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カノーネンフォーゲル

カノーネンフォーゲル外伝 第12装甲列車ヤーデ

作者: 田鶴瑞穂

 その日は、嫌になるほどの晴天だった。

「こう暑くっちゃぁやってられないなぁ。」

 ヘルマン上等兵がぼやいた。

「敵弾が飛んでくるよりはマシでしょう?」

 部下のギュンター二等兵が突っ込む。

「歩いて移動している訳じゃぁあるまいし、ぼやきは無しだぜ。」

 クルト兵長がたしなめた。

 草原の中、ひたすら真っ直ぐな軌道レールの上を、一編成の列車が走っている。しかし、どこか普通の列車とは異なっている。よくよく見てみると、車両は勿論のこと、機関車までもが分厚い鉄板に覆われている。そうだ。これは共和国陸軍所属の第十二装甲列車「ヤーデ号」である。現在、ヤーデ号は、とある任務の為に国境を目指していたのだ。

「そろそろ国境線近くを通る頃だな。敵機に注意せよ。」

 ケスラー少佐からの指示を受けて、防空警戒班に緊張が走る。そのとき、東の空を監視していたトップ上等兵は、豆粒のような黒い点が3つ、こちらに向かって来ていることに気付いた。

「班長!未確認飛行物体3、確認!」

「何!?おいっ!通信兵!味方の航空機がこちらに向かっているという情報は入ってきているか?」

 『いえっ!何も入って来てはおりません!』

 通信兵の返事を聞き、パイパー少尉は上等兵が指差す方向を、双眼鏡を使ってじっと観察した。

「・・・敵機だ!敵機襲来!」

 伝声管に向かって少尉が叫ぶと、直ちに防空班が動いた。

 ヤーデ号は十六両編成である。2号車並びに9号車には75mm単装高射砲が、3号車並びに8号車には4連装20mm対空機銃がそれぞれ設置されている。直ちに防空班が安全装置を外し、砲を東の空に向けた。

 『2号車ぁ、準備よーし!』

 『9号車ぁ、準備よーし!』

『3号車ぁ、準備よーし!』

 『8号車ぁ、準備よーし!』

 伝声管を伝って、次々と準備よしの報告が入った。それを聞き、測距儀を使って距離を測定していたパイパー少尉が右手をゆっくりと上げた。

「距離、15000・・・14500・・・14000!」

 そして勢いよく、右手を振り下ろした。

「高射砲、発射ぁぁぁ!」

 轟音と共に75mm高射砲が火を噴いた。一分間に十五発は撃てる75mmである。二門が交互に途切れなく榴弾を打ち上げ続けた。結果、二機の航空機が火を噴いたかと思うと、錐揉みしながら墜落して行った。が、最後の一機はぐんぐんと、こちらに近付いて来ている。測距儀で観察していたパイパーが、距離を伝える。

「6000・・・5500・・・5000・・・4500・・・4000・・・3500!対空機銃、射撃よーい!・・・射撃ぃ開始ぃぃ!」

 合図と共に8門の20mmが火を噴いた。何の工夫も無く突っ込んで来ていた敵機は、瞬く間に蜂の巣にされ、火を噴いたかと思うと、ヤーデ号を飛び越した後、爆発、墜落していった。

「対空射撃、止めー!」

「対空射撃止めまーす!」

 再び、機関車の蒸気音と、レールのつなぎ目を越える時のガタコンガタコンと言う周期的な音以外の雑音が一切ない状況が戻ってきた。

「被害を知らせ。」

 ケスラー少佐が命令する。

 『1号車、被害なーし!』

 『2号車、被害なーし!』

 『3号車、被害なーし!』

 次々と状況報告が入って来た。幸いなことに被害は皆無だった。

「よろしい。引き続き目的地に向かう。速度を維持せよ。」

「速度を維持しまーす。」

 ☆

 太陽が地平線に向かって沈み始めている。急ぎの任務のため、夜間もヤーデ号は止まることなく進まなければならない。とは、言うものの暗闇の中を突き進んで、レール上に障害物でもあったら目も当てられない。

