2話:パーティの結成
「……さて、どうしたもんか」
受付前に佇む少女――ヴィア・コーリングを、俺は柱の陰からこっそり見つめていた。
「『次元魔法』……本当に実在するとは」
この三年、どれだけの新人を観察してきただろう。
期待して、落胆して、ため息を吐いて、また次を探して……その繰り返しだった。
既に諦めの境地にいた。
そんなスキルは存在しない。
俺はこのままこの世界で生きていくしかないと。
それも悪くないかもしれない。
俺の心境の変化が出てきたこのタイミングで……
次元魔法のスキルを持った少女が現れた。
「…………」
どうしてだろうか。
俺はなぜか動けなかった。
目の前に待ち望んだ帰還への鍵があるのに。
どうしていいのか分からず、ただ立ち尽くすばかりだった。
「…………」
ヴィアは受付嬢と何か話しているようだった。
声をかける勇気もなく、俺は耳を澄ませた。
「ふふ、ようこそ冒険者協会へ。わたくし、受付嬢のセラスと申します」
「……ぼ、僕、ヴィアです。ヴィア・コーリング。えっと、冒険者に、なりたくて……」
「まあまあ、緊張なさらなくても大丈夫ですよ。大丈夫、冒険者登録は簡単ですから」
対応している受付嬢はセラスさんだ。
セラスさんは、桃色のウェーブに青色の瞳を持つ少女で柔和な雰囲気の美少女だ。
しかし、彼女の種族は”竜人族”。
桃色の頭部には2本の角が伸び、スカートの後ろからは丸太のように太い尻尾が生えている。
竜人族は人間よりも長寿の種族。
そのため、見た目よりも年を重ねており、協会でも名の知れたベテランだ。
柔らかく微笑みながらも、どんな相手にも的確に対応する。
そのギャップに、協会に通う冒険者の中には密かにファンも多い。
……まあ、あの人の本性はそんな単純なモノじゃないのだが。
「えっと……これで、登録は……?」
「はい、完了ですわ。ヴィアさんは現在レベル0。これが貴女の”冒険者カード”ですわ。再発行は大変ですので、失くさないようにお願いしたしますわ」
セラスがヴィアにカードを手渡す。
ピカピカのカードには彼女の名前とレベル刻まれているのが見えた。
「初めのうちは、簡単な依頼から始めるのが一般的ですのよ。貴女にピッタリな依頼ですとこれなどは──」
「すみません、僕……ダンジョンに行きたいんです。冒険者になったから、ダンジョンに行けますよね?
」
「……ダンジョン、ですか?」
「──ッ?」
セラスもわずかに眉をひそめた。
俺もその言葉を聞いて、思わず身を乗り出す。
え、ちょっと待て。
いきなり? レベル0で?
