18|『銀世界にて、迷子のふたり』
地平線まで続く、果てしない大雪原。
その中心に、ぽつりと二人の少女がいた。
ひとつに結んだ銀の髪の少女、ノア。
ひまわりの髪飾りが印象的な、赤みがかった茶髪の少女、ラテルベル。
ふたりは、仰向けに倒れた魔法起動機兵「O2」の機体の上に腰を下ろし、青く澄んだ空を仰いでいた。ついさっきまで、自分たちはあの空のさらに上、宇宙にいた。アルナゼリゼに残されたツキナと、KL通信を介して連絡を取るために。
……だが、いまはなぜか、
この銀世界に取り残されている。
冷たい風に吹かれながら。
ノアは、空にうっすらと灯る星々を観察しつつ、
手元のノートに何かを書き込んでいた。
「うーん。やっぱり、ここ、かな……」
「なにか分かったんですか? ノアさん」
「うん。いま私たちがいる場所なんだけど、おそらく――」
ノアはそう言いながら、
ノートに描かれた地図をラテルベルに見せた。
そこには簡略化されたアスハイロストの全体図。
ノアはその東部に位置する大陸をペンで指しながら言葉を続ける。
「えっと、ここ! 南ビアンポルト地方かなーって、推測したわけですよ」
「おぉ! さすが!! 星の位置を見たんですか?」
「そそ。詳しい位置まではわからないけどね」
「宇宙にいたらユハに襲われて……
気がついたら、南ビアンポルト地方にいた?」
「不思議だねぇ~」
「ですね~」
意外にも、ふたりはのんびりしていた。
そのとき、
ラテルベルがぽんと手を打ち鳴らし、何かに気づいたように言った。
「南ビアンポルト地方、ってことは。
ツキナさんのいるアルナゼリゼも近くに?」
「そだね。南ビアンポルト地方は広いから、近いかどうかは判断できないけど」
「そういえば、アルナゼリゼってどこにあるんですか?」
ラテルベルにそう聞かれたノアは、
地図の一箇所に丸を書きながら説明する。
「アルナゼリゼは、この辺、かな?
で、ブルクサンガがこのあたり。けっこう近いでしょ」
ふたりの会話は、どこまでも平和で牧歌的だった。
その様子を、少し離れた木陰からじっと見つめるひとりの少年。
彼は、そばに寄り添う白毛の狼の頭をなでながら、
小さくぼそりとつぶやいた。
「……なにやってんだ、あいつら。寒くねーのかよ」
――――
――
18.『銀世界にて、迷子のふたり』
「ていうか、ノアさん。寒くないですか?」
「うん、だね。――だってここ、雪しかないもん」
ようやく、ふたりはこの状況の深刻さに気づいた。
二月初旬。それなりに厚着はしているとはいえ、果てしない大雪原の真ん中で、その格好はあまりにも無防備で、無謀で、命知らずだった。木陰でじっと様子を見ていた少年は、ふたりの呑気な会話を聞きながら、小さくぼそりとつぶやいた。
「……バカなのか?」
そして、まるで仕方なさそうに、
少年は「ヤレヤレ」と肩をすくめて、
ふたりの前へと姿を現す。
「おい、お前ら! こんなとこでなにしてる!」
木陰から現れた少年を見下ろしながら、
ノアが明るく答える。
「うーんとね。遭難、かな?」
「遭難はするもんじゃない! ……てか、するな! 本当のことを言え!」
「いやぁ~、ある意味では遭難なんだけどねぇ」
「そうか! お前たち、迷子なのか!」
「うん。迷子でもある」
その返答を聞いた少年は、
少し逡巡したのち、しっかりした口調で言う。
「なら、オラたちの村に来るか? 数日くらいなら泊めてやる!」
その声に合わせるように、
少年の隣にいた白毛の狼が「ワン!」と一声、力強く吠えた。
「え、いいんですか? でも……」
ラテルベルはそう言いながら、
ちらりとO2の機体を振り返る。
O2。
それは彼女にとって、何よりも大切なものだった。
この場所に放置していくわけには――。
そう悩んでいると、
少年が白い息を吐きながら胸を張る。
「このロボットが気になるのか?
心配するな。オラの村には、メカニックのじいちゃんがいる!」
「本当ですか!!」
「本当だ!! ……どうする? 来るのか?」
ノアとラテルベルは、顔を見合わせて――声をそろえる。
「「お願いします!!」」
こうして――。
ノアの、新たな冒険が。
いま、幕を開けた。