5. 丘の上の墓地
2人が向かったのは、大神殿から小一時間ほど歩いた、丘の上にある墓地だった。
葬られているのは、貴族や貴族に準ずる名家の者ばかり。
凝った彫刻で飾った墓や壮麗な廟も多数あり、花もあちこちに植えられて庭園のようにも見える。
まず、エスキベルは管理人の詰め所に立ち寄った。
一緒に入る雰囲気でもなかったので、ヴァランタンは、薄曇りの空の下、遠くに見える海を眺めながら待つ。
大神殿を出た時よりも、雲が下がってきているようだ。
しばらくして、エスキベルは出てきた。
なにかかさばるものを受け取ったのか、鞄が膨らんでいる。
「私の仕事は終わりました。
ついでですから、行ってみましょう」
「ええと、どこへ?」
「レディ・ヴィルジーニアと婚約していた4人の墓に。
幸い、4人ともこちらに葬られているようですから」
「えええええ……」
エスキベルはドン引きしているヴァランタンを見て少し笑うと、先に歩き出した。
というわけで、二人は広大な墓地を彷徨うことになった。
道々、エスキベルが有名人の墓などを解説してくれる。
最初の婚約者、アレッサンドロ・デスタは、墓ではなく廟に葬られていた。
埋葬は領地で行い、遺髪が廟の中に収められているパターンだ。
女神フローラの眷属である花の精霊たちのレリーフが美しい廟だが、墓誌も中に収められているようで、なにもわからない。
閉ざされた扉の前には、献花台がある。
そこで、エスキベルは片膝を突いて死者への祈りを捧げ、ヴァランタンも唱和した。
2人目の婚約者、アミルカレ・パヴェーゼは普通に埋葬されていた。
公爵家だけあってかなり大きな区画で、どこに目当ての墓があるのかうろうろする羽目になってしまった。
エスキベルはまた片膝を突いて死者への祈りを捧げ、ヴァランタンも唱和する。
3人目、ロドルフォ卿の墓。
ロドルフォ卿の墓には、ほぼ等身大の胸像が飾られていた。
まだ新しい墓には、亡くなって一年が経ったばかりだからか、花がいくつも捧げられている。
エスキベルはまたまた片膝を突いて死者への祈りを捧げ、ヴァランタンも唱和した。
最後にカルロ卿。
ここは先日、埋葬に立ち会ったばかりのヴァランタンが、エスキベルを案内する。
カルロの墓は墓地の隅の方、小さな区画が並ぶあたりにある。
叙爵したばかりのカルロは、墓のことなど考えていなかった。
遺族は老いた母親や、両親を流行り病で失って引き取られたばかりだった幼い甥姪など、保護が必要な者ばかり。
結局、彼の遺産を遺族が丸ごと使えるよう、親しい友人達が寄付を募って葬ったのだ。
区画は小さいが、墓はなかなか立派なもので、故人の横顔と船長を務めていた「海燕号」のレリーフが埋め込まれ、裏側には高名な提督による弔辞の抜粋が彫り込まれている。
墓石の脇には横長の石碑があり、彼の短いが華々しい戦歴と、寄付者のリストもあった。
それらを興味深げに眺めたエスキベルは、例によって死者への祈りを捧げた。
一日に四回もこの祈りを唱えるのは初めてだ、と内心思いながらヴァランタンも唱和する。
顔を上げたところで、ヴァランタンは「あ」と声を漏らした。
少し離れたところに、見覚えのある女が、白百合の大きな花輪を抱えている。
女が会釈してきて、ヴァランタンも目礼した。
年の頃は30歳手前くらいか。
真ん中分けにした黒髪を後ろで束ねて小さなシニョンに結い、目立たないブルーグレーのドレスを着ている。
身を飾るのは、円形の、細かな幾何学模様が施された茶色のブローチだけ。
よく見れば整った顔立ちだが、悲しみをこらえるように引き結ばれた唇には色がない。
そうだ、ヴィルジーニアの侍女だ。
「ご無沙汰しております、ヴァランタン卿。
ヴィルジーニア様にお仕えしております、リタでございます」
名を思い出せなくて内心焦っていたヴァランタンを助けるように、侍女は名乗った。
「あああ、リタさん。レディ・ヴィルジーニアの御代参ですか?」
「はい」
「ご立派なことですね」
エスキベルが会話に入ってきたので、ヴァランタンは慌てて紹介し、仕事の関係で知り合ったのだと言い訳がましく説明した。
というわけで、リタはしずしずと花輪を捧げ、改めてエスキベルは祈りを唱えて、ヴァランタンとリタが唱和する流れになった。
これで、死者の祈りを唱えるのは5回目だ。
「では、わたくしはこれで」
祈りが終わると、リタはあっさり立ち去ろうとした。
「ああ、馬車溜まりまでお送りしましょう」
「いえ。せっかくですから、以前お仕えしていた方のお墓にお参りしようかと」
「ほう。ご一緒してもよろしいですか?
私もお参りさせていただきたいと思います」
エスキベルが妙に前のめりに言い出し、リタはためらった。
「その、お布施の用意が」
神官に祈祷を頼むとなると、普通は相応の金を包むものだ。
エスキベルは、ふわっと微笑んだ。
「お気遣いなく。
私は文書関連の仕事をしているので、神殿付きの者とは立場が違いますし。
こうしてお会いできたのも、女神フローラのお導きでしょうから」
「まあ。ありがとうございます」
笑顔になったところを見ると、思っていたよりももっと若いのかもしれない。




