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後編


 ズキズキと痛む頭、揺られる身体に真っ暗な視界。意識はとうの昔に戻ってはいるが薬のせいでまったく目が開けない、力が身体のどこにも入らない。

 だがようやく人差し指が動かせたかと思うと右腕にしっかり力が入るようになった。


「ぐっ……! いったぁ……」


 後頭部をさすると余計に痛くなったが、そのおかげで目が完全に覚めた。


「ここは……?」


 窓の外の景色は高速で切り替わっている。どうやらキャンピングカーの中らしいが、壁には警棒や透明な盾などが貼り付けられていて異様な雰囲気が漂っている。


「おい無理すんな、まだ痛いだろ?」

「わっ」


 急な後ろからの声で飛び上がる。振り返るとジャケットを着た、どこかで見た同い年ぐらいの男の人がいた。敵意は感じないが信用もできない、しかし顔を見れば見るほど初対面とは思えないような……まるで小中学校で一緒だったような……。


「久しぶり、松原」


 にこっと笑ったその顔を見た瞬間、一気に懐かしい記憶が蘇ってきた。

 小学生のとき俺はこの人に大事なことを教えてもらった。そのおかげで詠未と分かり合えて、それで……。


「み、宮下くん……!?」

「うおっ。どうしたんだよー?」


 宮下くんはいきなり抱きつかれて少し驚いたが、それ以上は何も言わず背中を軽く叩いてくれた。

 しばらくはそうしていたかったが今の状況だとそうも出来ない。色々と不可解過ぎる。


「でも、なんで宮下くんが……」

「依頼されたんだよ。楠見健太さんから娘を助けてくれって」

「え?」

「あの家にいたのはお前だけだったけどな」


 なんでお父さんがそんなことを……そうか、あの時電話が繋がっていたのか。

 でも、だとしても何で警察じゃなくて宮下くんに依頼したんだ。そこがまったくわからない。


「病院っていう体裁を取っている以上は警察も突入しづらいからな、だから俺たちに白羽の矢が立ったわけだ」


 だからなんで宮下くんが選ばれるんだよ、そう問いただしたかったけど一つ、引っかかった言葉のせいで飲み込まざるを得なかった。


「びょ、病院……?」

「詠未ちゃんのスマホの位置情報がそこだって言ってんだよ、見ろ見ろ」


 宮下くんはスマホの地図をスクロールする。ここらへんの病院って昼に行ったあそこだけなはずだけど、いやそんなまさか……。


「えーっと……ほらココの浦賀有増製薬ってとこのさ」

「……」

「ど、どうした? なんかすげーテンション下がってっけど」

「いや、大丈夫。大丈夫だから」


 そう言いながらも肩を落としているのは自分でも分かってる。どうやら自分の職場は女子高生を誘拐するような企業だったらしい。

 全くもって何も理解出来ず、突拍子もない話題を振ることしか出来なかった。


「……それにしても凄いスピードだね、この車」

「あーそうだな」

「何かにぶつかったらひとたまりもないね……」


 そう言うと宮下くんはおおっといった表情になって軽い拍手をし始めた。


「おー……勘がいいな、相変わらず」


 「どういう意味?」と聞こうとした瞬間、とんでもない激突音が響く。さっきの言葉で何が起こったのかは聞くまでもなかった。


「待ってろ松原、詠未ちゃんは俺がしっかり助けてやるから」

「いや……俺も行く」

「えぇ?」

「お願い、行かせてくれ」


 腕を掴み頭を下げる。事情はよくわからないけどお父さんに頼まれたってことは宮下くんは荒事には慣れてるんだろう。そんな彼に俺が着いていったところで出来るのはせいぜい囮、もしかしたら足手まといになるかもしれない。

