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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 3

 シャムが部隊の入り口のゲートに到着するといつもは徹夜で警戒しているはずの警備部のメンバーがいる詰め所に人影がなかった。少しばかり不安に思いながらシャムは周りを見渡した。

「誰かいないの?」 

 バイクのスタンドを立ててそのまま警備室を覗き込む。静かに時計が時を刻んでいるばかりで人の気配はなかった。仕方なくシャムはバイクを押しながらゲートをくぐろうとした。

「何してるんですか?」 

 突然暗闇から出てきた金髪の大男の言葉にシャムはどきりとして傾いていたバイクを転がしそうになった。

「なによ!びっくりしたじゃない!」 

「びっくりしたのはこっちですよ。そこに呼び鈴があるじゃないですか」 

 そう言いながらこの寒い中タンクトップに作業服という姿の古参の警備班員のイワン・シュビルノフに苦笑いを向けるだけのシャムだった。

「だって……」 

「いいですよ。ゲート開けますから下がってください」 

 イワンはそう言うと警備室に頭を突っ込んでボタンを操作した。ゲートが開き、シャムもバイクを押して部隊に入る。

「でも誰もいないのね……なんで?」 

 自分よりもふた周りは大きいイワンを見上げながらシャムがたずねた。イワンはしばら頭を掻いた後困ったような表情を浮かべながら口を開いた。

「うちの馬鹿三名が……夜間戦闘訓練装備の装着訓練で暗視ゴーグルを踏み潰しましてね」 

「あちゃーそれはマリアのお姉さんは怒ったでしょ?」 

 あまりの出来事にシャムですら唖然とした。法術の存在を知らしめることになった『近藤事件』以来、寄せ集め部隊の名で呼ばれていた遼州同盟司法局保安隊は著しく評価を上げることとなった。そしてその作戦遂行能力の高さと人材育成能力を買われて発足時からの隊員や部隊長の引抜が続くことになった。

 すでに管理部部長、アブドゥール・シャー・シン大尉、実働部隊隊長兼保安隊副長明石清海中佐などが新規の同盟直属部隊に引き抜かれた他、隊員達も次々と出身国の軍に破格の待遇で引き抜かれたりすることが多くなっていた。

 特に非正規戦闘を得意とする警備部のメンバーの入れ替えは激しく、年末に半分の隊員が入れ替わるという異常な状況を呈していた。そして隊内の明らかな練度不足に部長のマリア・シュバーキナ少佐が頭を抱えていることはシャムも承知していることだった。

