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7|『おやすみ//Gute Nacht』

 オセが召喚した青騎士の軍勢に追われながら、アギルレギンは城を抜け、雪深い森の中へと逃げ込んでいた。腕に抱えた恋人の眠る氷の棺は、不気味なほどに軽い。――本来であれば、その重量ゆえ、とても人の手で持ち運べるようなものではないはずだ。だが今、棺はまるで羽根のように、重さを感じさせなかった。


 おそらく、オセが施した呪いの影響なのだろう。


「僕は、君の名前すら思い出せない……ッ!」

「だが、――必ず守ると誓う!!」

「君が、かけがえのない存在だと……この魂が覚えているんだ!!」


 アギルレギンは叫びながら、ただひたすらに雪降る森を駆け続けた。

 

 そして、幾分かの時間が過ぎた頃――

 背後にまとわりついていた青騎士たちの気配が、不自然なまでに静まり返る。


 振り返ると、そこには、ばたり、ばたりと――まるで糸の切れた操り人形のように、次々と地に崩れ落ちる青騎士たちの姿があった。


(……どういうことだ?)

(オセに、何かあったのか……?)


 息を整えながら、アギルレギンは抱えていた氷の棺を、

 そっと雪が降り積もる柔らかな地面の上へと下ろした。




   07.『おやすみ//Gute Nacht』 




  それから。アギルレギンが向かったのは、森の奥にひっそりと佇む小さな木の小屋だった。そこは――彼が、棺の中の眠り姫と初めて出会った場所であり、学生時代を過ごした思い出の地でもあった。



 あれは、今日のように雪がしんしんと降りしきる、ある冬の朝のこと――



 アギルレギンは、扉を叩くノックの音で目を覚ました。

 目をこすりながら気だるげに返事をして扉を開けると、そこには今にも倒れそうなほどやせ細った、美しい銀の髪の少女が立っていた。


 アギルレギンはすぐに暖炉に薪をくべて火を起こし、彼女を部屋へと招き入れた。訊けば、彼女はアビスヘブン地方のガラという街の出身だという。


 この南ビアンポルト地方とアビスヘブン地方の間には大きな運河があり、とても徒歩で渡れるようなものではない。そう指摘したアギルレギンに、彼女は――とある交易船にひっそりと乗り込み、南ビアンポルト地方の最東端、鯨殻街(ゲイカクガイ)=ソルトマグナという港町にたどり着いたのだと話し始めた。


 そして、そこから歩いて。時に荒野を、時に街を抜け、森を越えながら――気づけば、アギルレギンの暮らすこの小屋に辿り着いていたのだという。


 最初は、そんな都合の良すぎる偶然など本当にあるのかと、アギルレギンは訝しんでいた。しかし、彼女と数日をともに過ごすうちに、その偶然は次第に運命へと変わっていったのだった――。



 …………、


 ……、



「おやすみ」


 アギルレギンは、氷の棺をベッドの上にそっと置き、

 その上から毛布をかけて、優しく囁いた。


「僕は行かなければならない」

「――世界記憶天体・アカシアへ」


 拳を握りしめ、強い決意を込めたアギルレギンは、

 氷の棺に眠る恋人に最後の言葉を告げて、小屋の外へと出た。

 そして彼は、自身の魔法によって、この小屋を封印することに決めた。


 キィズ=アニマ領域:第Ⅺ契【封印魔法】。


「……封庭(フーテ)・ガルデアリア」

(この小屋が、君にとって安らぎの場所でありますように――)


 彼は静かに詠唱すると、手を小屋の扉へとかざす。

 重なり合う魔法陣が回転を始め――数秒後、小屋は静かに姿を変え、

 そこには、ひっそりと佇む小さな石碑だけが残された。



 アギルレギンは旅立つ。

 


 恋人を、再び目覚めさせるために。

 彼女の名を――記憶を、取り戻すために。


(≫ 世界記憶天体・アカシアに、すべての答えがある。 ≪)


 アニハの言葉を、アギルレギンは思い出していた。

 もしそれが本当ならば――彼は、向かわなければならない。


 降り積もった雪の上に、

 アギルレギンの靴跡がまっすぐに続いていく――。

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