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中編


「コショウ取ってコショウ、卵焼きにかけるから」

「わかってるから、ほら」

「あーい、ありがと」


 楠見詠未、重力を操作出来る彼女と同居してから1週間。完全とまでは言えないけどそれなりに打ち解けれた。こんなやり取り、知らない人が見れば兄妹にしか見えないだろう。


「あのさ、この前のブランド品のことなんだけど」

「あーアレ? もういいよ、ぶっちゃけダサかったしアレ」

「別に気使わなくていいよ?」

「マジだって、よく考えたら外に出れないのにバッグとかいらなかったわ」


 俺が同伴すれば出れるんだけどな……前任者たちが彼女に情報を隠していたせいで無意味なすれ違いが生じている。

 ため息を軽くついた俺を案じたのか、楠見さんは話題を振り始めた。


「んーで、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」

「何を?」

「なんでこんな仕事してんのかだよ。ケッコー仲良くなったんだからいいっしょ?」

「…別に面白い話じゃないけど、いい?」

「いーのいーの。私は気になるし」


 彼女の言葉に甘え面白くもない身の上話をすることにした。楠見さんは頬杖をついて楽しみそうにしているので少し話すのが憂鬱だった。


「深い理由はないよ、親にしろって言われたからしてるだけ」

「マジ? やりたくてやってると思ってたわ。なんかすごい真剣だったし」

「そりゃあ与えられた仕事はちゃんとやらないと」


 その言葉を言った瞬間、さっきまでにこにことしていた楠見さんの表情がこわばった。和やかだった空気に陰りが出て、少し冷や汗をかく。


「……ならさ担当するのが私以外でも頑張った?」

「がんば……まぁ、頑張ったとは思う、仕事だし」

「……そっか」


 しまった。今の言い方だと仕事だから相手してるだけみたいじゃないか。急いで弁明しようとしたが楠見さんが何かを話そうとしたのでやめざるを得なかった。


「実はさ、私も親がお金持ちのなんよ」

「あぁ……同じだったんだ」

「……どうかな、愛されてんのかな私」


 楠見さんはらしくない弱々しい顔をする。かける言葉が見つからず、ただ彼女の話に耳を傾けることしかできなかった。


「施設に預けて放ったらかしってさ、お金あんなら家で一緒にいれる方法ぐらい考えてくれてもいいじゃん」

「楠見さんが大事だから預けたと思う」

「いやわかってる……わかってるけどさ……」


 気持ちは痛いほどにわかる。勝手に人生のレールを敷いてそのまま放ったらかし。子どもからしたら何一つとして納得がいかないよな。


 でも本当は自分の事を思いやってて、失敗しないでほしいって思っているからこその行為。愛がないわけじゃない、だからこそ辛い。

 俺も少しはその気持ちが分かる。だから俺は楠見さんに何か言わなければいけない。彼女が家族を嫌わないように、何か言葉をかけなければいけない。


「……じゃあさ、ここに来て良かったこと考えてみてよ」

「……」

「それが思いついたら、ちょっとは気持ちに整理がつくんじゃないかな」


 楠見さんは何も言わず腕を組んで考え始めた。渋い顔、苦々しい顔、ろくなことは思い出していないようだった。

 でも不意にこっちの顔を見た時、何かを思いついたのか表情が少し明るくなった。


「……松原さん」

「はい」

「クソみたいな事しか思いつかなかったけど一つだけある気がする……ていうかうん、ある」


 微笑みながら頬に手をつく。その仕草は子供っぽくて彼女らしくない。せいぜい一週間程度の付き合いじゃ深くは知れないんだろうか、だとしても自分はなるべく寄り添いたい。


「こうやって正面から向き合ってくれる人と出会えたこと……かな」


 楠見さんは照れくさそうにしている。こっちは目頭が少し熱くなった。


「だからさ私としては……」

「……」

「なんか思ったより恥ずいな、やめる」

「え、えぇー……」


 続きを聞けるのはいつになるかはわからない。だけど、たぶん、きっとお互いちゃんと歩み寄ってるのは確かだ。


 ただ照れくささを誤魔化すためか、2人とも食事の手のスピードは早くなっていた。そのことにお互い気づいた時、顔を見合わせて笑った。


      *


 今日は午後に楠見さんの検査がある。俺からしたら初めての検査なので緊張感が喉を伝っていた。

 というのは半分ウソで、実際に緊張していたのにはもっと別の理由がある。


「楠見さん……その、まずいと思うんだけど」

「何が? どーせ誰も気にしないって」


 家を出てからずっと楠見さんが腕を組んできていることだ。自分自身は彼女を異性として見ていないが、すれ違う人の目には未成年を手を出しているようにしか見えないだろう。

 だが……楠見さんってわりと身長も高いし顔立ちも大人びているし案外バレないか……? いやそういう問題じゃないだろ、何を考えているんだ俺は。


「恥ずいん? 毎回やってたら慣れるって」

「いつまであの家にいるつもりなのさ」

「……ずっと?」

「別に楠見さんがそうしたいなら俺もそれでいいけどさ……」


 露骨にからかう時のニヤついた目になったので顔を背けた。たぶん朝に恥ずかしい思いをしたから俺にもさせよういう魂胆だろう。

 そう簡単に策略にハマるわけにもいかない、親しみやすさも大事だけど大人の威厳というのも見せなければいけないからな。


「そういえばずっと気になってた事あったんよ。ちょっと当ててもいーい?」

「当てるって、なにを?」

「松原さんが私をパスしなかった理由だよ」

「それは……ずっと気になることなの?」

「気になるって。じゃあ当てるね」


 こうやって言われるとたしかに理由がわからないな。ただそれに関しては俺もそうなんだけど。

 情愛はまず論外として責任感だろうか、しかしそれもしっくり来ない。楠見さんの視点からしかわからない事もあるだろうし彼女の答えを聞こう。


「私のことが好きだから、でしょ」

「……うーん」

「えぇー不正解? 絶対当たってるって」


 間違いなく好きか嫌いかと聞かれたら好きではあるけど、それが彼女の面倒を見る決心に関わっているとは思えない。

 だからって別の理由が思いつくわけでもないけど、強いて言うとしたら……仕事だから? 次こんなこと言ったら重力操作でエラい目に遭わされそうだ。


「ちょっと呼び捨てにしていい? これで照れたら好きってことで」

「ムチャクチャだなぁ、別にいいけど」

「じゃあ行くよ。ねーねー理人ー、晩メシ何ー?」

「……上手くは言えないけどしっくりくる」

「何だよそれ、照れろよ」


 楠見さんはむくれてしまった。でもさすがに成人が名前呼びを照れるのはイタイ気がする。それが許されるとしたら付き合いたての中学生カップルぐらいだろう。

 

「ていうかそっちも言えよ。名前で

「えー……どういう理屈?」

「いいから言えよー」

「……詠未」


 何をやっているんだろうか俺たちは。傍から見たらとか想像もしたくない。


「……照れる」


 楠見さんは手で口を覆い、少し頬を赤らめる。いやそういう表情をされるとさすがに大人のこっちも……!


