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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

見えない勇気

作者: sakaki

こういうとき。

本当は口をきくのだって怖い。



「中西」

「……」



その日。

夕食時、いつものように人が集まるその食堂に現われた中西修司は不機嫌極まりなかった。

無表情に近いその顔は、不機嫌や苛立ちを押さえきれない負の感情に満ちあふれ、その行動一つとってもいつもの数倍は乱暴だった。

中西が入ってきたその瞬間、全員が言葉を失ったくらいに。


言葉もなく呆然とその様子を見つめる中には、もちろん一軍のメンバーも含まれていた。


たった今までニンジンと格闘していた藤澤も、無理矢理口に入れようとしていた葛西も、うるせえと怒鳴りかけた水上を止めようとしていた渋沢も、そしてその水上も、他の者よりはずっと仲がいいと言われる彼らでさえ、ただ何も出来ずにシンと静まりかえったその中で言葉を失うより他になかった。


その中西に、あっさり声をかけたのが後からやってきた根岸で。



「中西」

「……何」



返事がないのに焦れたのか、もう一度かけられた声。

そうしてようやく中西の険のこもった目が向けられる。とても低い声と一緒に。


けれど根岸はまったく怯むこともなく、ほわほわとしたいつもの口調で、あのね、と続けた。



「ここが食堂だってわかってる?ご飯食べるトコで、みんなが集まるトコ」

「……」

「そんな顔していられたら、みんなのご飯が不味くなる。――はっきり言って邪魔」



ひっ、と誰かが息を呑む音がした。



「そういう顔してるなら部屋に行って。食事は持ってくから」



しかし根岸は淡々と続けた。

目の前で中西の機嫌が更に悪くなったのを……誰よりも感じているはずなのに、根岸は揺らぐことがない。


そうしてしばらく沈黙が流れ――。



「……おい、根――」



がたんっ。


咄嗟にかけたその声が根岸を止めるためだったのか、庇うためだったのかは水上にもわからなかった。

しかしどちらにせよそれは、中西の蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がったその音にかき消される。



「……ネギっちゃん」



――殴られる!

誰もがそう思った、が。



「――(めし)、よろしく」

「うん。あ、俺も一緒に食べていい?」

「……好きにすれば」

「じゃあ好きにする。先にいってて。すぐ行くから」



声音とは逆にその内容は皆の予想を遙かに超えたもので。

しかし予測がついていたのか、根岸は驚くこともなく満面の笑みを浮かべ、あっさりと頷いた。


中西はそのまま振り向きもせずに食堂を後にする。



「……こ……怖かった……」



ぽろっと漏れた藤澤のそんな言葉に、やっとざわめきが戻った。

溜息をつく者、ほっと息をつく者、それは様々だが、どちらにせよ皆、恐怖から解放されたような気持ちであることに変わりはない。

ただ当事者の一人である根岸だけが、何事もなかったかのように二人分の食事を確保していた。


その根岸を呼び止めたのは藤澤だ。



「ね、根岸先輩……」

「ん?なに?」

「よくあの中西先輩に声、かけられるっスね……。俺、怖くて絶対ダメ。無理っス」



そうだな、と珍しく真っ先に同意したのは水上だった。



「俺も馬鹿代と一緒。……ああいう時は、放っておくぞ、俺なら。……にしても、お前、殴られるかと思った」

「ああ。俺もだ。……中西は……時折そういうことがあるから」

「滅多にないですけど……確かに。中西先輩、ある意味やるとなったら徹底的にやる人ですし」



渋沢と葛西も次々に同意する。

しかし。



「うん。俺も……すごく怖いよ。ああいう時、声かけるの。殴られる!っていつも思うし」



え?と集まった視線に、根岸は困ったように笑った。



「中西、すっごく怖いからさ。いつもドキドキして……一生懸命平気な振りしてるけど、逃げたいって思うくらい怖いからさ、いつもちゃんと最後まで言えるかって心配してるんだ。俺」

「でも根岸先輩、ホントに平気そうな顔して……」

「うん。だってそうでもしないと中西、聞いてもくれないだろ?」

「で、でも……」



困惑する藤澤に根岸はまた少し困ったらしく、上手く言えないんだけどと続ける。



「でもね、中西があれくらい怒ってる時って自分自身に対しての時だからさ。……止めないとずっとああやってイライラして……自分のとこ傷つけてくクセあるから。だから怖くても頑張るんだ。そういう中西見てるほうが、俺、()だからさ」



じゃあもう行くね、と二人分の食事を抱えて根岸も食堂を後にする。

呆然と見送るその背は、いつもの根岸のようで全くの別人を見ているような気さえした。



「……根岸先輩も……なんか……凄いっス……」




ぽつりと呟いた藤澤の言葉が、今の全員の気持ちだった。



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