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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 26

 赤い屋根が見事な研究塔を抜けると、両サイドには街路樹と言うより森のような緑地が広がっている。冬でもその常緑の木々は緑を湛えていた。

 それは走り続けるシャム達にとってそれはちょうどいい風除けだった。

「……説教してるのかな?」 

 シャムもここまで来ると息が切れて来た。それなりに無理をしたんだというように振り返った誠の顔は呆れている。

「……そうじゃないですか?」 

 誠が言った時だった。背後に急激に近づく気配を感じた。

 まずロナルドが自転車に乗って通り過ぎた。そしてそれに続いて明らかに嫌々走るフェデロが続く。

「……ああ、あんなに飛ばして」 

 シャムの言葉に誠は息を噴出すとよろけそうになる。目の前の二人の突進は要とカウラの二人を追い抜いたところで落ち着いたようだった。

 一騒動が過ぎて目の前を見ればすでに工場の正門は目の前だった。もう到着している自転車の明石とランが走るシャム達を待ち受けていた。

「おい!いんちき野郎!とっとと走れ!」 

 ランの罵声が飛ぶ。シャムが誠の後ろから顔を出せばもう手足がばらばらで疲れきったフェデロがロナルドに監視されながら走っているのが見えた。

「……もう少し!」 

 そう言うと誠がラストスパートをかけた。シャムは追わずにそのままのペースで走る。その横をアンが誠に釣られるように加速して通り抜けていく。

「もうすぐ……」 

 シャムは守衛室の前にしゃがみこんだフェデロとそれを見下ろしているロナルドを見ながらそのまま走る。ゲートを通ろうと減速する電気モーターの大型トレーラーと並走しながらシャムはゴールした。

「しばらく休めよ」 

 いかにも何か一物あるという表情のランの一言を聞いてシャムはそのまま腰を下ろした。真冬、北からの季節風が結構強く吹き付けているというのに走りこんだ体は熱を帯びていて寒さは感じなかった。

「さて、フェデロ」 

 ようやく切れた息が戻ってきたらしく開けたままだった口を閉じたばかりのフェデロを見下ろしてロナルドがつぶやいた。フェデロが調達したロナルドが片手で支えている自転車。動力アシスト付のそれには菱川重工豊川工場航空機製作工場のマークがサドルの下の動力部分にマーキングされていた。

「隊長……ちょっとしたお茶目じゃないですか……」 

 悪びれるつもりもさらさらないという表情で上官を見上げるフェデロ。ロナルドはどうにもこのお調子者の部下を相手にどうしたら自分の面子が保てるか考えているというようにサドルに手をかけながらしばらく考えていた。

「お前……そうだ」 

 ロナルドは思いついたように自転車をフェデロに差し出した。突然のことにフェデロは何も言えずに呆然と立ち尽くしていた。

「これ、返すわ」 

「え……?」 

 当惑するフェデロ。何かロナルドに考えがあるのだろうと一同は二人を遠巻きに眺めていた。

「ええ、まあ。ありがとうございます」 

 フェデロはそう言うとそのまま自転車にまたがる。そしてどうしていいか分からないと言うようにそのままロナルドの顔を覗き込んだ。特にどうと言うことも無いというようにロナルドの青い目がじっとフェデロを見つめている。

「このまま……自転車を返してくればいいんですか?」 

「まあそうだな。あまり大事にするなよ。うちはそれでなくても菱川重工には借りが多いんだから」 

 まるで何事も無かったかのようなロナルドの態度にしばらく自転車の上で困惑していたフェデロだがいたたまれなくなって自転車を降りる。

「なんだ?お前が借りてきたんだろ?」 

「確かにそうですけど……」 

「なら返すのもお前だろ」

「確かにそうなんですが……」 

 ロナルドの割り切った態度にどうにも裏があるように思えて自転車にまたがれないフェデロ。その様子が非常に滑稽でシャム達の顔にも笑顔が浮かんできた。

「アン!」 

「何でしょう?マルケス中尉!」 

 疲れ果てて道路に腰掛けていたアンだが突然呼びつけられて跳ね上がるように立ち上がる。フェデロはそれを見ると満足したように自転車を固定してそのままアンのそばまで歩み寄る。

「貴様は……体力には自信が無いよな」 

「中尉には勝てないですが……そんな自信が無いとか……」 

 うろたえた調子で急に威張りだすフェデロに答えるアン。

「無いよな!」 

「はい!無いです」 

 いい加減でも一応は上官である。怒鳴りつけられれば白いモノでも黒くなるのが軍組織だった。そんなアンの様子に満足げにフェデロは言葉を続けた。

「実はこの自転車は航空機開発部の備品だ。そこの技師に知り合いがいてな……ちょっと借りてきたわけだが……俺はこれからランニングをしなければならない。となると……誰かが……返さないといけないよな?」 

 フェデロの目がちらちらとロナルドを見ている。その滑稽な姿に自然とシャムの口にも笑みがこぼれてきた。

「確かに……そうですね」 

 フェデロの意図が分かりつつも渋々つぶやくアンだった。口八丁のフェデロのことである。ほとんど強奪同然の調達方法をとったに違いない。その尻拭い。だが助けを求めるように目を向けたロナルドのうなづいているのを見てアンもなんとか気を取り直してフェデロから自転車を受け取った。