「……ちょっと理人、顔赤くね?」

「うっ! いやだって詠未がそんな顔するから……!」

「やっぱ私のこと好きなんじゃん」

「あーもう……あぁー!」


 結局手玉に取られてしまったうえに名前呼びが完全にお互いハマってしまっている。

 やっぱりただ1歳年上ってだけなんだなぁ、俺と楠見さんの力関係って……。


       *


 病院の前まで来るとさすがに楠見さんも腕から離れた。ただ本当に目の前で離れたのでたぶん中からは普通にその光景は見られただろう。

 大丈夫だろうか、ロリコン野郎ってあだ名付けられても文句言えないぞ。


「ほら、さっさと入ろ」

「う、うん……」


 足を踏み入れたくないという気持ちを押さえつけ、病院の中に進む。周りの視線が気にならないよう目線は少し下げた。


「検査って何するんだろね」

「別に血圧測るだけだからすぐ終わるよ」

「そんだけなら家でも出来そうだけど」

「それは……俺もそう思う」


 せめて血液検査とかならわからなくはないけど、血圧測るだけなら家に備え付けの機械でも置いておけばいいのに。

 上の考えというのはわからない。俺が一般職に就いた理由も未だにわからないままだし。


「松原くん」

「え?」


 突然名前を呼ばれて振り返るとミディアムヘアのかなり小柄な女性が立っていた。ふふんと言ったようなドヤ顔、見覚えがある。


「えっと、あー……あのー……え? あぁ、うーん……あっ、皆川先輩ですか?」

「正解。覚えててくれて嬉しいよ」


 だいぶ悩んだが幸い気にはされていないようだ。しかしあっちはよく一発で名前が出てきたな、この人と俺の関係って友達の先輩後輩ってだけだったはずなんだけど。


「お久しぶりです」

「ふふっ、松原くんは変わらずイケメンだね」

「先輩も変わらずかわいいですよ、とても」

「えー嬉しー、松原くんに言われると」

「あーはい、僕も先輩にそう言っていただいて嬉しいです」


 あっちは楽しそうにしているのにこっちはほぼ適当なオウム返ししかしていなくて申し訳ない気分になる。

 それに加えて横の詠未はかなり面白くなさそうにしていた。


「ちょっと、私もかわいいでしょ?」

「詠未はかわいいっていうより美人だろ?」

「なるほど、たしかに」

「でしょ?」


 会話から弾き出された皆川先輩の笑顔が少し引きつった。詠未もそれに気づいてすぐに口を閉じて俺の後ろに隠れた。

 ただ気を遣われても別にこの人と特別話すこともないんだよな。


「あ、すいません。この子の検査があるので失礼します」

「あっ、それなら私が検査するよ。ちょうど時間あるし」


 時間があるから出来るものなのか……? いや血圧測るだけだもんな、たしかにそうか。ならお言葉に甘えさせてもらおう。


 カバンから用紙とペンを取り出して詠未に手渡す。「これって家で書くんじゃないの」と言いたげな視線からは目を逸らして、皆川先輩の方に向き直った。


「それじゃあついてきて」


 スタスタと格好良く歩いているつもりなのだろうが歩幅が違いすぎて俺と詠未は3歩歩いて一度止まるのを繰り返していた。

 それが気まずくて俺たちはまた顔を見合わせて、今度は苦笑いした。


      *


 二階の個室での測定を終えた詠未は暇を持て余してスマホをいじっていた。正直彼女と同じようにしたいぐらいには待たされている。

 

 しかし遅いな、血圧だけ測って得られる情報とか大してないと思うんだけど。研究職じゃないとやっぱこういうのはわかんないな。


「検査結果郵送で出来ないの?」

「一応詠未が何の異能持ちってのかは社会的にはヒミツのことだし。流出する危険がある以上はちょっとね」

「そのわりには結構担当にアレなことしちゃってたけど。腹いせに漏洩とかされないの?」

「金持ちのコミュニティでそんなことしたら碌な死に方しないから」

「ひえー」


 適当なことを言ったが実際金持ちのコミュニティってどういうものなんだろう。俺って部活だったり、買い食いだったりで同年代と遊んでばかりだったしそういう触れ合いなんてしたことないんだよな。

