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10|『世界の根源』

 夢と現の境界に咲いた黄金の街・ヴェネ・ハ・レイユ。

 彼の街は、ずっと待っていた。運命の輪の少女の“帰還”を――。




   10.『世界の根源』




 列車を降りたキロシュタインとラルカを迎えたのは――

 空にそびえる、巨大な輪の形をしたプラットフォームだった。


 直径数キロメートルにも及ぶ円環構造の浮遊台、縦に回転するその姿はまるで、氷の地平線をゆっくりと切り裂く天の歯車のようだ。ゆるやかに、一定のリズムで回転しながら、大地を均す車輪のように、黄昏に沈む氷の大地に、一筋の轍を――軌跡を、静かに刻んでいた。


 不思議なことに、身体がふわりと軽く感じる。

 キロシュタインは慣れない重力と足場の傾斜に足を取られ、思わずよろける。


 地面に倒れる直前、彼女の手をすっと支えたのは、ラルカだった。


 ぐい、と引かれ、顔が至近距離に――ふと、息を吞んだ。

 その瞬間、キロシュタインはラルカの瞳の奥に、一瞬だけまばゆい光を見た……気がした。どこか懐かしく、優しく、そして温かな――胸の奥に灯るような感覚。

 

 ラルカは鋭い犬歯をのぞかせ、いたずらっぽく笑った。


「ははっ、やっぱり滑ったな」


「……知ってたなら、先に言いなさいよ」


「ごめんごめん。ここからは、オレがずっと手を握っててやるよ」


「だいじょ――ぶ……って、ちょっと」


「こっちだ、キロ!」


 ラルカはキロシュタインの手を引き、

 プラットフォームの上を駆け出す。


 頬をなでる風、 胸の奥で高鳴る鼓動。

 遠く頭上に広がる黄金の空。

 

 滑るように進むその足取りは、

 まるで物語のページがめくられるようだった。



 ◇



 キロシュタインがラルカに連れられて辿り着いたのは、ヴェネ・ハ・レイユ中央区にそびえる高層ビルの屋上庭園だった。その庭園は、この都市で最も高い場所に位置し――黄昏に沈む氷の世界を一望できた。地平線に落ちた太陽の残骸と、そこに絡みつく巨大な竜の骨。空には海底のような青い揺らぎが広がり、悠々と泳ぐ魚たちと、無数に煌めく星屑。そして眼下には、黄金に輝くヴェネ・ハ・レイユの街並みが、幾重にも折り重なって広がっている。


 吹き抜ける風は凍るように冷たく、

 だが、どこか甘やかな香りを運んでいた。


 ――


 庭園には、現実離れした景色が広がっていた。


 金箔をまぶしたかのような樹々が林立し、枝先からは光の粒子がこぼれ落ちている。葉一枚一枚が、ほのかに魔力を帯びて揺れていた。魔法で創られた小川が緩やかに流れ、氷のように透明な水面には、星を映すかのように光が瞬く。川辺には、青白く光る草花や、金銀の花弁を持つ幻想的な植物たちが咲き誇り、すべてが神話の世界に語られる秘密の楽園を思わせた。


 ここに立つと、ヴェネ・ハ・レイユという都市そのものが、

 氷と黄金、そして夢の中に沈んでいるかのようだった。


 キロシュタインは一歩、風に押されるように前へ踏み出す。

 

 遠く、遥か遠くに落ちた黒い太陽の向こう側に、

 まだ見ぬ何かが――彼女を待っている気がした。



 ◇



「なぁ、キロ。オレたち竜人族が、なぜ衰退したか知ってるか?」


 ラルカが、吹き荒ぶ風に髪を押さえながら口を開く。


 竜人族――それは、ラルカのように竜の角を持つ者や、ウロコ、尾を備えた種族のことを指す。アスハイロストの先住民族とも伝えられる彼らの存在には、いまだ多くの謎が残されていた。そもそも彼らに出会う機会は極めて稀であり、今の時代を生きる人類の中には、竜人族という種そのものを知らない者さえいるだろう。


 キロシュタインは首を横に振りながら、

「ううん。……ラルカは知ってるの?」と静かに言う。

 

 それから。


 ラルカは一拍置いて、ゆっくりと語り始めた。


「すげー昔の話だ。――神代の時代、ヒトには二つの種族がいた。一つは天使族。そして、もう一つが竜人族だ。当時のヒトは、神の使いとして地上世界の管理を任されていた。互いに干渉することはなく、平穏な時代が続いていた。……だが、ある日、天使族が竜人族の故郷『竜の背』に攻め込んできた。神の使いの座を独占しようとしたんだ。――その結果、竜人族は竜の背を追われ、地底世界『アスハイロスト』へと逃れることになった。そしてこの日から、ヒトの歴史は二つに分かれたんだ」


「戦争に勝った天使族の一部は、その後、地上に降り、新たなヒトとして進化を遂げた。各地に散って、それぞれ異なる言語、文化、信仰、価値観を持つようになり、争いを繰り返しながら――『科学』という名の魔法を極めていった。そして、彼らはいつしか自分たちが天使族の末裔であることすら忘れていった。一方、アスハイロストに逃れた竜人族は、争いもなく、平和な歴史を紡いでいった。言葉も文化も、信仰も価値観も違いはない。ただ、偉大な魔導師ラピスが築き上げた『キィズ魔法体系』を進化させ続けていた」


「――でもな。そんな平和も永遠じゃなかった。ある時、オレたち竜人族の中に、悪しき王が生まれる。……始祖にして終焉の皇帝、アダムゼノンだ。アダムゼノンは、竜人族の中でも特異な思想を持って生まれた。争いを好み、天使族への復讐に燃えていた。奴は魔導教を創り、圧倒的な力と恐怖で竜人族を一つにまとめ上げ、地上世界の人類――天使族の末裔に戦争を仕掛けた。――それが、『英雄戦争アストラマキア』だ」


「そんな、まさか……英雄戦争って、神と人類の戦争だったんじゃ――」


 キロシュタインが思わず口にすると、ラルカは静かに首を横に振った。


「違う。――英雄戦争は、人類と人類の戦争だったんだ。かつて神の使いだった二つの種族。その子孫同士の戦争だよ。アダムゼノンは地上へ攻め入り、戦争を始めた。最初は、魔法を操る竜人族が圧倒的に優位だった。だけど、戦争が長引くうちに、地上世界の人類は〈カルディア〉を開発し始めた。そこから戦争は泥沼になった」


「地上世界の人類は争いを繰り返して進化してきた種族だ。だから、戦うことにかけては、天才的だった。――一方、オレたち竜人族は、魔法を持たなきゃただの平和ボケした非力な種族だった。地上人たちは魔法すら科学で研究し、自分たちの武器に作り変えたんだ。そこまでやられたら、もう勝ち目なんてない。――そして、英雄歴2970年12月25日。英雄戦争アストラマキアは、終結した」


 風が吹く。

 ラルカのダークグレーの髪が、揺れる。


 キロシュタインは確信した。


 ラルカが語った本当の人類史こそが、――“世界の根源”――なのだと。

 その深淵に触れてしまえば、きっともう、後戻りはできない。


 綯い交ぜになった感情の糸。魂は、ひどく興奮していた。

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