第8章 最終学年
「じゃ授業終わりにな!」
バーンズが後輩に言うと彼女は嬉しそうな笑みを隠しきれないまま去っていった。
「お前女遊びが過ぎるぞ。またリサちゃんと大喧嘩する事になってもいいのか?」
「いや〜俺はそのつもりは無いんだけど向こうから誘われたら流石に断れねぇわな!ま、俺は興味無いんだけどねぇ〜」
「…俺が剣士だったらお前を引き裂いてるところだぞ!」
「お〜怖ぇ〜」
「はぁ、遊んでばっかりに見えるけど卒業試験は大丈夫なのか?」
4年になり彼らは学園最後の1年を迎えている。この日も2人でアーサーが借りた本を図書館に返却しに行く最中だった。
「余裕、余裕!実技は常にぶっちぎりでトップだし筆記試験も悪い点数は取ってないし、イケるっしょ!」
「そうやって慢心してたらいつか痛い目に遭うぞ」
「大丈夫だって!逆にアーサーは卒論に気合入れ過ぎなんじゃないか?ちょっとは息抜きも必要だろ」
「まぁ論文自体はほぼ完成してるんだけど、もうちょっと補足や補強を入れたくてな…」
「魔獣の消化器官の論文だっけ?それ書くとか大変な事するよな〜。それとなんか魔獣の解剖にも参加したんだろ?それが滅茶苦茶スゲー事だって言ってたな」
「そうなんだよ。魔獣ってのはほとんど排泄をしないんだ。本来外に出さなきゃいけない物を体内に溜め込んでるから魔獣が死んだ時は一気に腐敗して朽ち果てる。それで魔獣の死体が中々手に入らないから、解剖を見られるのは貴重な経験なんだ」
「へーそうなのかー!」
「ただ見学をした時にフェンリルの胃から未消化の人の目玉が出てきた時は流石に吐いた」
「えぇーマジかー」
「魔獣は基本的に人しか襲わないから胃の中から人体の一部がよく出てくるんだよ。
他の学生も皆気分悪くなって吐いてた」
「ホント大変な事するよな〜。俺なんて彼女と遊ぶついでで剣振り回してたら卒業できるのに」
「いちいち癪に障る言い方だな〜」
「そういやアーサーは彼女とか作らねぇのかよ?」
「彼女?」
「うん、好きな子とかいねーの?」
好きな子、そう聞いた瞬間アーサーの頭の中にある人が現れた。
彼女はランだった。
「………いや………いないよ………」
「いやいやいや!お前今のは絶対誰かいるだろ!」
「そんな事ないって!!!」
「あ、俺もうすぐ授業行かないと行けない!この本は俺が返しとくから!後で絶対教えろよ!」
「だからホントに違うって!」
バーンズは足速に去っていった。
アーサーは全く見当がつかなかった。何故今ランを思い出した?ここに彼女はいなかったし、彼女の事を考える必然性も無いのに。
「アーサー!」
「うわぁ!!!」
突然後ろから声をかけたのはランだった。
「ごめん、そんなに驚かれるとは思わなかった…」
「あぁぁぁ、ラン………ひ、久しぶり…」
「久しぶり?昨日もちょっと会って話したでしょ?」
「おぉぉぉ、そうだったな、ハハハ…」
アーサーは汗が噴き出してるのをなんとか抑えようとした。昨日まで普通に話していたはずなのに意識した瞬間、手は震え心臓は脈打ち、まともに目を合わせられない。
「一杯本抱えてるけど今日も夜遅くまで勉強するの?」
「う…うん、多分そうする…」
「ホントによく頑張るね。そんなアーサーにあげたい物があるの。はい」
ランが取り出した物は丸くてツルツルとした石だった。
アーサーは受け取ろうとしたが、手を伸ばしきる前に固まった。このまま手を伸ばせばランと手が触れてしまうのでは?
そう考えている間にランは石をアーサーの手に直接入れた。
「うわぁ!!!」
「今度は何!?」
「い、いや…こ、こ、この石思った以上に温かかったなって…」
「………なんか今日変だよ?」
ランと手が触れてしまった事にひどく緊張した。
「あぁごめん、大丈夫…」
「なら良いけど…。これ蛍石って言うんだけど、さっきの授業で作ったの。念じると光るのよ」
ランは石に手をかざした。
だがアーサーは石ではなくランをずっと見ていた。彼女は集中して念を送っていた。どうか石よ光らないでほしい。この真剣な顔をいつまでも見ていたい。
「あーほら!見て見て見て!」
すると石が薄い紫色に光った。
「おぉすげー!」
「しかもこれね、魔法が使えない人でも光らせる事ができるの」
ランはもう一度石に手をかざし光を消した。
そしてアーサーにもやってみるように促す。
彼女に言われるがままとりあえず念じてみると石が薄い白色に光った。
「俺にもできた!」
「良いでしょ〜。これで夜でも明かりをつけて勉強できるでしょ。あ、でもあんまり夜遅くまでやったらダメだよ。アーサー今日も寝不足で調子悪いみたいだし、頑張るのはいいけどほどほどにね」
アーサーはランが自分を気遣ってくれている事に気付いた。
そういえば花のスキルを貰ったとき一番に気を使って慰めてくれたのもランだった。
「ありがとう、今日はほどほどにしとくよ」
「そうしよ。あ、そういえば事務員の二次試験はどうだった?」
「あ~、滅茶苦茶ムズかった。正直受かってるかは微妙だな」
「もしダメだったとしても私はずっと応援してるからね」
「あ、ありがとう…」
その後アーサーは図書館で本を開いて読んでいたが
「ダメだ、全然頭に入らない…」
アーサーの頭の中はランで埋め尽くされていた。今までの彼女とのやり取りが思い出される。楽しかった事や嬉しかった事、小さい頃は喧嘩をした事もあったな。
