ナンバルゲニア・シャムラードの日常 20
「シャムさん、足元!」
島田の声でシャムは下ろそうとした左足の下を見た。何本もコードが連なっている集合端子が見えて思わず隣のケーブルに足を掛ける。
「本当に注意してくださいよ。ケーブル一本で俺達の給料一か月分なんですから」
「ごめんね……でもヨハンはここを通るの?」
「あの人の場合はまず最初から入れませんから。俺達がデータ出力端子を引っ張って入り口の端末でデータ処理をするんですよ」
「ああ、なるほど」
シャムは巨体の持ち主のヨハンを思い出してなるほどと思うとそのまま目の前の中で何かが流れているらしいパイプを潜り抜ける。そしてようやくそこには巨大なメイドのイラストが描かれた誠の専用機のコックピットが現れた。
「島田君。疲れたよ」
「毎日8キロ走っている人がよく言いますね」
「こんなところ通るくらいなら8キロランニングのほうがましだよ」
シャムは無理をして曲げた腰を抑えながらコックピットの前の空間に腰を下ろした。後ろでもアンがあきれ果てたというように余裕でパイプをくぐってきた島田の顔を見つめていた。
「まあ俺達は慣れてますから。さあ、あと十五メートルくらいですよ」
「はいはーい」
島田に急かされて立ち上がるシャム。コックピットの隣に据え付けられたデータ解析用端末の隣はすでにコードのジャングルが始まっていた。シャムは再びその中をくぐる。緑、赤、黄色。色鮮やかなコードのトンネルをくぐるシャム。次第にコツがつかめてきて先ほどよりも早く要の愛機の三号機のコックピット前の広場にたどり着いた。
「はい!次は楓さんと御付の人の機体を越えて!」
「うん!」
シャムはそのままコードの森に突入した。後ろではうんざりしたという表情のアンが、楽しげに森を進むシャムに呆れながらその後ろに続いた。コツがつかめれば意外なほど早く進めることに気づいてシャムは少しばかり楽しくなってきていた。さまざまな色のコードの縞々。端子に付いたセンサーの光る様。時々何かを流しているパイプの中から響く不思議な音。シャムはそれらを楽しみながらどんどん進んでいった。
「あのー、シャムさん。そこには入らなくて良いですから」
吉田の声を背中に聞いて、自分が第四小隊の機体に向かう通路に向かっていることに気が付いたシャムは照れたような笑みを浮かべながら疲れ果てたアンを見て苦笑いを浮かべていた。
アンの機体は東和宇宙軍の制式色である灰色の一般的な機体の色だった。マーキングも特になく、実戦経験の無い彼らしいプレーンな機体に見えてシャムには好感が持てた。
「じゃあとりあえず入ってみて」
「ここに?」
アンが指差す。そこには開きかけのコックピットハッチから何本ものコードが延びていて比較的小柄なアンですらとても入れるような隙間は無かった。
「ああ、ちょっと待ってください……」
そう言うと島田は身を翻して通路の手すりから飛び降りると器用に太いケーブルに足を掛けて駆け下りるようにハンガーの一階へと下っていく。
「凄いね」
「慣れているからじゃないですか?」
珍しく生意気な口を利くアンに笑みを漏らしながらシャムはそのまま制御モニターの並んだブロックで談笑している部下に指示を出している島田を眺めていた。
「すみません!少し離れてください!」
島田が叫ぶ。思わずシャムは周りを見渡した。
「離れるって……どこに?」
そんな言葉が漏れたがオートでコックピットハッチが全開になったところで据え付けられていた通路がゆっくりと持ち上がると野生の勘でコードの森に飛び込んだ。
「アン君!こっち!」
シャムはそう叫ぶとうろたえて右往左往するアンの首筋をつかんで引っ張り込む。二本の太いパイプがゆっくりとコックピットから引き剥がされ、それに付属しているさまざまなコードがぶらりと垂れ下がってまさにジャングルの蔦植物のようにも見える光景が目の前に展開した。
