3|『主席魔導師・アギルレギン』
「――何事だッ!!」
飛行艇の廊下に、凛とした男の声が響く。
「マスター・アギルレギン。……クーデターです。
――首都アルナゼリゼで、つい先ほど勃発したとの報告が入りました」
「クーデター? 首謀者は?」
「おそらく、オセ・ツァザルディオではないかと……」
「ツァザルディオ、だと……??」
(あの男の名を、再び聞くことになるとは――)
男は、部下の口から出たその名前に眉をひそめた。
センター分けにしたブロンドの髪。
透き通る海のような青の瞳、端正な顔立ち。
胸元に『XCiX』の紋章が刻まれた、黒のノーカラーシャツの制服を身に纏った彼の名は――アギルレギン。魔導教エクシクス諸派の若き現主席魔導師である。花のように美しい容貌と、政を制す冷静さと誠実さから、国民からの人気は非常に高い――が、その若さゆえに、組織内では孤立していた。
現在、アギルレギンらが乗る飛行艇は、ちょうど南ビアンポルト地方に差しかかるところだった。天候はいつにもまして悪く、空と地の境が消えるほどに雪が舞い、世界は白に呑まれている。朝の光さえ、曇天の帳にかき消されていた。
「――今朝は雪が酷いな」
「はい。このままでは、アルナゼリゼ到着まで数時間はかかるかと……」
部下は唇をかみしめ、歯切れ悪く言う。
その言葉を聞き終えるや否や、
アギルレギンは踵を返し、早足で執務室を後にした。
「マスター・アギルレギン! どちらへ行かれるのですか??」
「僕には国民を守る責任がある。――ここで黙って待っているわけにはいかない」
「しかしッ――!」
「……心配するな。すべて、僕に任せろ」
03.『主席魔導師・アギルレギン』
アルナゼリゼ城、城壁前。オセ・ツァザルディオが、鎧をガラガラと鳴らしながら豪然と歩いていく。その背後には、青い甲冑に身を包んだ虚ろな目の騎士たちが、さながらゾンビのようにぞろぞろと付き従っていた。その光景はまるで、冥界の王の凱旋にも似ていた。
城門には、幾重にも魔法による結界が展開されている。
「――貴様ァ……ここは、通さんぞッ!!」
城壁の上にいた近衛兵の男が、勇ましく声を張り上げる。
オセ・ツァザルディオはフルヘルムの兜の奥で笑いながら、一言、
「邪魔だ」
守護結界が張られた城壁に向かって、オセは両手をかざす。――そして、両の親指を重ね合わせ、人差し指だけを立ててU字型の『蹄鉄の印』を組む。その印から、青と黄金の魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転を始める。
ヴァルシッド流鉄蹄術――
「馬駆弾」
オセの詠唱。
風が、一瞬止まった。
次の瞬間――蹄鉄の印から放たれたのは、幾千もの骨の馬――駆ける!!
馬の群れは、膨大な魔力の濁流を伴いながら、城壁へと突進する。大地を震わせるような爆破音とともに、結界は次々と破壊されていった。城壁上の魔法使いたちが詠唱を始め、追加の結界を張ろうとするが――間に合わない。たった五秒。わずか五秒で、城壁は突破された。
その瞬間――
オセの目の前の空間が、縦にぐにゃりと裂けた。
「……どうやら、間に合ったようだな」
その声とともに、空間の裂け目から現れたのは、アギルレギンだった。
青い瞳に、かすかに焦りの色を浮かべながら――。