その横顔に恋をして
「あ、そこの書店行きたい!」
そう言い放つと同時に駆け出した紫苑は、一目散に文庫本の棚へと消えていった。慌てて後を追うと、そこにはまるで人が変わったように真剣な眼差しで幾多の背表紙を眺める君がいた。以前から本を読むのが好きだということは聞いていたが、まさかデート中に本屋を見つけたと思ったら駆け込んで行く程とまでは思わなかった。しかしながらその瞳はまるでスーパーカーを見つけた少年のような輝きを放ち、その様子を眺めているだけでも時間はあっという間に過ぎていく。話しかけることすら阻まれるかのように、僕たちの間には言語化できない時空の壁があった。
「あっ。これ欲しかったやつ…」
小声でぼそっと呟きながら、1冊の本を手に取る。タイトルも作家も見ても僕にはイマイチ分からなかったが、紫苑にとっては斜向かいの宝石店に売られているダイヤモンドよりも輝いて見えるのだろう。僕の前では目を細めていつもニコニコしてるのに、仕事以外でもこんな顔を見せるんだと驚いた。
「これ、買ってくるね。」
狭い通路を名残惜しそうにレジへ向けて歩く。僕は会計の間は入り口付近のおすすめ本を眺めていたが、最近映画化された話題作くらいしか知らない。隣のブースにあったサンリオキャラクターの方がまだ分かる。大学時代の同期は彼氏と別れてメンヘラを極めてぬいぐるみだらけの部屋になったらしいが、紫苑の場合は部屋に溢れた未読の本、いわば「積ん読」を一気に読み進めて呆気なく気持ちを紛らわせるのだろう。
「お待たせ、行こっ!」
建物の外には、寒空の下で煌々と輝くイルミネーションと、クリスマスマーケットの屋台が広がっていた。そして横を見ると、さっきまでとは打って変わり満面の笑顔の紫苑がいた。そんな彼女のギャップに、改めて恋に落ちたのかもしれない。SNS用の写真を撮る人々の合間を縫って歩く後ろ姿を、僕はスマホのカメラでこっそり撮った。
「いま撮った?恥ずかしい笑」
笑顔も後ろ姿も好きだ。そして今日僕は本屋で、君のその横顔にも恋をした。