そんな様を黙ってみていたシャムだが、すぐさま島田と同じようにケーブルに足を掛けてすばやく登ってきた技術部員達がそれぞれのコードのむき出しの端子にカバーのようなものを取り付ける作業を始めるのを見てさすがに感心させられた。
赤いコードには赤いカバー。青いコードには青いカバー。作業つなぎのベルトに取り付けられた袋からすばやく取り出しては作業を続ける。そして一人の古参の下士官がそのまま開いたコックピットの中に入ると左右の隙間から伸びていたコードが次々と吐き出され、同じようにそれぞれのコードの先にはカバーが取り付けられていく。
その作業が一段落すると今度はカバーをつけていた隊員達は機体の背後に回り何か作業を始める。だらんとぶら下がっていた二本の太いパイプは天井に。コックピットの左右から取り出されたコードは後ろへと引き込まれていった。
「うわー」
感心してコードを見上げるシャム。アンはそれを見ながら彼女の袖を引っ張った。
「シャムさん。これでなんとかなるでしょ?」
再び降りかけたコックピット前の通路に飛び上がった島田にアンはうなづきながら口をあんぐりとあけて天井を見上げているシャムの肩を叩いた。ようやく我に返ったシャムは恥ずかしそうに頭を掻きながらコックピットの隣に据え付けられている制御用端末に足を向ける。
「アン君、搭乗!」
シャムの言葉にはじかれるようにしてアンがコックピットに滑り込む。しばらく端末のモニターを眺めていたシャムだがしばらくして再び宇宙空間と思われる画面が目に飛び込んできた。
「ああ、これじゃないよ。M-24に変えて」
島田が端末の隣に置かれたヘッドギアをシャムに差し出す。シャムはそれを頭につけると口元のマイクに向けて叫んだ。端末の画面が次々と変わり、そして最後に熱帯雨林を思わせる情景が目に入ってくる。
「状況は川口条約締結下のベルルカンでの治安維持活動。武装勢力への第三国の武器供与で3機のアサルト・モジュールが運用されている状況。政府軍の支援は無し。あと気をつけてね、政府系武装勢力がいるからそれを攻撃したらゲームオーバーだから」
シャムの言葉に端末の画面の右端の小さなウィンドウの中のアンは苦笑いを浮かべながらうなづく。
「目的はあくまでアサルト・モジュールの鹵獲または破壊。敵武装勢力の掃討は任務じゃないからね」
『了解しました』
素直なアンの言葉と同時に画面が動き始める。地上を這うように進んでいることを周りの木々の動きが見るものに知らしめた。『川口条約』は東和が提唱し、同名加盟国と地球諸国が参加している軍事条約でベルルカン大陸全体でのあらゆる軍用飛行兵器の使用を禁止したものだった。当然その中で同盟の直属司法組織である保安隊が条約違反をするわけにはいかない。実際、外惑星の動乱と並んで不安定な遼州惑星南半球に広がるベルルカン大陸諸国の内戦への対応は保安隊の直近にかかわる可能性のある大事件であることは間違いなかった。
「トラップに気をつけてね。撃破されることは無くても任務に支障をきたす損害を受ける可能性は高いから」
シャムの言葉が終わった直後、画面が火炎で覆われることになった。
『うわ!』
「焦らないで!そんなのたいしたことじゃないよ!狙いは別!考えて!」
アンはシャムの言葉にうなづくと静かに視線を落とした。
「早速センサー系と法術ゲージの確認。誠よりも筋が良いんじゃないですか?」
ニヤニヤ笑う島田はそう言いながら端末から伸びるサブモニター付属のキーボードを叩き始めた。
『熱源……二!パターンは装甲ホバー……と……』
アンがそこまで言ったとき今度は衝撃波が機体を襲う。モニターの中で泥でにごった川の水が跳ね上がるのが見える。
「判断が遅いよ!最悪の可能性で常に慎重に行動。単独行動任務の最低限の原則!」
『すみません』