 付け加えるならそもそも俺っておぼっちゃまのくせに何一つとして礼儀作法すら叩き込まれていない。


 もしかして詠未の境遇と比べなくても俺の人生ってかなりのぬるま湯……これ以上はやめておこう。


「お待たせエマちゃーん」

「あ、皆川さん。検査結果はどうなんですか」

「大丈夫大丈夫、健康体だよ」


 はっきり言って血圧から取れる情報とか高血圧かそうじゃないかぐらいだからいまいち信用できない。

 ていうか名前を呼ばれた時詠未の表情があからさまにこわばっていた。大丈夫だとは思うが異能は使わせないようにしないと。


「そういえばエマちゃんは異能の事で悩んでいたりしない!?」

「まぁ……悩んではいますけど」

「だよねだよね!」


 詠未はちらりとこちらを見て困ったような顔をした。ここは堪えてというようなジェスチャーを返すと一層表情が渋くなった。

 こういう接し方が彼女が悪意を向けられるよりも嫌っているんだけど、正直分かりようがないので先輩を責めるのも憚られる。


「じゃあ異能を手術で取り除けれるけど、どうする?」

「えっ……ほ、本当ですか」

「本当に本当。技術が進んでねー」


 血圧測るだけって知ってからずっと無駄足だと思っていたがこんな収穫があるとは。詠未の手を握って、満面の笑みで話しかけた。


「よかったな詠未。これでお前も普通の生活が送れるんだぞ!」

「え……あ、うん……」


 突然のことであまり喜びを実感できないのだろう。だけど本当によかった、異能に振り回れていた彼女もようやく普通の人生に戻れるんだ。


「理人は嬉しいの?」

「そりゃ嬉しいよ。これで詠未が家族と一緒にいれるんだから」

「あぁそう……」

「どうしたんだよ、詠未だって嬉しいだろ?」

「……うるさい、バカ!」


 詠未は俺の胸を軽く突き飛ばすと乱暴にドアを開けて出ていってしまった。予想外の出来事に呆然とその場に立ち尽くしてしまった。


「松原くん、そっとしておいたら勝手に落ち着くと思うよ……?」


 そんな俺に皆川先輩は顔を覗き込むようにして言う。たしかに先輩の言う通り詠未の自制心に任せたらそれはもう楽だろう。


 でもその行動だけは絶対に取っちゃダメだ、アイツの気持ちに寄り添わないといけない義務が俺にはある。


「それじゃあ対話を放棄してるだけです。僕はちゃんと詠未と向き合いたいんです」


 そう言ってすぐに俺も部屋を飛び出した。その時なにか先輩が呟いていたのが微かに聞こえたが、俺の耳では内容まで聞き取れなかった。


       *


 恥も外聞もかなぐり捨て、走り回りながら病院内をくまなく探す。JEPGの施設内な以上遠くには行けないだろうし、たぶん居るとしたらあそこのカフェテリアだろうか。


「……あっ、ほんとにいた」


 詠未は席に座りながらスマホをいじっていた。怒っている様子ではない、たぶん今なら大丈夫だろう。仮に怒っていたとしても話しかけには行くけど。

 席にまで歩いていこうとするとあちらも気づいたようでわかりやすく苦い顔をされた。だからって歩みを止めることはしない。


 近くまで行っても詠未は喋ってこない。意気揚々とここまで来たがいざ目の前まで来ると言葉が出てこない。なんの覚悟表明だったのか自分でも呆れる。


「詠未、その……」 

「……座れば」


 今まで聞いたことのない凍てつくような冷たい声でこちらに指示する。俺は何も言わず、言えず目の前の席に座って彼女と向かい合った。