「それで……訓練中の新兵君達は?」 

 イワンはバイクを押しながら歩いているシャムに付き従った。

「ああ、連中はグラウンドでランニングですよ。隊長の気のすむまでこき使われるでしょうね」 

「かわいそうに……」 

 冬の遅い日の出を待ちながら薄暗いグラウンドを走っている警備部員を想像してシャムもしみじみとうなづいた。

「あまりいじめるのもかわいそうだから草取りでも手伝ってもらおうかしら」 

「それはいいですね。隊長に伝えてきます」 

 シャムの思いつきに笑顔でそう答えるとイワンはそのままグラウンドに向かう畑の道を走っていった。

「これなら今日で終わるかな」 

 そう言うとそのままバイクを押して駐車場へと向かうシャム。そして彼女の接近を知ると熊のほえる声が響いていた。

「あ、グレゴリウスの料理……」 

 シャムは荷台に目をやる。そこには発泡スチロールの箱があった。

「そうだ、急がないと」 

 彼女はそのまま走っていく。駐車場には夜間訓練の関係で警備部員の車が並んでいた。そしてその向こうには見慣れたバンが止まっていて隣には見慣れた人影が見えた。

「遅いな」 

 吉田はそう言うと端の駐輪所にバイクを止めるシャムに声をかけた。

「別に時間は自由だからいいじゃん」 

 そう言いながら荷台から箱を下ろすシャム。吉田はにやりと笑うと彼女から箱を受け取った。

「いいもの食ってるんだな。うらやましいよ」 

「だって俊平は特に味とか気にしないんでしょ?」 

「それはそうなんだけどな……もったいないような食べたいような……」 

 ヘルメットを脱ぐシャムをちらちらと見ながら吉田はただ箱を抱えているだけだった。

「ご飯作んなきゃね」 

 そのまま手のヘルメットを座席の下の開いたところに入れて鍵を閉めるとそのままシャムは奥の隊の所有する車両置き場の隣の大きな檻に向かって歩いた。

「わうー」 

 大きな熊の声が響く。シャムは笑顔で檻に手を入れると巨大なヒグマグレゴリウスはうれしそうに彼女の手をなめていた。

「俊平!開けてあげて!」 

 シャムの言葉に街灯の下で吉田は渋い顔をした。

「こいつ俺のこと嫌いだからな……」 

「そんなことないよ!ねえ!」 

「わう!」 

 大好きなシャムの言葉にうなづいているように見えるグレゴリウス。それを見ながら苦笑いを浮かべつつ吉田は電子ロックを解除した。

 グレゴリウスはしばらく周りを見渡す。全長五メートルの巨体だが、コンロンオオヒグマとしては子供のグレゴリウスはただびっくりしたように慎重に歩き始めた。

「じゃあアタシはグレゴリウスのご飯を作ってくるから!」 

「おい!待て!」 

 シャムがそのまま裏手の倉庫に向かったときにすぐにグレゴリウスは吉田に襲い掛かった。

「馬鹿!糞熊!」 

 サイボーグらしく間一髪でかわす吉田。だがグレゴリウスはうれしそうに右腕を振り上げる。

「こいつ!俺を殺す気か!」 

「こんなもんじゃ死なないからやってるんだろ?」 

「うわ!」 

 突然背中から声をかけられて吉田はバランスを崩した。その顔面に突き立てられそうになったグレゴリウスの右腕だが寸前で止まり、そのままおとなしく地面についた。

「隊長……見てたなら止めてくださいよ」 

 じりじりと後ろに下がっていくグレゴリウスを警戒しながら吉田は声の主のほうに目を向けた。

 着流し姿の保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐のすがたがそこにあった。

「だってさあ……楽しんでいるように見えたから」 

「俺のどこが楽しんでたんですか!」 

「いや、お前じゃなくてグレゴリウス君がだよ」 

「わう!」 

 嵯峨の言葉をまるで理解しているようにグレゴリウスがうなづいた。

 吉田は真剣な表情で襲いかかろうとする熊をにらみ付けた。グレゴリウスは近くに仲良しと思っている嵯峨がいることもあって殊勝な表情で腰を下ろして座った。

「なに?何かあったの?」 

 シャムが手にボールを持ちながら現れる。ボールの中にはりんごや先ほどさばいた鮭の切り身が入っていた。うれしそうにそれを見るグレゴリウス。

「はい、朝ごはん」 

 そう言うとシャムはグレゴリウスの前にボールを置いた。

「キウ……」 

「食べて良いよ」 

 シャムの一言を聞くとうれしそうにボールに頭を突っ込む。その無邪気な姿にさすがの吉田も牙を抜かれたように肩の力を抜いた。

「それより……隊長、また泊まりですか?」 

「悪いか?」 

「悪くはないですけど……たまには同盟会議のネットワークと接触できる端末から離れてもいいじゃないですか」 

 吉田の言葉に嵯峨はポケットから紙タバコを取り出しながら苦々しげに微笑む。

 惑星遼州のもっとも伝統のある国家遼南帝国。その皇帝を務めていた嵯峨だが堅苦しいのが嫌いだということで国内が安定すると宰相の位を政敵であるアンリ・ブルゴーニュ首相に与えて退位を宣言して下野した。

 だがその奇妙な行動に不信感を持っていたブルゴーニュと嵯峨のシンパ達は退位の無効を議会で議決して名目上は嵯峨はまだ遼南帝国皇帝の地位にあることになっていた。こうして嵯峨が皇帝在位中に遼州に領土を持つ国の参加した遼州同盟の司法特殊部隊『保安隊』の隊長に就任してからも両派から新法の提出前に嵯峨にお伺いを立てるのが日常となっており、嵯峨にとっては隊長の仕事よりも遼南の新法の修正に比重が置かれることになっていた。

「アイツ等も結構必死だからね……経済状況は先月の遼南元の切り上げで悪化するのは間違いないんだ。誰にでもすがってなんとか乗り切りたいんだろうな」 

「それは遼南政府の仕事でしょ?」 

「まあ……皇帝退位が認められないとねえ」 

 とぼけたようにそう言うと嵯峨はタバコに火をつけた。

 嵯峨のタバコが赤く光りだすと同時に空が白んでいくのがわかる。

「日の出だね」 

 シャムの言葉に一時食べるのを止めたグレゴリウスがシャムを見つめた。

「もう!かわいい!」 

 そう言うとシャムは巨大な熊の頭にしがみついた。うれしそうに舌をだして喜ぶグレゴリウス。それを眺めながらのんびりと嵯峨はタバコをくゆらせた。

「しかし……この状況がいつまで続くんですかね」 

「俺のこと心配しているのか?いい部下を持ったもんだなあ」 

「そんなことないですよ。法術がらみのごたごたの話です」 

 嵯峨の様子を見ながら吉田がつぶやく。それには嵯峨は答えるつもりはないというように上空にタバコの煙を吐き出した。

 そんなシャム達に近づく影があった。

 金髪の耳まで見えるようなショートヘアーの女性仕官。整った顔に浮かぶ二つの青い瞳の鋭さがその人物がそれなりの修羅場を経験した戦士であることを印象付ける。

「おはようございます、大佐」 

 いったん軽くとまった女性仕官、マリア・シュバーキナ中佐はまるで敬意のこもっていない敬礼を嵯峨にするとそのままグレゴリウスが食事をするのを眺めているシャムの隣にまで来た。