その様な事ばかり考えていると、ふと彼女が言った事を思い出した。
「女の子にそのお花とかプレゼントしたら喜ばれると思うよ。私だったら嬉しいけどなぁ!」
花だ。この前も花のスキルの事を聞いてきた。花をあげれば喜ぶはずだ。
そしてアーサーは自室に帰った。
「いたのか、山脈ジャック」
ジャックの山脈の様に鍛え上げられた肉体は、究極形態に達していた。だが彼の根暗な顔は変わらない。
アーサーは紫色のライラックをジャックに投げつけた。
「なぁジャックよ。くだらないモノを無視して大事なモノを追いかけてたはずなのに、そのくだらないモノの方が実は大事なんじゃないかと疑うようになった事ってあるか?」
「…………………………………………………よくわからない」
「だろうな。俺どうすりゃいいんだろうな」
アーサーがベッドに横たわっているとジャックがおもむろに書類を取り出した。
「…………………………………………あ、これ届いてた」
アーサーが目をやると、急に飛び上がった。
「あああぁぁぁーーー!!!マジか!よっしゃーーー!!!これ事務員試験の合格通知だよ!ちゃんと受かったんだーよかったー!」
喜びを爆発させるアーサーを前にジャックは何も反応しない。
「山脈ジャック、今までありがとうな!勉強してる時もしてない時も静かにしてくれたし、俺がイライラしてる時も対立する事なく見守ってくれてたな!本当に色々と感謝してる!そしてすまなかったな…」
根暗な顔が少し驚いた顔に変わった。
翌日アーサーは学生寮近くの庭園でランと出会った。名前を呼ぶとランは笑顔と共に小走りで近づいてきた。それを見てアーサーは緊張が走ったがいつもの様に振る舞おうとした。
「アーサー!」
「ラン、実は報告があるんだ。俺、事務員の二次試験に合格した!」
「えー!ホントにーー!!あーよかったー!本当によく頑張ったね!私スゴい心配しててさ」
「心配してくれてありがとう。でもランの応援のおかげで合格できたよ」
「応援してただけで私なんもしてないけどね」
アーサーは意を決して言った。
「そうだ、この前花のスキルの事聞いたよな?見てみるか」
「えっいいの?じゃお願い」
アーサーは数歩下がり目を閉じて意識を集中させた。
すると2人の辺り一面が様々な花でみるみると覆い尽くされた。
「えっ…スゴーい…」
「スゴいだろー!これは夏の花、アガパンサス、シュウカイドウ…次にこれは秋の花、パンジー、ゼフィランサス…その次は冬の花、エリカ、プリムラ…最後にこれが春の花、カランコエ、ストック…」
アーサーが花を紹介する。
ランはそれを聞きながら花に見惚れる。
「そして…桜」
風が吹き荒れ、桜吹雪が2人の間を舞う。幾多もの花弁が降り注ぐ。
ランは目を輝かせただ感嘆の声を上げるだけだった。そんな彼女を見てアーサーは嬉しさと誇らしさと気恥ずかしさが入り乱れる。
ランはいつの間にかアーサーを見ていた。そしてアーサーもランを見つめる。
アーサーには2つの選択肢があった。今ここで自分の思いを伝えるか、それともいつもの様にいつもの話を続けるか。
彼女は凄く感動してくれていし、彼女も何か言いたそうな雰囲気だ。もしかすると今伝えれば上手くいくかもしれない。でも本当に彼女にその気があるか?変に伝えた結果これからの関係性が崩れてしまいもう元には戻れない事もあり得る。でも、一か八かやってみようか…。
「あのさ、ラン…」
「…何…?」
「実は…」
アーサーが言いかけたとき、辺り一面の花が一斉に枯れ始めた。
「えっ!?なんで!?」
「あ…ごめん、これだけ沢山の花を出すとすぐに枯れてしまうんだ…」
「そ、そうなんだ…でも凄くいいモノ見せてもらえたよ。心の底から感動した!ありがとう!」
「すぐに枯らしちゃってごめんな…」
アーサーは思いを伝えるタイミングを見計らっていたがそれがどんどん遠のいていくのを感じた。
「あっ、次の授業もうすぐ始まるんじゃない?」
「ホント!イケない!わざわざごめんね、お花見せてくれてありがとう!それじゃ!」
ランは走って教室まで向かっていった。その後ろ姿をアーサーはずっと見ていた。
アーサーは気が付くと図書館で片っ端から本を探していた。花について記載されてある本を。あれだけ早く枯れるのは想定外だった。次はしっかりと花を研究してからにしよう。そして1冊の花の図鑑を見つけた。
自室に戻りアーサーは図書館から借りてきた図鑑を開いた。
そしてランから貰った石を見つめ念を込めると、薄く光った。
アーサーは思わず笑みをこぼし、それを机に置く。
図鑑を頭からじっくりと読む。
本数は少なくても集中して生成すれば花は枯れにくくなる。
本を読みながらアーサーはバラの花束を生成する。
「う〜ん、ちょっと質が悪いかな…」
その花は先が少し黒ずんでいた。
「これもダメ。う〜ん、無し」
図鑑の花を見ては生成し納得がいかずにまた次の花を生成する。
「ハハハ!何だこれ!サルみたいだ!」
ドラクラ・シミアを見て思わず笑い出す。
「これは高値で売れるかも」
チューリップのセンペル・アウグストゥスを見て呟く。
「うーわ!何これ怖ぇー…」
ガラナを見て怯える。
そうしているうちに部屋の扉が開いた。
「帰ってきたのか、おかえり山脈ジャック」
ジャックは戸惑った顔で花まみれの部屋を眺めた。