 言おうとしていた言葉が思い出せない。でも、だからってずっとこのまま黙ってても……。


「お待たせしましたー! こちら〈カップル限定スペシャルパフェ〉です!」


 突如、衝撃的な商品名の読み上げとともに特大のパフェがドンと机の上に置かれる。シリアスな空気の突然すぎる崩壊に俺は言葉も出ず、ただ詠未とパフェを交互に見ることしかできなかった。


「……ごめん」


 詠未は申し訳なさそうに顔を伏せた。感情の行き場がわからなくて一瞬戸惑ったが、彼女の声音を聞いてすぐに気持ちが戻る。


「あの時さ、理人が私と離れられるのが喜んでるみたいでさ、なんか……」

「……」

「違うってのはわかってるよ? わかってたけど……」


 そこまで言って詠未は黙った。これ以上保身のための言い訳をしたくない、そう思っているのがひしひしと伝わってきた。

 これ以上彼女にこんな思いさせちゃいけない、用意した言葉じゃなくて本心を伝えて向き合わないといけない。


「詠未、もう少し……じゃなくてもっと一緒にいてくれないか。俺は……そうしたい」


 それを聞いた詠未は顔を上げて目を合わせてくる。そしてゆっくりと口を開いた。


「……え、プロポーズ? 怖っ」

「違います!」


 冗談だと言うその笑顔はいつもより幼く見える。この笑顔を守るのが俺の仕事だからもっと頑張らないとな。


「ごめんごめん、おわびにアレしたげるから」

「アレって何?」


 詠未はスプーンをパフェに突っ込むとクマのデコレーションを削り取った。そしてそれを俺の口の前に差し出す。


「はい、あーん」

「……遠慮します」

「えー」


 周りの視線がめちゃくちゃ痛い……距離感はもうちょっと正させたほうがいいかな……。


      *


 帰宅しリビングに着いた途端どっと疲れが出て、肩が重たくなる。意外と神経使ってたんだなぁ。


 反面詠未は結構元気な様子で俺のカバンを漁っていた。携帯電話を見つけると手にとってこっちに話しかけてくる。


「理人、電話かけていい?」

「いいけど、誰と?」

「お母さん、いろいろと話したい事ができたから」


 守秘義務の関係で確認したが身内なら問題なしだ。それにしても()()()()か……手術のこととかかなぁ。


「あれ、圏外になってる」

「えっ、本当?」


 俺が歩こうとすると詠未が真っ青な顔でとっさにこちらを指さした。どうしたのか聞こうと口を開いた瞬間、後頭部に鈍く重い痛みが走る。


「がっ……!」


 力が抜け身体が地面に叩きつけられる。なんだ、殴られたのか……? なんの理解も出来ないまま突っ伏すのを余儀なくされる。


「なっ……おいテメェ! 理人に何……きゃっ!」


 防護服を着た謎の人間は詠未の腕を掴むと注射器を彼女の首元に突き刺す。その途端詠未はぐったりと脱力し、そいつに抱きかかえられる。


「おま……ぇ……なん、なんだ……!」


 ジンジンと痛むのを我慢して声を振り絞る。だがそいつは何も言わず、詠未を抱きかかえたまま立ち去っていった。

 無理に立ち上がろうとするが腕に力が、いや全身に力が入らない。まさか俺もあの時に注射を……。


「ぐ、ぁ……」


 あの注射器に……あの防護服、どこかで見たような……いやもうそんなことはどうでもいい。

 助けないと、でも……視界がだんだん暗く……。


 決めたんじゃないのかよ、詠未の笑顔を守るって……嘘、ついたのかよ……。

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