謝るアンだがまだ敵の攻撃は続いていた。榴弾を発射して時間を稼ごうとするアン。幸い、政府側民兵組織の攻撃が始まり、目標の関心はそちらへと移っていく。そしてアンは自分の機体がまるで破壊されたような姿で川の中に仰向けにひっくり返っていることに気がついた。
『このまま起きていいんでしょうか……』
「それは自分で考えないと」
シャムは教官らしく厳しく言い放つ。その姿になんとなく冷やかしたい気持ちいっぱいという表情の島田が笑みを堪えながらデータの解析を続けていた。
『しばらくはセンサーでの解析作業……振動?』
正解を求めて哀願するような視線をシャムに向けるアン。だがシャムは答えることもせずにじっとモニターを見つめている。
「少しは助け舟くらい……」
「島田君は黙ってて」
さすがに見かねて口を挟んだ島田を一言で蹴散らしたシャム。そのやり取りを見てアンは真剣な顔でセンサー類のチェックを開始した。
『二足歩行?……間違いありません!目標一!ターゲット確認しました!』
「それでは対応行動!」
ようやく一機の破壊対象を発見したことで笑顔を浮かべたアンだがすぐに集中した表情で機体を起き上がらせる。破壊されていたと思っていた機体が突然起き上がったということで周りの武装勢力の動きに乱れが生じる。
『距離……1500!一気に接近します!』
アンはそう叫ぶと法術を発動させた。空間が切り裂かれ、周りの景色が赤く染まる。
「早いよ……」
小さな声でシャムがつぶやく。景色は赤く染まり、その中央に棒立ち状態の敵にアンの機体の右腕から伸びたニードルが突き立てられる。
ニードルは白い塊の上部に突き立てられていた。次第に空間の時間進行の差異が縮まり、周りが普通の光景になるとその目標がベルルカンなどでよく見られる前世代のアメリカ軍制式アサルト・モジュール『M5』であることが分かった。その胸部の装甲にがっちりとアンの機体の右腕から伸びたニードルが突き刺さっている。
『このまま行動を停止させます』
そう言うとアンは機体の左腕を使って暴れるM5の左腕を捥いだ。
「やっぱりM5の関節は弱いんですねえ」
「まあ開発年代が違うからね。でもゲリラや民兵組織が運用するには最低限の資材で動くからあっちこっちで重宝されているみたいよ」
島田の質問に答えるシャムの顔に笑顔は無かった。
『目標からの電信です。投降の意思を示しました。このまま……』
そこまでアンが言った時、急に機体のバランスが崩れた。乱れるモニター、背部に被弾したことを示すセンサー。
『背後からレールガンの狙撃!背部スラスター損傷!エネルギーバイパス部に20パーセントの損傷!離れます!離脱します!』
叫ぶアン。シャムは相変わらず難しい表情でモニターを眺めていた。
「味方を囮かよ……えげつないねえ」
「よくある手だよ。性能差は当然相手は理解して挑んでくるんだから……このくらい意識しておかないと……アン!退避行動!」
シャムの言葉だが慌てるアンには届くはずも無い。法術ブースターの作動にはまだ力の蓄積が足りず、アンはただよたよた機体を後ろに進めながら川の中へと機体を進めた。次々に発射されるレールガンがアンの機体の右腕を吹き飛ばし、頭部にダメージを与えてモニターの一部に欠落が出始める。
『このまま水中に……!膝関節部分浸水!』
アラームが鳴り響く。アンは仕方なく水から出るが、今度は先ほどの装甲ホバーからと思われる攻撃は始まった。
「助けてあげないと……このままじゃ戦死ですよ」
島田の言葉を聞くとシャムは静かに部隊の執務端末に伝票を打ち込んでいたときとはまるで違う慣れた手つきでキーボードを操作した。
モニターが暗転する。
『ふう……』
アンが大きくため息をついてシートに身を任せる。
「結論から言うと……」
『分かってます』
「じゃあ良いよ、降りて」
シャムの言葉にアンは手元のシミュレータ装置の電源を切る。シャムの見ていたモニターも暗転した。シャムはそのまま視線をうなだれてコックピットから這い出してくるアンに目を向けた。