「探照班に伝達。探照灯を出し、前方を照らせ。」

 ケスラー少佐は1号車につながる伝声管の口を開いて命令を伝えた。

『了解。探照班、探照灯を出し、前方を照らします。』

 探照班のバーレ二等兵とボルネマン二等兵は、1号車の壁に付いているハンドルをぐるぐると回した。すると全面装甲が左右にゆっくりと開いた。フェヒト二等兵とハック二等兵が、ハンドルを回して収納されている93式150cm探照灯を垂直に立てた。

「探照灯、準備よーし。」

「探照灯、点火。」

「点火しまーす。」

 点火と同時に、眩いばかりの強烈な光が放たれた。93式は、元々上空の敵機を照らし出すためのものである。その照射距離は6km、光源光力は十万燭光、反射光力は六億燭光もある。列車の夜間走行には十分すぎる明るさであった。

 すると突然、右手前方のこんもりとした林の方から赤色の塊が4発飛んで来た。

 ドドーン

 ドドーン

 ドドーン

 次々と着弾。しかし3発は直撃弾にはならず、列車のすぐそばに大きな土煙を上げながら炸裂した。が、最後の1発は列車に直撃した。

 ガキィイーン

 幸いにも敵弾は装甲に弾かれた。距離があったので、装甲は貫かれなくて済んだようだ。

「敵が林の中に潜んでいるぞ!探照灯を消せ!続けて照明弾を放て!」

 探照灯が消され、それと同時に3号車の砲塔が右手の林に向けて照明弾を放った。

 林を中心とした半径3km範囲が照らし出された。敵戦車群のシルエットが浮かび上がった。

「敵影、4!小隊規模です!」

 索敵班から報告が入る。

「照準合わせ!敵影を捕らえ次第砲撃せよ!」

「了解!」

 2号車と9号車の高射砲が水平状態でゆっくりと右手に向かって旋回する。続いて、3号車と8号車の砲塔もゆっくりと旋回する。15号車、16号車に乗せられた中戦車の砲塔も同じく右手を向いた。

 6つの砲塔が軸線に乗った瞬間、一斉に75mm砲が火を噴いた。灼熱した弾丸が林に向かって、一直線に飛んでいく。着弾と同時に爆発が起こった。敵戦車の一両が火を噴いたのだ。続いて第2弾を装填、発射すると、先ほどと同様に灼熱した弾丸が一直線に林に向かって飛んでいく。今度もまた、着弾と同時に爆発が起こった。二両目の敵戦車が火を噴いている。

「次弾装填!装填出来次第放てぇー!」

 第3弾が発射された。今度もまた大爆発が起こり、三両目の敵戦車が燃え上がった。

「間も無く、有効射程距離から離脱します!」

「もう1台はどういたしますか?」

 副官のリースマン大尉が尋ねた。

「いや、時間が惜しい。残りはこのまま放置していく。」

「了解しました。速度上げぇ。このまま戦場を離脱する。」

「了―かーい。速度、レベルアーップ。」

 汽笛を一度鳴らした後、ヤーデ号は速度を上げて、燃え盛る林からグングン離れて行った。

 ☆

 朝日が昇る頃、ヤーデ号は目的地であるモスト=ブリビャチ駅に到着した。軌道がひかれているのはここまでで、この先十数kmはすでに敵国領内である。

「思ったより早かったな、ケスラー少佐。」

 国境守備大隊隊長のプリルヴィッツ中佐が出迎えてくれた。

「とにかく急げとの命令だったもので。全速力で駆け付けました。」

「うむ。間に合って良かった。まだ、法皇国軍は渡河していない。」

 そこで徐にプリルヴィッツは地図を広げて、説明を始めた。

「我々の国境要塞は、地図に引かれたこのラインだ。」

「はい。」

「貴公も、法皇国との国境がこのブリビャチ川なのは知っているかと思うが、このあたり、数百kmの範囲で渡河できる橋は、ここ!モスト橋のみだ。」

 プリルヴィッツは地図の一点を指で押さえながら言った。

「この橋を破壊すれば、敵はここに渡って来れなくなる。ただし!ただ破壊するだけでは勿体ない。敵の主力が渡っている最中を狙って破壊し、すでに渡り終えている部隊を孤立させ、これを殲滅せよ・・・と言うのが参謀本部の命令だ。」