「申し訳ありませんが、レベル0の方単独でのダンジョン挑戦は許可されておりませんの。ダンジョンはとても危険な場所ですわ。もう少し経験を積んでレベルを上げてから──」
「わ、分かっています。でも……僕はどうしてもダンジョンに行きたいんです!」
「……あまり推奨はされていませんが、経験を積んだ冒険者のパーティに所属すればレベル0の貴女でもダンジョンに入ることは可能です。ですが、それは……」
「……パーティ、に入れば、いいんですね?」
「え?あ、ヴィア様!?」
……その瞬間、ヴィアはくるりと振り返り、協会内を見渡した。
そして、目についた冒険者たちに、文字通り、片っ端から話しかけはじめた。
「ねえ、僕をパーティに入れてくれないかなっ!」
「お、おい、いきなり何だ」
「僕、ダンジョンに行きたいんだ……お願いっ」
ヴィアはそう言って、冒険者カードを見せる。
冒険者にとって、カードを見せることは名刺交換のようなものだ。
そのルールを知っているということは、彼女が丸っきり素人という訳でもなさそうだ。
「は? レベル0? 無理無理、こっちは命懸けなんだよ」
当然といえば当然の反応だった。
断られたヴィアはそのまま別の冒険者たちにも話しかけた。
だが、ほとんどの冒険者はヴィアの申し出を苦笑しながら断っていった。
それでも、ヴィアは諦めなかった。
涙目になりながらも、何人にも、何十人にも、頭を下げ続けていた。
「…………」
理由は分からないが、事実今の彼女は仲間を欲している。
レベルの高い、冒険者の仲間を。
何というか、この状況はあまりにも自分に都合のいいものに見えた。
渡りに船。
長ネギをしょった鴨。
彼女は多分俺の事を知らない。
だからこそ、”種無し”なんて揶揄される俺とでも、喜んでパーティを組むだろう。
そして、上手いこと彼女のスキルレベルを上げて、元の世界への帰還の足掛かりする。
待ち望んだ展開が目の前に転がり込んでくるような、そんな感覚を覚える。
しかし……
「…………」
なぜか足が動かない。
これからの行動が、俺の人生を左右する。
そんな予感があるせいで、俺は情けないが勇気を出せないでいた。
「……オリガミ様。貴方、どうしてさっきからヴィア様を盗み見ているのですか?」
そこへ、声をかけてきたのはセラスだった。
ジト目で尻尾を左右にブンブンと振っている様子から、機嫌が悪いのがすぐに分かった。
「え、あ……いや、これは、その、社会科見学的な……?」
「年下の女の子が困っている様子を見るのがですか? 随分とまあ、趣味がよろしいですね?」
「う……」
「事情は分かりませんが、ヴィア様はダンジョンに行きたがっていますわ。流石に一人では許可は難しいですが、誰か強くて頼りになるレベル3の方が一緒でいてくれればこちらとしても安心なのですが」
「……俺に投げないでください。一応レベル3ですけど……種無し不能野郎なんですよ」
「わたくし、その言い方はあまり好きではありません。それにあなたにはちゃんとした”通称”が──」
──ふと、周囲の空気が変わった。
冒険者たちが一斉に息を吞む音。
なんだと思ってヴィアの方へと目を向けた。
「すみません! 僕を、パーティに入れてください! 何でもします! お願いです!」
ヴィアが、リンデルトに声を掛けていた。
「…………ッ」
……これは面倒なことになった。
「ん? ああ? お前、レベル0か。 ふーん。まあ、見てくれは合格点かな?……で、スキルは何だ? その威勢、何かは持っているんだろう?」
「え、えっと……」
ヴィアは今までの即座に拒否された反応と違い、面を食らっている。
……流石はリン。腐ってもレベル3の冒険者だ。
彼女に何かがあることに勘づいた。
「……」
ミスったかもしれない。
もし、リンの奴が次元魔法について興味を示せば、レベル0であろうとも彼女をパーティに引き入れるだろ。
そうすれば、さっき夢想した今後の予定は全てご破算となる。
「……ありません」
「……はぁ?」
「スキルは……持っていません。で、でもなんでもします! 荷物持ちでも、なんでも! だ、だから……僕をパーティに入れてください!」
ヴィアは深々と頭を下げる
「……」
困惑する。
どうして彼女はスキルを持っていることを隠したんだ?