 そうだとしても何もしないなんて耐えられない、詠未を助けるために何かをしたいというエゴが


 宮下くんはじっとこちらの目を見て、ため息を吐いた。完全に呆れられてしまったのかと思ったが宮下くんの顔はどこか嬉しそうで、バンバンと背中まで叩いてきた。


「そうかぁ……じゃあ詠未ちゃんは2階の手術室にいるらしいから早く行くぞ!」

「わ、わかった……!」


 階段は車を降りるとすぐ目の前のところにあった。話してる合間に車は病院内を突っ切ってきたらしい。


「おい、早く行くぞ」


 宮下くんの背中を追い、階段を駆け登っていると足音が後ろから聞こえた。振り返って確認すると防護服を着た連中がいつの間にか下の階に広がっていた。


「あ……!」

「松原、コイツらは俺が相手するから早く行け」


 宮下くんは立ち止まって引き返してくる。そうは言っても見る限り防護服を着た奴らは20人ぐらいいる。どう考えても宮下くん一人じゃ多勢に無勢だ。

 でも俺が加勢したところで状況が好転するとも思えない……ここは進むしかない。


 振り返ることはせず階段を登りきり、その勢いのまま手術室に続く扉に押し入った。


「暗っ……」


 電灯が着いていない廊下は病院な事もあって不気味な雰囲気が漂っている。記憶が正しければ一番奥のあの扉、あそこが手術室のはずだ。

 足音を気にする余裕はない、早く行こう。


「……っ!」


 後ろから飛んできた拳を避け、振り返りざまに裏拳で殴りつける。注射器が下に落ちたのが夜目に見えた。


「二度も同じ手を食うかよっ……!」


 反撃が飛んでくる前に脇腹を蹴飛ばして一度距離を取らせる。しかし視界が悪すぎる、防護服がかすかに見えるだけだと次にどんな手が来るか予想ができない。


 暗闇の中、身構えることしか出来ない。だけどこの時は暗闇だったとしても突っ込むべきだった。


「がぁっ……!?」


 背中に激しい刺すような痛みが走り、途端に膝から下に力が入らなくなった。体がぐらっと崩れ落ち、這いつくばる事を余儀なくされる。


「ぐぁっ!」


 そしてそこに容赦ない真正面からの蹴りが入り、壁に思いっきり叩きつけられた。

 血が蹴られた鼻からポタポタと落ちたが、不思議と痛みは全くなかった。


「その辺にしといて」


 目の前に敵がいるにも関わらず、俺は背後からの声に振り向いてしまった。聞き覚えのある声にそうせざるを得なかった。


「皆川先輩……」

「ごめんね、松原くん。痛かったよね」


 そう謝るにこにことした表情は不気味、不愉快この上ない。敵意のこもった視線で睨みつけたが、彼女には全く伝わっていないようで全く意に介していなかった。


「エマちゃんの手術が終わったらちゃんと治療してあげるから」

「手術って何のだ!」

「そりゃあ異能を取り除く……」

「んなわけねぇだろ! それならこんな手段を取る必要なんてない!」


 そう叫ぶと先輩はハァとため息を吐いて、笑った。宮下くんと全く違う、悪意がにじみ出た笑顔で思わず身じろぐ。


「それじゃあ一つだけ松原くんに教えてあげよう。実は異能っていうのは脳が送る特別な信号によって発現するんだよ」

「……」

「ようするにエマちゃんがされるのは脳摘出手術ってことだね。まぁ異能があるところ取っちゃうと絶対に死んじゃうけど」


 そう軽く話す彼女の姿はもはや同じ人間とは思えなかった。あぁやって一人の人間として振る舞っていた詠未の姿を見てなんで平然とそんな事を言えるんだ。

 足さえ動けば殴り飛ばしていたのに! 何も出来ない自分に怒りがこみ上げ拳に力が入る。


「なんでそんな事を……!」

「お金」

「……は?」

「だからお金だって」


 二度言われても理解できなかった。お金ってここに勤めている人間が抱える悩みなんかじゃないだろ。


「私はスカウトを受けた外部生だからねー……キミたちと比べるとすっくなーい給料しか貰えないんだよ」

「スカウト……?」

「あぁ、知らないんだ」


 嘲笑うような、呆れているような声音。見下したような視線には何か、強いコンプレックスのようなものがにじみ出ている。


「浦賀有増製薬はよその学校の成績優秀者にスカウトしてるんだよ。でもスポンサーじゃないから」

「給料はもらってるんだろ……何が不満なんだよ」

「最低賃金スレスレのをね。だからイルワに異能を売って一攫千金を狙ってるワケ」


 イルワ……テレビで聞いたことがある、海外のテロ組織の名前だ。たしかに詠未の異能さえあれば国家転覆も夢じゃない、いや下手しなくても世界征服だって容易だろう。

 だが本当に報酬が支払われる保証なんてどこにある、手に入れたルートの痕跡を消すために口封じされるかもしれないのに。


「そうだ、松原くんも私と来なよ。イルワが支配してるルヴィーイにさ」

「……」

「それでさ、結婚しようよ。絶対に損しないって約束するからさ」


 先輩はしゃがみ込んで、屈託のない笑顔でこちらに手を伸ばす。この手を取らなかったらたぶん、確実に俺はこの場で始末される。


 じゃあ取るべき行動は一つしかない。


「……」


 俺は何も言わず先輩の方に左腕を伸ばして……。


「いだあぁっ!?」


 思いっきり頬をひっぱたいてやった。


「俺は詠未に一生向き合うって決めた。誰がお前なんかと結婚するかよクソチビ」

「〜〜〜! おいお前早くやれよこいつを!」


 真っ赤になった先輩はヒステリックに叫ぶ。防護服の男は注射器を拾い上げ、こちらに歩いてきた。

 明らかに油断しているな、それなら動くのが上半身だけだったとしても勝機は十分にある。


「ははっ、来るなら早く来……」


 ドンッ!!!

