6|『神殺しのラルカ』
人々は畏怖と敬意を込めて、
彼女を――神殺しのラルカ――と呼んだ。
…………、
……、
06.『神殺しのラルカ』
「覚悟しろ、このクソヨロイ野郎ッ!!」
ラルカは吠えるや否や、地を蹴って跳び上がった。
竜の角を持つ少女――その身は風を裂くように宙へ舞う。
青白く煌めく、左腕のガントレットに刻まれた魔法譜。
次の瞬間――
彼女の左手に現れたのは、どろりと溶けたように揺らめく、灼熱のガラスの塊――液体とも固体ともつかぬその塊が、空中で脈打つ。さながらガラス工芸の職人のように――ラルカは塊に右手をかざし、魔力で回転させながら、形を整えていく。
やがてそれは、宙に浮かぶ巨大な球体へと変貌した。
一連の動作は、まるで呼吸のように滑らかだった。
そしてラルカは、両手で押し出すようにガラス球を解き放つ――!
「……相変わらず、学ばんな」
「それはこっちのセリフだよ!!」
「なッ――!!」
オセは、手をかざし魔力でシールドを展開し、ガラス球を防ぐが――その刹那、すでに玉座の背後へと回り込んでいたラルカが、鋼鉄のガントレットを大きく振りかざし、渾身の一撃でオセの兜を――叩き割った。
――ガゴォォン!
鈍く響く金属音。
兜が縦に裂け、そこから姿を現したのは――全身の皮膚が火傷痕に覆われた、ひどく年老いた男の顔だった。右の眼窩には眼球がなく、空虚な黒い穴がぽっかりと開いている。それは、オセ・ツァザルディオが覆い隠したかった“真実の顔”だった。
◇
オセは、ゆっくりと玉座から立ち上がりながら、手で顔を覆う。その目に宿るのは、まるでこの世のすべてを焼き尽くさんとする憎悪と憤怒だった。
ラルカは魔法でガラスの剣を生成し、その鋭い刃をオセの首元に突きつける。
「ははッ。どうやらオレの勝ちみたいだな、ヨロイ野郎」
「――、…………」
「おい、何も言えないのか。
さっきまで余裕たっぷりにしてたくせによぉ」
「……フン。正しい言葉遣いを獄中で習わなかったのか?」
「あン、なんだと? オレの正しいはこれなんだよ!!」
「女のくせに、“オレ”か。笑えるな」
「てめぇ喧嘩売ってんのか! クソジジィ!!」
オセの挑発に苛立ったラルカは、ガラスの剣を勢いよく振り上げる――
が、その瞬間。
「なッ……動かねぇ……え……?」
振り上げた剣が空中でぴたりと止まった。
ラルカは目を見開き、驚愕と困惑の入り混じった声を漏らす。
その刃先をつかんでいたのは、
淡い黄金の長髪、黒い天使の翼を背に、柔らかな微笑みを湛えた男だった。
――四大悪魔・サンタキエロ。
サンタキエロは素手でガラスの剣の刃を握りしめたかと思うと、
次の瞬間――
バリィィン!!
心地よいほどにあっさりと、その刃を砕いた。
ラルカの手には、柄だけが虚しく残されていた。
「な、なんだよお前……なんか、無駄にイケメンだな」
「お褒めに預かり光栄だ。そして、邪魔をしてしまって申し訳ない。
――流創・ラルカくん。今ここでオセに退場されては、少々困るんだ」
「退場? ……お前、なに言ってんだ?」
「……それでは、またどこかで――」
「おい! 説明しろよ!!」
サンタキエロは、呆然とするラルカをよそに、オセの肩を支えながら歩き出す。その先には――いつの間に現れたのか、不自然にぽつんと佇む白いドアがあった。ラルカが突き破った天井の穴からは、雪が静かに降り注いでいる。
冷たい風と雪の帳が、
去っていく彼らの後ろ姿をどこか幻想的に演出していた。
追いかけようとするラルカだったが、なぜか身体が動かない。まるで金縛りにあったかのように、足も腕も、自分の意志では動かせなかった。
そして――
サンタキエロとオセは、白いドアの向こうへと姿を消してしまった。
――
「くそっ、なんなんだよ、このドア……!」
ラルカは、腹立たしげに歯噛みしながら、残された白いドアを思いきり蹴り飛ばす。その衝撃でドアは真っ二つに折れ、乾いた音を立てて床に崩れ落ちた。
空からは、変わらず雪が舞っていた。
無情なその白に染められて、
ラルカのダークグレーの髪も、うっすらと白くなっていく。
「うー、さむっ」
「……この街ってラーメン屋、あんのかな」
太陽と竜が落ちてくる空を見上げながら、ラルカは呑気にそう呟いた。