「では、橋に爆薬を仕掛けたのですね?」

「いや・・・敵の進行が早くてその暇は無かった。今から仕掛けようにも敵の監視の眼が厳しくて、もう橋には近付けないのだよ。」

「なるほど・・・そこで我々が呼ばれた・・・と言う訳ですな。」

「そうだ。やれるか?」

「モスト橋の図面、もしくは写真はありますか?」

「図面はある。これだ。」

 プリルヴィッツは取り出したモスト橋の図面を先ほどの地図の上に広げた。

「ふむ。橋脚は十二本・・・材質は橋脚が鉄芯入りのべトン、本体が鋼鉄製ですか・・・。」

「敵の機甲部隊が渡るのに十分な強度がある。それだけに簡単には破壊できないのだよ。」

「いや、我が部隊なら可能だと思います。」

「おぉ!やれるか!」

「はい。おそらくは。」

「敵に動きが見られる。おそらく一両日中には侵攻を開始すると思われる。」

「・・・今日中に準備を終えましょう。敵からはここは見えないのでしょう?」

「うむ。これだけ距離がある上に、標高差はほとんど無い。航空機を使って偵察されない限りは見えないはずだ。ちなみに航空機による偵察は確認されていない。」

「判りました。・・・リースマン!準備せよ!」

「了解!」

 ☆

「10号車ぁー、アウトリガーを伸ばせー!」

「10号車、アウトリガーを伸ばしまーす。」

 ヘルマン上等兵は油圧機を作動させた。アームがゆるゆると伸びていく。その間に部下の二等兵達が鉄製の敷板を置いていく。敷板の真上でアームは伸び動作を止め、今度はフロートが下に向かって伸びていく。敷板の上にフロートがガシリと圧し掛かったところで動きが停止した。

「アウトリガー展開ぃよーし。」

「車体の固定、完了ぉー!」

 報告を受けて、リースマンが次の指示を飛ばす。

「よーし、転車台の設置ぃ、始めー!」

 10号車に装備された起重機がぐいーんと伸びて、天蓋を開いた11号車から転車台のパーツを釣り上げた。その後、地面近くに降ろされたパーツを群がった兵たちが、手慣れた様子で地面に並べ、組み上げていく。僅か数時間で転車台は完成した。

「転車台、完成しました。」

「よし!では、12号車をプラットホームに載せよ。」

「12号車を牽引!プラットホームに載せよ!」

 機関車がヤーデ号から切り離された12号車に連結され、ゆっくりとプラットホームに向かって押し上げられていった。12号車が完全にプラットホームに載ると、機関車は切り離され、12号車がプラットホームに固定された。

 そこへ情報局より連絡が入った。

「敵に動きが見られます。戦車連隊を先頭に渡橋中とのことです!」

「そうか・・・作業を急がせる。固定作業急げー!」

「了解!」

 返事をしたヘルマン上等兵がギュンター二等兵に命ずる。

「固定作業急げー!」

「了解しましたー!・・・固定完了!」

「固定できましたー!」

「よーし。砲撃準備始めー!」

「砲撃準備に入りまーす。」

 12号車を覆っていた帆布が外された。現れたのは巨大な大砲だった。そうだ。ヤーデ号はただの装甲列車ではない。列車砲の輸送も担う特別な装甲列車なのだ。ヤーデ号が牽引する列車砲は、砲身長21.539 m、口径長76.1、口径283 mm、砲身重量85 t、戦艦搭載砲の射程を遥かに超える射程61 kmの巨砲であった。