「ああ、マリアお姉さん。何?」 

「昨日頼まれていた件だ。残したのは16名だ」 

 マリアの話にシャムはしばらく天を見上げた後思い出したというように手を打った。

「ああ、畑仕事のお手伝いね。ありがとう。でも……」 

「ああ、古株の連中は家畜小屋の掃除をさせてる。まあ軍警察関係者がヤギに引っ掛けられて労災だって訳にはいかないからな」 

 そう言うとようやくその戦いの女神というような硬い表情に少しばかりやわらかい笑みが浮かんできていた。

「それじゃあ……行くよ!グリン!」 

 シャムはそう言うとグレゴリウスの首輪をはずした。当然吉田はそれを見てすぐに止めようとするが向かってくる巨大な熊を相手にしてさすがにかなわないと悟って走り出す。うれしそうな表情を浮かべたグレゴリウスもその後を追う。

「いいねえ、朝から運動」 

「でも俊平はサイボーグでしょ?」 

「関係ないよ。運動することはいい事だ……俺は宿直室で寝ているから。シュバーキナ。何かあったら」 

「了解しました」 

 去っていく部隊長に敬礼するマリア。それを真似してシャムも後姿だけの上官に敬礼をする。

「それじゃあもうそろそろ始めるか」 

 そう言うとマリアがシャムの頭をたたく。小柄なシャムはそれに笑顔で答えるとどんどん部隊の隊舎に向けて歩き出した。

「寒いな」 

「そうね、寒いね」 

 二人の吐く息が白くなっているのが照り始めた朝日の中に見える。ちょっとグラウンドのほうに目を向ければグレゴリウスに反撃しようとバットを振り回している吉田の姿があった。

「あれが伝説のハッカーの姿かね」 

「いいじゃん、身近に感じられて」 

 あきれるマリアに黙ってそう言うとシャムはポケットからカードを取り出して正面玄関の扉を開いた。

「外もそうだが中も寒いな」 

 マリアは寒さに耐えることには自信があったがそれでも冬の東都の寒さは格別だった。外惑星のほとんど太陽の恵みの届かないコロニー群で育った彼女だが、空気調整のなんとか動いているコロニーとこのような大気を持つ惑星の自然環境との違いに振り回されることが多くなって少しばかりふるさとが恋しく感じられるようになり始めた。

「ちょっと待っててね」 

 技術部の機材室の隣の粗末なベニヤ板で作った扉の前でシャムが足を止める。ジャンパーのポケットから鍵を取り出して南京錠に差し込むシャム。

「ずいぶんと年代ものの扉だな」 

「仕方ないじゃん。島田君達に頼んで作ってもらったんだから」 

 立て付けの悪い扉を開きながらシャムはつぶやいた。

「鎌と……袋……ゴミ袋」 

 シャムは早速準備を始める。マリアはそのシャムのうれしそうな様子を不思議そうに眺めていた。

「シャム、お前本当に農業に向いているな」 

「そう?でも畑仕事は大好きだし……牛の世話とかも……」 

 うれしそうにそう言うと鎌を二本マリアに手渡した。

「私も手伝うのか?」 

「お願い!意外と最近忙しくて手入れしていないのよ」 

「そう言うものか?」 

 なんとなく釈然としないマリアを置いてシャムは倉庫の鍵をかけた。

「じゃあ行こ!」 

 元気よくシャムが歩き出すのにあきれながらマリアも後をつけた。廊下を進むと目の前にはハンガーが見えた。そこには早朝だというのに人の影と機械の作動音が満ちている。

「ああ、シャムにマリア。お疲れ様」 

 ハンガーに並ぶ巨大人型兵器『アサルト・モジュール』で部隊で採用している05式の手前で部下から説明を受けていた技術部部長許明華大佐がぼんやりと歩いていたシャム達を見つけた。

「へえーエンジン交換するんだ」 

 シャムもパイロットである。自分の愛機である05式乙型の輪郭とそのエンジン部分に説明書きが集中しているところから直感でそう尋ねた。

「まあね、シャムのクロームナイトの稼働データで結構05式のエンジン出力に余裕があるのがわかったから。うちは大体が数的には劣勢状態で実戦になることが多いんだから。少しはましな機体を用意しないとね」 

 そう言いながら明華は苦笑いを浮かべた。その表情がこれ以上仕事の邪魔をするなということだと悟ったマリアがシャムの肩をたたく。

「じゃあがんばってね」 

「一応がんばっておくわ」 

 シャムは明華に手を振るとそのままゴミ袋を片手にハンガーを通り抜けた。




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