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説教幽霊

作者: ふじの白雪

結婚して十年。

波野賢一(なみのけんいち)の妻は、かつて「可愛い嫁」だった。

今では――朝から晩まで口うるさく、体型は増量、服は適当。


「これは結婚詐欺ではないか……」

ため息が、毎朝のルーティンだった。


そんなとき、ふと脳裏をよぎるのは、昔の恋人の顔。

結婚寸前で別れた、あの彼女。

もし彼女と結婚していたら、今頃どんな生活を送っていたのだろう。

――彼女との思い出はいつも美しかった。


ある日の事、彼女の訃報が届いた。

弔問に訪れた波野に、彼女の母親が一枚の肖像画を渡してきた。


「これを、あなたが描いたと、あの子はずっと大事にしていました」


それは、波野が冗談半分で描いた、似ても似つかない下手な絵だった。

まさか、こんな落書きを大事にしていたとは……波野は感動に震えた。


だが感動はすぐ現実的な問題へと変わる。

この絵、家に持ち帰れるはずがない。

妻に見つかったら、家庭内地獄の開幕である。


困り果てた波野が目をつけたのは、職場の後輩・押川善人(おしかわぜんと)

「お人好し」を絵に描いたような男だ。


「押川、これを預かってくれないか。家に置けなくてな」

強引に押し付けられた押川は、断れず、

その下手くそな肖像画を自室に飾る羽目になった。


その夜。


押川が寝静まった頃、部屋の隅から微かな声がした。

「アンタもお人好しだねぇ……なんでこんな絵、引き受けるかね」


振り向くと、白い浴衣をまとった女性の姿――波野の元彼女の幽霊だった。


「うわぁぁっ!……しょうがないですよ、波野先輩には逆らえないんで!」

「パシリか!情けないねぇ、全く」


その夜、押川と幽霊は波野の悪口で盛り上がった。

職場での仕事ぶり、調子の良さ、押川への押し付け。

二人はすっかり意気投合した。


次の夜、事件が起きる。


「押川、いるか?」

やって来たのは波野本人だった。


「先輩、どうしたんです?」

「いや、ちょっと絵の様子を見に来てな……」


波野が絵に目をやった瞬間――


「アンタ!ちょっとこっち来なさい!」


幽霊が波野の胸ぐらを掴み、畳の上に正座させた。


「よくもまあ、こんな似ても似つかない下手くそな絵を描いたねぇ!

アンタって人はそうだった……何をやっても下手くそ!」


波野は反論できない。

幽霊は朝まで延々と説教を続けた。

押川は壁の陰から、それを見て胸がスッとした。


朝、ようやく終わると思いきや―


「いいかい、アンタ。明日も来な」

「えっ、明日も!?」

「来ない場合は、アンタの家に出るからね!」


こうして波野は、毎晩押川の部屋に通い、幽霊に説教される日々を送る。


当然、妻は浮気を疑った。


「あなた!一体毎晩どこに行ってるの!?」


ついに妻は押川の部屋へ乗り込む。

そこにあったのは――白い浴衣の女の前で正座する哀れな夫の姿。


「なによあなた、この女が浮気相手!?」

「違う!幽霊だ!」


「幽霊が浮気相手だなんて、この変態助平野郎が!」

幽霊も負けじと口を挟む。

「嫌だわ、こんなのが浮気相手だなんて……元彼ですが、熨斗(のし)つけてお返しします」


「元彼女!? こんなのが!? 趣味悪っ!」

「そっちこそ! こんな女と結婚して、やっぱりケンチャンは見る目がないね!」

「け、ケンチャン!?」

「波野賢一でケンチャン。あら、ご存じなかった?」

「気安くうちの旦那をケンチャン呼びするな!」

「やだわ、女の嫉妬って怖い」


―その夜、妻と幽霊の喧嘩は朝まで続いた。


正座でそれを見届けた波野は、ようやく思い出した。


そういえば――

彼女も、口うるさい女だった。

それが嫌で別れたんだった。


思い出というやつは、いつも美しい。

現実(リアル)はこんなものである。


波野はため息をついた。


別れただの死んだだのは何故だかうつくしい思い出になるから…あら不思議ですよね

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