先天スキル持ちはいわゆる天才という奴だ。
望んでも手に入らない、天が与えた恵みの結晶。
英雄と呼ばれる存在の多くは、何かしらの先天スキルを持つとも言われている。
それをアピールすれば、確実にパーティに入れるのに……
「──ぷッ」
数秒の沈黙の後――リンは吹き出した。
「なにそれ。ははっ、いや、すごいな。じゃあ、なに? 君は本当にただのレベル0だっていうのに、このボクとパーティを組みたいっていうんだ? 君、ボクが誰か分かっているの?」
「え、あ……」
リンがヴィアの腕を掴む。
すると、ヴィアは軽々と持ち上げられてしまう。
「あ、い……痛いッ……は、はなしくください!」
「あーあ。朝っぱらからボクの気分を悪くしないでくれるかな? いいかい? この世界でね”ステータス”こそが絶対だ。レベル0はレベル1には勝てない。スキル無しはスキルありに敵わない。ボクはね、そんな世界の頂点者の一人なんだ。レベルが0。しかもスキルもない。目障りなのが分からないかな?」
やり過ぎた。
セラスが訴えるように俺を見る。
「オリガミ様……!」
「わ、分かっています。流石に止めに──」
俺は戦闘態勢に入るために魔術を発動しようとした。
その時……
「──お、おねがい……します。ぼ、ぼくをダンジョンに……連れてって」
締め上げられたヴィアが尚も懇願する。
その意志の強さには目を見張るものがある。
その証拠に、彼女のガッツに息を呑む冒険者が散見する。
もしかしたらこのまま、少年漫画的な展開があったかもしれない。
しかし、リンデルト相手にそれは悪手だ。
「そうかそうか……いいね、お涙頂戴って感じで、君はいい冒険者になりそうだって思うよ。でもね、ボクはそういうのが──」
「オリガミ様!」
リンが剣を抜く。
セラスが悲鳴を上げる。
同時に俺は魔術を起動した。
「魔術『ブランチクラフト』。魔術『偽・剣術Ⅱ』」
掌から木の棒を生やして駆け出す。
「──嫌いなんだ! なあ、オリガミ!!」
俺が割って入ることを予期してたリンが俺に向かって剣を振る。
リンデルトが持つ『剣術Ⅱ』で振られた剣撃と俺の魔術で振られた剣撃がかち合う。
音を置き去りにした剣同士の激突は、周囲に衝撃波を生む。
「どうしたんだよ”種無し”オリガミ。怖い顔しちゃってさぁッ!」
「やりすぎだリンッ! 俺への当てつけにしては度が過ぎてる」
「自意識過剰だなぁ……それにこれは先輩から後輩への忠告……助言だよ。マジにならないで、鬱陶しいなぁ」
リンの剣と俺の木の棒が鍔迫り合いの形になるが、すぐにリンの方から剣を下ろす。
「それにボクは間違ったことは言ってないよ。こんな──」
「うッ!?」
「あぶなッ!?」
リンはヴィアを乱暴に床に投げつけた。
俺は咄嗟に彼女を抱きかかえる。
「現実が見えない子供なんてどうせすぐ死ぬ。誰かさんのせいで最近の冒険者の平均的な質は下がる一方だし……僕は冒険者全体の事を考えているのさ。それに、夢は子供が見るもんだ。おーい、こいつの親はどこだー? 子供が迷い込んでるぞー!」
リンが嘲る。
周囲の冒険者たちが、苦笑と共に笑い出す。
周囲の彼女を見る視線には嘲りと悪意があった。
それを見た瞬間、俺は元の世界で体験をフラッシュバックする。
だから、だろうか?
俺は意識せずに、口を開いていた。
「──おい、リンデルト」
感情を押し殺し、リンデルトを睨みつける。
「それ以上、この子を笑い者にするな」
「……へぇ? なんで? ただのレベル0の雑魚でしょ、そいつは」
「この子は、俺のパーティメンバーだ。だから、これ以上はやめとけ」
騒がしかった空気が、ピタリと止まる。
俺自身も、言いながら少し震えていた。
でも、もう止まれなかった。
「えっ……どうして?」
ヴィアが目を見開いて、こちらを見た。
「それは……」
その問いに俺は答えようとして口を開きかける。
俺の行動には義憤があった。
打算もあった。
かつての経験への清算もあった。
だが、どれを答えても何だかしっくりこないので……
代わりに名乗る。
「”棒振り”のオリガミ。レベル3の冒険者だ。もし良かったら俺とパーティを組まないか?」