「装填作業に入れ!」

「装填作業、入りまーす!」

 クルト兵長率いる作業班が慌ただしく装填作業を開始する。

「砲弾搬入作業、開始!」

 13号車から巨大な砲弾が搬出される。

「クレーン降ろせー!」

「クレーン降ろしまーす!」

 10号車の起重機が回転し、巨大な爪が降下してくる。13号車から台車を使って搬出された砲弾をその爪ががっしりと掴み取った。

「フック装着完了!」

「よーし、ひけー!」

 クルト兵長の手で押すような仕草に合わせて台車が後退する。起重機の爪に掴まれた砲弾が宙ぶらりんの状態になった。

「巻き上げ開始ー!」

「巻き上げ開始しまーす!」

 先ほどとは逆に、クルト兵長は手をおいでおいでと言った動作で砲弾を手招いている。砲弾はゆっくりと12号車上の装填車へと運ばれた。

「砲弾降ろせー!」

「砲弾降ろしまーす。」

 装填車の台座に砲弾が降ろされた。

「フック外せ!」

「フックを外しましたー!」

 起重機の爪が開き、砲弾は僅かに落下して装填車の台座に乗った。

「クレーン後退。」

「クレーン後退しまーす!」

 装填作業の邪魔にならないように起重機が後退していく。

「装填車、前進!」

「装填車、前進しまーす!」

 4人がかりで装填車を押して前進させ、砲の薬室に接したところで4人が一斉に足でブレーキをかけ、装填車を停止させた。

「装填開始!」

「装填開始しまーす!」

 装填車備え付けの油圧式装填機が作動し、砲弾を砲内に送り込んだ。

「装薬、位置につきまーす!」

「よーし。装填車、戻せー!」

 装填車が後退した。それと同時に起重機が13号車からその巨大な爪で装薬を掴み、ゆっくりと回転して装填車の真上にそれを運んだ。

「装薬、数量1、降ろせー!」

「装薬、降ろしまーす!」

 砲弾と同様に装薬も装填車上に降ろされた。

「フック、外せー!」

「フック、外しました!」

 先ほどの砲弾と同様に、わずかに落下する形で装薬は装填車の台座に載った。

「装薬、装填開始ぃー!」

「装填開始ー!」

 再びクルト兵長の誘導の基、装填車が前進し、備え付けの油圧式装填機によって装薬が薬室に送り込まれた。

「装填、完了!」

「よーし。閉鎖機、閉じろぉー!」

「閉鎖機、閉じまーす!」

 ゴコンと鈍い音を立てて閉鎖機が閉じられた。

「砲弾装填完了!続いて、方位の確認をする!方位、2時3分。気象条件による方位修正プラス0.2°!」

「方位、2時3分。方位修正プラス0.2°確認。」

 プラットホームがゆっくりと回転し、列車砲の方位を確定する。

「転位完了!」

「よーし。続いて発射角を調整する!発射角、42°!」

「発射角42°、確認よーし!」

 巨大な砲身の砲口が、油圧機によってグングン持ち上がっていく。

「気象条件による発射角の修正、マイナス0.1°」

「発射角修正、マイナス0.1°。発射準備完了!」

「よーし。爆風に備え、総員防御盾内に待避ぃー!」

「総員待避ーーー!・・・待避完了ぉー!」

「発射ぁー!」

 発射の合図と同時にヘルマン上等兵がボタンが押した。何の音も感じられない一瞬の間が発生したかと思うと、次の瞬間、腹を太鼓のばちで殴られたような衝撃を感じたかと思うと、砲口から大量の火炎と煙が吐き出され、灼熱した塊が北北東方向に向かって飛んでいくのが見えた。

 トーチカからモスト橋を監視していた測量班は、高速で飛んで来た物体が橋のすぐ脇にそれが落下するのを確認した。橋の高さを遥かに凌ぐ大きな水柱が轟音とともに立ってゆくのが見えた。

