第16章 夜明け
窓から射し込む陽の光でアーサーは目を覚ました。どうやら石を握り締めたまま寝落ちしてしまったようだ。彼は焦った。マズい、無防備な状態で寝てしまった。身を隠してもいないし臭いも消していない。だが幸いにも食われていない事に気付いた。そして少し安堵した。
石をポケットにしまってから立ち上がり外を眺める。何も見当たらない。魔獣はいないようだ。
一旦外に出ようと振り返ると反対側の窓に狼の魔獣の影が見えた。まだこちらには気付いていないようだが臭いを嗅ぎ獲物を探している。隙をついて逃げよう。そう思った瞬間、巨大なフェンリルが後の窓から顔を突っ込んできた。
そしてアーサーは丸呑みにされた。
小舟に振動が伝わりランは眠りから覚めた。
すっかり朝となっていた。怯えながら川を見ると巨大な黒い影が水の下を移動していた。
本当に止めて、と思いオールをゆっくり漕ぐ。するとその影の背鰭がまた小舟にぶつかった。彼女は焦り急いで漕ぎ出した。その時川からシーサーペントが現れオールに噛み付いた。ランは抵抗するもオールを奪われた。小舟を動かす手段が無くなり呆然としていると今度は下からシーサーペントが飛び上がりその巨大な口が小舟を咥えた。
その拍子で寝ているヤーハンは川に投げ出された。ランは悲鳴をあげる事しかできず船縁にしがみつく。
口がゆっくり閉じられ巨大な牙が徐々に小舟を潰していく。
その瞬間何かを切り裂く大きな音と共にシーサーペントの動きが止んだ。そしてゆっくりとその巨体が倒れる。それと同時にランは口から対岸へ放り出された。
「ラン!無事だったか!」
彼女が見上げるとバーンズがいた。
川を渡りきり向こう岸へ辿り着いた事、そしてやっと仲間と再会した事に歓喜の声をあげ立ち上がる。
「バーンズ!あなたも無事で良かったー!」
走って彼の元へ行く。
「助けてくれて本当にありがとう!どうやってここまで来たの?」
「あの後何とか魔獣は討伐できたけど完全に俺1人になってな。とりあえず地図を頼りにフィール大聖堂まで行こうと思ってここまで来たんだよ」
「そうだったんだ!でもこの川を越えるの大変だったよね!?」
「川を越える?いや、普通にあの橋を渡ってきただけだけど…」
彼の指差す先には川に架ける大きな橋があった。
「地図にはなかったけど橋があって助かったよ。てか何でランはわざわざ船で来たんだよ?水が苦手だろ?」
「………そういう事ね…」
「そうだ!さっき船からヤーハンさんが落ちるのを見たんだ!速く探しに行こう!」
「いいよ行かなくて」
走り出そうとするバーンズの腕を掴むラン。
「なんで!?」
「なんでかって?私がこんな目にあったのはヤーハンとかいうキショキショ男の所為だからよ!」
「は!?どういう事だよ!?」
「あの後私はアイツに馬車に乗せられたの!それでアーサーはパーティを自ら去ったとか言って2人だけで川の前まで来たの!私が水を怖がってるのに無理矢理船に乗せてきてもう最悪!」
「そうなのか!?」
「そしたらキショキショ男が疲れたんだ〜とか言って漕ぐのを止めて、あのキショい手で私の髪に触ってきたの!それで女になった事はあるのか〜とかキショい事聞いてきて何しようとしたと思う!?私にキスしようとしてきたのよ!ホント許せない!だから魔法で眠らせてやったのよ!」
「た、大変だったな…」
「それで朝になって魔獣に襲われたところをあなたが助けてくれたって訳!キショキショ男は間抜け面で川に流れていったけどね!」
「そういう事か…」
「…!わかった…!これは全部キショキショ男の策略よ!修正版と称して配った偽物の地図がその証拠!トラブルが起こるのを待ってパーティを分裂させる!どさくさに紛れて私と二人きりになって船に乗る!そして川を下ってここから脱出、その道中水が苦手で動けなくなってる私に…ウガーーー!!!」
ランの怒りは収まる気配が無い。
「次にあのキショキショ男に会ったら目玉をエグり出して踏み潰してやる!アイツが最後に見るのが私の靴の裏よ!どう?最高のご褒美でしょ!?その次は全部の魔法使ってもう滅茶苦茶にしてやる!ホンッッット許さないから!あの…」
「キショキショ男で悪かったな」
「ギャーーー!!」
振り返るとヤーハンが迫ってきた。服も髪もずぶ濡れで何とも悍ましい姿となっていた。
だがもっと悍ましいのは彼が弓を構えているところだ。
「ヤーハンさん!」
バーンズはランを自分の背中へ避難させヤーハンとの交渉を試みた。ヤーハンを見た途端ランは先程の威勢は消え去り縮こまってしまった。
