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説教幽霊

作者: ふじの白雪
掲載日:2025/11/10

結婚して十年。

波野賢一(なみのけんいち)の妻は、かつて「可愛い嫁」だった。

今では――朝から晩まで口うるさく、体型は増量、服は適当。


「これは結婚詐欺ではないか……」

ため息が、毎朝のルーティンだった。


そんなとき、ふと脳裏をよぎるのは、昔の恋人の顔。

結婚寸前で別れた、あの彼女。

もし彼女と結婚していたら、今頃どんな生活を送っていたのだろう。

――彼女との思い出はいつも美しかった。


ある日の事、彼女の訃報が届いた。

弔問に訪れた波野に、彼女の母親が一枚の肖像画を渡してきた。


「これを、あなたが描いたと、あの子はずっと大事にしていました」


それは、波野が冗談半分で描いた、似ても似つかない下手な絵だった。

まさか、こんな落書きを大事にしていたとは……波野は感動に震えた。


だが感動はすぐ現実的な問題へと変わる。

この絵、家に持ち帰れるはずがない。

妻に見つかったら、家庭内地獄の開幕である。


困り果てた波野が目をつけたのは、職場の後輩・押川善人(おしかわぜんと)

「お人好し」を絵に描いたような男だ。


「押川、これを預かってくれないか。家に置けなくてな」

強引に押し付けられた押川は、断れず、

その下手くそな肖像画を自室に飾る羽目になった。


その夜。


押川が寝静まった頃、部屋の隅から微かな声がした。

「アンタもお人好しだねぇ……なんでこんな絵、引き受けるかね」


振り向くと、白い浴衣をまとった女性の姿――波野の元彼女の幽霊だった。


「うわぁぁっ!……しょうがないですよ、波野先輩には逆らえないんで!」

「パシリか!情けないねぇ、全く」


その夜、押川と幽霊は波野の悪口で盛り上がった。

職場での仕事ぶり、調子の良さ、押川への押し付け。

二人はすっかり意気投合した。


次の夜、事件が起きる。


「押川、いるか?」

やって来たのは波野本人だった。


「先輩、どうしたんです?」

「いや、ちょっと絵の様子を見に来てな……」


波野が絵に目をやった瞬間――


「アンタ!ちょっとこっち来なさい!」


幽霊が波野の胸ぐらを掴み、畳の上に正座させた。


「よくもまあ、こんな似ても似つかない下手くそな絵を描いたねぇ!

アンタって人はそうだった……何をやっても下手くそ!」


波野は反論できない。

幽霊は朝まで延々と説教を続けた。

押川は壁の陰から、それを見て胸がスッとした。


朝、ようやく終わると思いきや―


「いいかい、アンタ。明日も来な」

「えっ、明日も!?」

「来ない場合は、アンタの家に出るからね!」


こうして波野は、毎晩押川の部屋に通い、幽霊に説教される日々を送る。


当然、妻は浮気を疑った。


「あなた!一体毎晩どこに行ってるの!?」


ついに妻は押川の部屋へ乗り込む。

そこにあったのは――白い浴衣の女の前で正座する哀れな夫の姿。


「なによあなた、この女が浮気相手!?」

「違う!幽霊だ!」


「幽霊が浮気相手だなんて、この変態助平野郎が!」

幽霊も負けじと口を挟む。

「嫌だわ、こんなのが浮気相手だなんて……元彼ですが、熨斗(のし)つけてお返しします」


「元彼女!? こんなのが!? 趣味悪っ!」

「そっちこそ! こんな女と結婚して、やっぱりケンチャンは見る目がないね!」

「け、ケンチャン!?」

「波野賢一でケンチャン。あら、ご存じなかった?」

「気安くうちの旦那をケンチャン呼びするな!」

「やだわ、女の嫉妬って怖い」


―その夜、妻と幽霊の喧嘩は朝まで続いた。


正座でそれを見届けた波野は、ようやく思い出した。


そういえば――

彼女も、口うるさい女だった。

それが嫌で別れたんだった。


思い出というやつは、いつも美しい。

現実(リアル)はこんなものである。


波野はため息をついた。


別れただの死んだだのは何故だかうつくしい思い出になるから…あら不思議ですよね

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