4. 聖都の大神殿
「で。ヴァランタン卿。
どうしてそんな話を私にしてくださるのですか?
婚約者が次々と亡くなる令嬢がどうとか、怪しい噂があるとは聞いていましたが。
私は神官。怪力乱神を語ってはならない立場なんですが」
カルロの死から1ヶ月ほど経ち、夏の終わりが感じられるようになってきた午後。
聖都の大神殿の礼拝が終わった後、内庭をゆっくりと歩きながら神官エスキベルは深々とため息をついた。
2人が知り合ったのは去年の夏。
ヴァランタンは、同郷の青年貴族フランソワの変死事件を調べに、とある高原の村へ赴いた。
その時、フランソワの遺体の様子などを教えてくれたのがエスキベルだ。
当時は村の神殿で一人神官をやっていたエスキベルは、今年の春先、大神殿に呼び戻された。
今は「第三文書部」という部署で、女神フローラに奉仕している。
ヴァランタンが大使の護衛として大神殿に赴いた時に再会し、休みの日、たまに世間話をしに来るようになったのだ。
彼が言う通り、女神フローラに仕える神官は、幽霊だの呪いだのという話に関わるべきではない。
人は死ねば女神の花園に迎えられることになっているのだから、そもそも幽霊などありえないのだ。
だがそうは言っても、理に合わない出来事は起きてしまう。
高原の村には「泉の奥様」と呼ばれる女の亡霊?が長年出没していて、はっきりとは言わなかったがどうもエスキベルも目撃していたようだった。
変死事件だって、人の世の理では解きようがないものだった。
「いや、なんとも不思議な話なので……
あなたなら、どういうことなのか教えてくださるんじゃないかと」
ヴァランタンがもそもそ言い訳すると、エスキベルはもう一度ため息をついた。
「婚約者を四人も亡くした令嬢、ですか。
最初の婚約者や二番目の婚約者はどんな方だったんでしょう」
そこはヴァランタンも気になって、『貴族年鑑』や当時の報道を調べていた。
最初の婚約者、アレッサンドロ・デスタは、ヴィルジーニアと同い年。
古い家柄で、資産家として知られる伯爵家の嗣子だった。
もともと母親同士が仲が良く、幼い頃から行き来するうちに、あちらから強く求められて結ばれた縁で、クロチルドは流行り病だと言っていたが、実際には肺を患って闘病した後、17歳で亡くなっている。
2番目の婚約者、アミルカレ・パヴェーゼは、ヴィルジーニアより5歳上の公爵家の三男。
長兄の紹介で知り合い、ヴィルジーニアが18歳の時に婚約ということになった。
落馬事故が起きたのは、公爵家恒例の狩猟大会の折り。
石橋を渡っていた時に、馬が突然、棹立ちになり、振り落とされた貴公子は欄干で頭を強打して亡くなったという。
会にはヴィルジーニアも招かれ、母や兄と一緒に館に滞在していたが、その日は頭痛を訴える母に付き添っていたおかげで、悲劇に居合わせずに済んだらしい。
などなど、ヴァランタンはわかっていることを説明した。
「亡くなり方はそれぞれ違うんですね。
カルロ卿が亡くなった後、レディ・ヴィルジーニアはどうされているんです?」
「さあ……カルロ卿の葬儀には、欠席されていたので。
相当なショックで寝込んでいるらしいとかなんとか、そんな噂を聞きましたが」
「お気の毒なことです。
ヴァランタン卿。あなたはこの話をどう見ていらっしゃるんですか?」
ええと、とヴァランタンは視線を泳がせた。
「まず……レディ・ヴィルジーニアの4人の婚約者が亡くなったのは、不幸な偶然ではない、と」
「根拠は?」
「いくらなんでも続きすぎる、というのが一つ。
もう一つは、私自身が見たカルロ卿の亡くなり方です。
ロドルフォ卿の亡くなり方と、よく似ている」
「似ている、とはどういうことですか?」
「直接的な死因は違いますが、本質的なところは共通しているんじゃないかと。
居合わせた者には意味がわからない、一見些細な行動から発生した、致命的な事故……というか。
二人目の落馬事故も、詳細はわかりませんが、別に危険な走らせ方をしていたわけではなかったようですから、もしかしたら似たような状況だったのかもしれない。
ま、最初の婚約者は事故ではありませんが」
「なるほど。偶然でないとしたら、なぜそんなことになったのだと思いますか?」
エスキベルは矢継ぎ早に畳み掛けてくる。
まるで神殿問答のようだ。
「そこがさっぱり。
ただ、私が見たところ、レディ・ヴィルジーニアはカルロ卿を心の底から慕っていた。
もしその思いが少女の頃からのものなら、3つの婚約は彼女の意に染まないものだったんじゃないかと」
「そうとは限らないんじゃないですか?
当時はそうでもなくて、再会してから深い愛情を抱くようになったということだって十分ありえる」
「まあそうなんですが。
最後の二人については、共通の知人もいたのであれこれ聞き回ってみたんです。
ロドルフォ卿は、一言で言えばナルシストの遊び人。
カルロ卿は、男気に溢れた豪放磊落な人柄。
見た目も性格も価値観も出自も、真逆のタイプです。
カルロ卿をあれだけ愛していた彼女が、ロドルフォ卿を好ましい男性だと思っていたとは到底思えない。
実際、ロドルフォ卿が亡くなった時、彼女はたいして驚いてもいなかったし、悲しんでもいなかった。
一方、カルロ卿が亡くなった時の取り乱しようは凄まじかった。
なぜ、どうしてと泣き叫ぶ彼女の声が、耳についてしばらく離れなかったくらいです」
「ふむ。彼女の反応は興味深いですね」
「でしょう?
しかし、仮にレディ・ヴィルジーニアが彼以外の男性と結婚したくないと……死ぬほど願っていたとかなんとかで先の三人が亡くなったのだとして。
どうしてカルロ卿まで、妙な亡くなり方をしたのか」
魔女狩りが行われていたこの国で、ヴィルジーニアが婚約者達を「呪った」などと軽々しくは言えなくて、ヴァランタンはぼかした。
「願うだけでは、人は死にませんよ。
魔女も、相手の髪か愛用品のようなものを盗んで邪術をかけるか、逆に邪術で汚染した物を相手の肌身につけさせなければならなかったそうですから」
「はい!?」
さっきまで、「怪力乱神話はNG」とか言っていたエスキベルが自分から魔女とか呪物とか言い出してヴァランタンは驚いた。
その驚き方が面白かったのか、エスキベルが口元だけで笑う。
「歴史上の無駄知識ですよ。
ああそうだ、クロチルド夫人の頬の傷はどうなったんですか?」
「別に膿んだりもせず、普通に治ってます。
ま、その後、離婚するしないで揉めているようですが」
「なるほど」
エスキベルは目を伏せてしばし考え込み、やがて顔を上げた。
「私はこれからアティーノ墓地で仕事があります。
お暇なら、いらっしゃいますか?
もしかしたら、興味深いことがわかるかもしれませんよ」