「初弾は外れた!方位修正、1度5分!」

 測量班からの連絡を受けて、一旦砲口を下げた列車砲を載せたプラットホームが僅かに回転した。

「方位修正1度5分、完了。」

「よーし、第二弾装填始ーめ!」

「第二弾装填始めまーす!」

「砲弾搬入作業、開始!」

 13号車から再び巨大な砲弾が搬出される。

「クレーン降ろせー!」

「クレーン降ろしまーす!」

 先ほどと同様に起重機が回転し、搬出された砲弾をその爪ががっしりと掴み取った。

「フック装着完了!」

「よーし、ひけー!」

 台車が後退する。起重機の爪に掴まれた砲弾が宙ぶらりんの状態になる。

「巻き上げ開始ー!」

「巻き上げ開始しまーす!」

 砲弾が装填車へと運ばれた。

「砲弾降ろせー!」

「砲弾降ろしまーす。」

 台座に砲弾が降ろされる。

「フック外せ!」

「フックを外しましたー!」

 起重機の爪が開き、砲弾は僅かに落下して装填車の台座に乗った。

「クレーン後退。」

「クレーン後退しまーす!」

「装填車、前進!」

「装填車、前進しまーす!」

 装填車が前進し、砲の薬室前に停止する。

「装填開始!」

「装填開始しまーす!」

 油圧式装填機が作動し、砲弾を砲内に送り込まれた。

「装薬、位置につきまーす!」

「よーし。装填車、戻せー!」

 装填車が後退し、起重機が掴んだ装薬を装填車の真上に運んできた。

「装薬、数量1、降ろせー!」

「装薬、降ろしまーす!」

「続いてフック、外せー!」

「フック、外しました!」

 装填車の台座に装薬が載せられた。

「装薬、装填開始ぃー!」

「装填開始ー!」

 装填車が前進し、備え付けの油圧式装填機によって装薬も薬室に送り込まれた。

「装填、完了!」

「よーし。閉鎖機、閉じろぉー!」

「閉鎖機、閉じまーす!」

 ゴコンと鈍い音を立てて閉鎖機が閉じられた。

「よーし。発射角、42°!」

「発射角42°、確認よーし!」

 油圧機によって巨大な砲身が角度を増していく。

「発射準備完了!」

「よーし。爆風に備え、総員防御盾内に待避ぃー!」

「総員待避ーーー!・・・待避完了ぉー!」

「発射ぁー!」

 衝撃波と共に砲口から爆炎が噴き出し、深紅に彩られた物体が猛スピードで飛んで行った。

「着弾しまーす!」

 測量班が見守る中、突然橋上の戦車が破裂したかのように四散したかと思うと、次の瞬間橋そのものが爆散した。ばらばらと歩兵が河へと落下していくのも見えた。

「第二弾直撃!橋脚の破壊も成功!」

 敵領内に最も近い橋脚が崩れ落ちていった。これで我が領内に侵攻した敵軍は逃げ道を失った。遠目にも敵軍の混乱が見て取れた。

「照準修正!方位そのまま。発射角を2°アップ、44°に!」

『了解!発射角を44°に修正する。』

「よし、第三弾の発射用意!」

 第一弾、第二弾と同様に砲弾と装薬が装填されていく。

 その間に守備隊は渡橋済みの敵軍に対し攻撃を開始していた。撤退路を封じられた敵軍の動揺は顕著で、戦いは迎撃側にとって有利に展開していった。

「第三弾、準備完了!」

「よーし。発射ぁー!」

 三度巨砲が火を噴いた。弾丸は見事にモスト橋の最も共和国よりの橋脚に直撃した。戦車が爆散し、橋が崩れ落ちていく。橋上の敵軍は引くも進もならず、完全に孤立してしまった。