「いや〜この度は大変でしたね〜」
「お前に用はない。その女だ!折角私がここまで案内した上、紳士的に接してやったと言うのに」
「そ、そうだったんですね、後でじっくり話を聞かせてください。気が立ってるのはわかりますが、速くその矢を降ろしてもらっていいですか!!」
バーンズも語気が強くなる。
「このままお前らを生かす理由はない。いやむしろ始末した方が…」
言い終わらない内にヤーハンは突如現れたフェンリルに踏み潰された。
驚き叫ぶ2人と威嚇するフェンリル。
だが直ぐ様バーンズは剣を抜き脚に斬りかかる。ランも援護するが魔獣に効き目はない。
バーンズはなんとか背中に跳び乗り剣を突き刺すが毛皮が硬くて厚く皮膚まで刃が到達しない。
その時フェンリルは先程踏んだヤーハンの臭いを嗅ぐとそのまま丸呑みした。そしてバーンズを背中に乗せたまま走り去った。
ランは杖から光の綱を放ち魔獣の首に巻きつける。彼女もフェンリルに引っ張られた。
綱を短くしランはなんとかフェンリルの背中に掴まる事ができた。魔獣はとてつもない速さで走る。途中何体かの魔獣とすれ違ったがそれらを踏み潰し、牙で噛み付き、行く手を遮る者を蹴散らした。
そしてフィール大聖堂近くの茂みで立ち止まった。
2人が背中から降り木の陰に隠れ様子を覗う。するとフェンリルは食べた物を吐き出し、遠吠えをした。ぞろぞろと仲間のフェンリル達が集まってくる。そして先程吐き出した物を食べ始めた。
何をしているのかと2人が疑問に思っていると今度は大きな花の蕾を吐き出した。それはショクダイオオコンニャクだった。フェンリル達は不思議そうにそれの臭いを嗅ぐ。すると突然蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
2人はますますなにが起こったのかわからない。バーンズがその巨大な花に恐る恐る近付き剣で花びらを突こうとすると、花が自ら開いた。
「あーーー!!!くっっっさかったーーー!!!
はぁはぁ!やっと息ができる…!」
花の中から現れたのはアーサーだった。
「アーサー!」
「…!?バーンズ!」
思いがけない再会に仰天する。
バーンズが泣きそうな顔でアーサーに近付く。
「やめとけ!今の俺は滅茶苦茶臭いし花粉まみれだし…」
バーンズは無視してアーサーを抱擁した。
「それで良いんだ…生きてる証拠だ…」
アーサーは大人しくなった。
「お前よく生きて来れたな」
「そうなんだよ…てか聞いてくれよ、俺ヤーハンさんにパーティを追放されたんだよ!あの時ヤーハンさんが馬車で逃げるけどお前の言動は目に余るから追放だ、だってよ!
しかもランも追放してほしいだとよ!ラン何て言ってたと思う!?」
「君の事はもう仲間だとは思っていない、顔も見たくないし、心底嫌いになった…」
「ラン!?」
彼女も木の陰から姿を現した。
「それ、本当に言われたの…?」
「うん…」
ランは大きなため息をついた。
「はぁ…やっぱりそういう事ね。本当にアイツ許せない!」
「なんかあったの?」
「速い話が嘘をついてパーティを分裂させたの!アーサーには私が追放を望んでる、私にはアーサーが出ていったって説明してね。それで私と2人っきりになろうとした訳」
「うわマジかよ…」
「あの…アーサー…昨日はごめんね…私ちょっと言い過ぎちゃった…」
ランの謝罪に慌てるアーサー。
「いやいや!謝るのは俺の方だよ…俺も冷静さを欠いて自分の事しか考えられなかった…もっとイヴさんやラン達に真摯に向き合うべきだったよ…本当にごめん…」
「いいのよ…」
アーサーとランはお互いを許し誤解が解けたようだ。
「よし!それじゃいよいよこの大聖堂に入っていきますか!」
バーンズが仕切り直す。
「あっ!ちょっと待って!」
それをアーサーが止める。
「ここってフェンリルの巣でもあるよな?ちょっと散策していいか!?」
言い終わらない内にアーサーは辺りを散策し始めた。
「何やってんだよ?行くぞ」
「速くしないと魔獣が戻ってくるよ」
「いや、この辺に何か落ちてないかな〜って思って」
「何が落ちてるんだよ?」
「卒業論文はもうとっくの昔に書き終わったでしょ?まだ何か研究するつもり?」
「あっ!!!」
アーサーは何かを見つけたようだ。
「これって…いやいや!これは…」
「なになに?」
「何が見つかったの?」
「これは流石にヤバいだろ…」
2人がアーサーの元へ駆け寄る。
そこにあった物は3人は互いに顔を見合わせ驚愕した。




