【百合】あなたと私はシマエナガ 〜ふわふわのルームウェアに包まれて、溶け合うまで寄り添って〜
※ 百合の微エロ表現あります。
「カナさんって、シマエナガに似てますよね」
テレビの画面をぼんやりと見つめる私の耳に入ったのは、そんな呟きだった。
画面の中では、真っ白な綿毛のような小鳥たちが、雪の積もった枝の上で身を寄せ合っている。
ジュリリ、ジュリリ。
冷たい空気の中で懸命に鳴く雪の妖精は、見ていて飽きない可愛さではある。
「えぇ……私が、シマエナガに? どのへんが?」
香ばしい匂いが漂ってくるキッチンに向かって声をかけると、ふふ、と弾んだ笑い声が返ってきた。
今日からこの部屋の主になった、フユだ。
「まんまるの瞳がかわいいところと……あ、今。その、小首をかしげる仕草ですね」
「あっ……。私、そんなに首傾げてる?」
「はい、いつも。集中した時とか、こうして私を見てる時とか。……とってもかわいくって、好きですよ」
しれっと、生クリームのように甘いセリフを吐く。
春の夜、少しだけ冷えるワンルーム。まだ生活の匂いが馴染みきっていないこの部屋で、私の頬だけが、熱を帯びて火照っていくのがわかった。
フユが大学の後輩から恋人になって、数年。
私が先に社会に出てからも、私たちの関係は変わらずに続いてきた。
……いや、徐々に変化はしている。
例えば、今日こうして彼女の新居の片付けを手伝っていること。
それに、慣れた手つきでフライパンに向き合ってる意外な一面にどこか色香を感じて、胸を熱くしていること。
ふわりと食欲を唆る香りが運ばれてきた。
テーブルの上に並んだのは、白米が盛られた小ぶりの茶碗に、大皿に大量に盛られたブロッコリー炒めだ。
「うえ……野菜がいっぱい……」
「カナさん、肉ばっかりじゃダメですよ。健康に悪いです。ほら、そっちちょっと詰めてください」
文句を言う私の隣に、フユが当たり前のように身を寄せながら座る。
ソファなんて贅沢なものはない、小洒落たラグの上に小さなテーブルがあるだけの狭い部屋。
自然と二人の距離も近くなり、太腿が触れ合う。
逃げようにも、小さなテーブルを囲んだこの狭い距離ではどうしようもない。
密着した部分からじんわりと伝わる体温に奪われそうになった意識を、私は必死で食事の方に戻した。
「じゃ、食べましょ? いただきます」
「い、いただきます」
二人で手を合わせて、箸を取る。
大好きな恋人の手作りごはん。でも、私は大の野菜嫌いなのだ。
白米を口に入れた後、ブロッコリーにへばりついている細切れのベーコンをそっと剥がしていると、フユが「もう」と不満そうに頬を膨らませた。
「カナさん、私が作ったおかず、食べてくれないんですか?」
「だ、だって……野菜嫌いなの知ってるでしょ?」
「ほら、シマエナガを見てください。あんなに小さくても冬を生き抜くためにたくさん食べるんです。カナさんも、私の隣でずっと元気でいてもらわないと困りますから。……ね? ほら、あーん」
気がついたら、緑のブロッコリーが口元に差し出されている。
フユの目はどこまでも真っすぐで、これは食べないと終わらないやつだと、私は悟った。
観念するように口を開けると、もしゃっとした塊が口の中に侵入してくる。
けれど、想像していたような嫌な気持ちはしなかった。
「んむっ、…………ん? あれ、おいひい」
「ふふ……健康でいて欲しいですが、イヤイヤ食べさせるのも心苦しいので。カナさんが好きそうな味、研究したんですよ」
口の中にあるのは、ベーコンの肉汁をたっぷり吸ったブロッコリーだ。
噛む度にガーリックの香りがするオリーブオイルがじゅわりと溢れ、野菜の苦みを優しく包みこんでくれる。
「フユ……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。残りは自分で食べられます? また、あーんが必要ですか?」
「じ、自分で食べられるからっ」
意地悪そうに笑うフユから逃げるように、私はブロッコリーを口に運んだ。
濃いめの味付けは白米との相性も抜群で、あっという間にお皿は空になった。
「ごちそうさま、おいしかったよ」
「お粗末さまでした。喜んでいただけたなら光栄です」
フユが手際よくお皿をシンクに下げていく。
ふう、と一息つくと、紙袋を持ったフユが満面の笑みを浮かべて戻ってきた。
「カナさん。これ……私の就職祝いのプレゼント、カナさんにあげます!」
「…………へっ?」
私はその言葉の意味が理解できず、気の抜けた声を喉から漏らした。
「フユの就職祝いを、私に?」