 啖呵を切ろうとした瞬間、そいつの体は宙に浮いたかと思うと天井にかなりの勢いで叩きつけられた。


「なっ……!?」


 先輩も状況を飲み込めていないようで落ちてきたそいつをただ呆然と立ち尽くして見ることしか出来ていなかった。

 そしてさらに手術室の扉がひとりでに開いて何者かがこちらに。次々と起こる急展開に困惑せざるを得ない先輩に対し、俺は安心感が心を満たしていた。


「詠未……」

「……」


 患者衣姿の詠未がその格好に全く似合わない力強い歩き方でこっちに来る。

 先輩はどこからか銃を取り出して詠未に向けるが、その銃も突如としてグシャッとペチャンコに潰れる。その怪奇現象に怯えて後退りしたが防護服の男に躓いて尻餅をついた。


「ひ……ひぃ……!」

「……」


 詠未はそんな彼女には目もくれず、しゃがんで横たわっている俺の顔をじっと見つめた。


「めっちゃ鼻血出てる……」

「いや感動の再会の第一声それ?」

「だってめっちゃ出てんだもん、めっちゃおもろいもん」

「詠未のためにしたんだけどこの怪我!」


 結局どんな状況であっても俺は詠未に振り回されるのが決まっているらしい。まぁ安心はするし、俺たちはコレでいいのかもしれない。


「でもなんか……元気だな、案外」

「注射されてる途中で重力逆にして薬がそこまで入ってこないようにしたからじゃね? あんまわからんけど」

「一応言うけど……詠未のそれって絶対重力操作じゃない」

「えっ……違うん?」

「絶対に違う」


 大方エネルギーを自由に扱える異能とかだろう。本当にテロ組織の手に渡らなくてよかったな、詠未みたいな優しい子に宿らなかったら世界の一つや二つぐらい終わってただろ。


「松原ァ! 詠未ちゃんは無事かァ!?」


 宮下くんが扉を蹴り飛ばして入ってくる。その後ろには謎の男女二人組、そして警察官が何人か着いてきていた。


「うん、バッチリ……ていうか大丈夫?」

「大丈夫だ、俺は慣れてっから」


 宮下くんはすました表情でそう言うが顔はアザだらけだ。いやでもあの大人数相手にこの程度で済んでるあたり、本当に強いんだな。


「よく言うわね、ほとんど私が轢いて倒してたじゃない」

「そんな事言うなって山浅! ちゃんと宮下は囮になって引きつけてくれただろ!」

「いや普通に邪魔だったけど? ていうか島田くんは甘すぎるわ。そもそも松原くんを危険な目に合わせたのも……」


 謎の男女二人は言い争いをし始めた。ていうかあの二人もなんか見たことあるような……。


「お二人とも大丈夫ですか、救急車がすぐに来ますから」

「あー……大丈夫です、大丈夫」

「はい、私も……」


 駆け寄って来た警察官に応対している詠未の顔が急に強張った。視線の先を見ると何やら見慣れない男の人が立っていた。


「……お父様」

「あの人が?」

「うん……」


 たしかに言われてみれば目元とかそっくりだ。

 しかしせっかく会えたというのに詠未の反応は芳しくない、それどころか敵意すら感じる。


「すまなかった、お前をこんなところに送りさえしなければこんなことには……」

