1話:出会い。
――冒険者協会にて。
「…………ハア」
協会の片隅で、俺は何気なくため息を吐いた。
「…………」
窓から差し込む昼の日差しが心地よく、俺はそのぬるま湯みたいな空気にぼんやりと身を任せていた。
「もう3年かぁ……」
この世界に迷い込んでから、それくらい経った。
俺の名は――折上樹、冒険者だ。
レベルは”3”で、まあ冒険者として結構ベテランに入る。
俺はこの世界の人間じゃない。
学校の授業で居眠りをしていたら、気が付くとこの世界……俺にとっての”異世界”に迷い込んでいた。
平凡な男子高校生だった俺は、剣と魔法の異世界で冒険者をやっている。
冒険者としての等級で言えば、レベル3ってのは一つの完成形だ。少なくとも、死に急がなきゃ生きていける程度には力がある。
だけど、俺には決定的な“穴”がある。
「よぉ、“種無し”。今日もスキルゼロで元気にやってんじゃねぇか?」
急にうしろから声をかけらえる。
振り返ると、漆黒の鎧を身にまとう黒髪のイケメンがいる。
「……」
イケメンの名前はリンデルト・オウルナイト。
通称リン。俺と同期の冒険者で、見ての通りの嫌な奴だ。
”聖騎士”の通り名に相応しく、鎧と剣と盾を武装し、その両隣には露出高めの女を侍らせている。
「……やぁ、スキル持ち。今日も立派なスキルで女子にモテモテで何よりだな」
「ははッ。切れのないヒガミをありがとう。さあ、レディ達。今日はどこに行こうか?」
俺が苦笑いで応じると、リンは殴りたくなるような素敵な笑顔を浮かべて、女たちの尻を撫でながらどこかに去っていく。
「……ふぅー」
いい加減慣れたやりとりではあるが、イラつく自分を抑えるために深くため息を吐く。
「”種無し”……本当、言い得て妙だよな」
この世界に存在する概念に”ステータス”がある。
人間には”レベル”と”スキル”が存在し、レベルが上がるとスキルを獲得する。
かつて読んでいたラノベのように、スキルの有無はかなりの差がある。
例えば”剣術”。
剣を扱うスキルという名の通りのスキルだ。
この世界の基本的なルールとしてステータスは絶対だ。
仮に剣を持った人間が戦うことになったら、勝つのは剣術スキルを持った者だ。
お互いに剣術スキルを持っていれば、スキルレベルの高い方が勝つ。
剣術Ⅱと剣術Ⅰが戦えば、剣術Ⅱ持ちが勝つということ。
冒険者としての実力は、いかに強力なスキルを持つかということ。
そして、悲しいことに……俺はレベル3だというのに、スキルを一つも持っていないのだ。
生まれつきの異能である先天スキルが無いのはしょうがないにしてもだ。
後天スキル……つまりレベルアップ時に習得できるスキルを俺は何一つ習得できなかった。
レベル3とは冒険者として一つの上がりだ。
それまでの冒険で身に着けた経験や技能が、スキルとして現れる。
「不能って呼ばれるのとどっちが良かったかな? ははは………ハア」
まあ、レベルは問題なく上がっているおかげで、俺の身体能力はまあそれなりだ。
低いランクのダンジョンであれば、よほどの事が無い限り遅れを取ることはない。
だからこそ、生活するだけなら十分ではある。
このまま冒険者として過ごして、貯金して、今までやってなかったが元の世界の知識を活かして、文明チートなんてして金を稼ぐのもいいのかもしれない。
「…………」
だけれども……
俺には一つ、今も捨てきれない願いがあった。
それは元の世界への”帰還”。
そもそもの話として、俺が冒険者として活動しているのだって、元の世界への帰還の手掛かりを探すためだ。
様々な伝承を調べ、数多くのダンジョンに挑み、何度も命がけの戦いに身を賭したのも、全ては元の世界に……日本へ帰るためだった。
「……だったんだけどなぁ」
当初は帰還を目的としたモチベーションがあった。
日本に帰るためになんだってやる気概に満ちていた。
だが、最近はそうでもない。
この世界にはアニメや漫画、ゲームがない。
文明レベルはお世辞にも高くなく、衛生面も不安が多い。
日本と違い、気を抜けば命を落とすような危険な世界。
「……俺は今、この生活が気に入っている」
そう。
今の俺は、この世界に愛着を持ち始めていた。
自らの力で勝ち取る冒険者としての自分を好きになりつつあった。
あの、平和で退屈で、自分の生きていること自体に疑問を抱いてしまうあの生活に戻りたくないと思っている。
「……はあ。朝から考えることじゃないな。それじゃあ、”いつもの”やるか」
言葉で言ってもそう早く頭が切り替わるわけじゃない。
だからこそ、俺は毎朝のルーティンワークを行う。
早朝の冒険者協会には数多くの冒険者がいる。
あの憎たらしいリンデルトや見慣れた冒険者、顔馴染みの受付嬢やスタッフたち。
だが、俺の目当ては彼らじゃない。
これから俺が見るのは、殻のついたヒヨコ……つまりは新人冒険者だ。
「──『アナライズ』」
指で輪っかを作り、新人冒険者に焦点を当て、魔術を唱える。
すると、新人のステータスが見えた。
「はいハズレ。次は……」
これが俺のルーティン……ずばり人間観察だ。
他人にバレれば引かれること間違いなしの悪趣味。
だが、これにはちゃんとした目的がある。
俺はとあるスキル持ちを探していた。
スキルの名前は『次元魔法』。
読んで字のごとく、次元を操る魔法。
伝承では、このスキルが操る魔法は世界を渡ることが出来ると言われている。
現時点で、俺が元の世界に帰るため手段として最も現実的なのがこのスキルだ。
しかし、このスキルは伝承にしか存在しないレアスキルであり、協会でも使い手は誰一人確認されていない、
ワンチャン、俺がレベルアップで習得できるかもと思っていたが、現実は種無し不能野郎なのは閑話休題。
ともかく、この作業が俺の朝のルーティン。
冒険者協会に来る新人たちを観察し、魔術でステータスをさりげなく覗き見る。
スキル一覧に“次元魔法”の四文字があるか、それだけを確認する。
ほとんど作業のような行為だ。
希望というにはあまりにも頼りなく、惰性に近い。
「……はあ。まあ、これで終わりかな」
今日も協会の掲示板前でため息を吐きながら、俺はカウンターの奥に目をやった。
そのときだった。
見慣れない少女が、受付前でオロオロしていた。
年は……十四、五歳くらいか。
栗色のショーカットに紫色の瞳。
見るからにおとなしそうで、場違いな感じが漂っていた。
あのオドオドした感じは、かつてこの世界に飛ばされ、何も分からず右往左往していた“昔の俺”そっくりだ。
「……まあ、あの子は違うだろうなぁ」
そう思いながらも、指が勝手に動いていた。
魔術を展開し、彼女のステータスをそっと覗く。
名前とレベル、そしてスキルが表示される。
「────ッ!?」
彼女のステータスを見た瞬間、世界が静止したかのような衝撃が走る。
名前:ヴィア・コーリング
レベル:0
先天スキル:次元魔法Ⅰ
後天スキル:なし
「……え?」
────え。
目を疑った。
何度も見直した。
だが、間違いない。
「…………うそだろ」
次元魔法。
ここにいた。
現実に。
心臓が痛いほどに鼓動を打ち、喉が渇く。
「今更……いや、ようやく……なのか?」
息が詰まる。
無意識に、俺は足を踏み出していた。
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