期待ができないのが見て取れたところからそれが原因でないことは明らかにわかった。

「たぶん本人も分かってないんじゃないかな、原因は。今までは岡部さんのリードと相性が悪いからだと思っていただろうけど……あれほどびくびくして投げてるなんて……」 

 サラはシャムからのボールを受け取りながらつぶやく。

 すでに日は西に沈んでいた。照明の明かりだけがグラウンドに光をともしている。

「おーい、内野の面子は集まれ!」 

 ホームベースにはいつの間にかバットを持った要が立っていた。彼女の隣には箱が置かれている。

「ノックだね」 

 シャムはそう言うとそのまま要のところに走り出した。

 まずサラとシャムが集まる。そして嵯峨の代わりにファーストの守備を担当する警備部の工兵のヤコブ・ラビン伍長がたどり着いた。

「他の面子は?」 

 いらだっている要の声に三人は顔を見合わせる。

「ごめーん!」 

 タイミングを計ったようにグラウンドにかけてくるのは三塁手であるアイシャだった。

 しばらく要はじっとアイシャを生暖かい目で眺めている。グラウンドの照明の中に後ろにまとめた長い紺色の髪の毛をなびかせながらアイシャは悪びれる様子も無く当然のように要の前に立った。

「仕事か。忙しいんだな」 

「違うわよ。ちょっと欲しい漫画がオークションに出てたから……当然落としたけど」 

 得意げなアイシャに大きなため息をつくと要はそのままバットを握り締めた。

「補欠の連中が来ないのはわかる。警備部のパスコーニもケッペルもマリアの姐御に鍛えられてる。飯田、陽、周。島田の部下は今はハンガーで耐熱服で作業中だ……」 

「そうよね、大変よね」 

 他人事のようにつぶやくアイシャ。彼女は被っていた帽子を取るとくるくると手の中でまわして見せる。明らかに要を挑発するような行動。シャムは不穏な空気の中、息を呑みながら要に目をやった。

「じゃあ、オメエも大変な目にあえ」 

「え?」 

 そう言うと要は隣の箱からボールを取り出した。

「さっさと自分のポジションに走れよ!」 

 怒鳴る要。アイシャも練習に来た以上、要に逆らうわけにも行かない。そのままサードのポジションに走り出す。

「サラとシャムもだぞ」 

 ギロリと要が二人をにらみ付ける。二人も守備位置に走る。

「ラビン!貴様も!」 

 呆然と立っていたヤコブも怒鳴りつけられてファーストへと走った。

「それじゃあ行くからな!」 

 まだヤコブがファーストにたどり着いていないというのに要は手にしたボールを鋭いスイングでサードベース上にはじき返した。

 明らかに本気の要の打球。アイシャはダイビングキャッチを試みるもその打球は彼女のグラブの先を越えて転々と外野に転がる。

「アイシャ!人手不足だ!自分で拾いに行け!次、サラ」 

 要の怒鳴り声に埃まみれのユニフォームをはたいていたアイシャが嫌な顔を浮かべてそのままレフト方面に向けて走り出す。

 サラへの打球は鋭いが明らかにアイシャへの打球に比べれば常識的なバウンドをしていた。軽いステップでボールをミットに収めるとワンステップでヤコブに送球する。万年補欠と言う条件でファーストの守備をすることになったヤコブ。おっかなびっくりサラの体型に似合わぬ鋭い送球を捕球した。

「シャム!」 

 すぐに次の打球がシャムに向かう。叩きつける高いバウンド。シャムはそのままダッシュで前進するとバウンドにあわせてグラブにボールを収め、止まることなくファーストに投げる。

 あまりのシャムのすばやい動きについていけずヤコブは送球を捕り損ねる。

「ラビン!ちゃんと捕ってやれよ!」 

「すみません!」 

 大声で叱り付ける要の迫力に押されて落としたボールを要に投げ返しながらラビンは帽子を取って頭を下げた。

「まあいいや……」 

 要は黙ってサードの位置に戻ってきたアイシャをにらみつける。アイシャはふてくされたように取ってきたボールを要に投げ返した。

「よろしく頼むわね」 

 不適な笑みを返すアイシャ。要は大きくため息をついて自分を落ち着かせると今度は大きなバウンドの打球をアイシャの前に転がした。

 長身を弾ませてバウンドにあわせて捕球するとすぐさま鋭い送球をヤコブに送る。当然のようにヤコブはそれをこぼす。

『ラビン伍長!』 

 要とアイシャの言葉がシンクロして闇に浮かぶグラウンドに響いた。ミットで叩き落して地面に転がるボールを苦笑いを浮かべながら拾い上げるラビン。それの反省が無い顔に頭に来たのかアイシャがづかづかと一塁ベールに詰め寄っていく。

「止めなさいよ」 

 思わず飛び出したサラがアイシャを抑えた。シャムがホーム上を見ればこちらも切れそうな表情の要が仁王立ちで一塁ベースのヤコブをにらみつけている。

「なんやねん。ええ加減にせんといかんで」 

 そこにタイミングよく明石が誠と岡部、カウラをつれて現れた。

「ええ加減も何も……いくら内野がとってもファーストがあれじゃあ……」 

 要は明石にヤコブを指差して愚痴る。そんな様子に相変わらずの笑みで明石は要の肩を叩いた。

「いいか、西園寺。ワシ等は楽しみで野球をしとるわけや。隣の菱川重工のようにプロを目指しとるわけやない。エラーは関心せえへんが素人のやることや。いちいち目くじらたてとったら体に悪いで」 

 そこまで言うと明石はグラウンドを見回した。外野の菰田達はだるそうに遠投を続けている。他の部員達もそれぞれにやる気がなさそうにキャッチボールなどを続けていた。

「あかんなあ……集まれや!」 

 明石の一言。それまでやる気がまるで見られなかった菰田達が明石の声を聞くやいなや一斉に走り出した。シャムもまたそんな雰囲気に呑まれて一緒にホームにたどり着く。

「おい、タコ。なんなら監督やるか?」 

 要は自嘲気味の笑みを浮かべながら明石を見上げた。明石はヘルメットを取ってはげ頭をさすりながら拗ねた調子の要を見下ろす。

「ワシは所詮は部外者や。何も助言できることなんてあらへん」 

 そう言い切るとまわりに集まってきた部員達を見回す明石。その顔は自信に満ちていて見るものを安心させる何かがある。シャムはそう思いながら彼を見上げていた。




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