『渡河を終了している敵部隊、並びに橋上の敵部隊の孤立化に成功した。第12部隊は、続けて対岸に残る敵部隊に対し、列車砲による攻撃を行え!』

「了解。第12部隊は、対岸の敵部隊に対し、砲撃を加ます。」

 観測班から対岸に待機中の敵部隊の位置情報がもたらされた。およそ戦車連隊のおよそ半分と、連隊規模の歩兵、それと兵站部隊が丸々残っているらしい。

「敵は撤退することも無く、渡河の準備状態のまま整列中なり。」

「橋の位置をほぼ中央となし、左右に均等に展開。」

「よし。ど真ん中に打ち込んでやれ。」

「了解!」

 ケスラー少佐の命令一下、第四弾の発射準備が粛々と行われていく。

「方位、二時丁度!発射角、40°!気象条件による誤差修正、方位プラス1、角度マイナス0.5!」

「発射準備よろしーい!」

「よし、発射ぁー!」

 直径283 mmの巨弾が轟音と共に砲口から出ていく。

 ケスラー少佐は懐中時計で時間を計っている。

『ぴぴ・・・着弾確認!・・・戦車部隊のほぼ中央に命中!・・・ぴぴ・がが。』

 無線によって第四弾の命中が伝えられた。

「よし、第五弾射撃よーい!」

「第五弾の射撃準備に入ります!」

 ☆

 その日の内に戦いの趨勢は決した。渡河してきた大隊規模の敵は、国境要塞守備隊の奮戦によって壊滅した。敵領内に残っていた連隊規模の敵は、間断無く撃ち込まれた283mmの巨弾によって文字通り粉砕されてしまった。僅かながら撤退に成功した者もいるようだが、それは最早軍の態は成しておらず、脅威には成り得ないだろう。両端を破壊された橋の上には大隊規模の戦車と歩兵が残されているが、こちらとしても助ける手段も方法も無いので、可哀想だが放置するしかない。生き残りたければ、自ら河に下りるなりして逃げるだろう。

『橋の残りも吹き飛ばしますか?』

 無線を通じてケスラーからプリルヴィッツに対して指示を仰いできたが、プリルヴィッツは、その意見具申を否定した。

「いや、それは虐殺だ。止めておこう。」

『このまま放置しても、将兵は餓死を待つだけで、そちらの方が残酷な気がしますが?』

「生き残りたければ橋脚を伝って河に逃げるだろう。生き残るチャンスは与えてやろう。こちらが積極的に虐殺することは許されん。」

『了解。』

 こうして、モスト=ブリビャチの戦いは幕を閉じたのだった。

 ☆

「今回は、本当に助かった。礼を言う。」

 プリルヴィッツは直立不動でケスラーに礼を述べた。

「いえ、任務ですから、義務を遂行したまでです。」

 返事を聞いた後、姿勢を崩してプリルヴィッツは尋ねた。

「もう、次の命令が来たんだってな?」

「はい。軍機なので具体的には申せませんが・・・。」

「気にするな。判っている。では、息災でな。」

「有り難うございます、中佐。」

 そこへ副官のリースマン大尉が報告に現れた。

「少佐。転車台の収納、並びに各車両の連結作業、終了いたしました。」

「了解。・・・では、中佐、これにて失礼いたします。お元気で。」

「ああ、君たちの幸運を祈る。」

「総員、ヤーデに搭乗せよ。出発するぞ。」

「了解!そーいーん、とーじょー!」

 リースマンの命令で、隊員達はわらわらとヤーデに搭乗していく。

「総員、搭乗しました!」

「よろしい。ヤーデ号、発進!」

「発進します!」

 フィヨーーーと、高らかに汽笛を鳴らすと、ヤーデはゆっくりと動輪を回し始めた。手の空いている部隊員は全員デッキに並び、守備隊に対し敬礼する。守備隊もまた直立不動で敬礼を返した。

 徐々に速度を上げながら、ヤーデはもう一発汽笛を鳴らすと、モスト=ブリビャチを後に、次の戦場へと向かっていくのだった。

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