第十一章「王子と届かぬ手紙」
王都の中央、陽を反射する白亜の塔が天を貫いていた。
そこは王城――かつて栄えし王妃・リシェルが愛した宮。
澄花とユリオスがそこを訪れたのは、王宮から正式に依頼された“配達”のためだった。
だが、その宛名に刻まれた名を見たとき、澄花の手が一瞬止まった。
「第二王子、レオニス・ルヴァーン殿下……」
ユリオスの表情がすこし険しくなる。
「……レオニスか。噂では“王家の狼”と呼ばれてるらしい。礼節も、信頼も捨てた男だと」
「どうして、そんな彼に手紙が?」
「さあな。……だが、これは正式な依頼だ。行くしかない」
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案内されたのは、塔の一角にある書斎だった。
冷たい石壁に囲まれ、窓は開け放たれていたにも関わらず、風ひとつ通ってこない。
そこに、鋭い瞳の青年がいた。
整った顔立ちに、灰銀の髪。
彼こそが――レオニス・ルヴァーン、第二王子。
「……で、君が“手紙を届けに来た”ってわけか」
皮肉混じりの口調だった。受け取る気配はない。
「こちらをお預かりしています。差出人は……王宮の記録では“非公開”でした」
澄花が差し出すと、レオニスはそれをちらと見た。
「……くだらない」
そのまま、手紙を受け取ろうともしない。
「こんなもの、誰が書こうが関係ない。俺は“言葉”なんて信じないんだ」
「でも……読まなければ、何も始まらないんじゃないですか?」
澄花の言葉に、レオニスはわずかに目を細めた。
「君、変わってるな。まるで……“希望”を信じる子供みたいだ」
その声には、かすかな揺れがあった。
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夜。王宮を出た後、澄花はため息をついた。
「……全然、届かなかったな。あの人の心には」
ユリオスが歩きながら言う。
「心が閉ざされてる時、人は“手紙”なんて無意味だと思うもんだ。……俺も、そうだった」
「……ユリオス」
「だが、あんたは違った。読んでくれた。向き合ってくれた。……だから、届いたんだよ、俺には」
優しい、でもどこか不器用な言葉だった。
澄花はふっと笑って、足元の水たまりを避ける。
「じゃあ、私、やっぱり手紙を届け続ける。届かないかもしれない人にも。だって、いつか届くかもしれないから」
その言葉に、ユリオスは微かに笑った。
「……変わってるな、やっぱり」
「うん、自覚ある」
ふたりの足音が、雨上がりの石畳に軽やかに響いていた。
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翌朝、澄花の元に、小さな封筒が届いた。
差出人は書かれていなかったが、筆跡には見覚えがあった。
「君の言葉を思い出して、封を開けてみた。
俺の母――リシェルが書いた手紙だった。
内容は、俺にしか伝えられないものだった。
…君が届けてくれなければ、きっと俺は一生、知らずにいた。
礼は言わない。だが、君にだけは、もう一度会ってもいいと思った。
それだけだ。
――レオニス」
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その手紙を読んだ澄花は、朝の光の中でそっと微笑んだ。
彼の心にも、ほんの少し、風が通った気がしたから。