「じゃあ、返してきますから」 

「おう!頼むぞ」 

 皆に見送られてアンが自転車で来た道を走り出す。それを見送りながらランはスクラッチを始めた。

「それじゃー帰り道か……体育館経由で行くか?」 

 ランの言葉にフェデロが目を輝かせた。それがシャムには滑稽に思えて噴出した。体育館はこれもまた実業団最強の女子バレー部を始め多くの女子選手が練習をしている時間だった。中にはマスコミに取り上げられる美人アスリートも何人かいる。当然フェデロの目当てはそれだった。

 でもそれを知っていてランがなぜ明らかに規律を乱す行動をとったフェデロを優遇するような道を選んだか。要するにそれがロナルドが帰ってから与える罰の厳しさを物語っているのだろう。楽天家のフェデロは妙に張り切ってジャンプなどをして体を温めている。誠は呆れてそれを眺めている。

「フェデロ……ご愁傷様だな」 

「え?何が?」 

 能天気に答えるフェデロ。それを見ると笑顔で明石が自転車のペダルに足をかけた。

「休憩は終いや。行くで」 

 そのまま自転車を漕いで信号が青になった正門前の道路を横断し始める。ランを先頭に一同はその後ろを走り始めた。ランに続くのはすっかり元気を取り戻したフェデロ。それに彼を監視するようにしてロナルドと岡部が左右に並走する。少し離れて誠と要にカウラが走る。シャムは何か面白いことが起きそうな予感がして最後尾を静かに走ることに決めた。

 来た道を帰る。つまりこれまで南下していた道を北上すること。当然風は逆風である。障害物の無い正門前の大通りには強い季節風が吹きつけている。小柄なシャムは誠達を風除け代わりにしているが、先頭を走るフェデロには直接その強い風が当たっていると言うのにスピードはまるで落ちない。

「いつまで続くかね」

 要の呟きが聞こえてシャムも視界が開けるように歩道の車道よりを走ることにした。フェデロは相変わらずハイペースで前を行く明石の自転車を急かすように走り続ける。

 ハイペースで続くランニング。すぐにその列は大通りを抜け大型モーターを製造している長いラインが入っている緑色の巨大な建物に突き当たった。道は左へと曲がっている。当然明石はその道に沿って進んだ。建物のおかげで風がさえぎられるだけでなく背中に日差しを浴びて少しばかり暖かく感じながらシャムは走り続けた。

「あ……」 

 突然誠が気づいたように口を開いた。シャムはその表情が見たくなって一気に誠達に追いついた。

「なんだよ、突然」 

「フェデロ中尉。勘違いしていますよ」 

「勘違い?」 

 誠の言葉に要が首をひねる。カウラも勘違いの内容が分からずにしばらく考え込むような表情をした後そのまま視線を前へと向けた。

「今日は確か柔道部の公開練習です。しかも男子の重量級がメインのはずですよ」 

「神前……なんでそんなことを知ってるんだ?」 

 呆れてつぶやくカウラだがその事実がフェデロに与えるショックを考えると自然と笑みが浮かんでくるようだった。シャムもまた笑いながら工場に沿った道を走り続ける。

 一台明らかに報道関係と思われる車がシャム達を追い抜いて行った。大きく敷地に沿って右に曲がる道を走っていく。そしてそのまま街路樹として植えられた常緑樹の向こうに消えた。

「もうすぐだね」 

 シャムは思わずつぶやいてそのまま前を見据えた。相変わらずフェデロは飛ばしている。すでに100メートル近い差がシャム達からついていた。

「あのカーブを曲がりきれば……相当がっかりするだろうな」

 そう言う風に要に言われてついその時のフェデロの顔を想像すると笑みが浮かんでくる。フェデロはそのままカーブの向こうの街路樹の影に消えた。

 シャム達はしばらくは黙って走り続ける。そして目の前に巨大な銀色の屋根とその下にならんだ報道車両と大型バスの群れが彼等の目に飛び込んできた。それに向かって明石の自転車を追い抜いてまで必死で走るフェデロの姿も目に入る。

「馬鹿が、まだ気づかないのかよ」 

 そんな要の言葉だが、ここまで見事にだまされているフェデロを見るとさすがに哀れに思えてきた。フェデロはそのままコースを外れて体育館に横付けされた大型バスの隙間に消えた。

「つまみ出されるだろ、あれなら」 

 次第に大きくなる屋根を見上げながらカウラがつぶやく。シャムも三人と同様に興味心身で前を見つめていた。時々走る取材スタッフ。工場の中で正門でチェックが済んでいるだけあってこういう場に必ずいるだろう警備員や警官の姿は無い。

「意外と大丈夫なんじゃないの。一応フェデロもここの関係者だし」 

 シャムの言葉に誠が噴出す。すでに明石は体育館から真っ直ぐ圧延板の貯蓄倉庫へ向かう側道に自転車を走らせていた。ランやロナルド、岡部などもちらりと体育館を一瞥しただけでそのまま明石の後を走っていく。

「あれ?フェデロを置いていくのかな?」 

「そのうち戻ってくるだろ」 

 それだけ言うと目の前の大型バスの後ろを左に切るとそのまま体育館に沿ってしばらく走り、側道の少しばかり痛んだコンクリートの道を走り続ける。

「格闘技の練習にはいいかもな」 

 カウラのつぶやきにシャム達は大きくうなづく。前を見れば明石は自転車を止め、ランやロナルドは足踏みをしながらシャム達を待ち受けていた。

「説明があるみたいだぞ」 

 にやける要を見ながらシャムはわくわくしながら体育館の影で少しばかり寒く感じる北風にも負けずに走り続けた。




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