1.1人目は流行り病で、2人目は落馬で
「ほんっと、ありえないわ!
あんな女と婚約するだなんて。
きっと、殺されてしまうわよ!?」
聖都から2日の距離にある、鄙びた避暑地のホテル「ルッジェーロ館」。
不意の出張の代休としてまとまった休みを貰ったのをよいことに、涼を求めてこの避暑地にやって来たランデール王国の大使館付き武官・ヴァランタンは、一人だらりと飲んでいたところ、やたらと響く声に顔を上げた。
このホテル、かつて離宮だった建物を改修したもので、格式はそれなりに高い。
週末は舞踏会が開かれ、近在に別荘を持つ貴族や地主あたりも集まる、この地方一番の社交場だ。
今も舞踏会の真っ最中で、広間からワルツの調べが流れてくる。
声高に喋っているのは、見事な黒髪の巻き毛に濃い緑色の瞳のクロチルドだ。
公爵家の傍系にあたる伯爵家の娘で、皇都の社交場で派手に遊び散らかしているのを見たことがある。
まだ二十歳そこそこの、愛くるしい顔立ちだが、いかにも意地悪げな表情で台無しだ。
「だめだよ、クロチルド。
そんなことを大声で」
彼女の連れの、若い男が小声でたしなめた。
確か、クロチルドは今年の春に子爵家の跡継ぎと結婚したはず。
様子からして彼が夫なのだろうが、妻とは少々不釣り合いな印象を受ける。
「だってそうじゃない。
15歳で婚約した相手は、流行り病で亡くなって。
18歳で婚約した相手は、落馬して亡くなってる。
きっとあの人、呪われてるんだわ。
もう一生結婚なんてせずに、どこかのおばあさんの話し相手でもしてればいいのに。
なのに、なんでロドルフォ様と婚約なんて話になるのよ。
だいたいあの人、もう24歳でしょ!?」
たしなめられたクロチルドは、一応声を絞ったようだが、丸聞こえだ。
休憩がてら夜食を摂りに来た客達は、あからさまに彼女の方に目を向けたりはしないが、どのテーブルも会話は途切れたまま。
皆、聞き耳を立てている。
ヴァランタンは、クロチルドが睨んでいる広間の方をそっと見やった。
開け放ったガラス扉の向こう、金髪の美しい令嬢が、最上級の夜会服を着た紳士に片手を預け、どこぞの老夫人としとやかに話している。
楽団の演奏もあるから、クロチルドの言葉は聞こえていないだろうが、悪口雑言撒き散らされ、好奇の目がひそかに向けられている気配は肌で感じているだろう。
二十代後半と見える紳士の名は、ロドルフォ。
宰相を二人輩出している侯爵家の、三男だったか四男だったか──とにかく下の方の息子だ。
撞球室で一度相手をしたが、いちいちキメ顔で構えてくるので、内心笑ってしまった。
金髪の令嬢は、この春、ロドルフォと婚約したヴィルジーニア。
伯爵家の令嬢だ。
右手の薬指に大粒の宝石が嵌った婚約指輪をしている。
去年の夏、ロドルフォはたまたまこの地を訪れ、家族と避暑に来ていたヴィルジーニアに出会った。
気楽な立場と際立った美貌ゆえ、社交界で浮き名を流すのに忙しく、なかなか結婚しなかったロドルフォは、優しく穏やかなヴィルジーニアに一目惚れ。
この秋、結婚することになっている。
小耳に挟んだ話をつなぎ合わせると、そういうことらしい。
ついでに、ロドルフォにやたら熱を上げていた令嬢が揉め事を起こしかけたとかなんとか喫煙室でちらっと聞いたこともあった。
それがクロチルドだったのかもしれない。
いざこざを起こしかけた令嬢を適当な家に押し付けて、とにかく結婚させてしまうというのは貴族がよくやるやり方だ。
ちなみに、ヴィルジーニアの婚約者が相次いで亡くなったのは、本当のことらしい。
影で「呪われた令嬢」と呼ぶ者も、以前からいたようだ。
それをクロチルドが、ことさらに触れ回っているのだろう。
しかし、侯爵家が正式に婚約を許して、既に披露目もしているのだ。
2人も婚約者が亡くなっている令嬢と息子を結婚させるなら、不審な点がないかどうか慎重に確かめたはず。
偶然悲劇が重なっただけだと確信できたからこそ、婚約させたと見るべきだ。
それを呪いだのなんだの言い立て続ければ、ヴィルジーニア個人というより侯爵家への嫌がらせと受け取られて、面倒なことになりかねない。
クロチルドの夫は妻を御しきれていないようだが、そろそろ彼女の手綱を締めるべきだろう──
などとぼんやり考えているところに、撞球室で顔見知りになった若い紳士が通りがかった。
北方諸国の貴族の子息で、「見聞を広める旅」の一環としてこの国を見て回っているという人懐っこい青年だ。
「ああ、ヴァランタン卿。
これから皆で飲もうという話になっているんですが、いかがですか?
卿が来てくだされば、五カ国対抗戦にできる」
「いいですね。飲み比べなら負けませんよ」
ヴァランタンは、笑って立ち上がった。