「うるさいっ! 近寄んな親ヅラすんなっ!」


 お父さんの謝罪に聞く耳を持たず、詠未は怒りに任せ言葉を吐き捨てた。


「お、落ち着いて詠未……ちゃんと話さないと……」

「うるさい! 理人も黙ってて!」


 説得するが詠未の怒りは収まりそうにない。いや怒ってるんじゃない、ただ叫んでるんだ。もっと早く来てほしかったのに、外聞も殴り捨てて必死に来てほしかったのに。

 今だけ彼女の心がどう思っているかよくわかる。なら、それなら俺には詠未に伝えるべき言葉があるはずだ。


「詠未、一つだけ聞いてくれ」

「なんだよっ……!」


 ぶっきらぼうに言う彼女の目元は潤んでいた。


「俺はお父さんが本当に詠未の事を何とも思ってないならこうやって直接来たりなんかしないって思う」

「……っ!」

「そうそう、理人の言う通りだ。お父さんはめちゃくちゃ詠未ちゃんのこと心配してたんだぞ!」

「……本当?」

「ホントホント、別にギャラ増やしてもらうためのウソなんかじゃねーって!」

「……」

「ちゃ、ちゃんと録音あっから! そんな顔すんな!」


 自身の失言に気づいた宮下くんはスマホを探そうと服中のポケットに片っ端から手を突っ込み始める。

 詠未もそれを見て怒っているのがバカらしくなったのか、ため息を吐いた。


「別に信じるわけじゃない……けどお父様がこの人たち呼んでくれなかったら死んでたし、それは……ありがとう」

「……これからはもう私は詠未のことをよそに預けたりなんてしない。これからはずっと家族みんなで暮らそう」


 詠未のお父さんはこちらに歩きながらそう言った。よかった、これで本当の本当に一件落着だな。


「嫌だけど」

「えっ」

「私、この人と同棲するから」

「いや何言ってんの詠未」


 詠未は腕に抱きついて離れない、ていうかびくともしない。異能使いやがったなこいつ。

 ていうかお父さんショックで完全に固まっちゃってるし、いろいろと酷すぎる。


「一生向き合うって言ったのウソなん?」

「いや嘘じゃないけど……ていうか聞こえてたのかよアレ!」

「うん、バッチリ聞こえてたよ。俺は詠未と結婚するからお前と結婚なんかしねーぞって」

「いやそれは言ってないーッ!?」


 詠未の表情は初めて会ったときの小悪魔スマイル。あぁ、たぶん俺って一生詠未に勝てないんだろうなぁ……。

 そう肩を落としていると詠未は追い打ちをかけるかのように口を耳元に近づけてきた。なんだ、もう何を言っても反応なんかしてやらないぞ。


「……大好き、理人」


 詠未はそう言うとすぐに顔を見えないよう手で隠した。でもかすかに、一瞬だけ詠未の頬が赤くなっていたのが見えた。

 そんな姿を見せられたら……!


「ぐぅ……」

「ぎゃー!? 松原が真っ赤になって死んだー!!? 病院、早く病院に連れて行け誰かー!」

「ここが病院だよバカ」


 遠のく意識の中、バタバタと騒ぐ宮下くんの声が響いていた。


悪い→イルワ

イーヴィル→ルヴィーイ

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