「ふふふ〜! 見ればわかりますよ、ほら!」
差し出された紙袋の中には、白いふわふわの何かが詰まっていた。
「これ……ルームウェア?」
「そう! シマエナガのルームウェアです! 見た瞬間、ビビッときたんです! 絶対にカナさんに着てもらいたいな〜って」
フユはそれを私の胸に押し付けながら、潤んだ瞳で私を見つめる。
「だから、これを着たカナさんが私への就職祝いです。楽しみだな〜」
「こっ……これ、私一人で着るの? さすがに恥ずかしいよ」
「そう言うと思って、私の分も買ってあります〜! ほら、一緒に着ましょう?」
「ちょ、フユ……っ」
私が何かを言う前に、既にフユはシャツの裾に手をかけていた。
大胆に着ていた服を脱ぐと、目の前に薄手のキャミソール越しに白い肌が露わになる。
その様子に、私は顔を赤くせざるを得なかった。
「やだなぁ、カナさん。そんなに見ないでくださいよ」
「ちが、見るつもりはなくてっ! フユが、いきなり……っ!」
見ちゃダメだと思うのに、吸い寄せられるように目が離せない。
そうこうしているうちに、フユはシマエナガのルームウェアを着終えていた。
「さあ、カナさんもお願いします」
「こ、ここで……?」
「はやく見たいんですよ〜! 私とカナさんの仲でしょ、いいじゃないですか」
キラキラした目に射抜かれ、私はせめて抵抗するように背を向けた。
指先が震えて、ブラウスのボタンひとつ外すのにも時間がかかる。
背後に感じるフユの視線が、まるで肌を直接なぞられているみたいに熱い。
パサリ、と床に落ちた服の気配さえ、今はひどく扇情的に響いた。
「…………っ」
お泊まりのためにちょっと奮発して買った繊細なレースのキャミソール。
私の浅い呼吸に合わせて小さく揺れるそれを、彼女がどんな目で見ているか。想像するだけで心臓が口から飛び出しそうだ。
春の夜気が剥き出しになった肌を冷たく撫でる。
けれどそれ以上に、背中に突き刺さるフユの視線が熱くて、鼓動が耳元までうるさく届いた。
「カナさん、背中……白くて綺麗。ルームウェア着なくても、雪の精霊みたいですね」
「――っ、…………うるさい、バカ」
たまらず急いでルームウェアに袖を通す。
ふわふわした生地に肌が優しく包みこまれ、一息つく。でも、まだ終わりじゃない。
「ちょっと、そんなに見ないで」
「カナさんも私のこと、めっちゃ見てたじゃないですか」
そう言われると、言い返せない。
私は逃げるようにチノパンを脱ぎ捨て、真っ白な羽毛を模した生地の中に脚を滑り込ませた。
柔らかい綿毛の感触と、それをじっと観察し続けているフユの熱い視線。
「ふふっ……ちゃんと上下でデザイン揃えてるんですね。ねぇ、期待してたんじゃないですか?」
「もう……うるさいってば」
ウエストのゴムを整える私の指先に、そっとフユの滑らかな手が重ねられた。
「ひゃっ…………」
「……っ、カナさん…………っ」
たまらないといった様子のフユに、後ろから抱きしめられる。
「カナさん、もう、かわいすぎ。好き。大好き」
耳元に流し込まれる熱い吐息に、私の脚からは力が抜けた。
もこもこの生地越しに伝わってくるフユの鼓動が、私のものと重なっていく。
そのまま、へなへなとラグの上に座り込む。
「ねぇ、こっち見て。もっとよく見せて……カナさん」
「ちょっと、フユ……っ」
フユが私の手を握りしめ、そのままラグの上に押し倒す。
テレビの明かりが、二人の影を壁に長く落としていた。
「私もカナさんもシマエナガ。ねえ、シマエナガはこうやってぎゅっとくっついて、集まって暖を取るんです。お団子みたいで可愛いですよね」
ふわふわした生地越しでもわかる、フユのトクトクという心音。
私を閉じ込めるように重ねられた彼女の手が、私の自由を奪っていく。
「はぁ……。この真っ白でふわふわなお団子、私一人で全部食べちゃってもいいですか? ……いいですよね、カナさん」
返事なんて待たずに、首筋に熱い吐息が落ちる。
身に纏ったばかりの柔らかい羽毛を解かれながら、私はただ、彼女という熱に溶かされていくしかなかった。
ジュリリ。
テレビの中のシマエナガの声が、静かな部屋に響いた。
Caitaのシマエナガアンソロに寄稿するために書いた短編です。
私としては珍しい現代ものの百合でした。
お楽しみいただけたなら嬉しいです!
普段は長編の異世界百合小説『人魚と姫』を連載しています。
ただひたすらに幸せな百合をテーマに書いていますので、気になったらそちらもお読みいただければと思います。
引き続き百合を書いていきますのでよろしくお願いします!




